Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第5章+シルヴァラース古代図書館


第47話 ナズナと、リーベルクの絵





「うむ? 珍しいな、睡眠第一のお前が遅くまで起きているとは」



ゆらゆらと揺らめく頼りのない蝋燭の光が手元の本を照らしている。
時折欠伸を噛み殺しているジハードに声をかけたのは、タオルを首にかけた風呂上りのサキョウであった。

ジハードはさっさと先に風呂を済ませていたので、戻る頃には眠っていると思ったのであろう。



現に早寝のティエルは端のベッドで気持ち良さそうな寝息を立てている。

そんなティエル以上に早寝の習慣がついているはずのジハードが、眠い目を擦りながら読書をしていれば、
サキョウでなくとも声の一つもかけたくなるだろう。



「ああ……うん、そうだねぇ」
声をかけられて、今度は隠しもせずに大欠伸を披露する。


「ナズナがさ、ぼくに見せたいものがあるから図書館の消灯時間まで起きてろって言うもんだから……。
サキョウはもう寝るんでしょ? 申し訳ないけれど、あと少し蝋燭つけたままでもいいかな」



「それは別に構わんが、ナズナが見せたいものとは何であろうな。心当たりはあるのか?」
首を傾げていたサキョウであったが、やがて誰も聞き耳を立てている者などいないのに声のトーンを落とす。

「お前達、いつの間にそんな意気投合したのだ。考えてみれば、本好き同士お似合いの組み合わせだな」



「サキョウは好きだねぇ、そういう話。残念だけど、ナズナはそんなつもりでぼくに接してるんじゃないんだよ」
「……ははは、まぁともかくだ。あまり遅くならんようにな。明日も早くから手掛り探しに行くぞ」

真ん中のベッドに潜り込んだサキョウからは、すぐに寝息が聞こえてくる。相変わらずの寝つきの良さだ。
今はまだ静かな寝息だが、それがイビキに変わるのも時間の問題であろう。



(ナズナ遅いな。……図書館の消灯時間っていつなんだろ……)



とうとう本を読み続けることを諦めたジハードは、そのままテーブルに突っ伏しながら部屋の様子を眺める。
ここは何日も滞在する者達の為に作られた、シルヴァラース古代図書館内にあるホテルだ。

想像していた以上に部屋の内装が凝っており、流石大陸一の図書館のホテルだと感心せざるを得ない。



何度目かの欠伸をした時だった。
部屋の扉が控えめに叩かれたのだ。気のせいかと思いそのまま黙っていると、再びノックの音が響く。



「……ナズナかい?」
「ごめん、ジハードくん! 残務処理に手間取っちゃって、来るのが遅れたわ。寝ないで待っててくれたんだ?」

椅子から立ち上がり、ジハードがのろのろとした動作で扉を開くと立っていたのは案の定ナズナであった。
よほど急いで走ってきたのか彼女の頬は上気し、息が荒い。



「一応約束していたし……ぼくにとっては、モンスターと戦うよりも眠気と戦う方が難しいんだ。
まぁそれはいいとして、見せたいものって? 消灯時間過ぎてからじゃないと駄目だなんて、一体何だい?」

ティエル達が目を覚まさないように扉を後ろ手で閉め、廊下に出る。



ホテルの方も消灯時間が過ぎているのか、辺りは暗闇に包まれている。勿論誰も出歩く者もいなかった。


「う〜ん、興味のない人にとっては大したことがない物かもしれないけど」
早速すたすたと歩き始めるナズナ。


「ジハードくんなら、この価値を分かってくれるかなって思ったの。……あたしの勝手な思い込みだけどね」



ホテルと図書館は一本の長い廊下で繋がっており、数分ほどで図書館ロビーへと辿り着く。
完全に消灯してしまっている辺りには、所々申し訳程度に非常灯がほんのりと光っているだけであった。

そんな場所をナズナは、歩くペースを全く乱さずに進み続けている。



静まり返っている図書館ロビー。初めて辿り着いた時も静寂に包まれていたが、深夜となると静けさが違う。
薄暗い光を発する水晶玉に近付いたナズナは、慣れた手つきでゲート解除用のパスワードを入力する。


ガシャンと錠の開く音が響き渡り、書庫エリアに通じる入口のゲートが開いていった。



「夜は盗難防止用に、書庫エリア前のゲートは閉じられているのよ。ここには貴重な文献も沢山あるからさ」
「そりゃあそうだろうね。人によっては、いくら払ってでも欲しいと思うような文献だらけだよ」




ジハードが書庫エリアに足を踏み入れると当時に、背後でゲートが閉じていく。

本棚が並ぶ長い廊下を暫く無言で歩き続けていた二人だったが、やがて大きなカーテンの前で立ち止まった。
ナズナはそのままカーテンの端を掴むと、一気にそれを引く。



「……あ……」



カーテンに包まれていたのは暗闇の中でぼんやりと光を発する大きな絵であった。
発光する塗料が使用されているのか、段々と目が慣れてくるにつれ何が描かれているのかまで分かった。

森林の中でこちらに背を向けて佇む少年の絵。決して丁寧とはいえないものだったが、妙な味わいがある。



「……リーベルクの挿絵だね。もしかして原画かい? 光を発する塗料を使っていたとは思わなかったよ」
その場に腰を下ろし、ジハードが口を開いた。

「印刷された本で見ても素晴らしかったけれど、こうして原画を目の前にすると……言葉が出なかった」



「ジハードくんならそう言ってくれると思っていたわ。勿論原画よ」

カーテンを端に固定したナズナは彼を振り返り、満足そうに笑みを浮かべる。
光を発するリーベルクの絵に照らされて、この闇の中では彼女の笑顔はどこか神秘的にすら見えた。


「あたし、よっぽど嬉しかったのかな。ジハードくんと大好きな小説の話が出来たこと。誰も読んでないんだもん」



「そんなに読んでいる人が少ないのかな、あの小説。おかしいなぁ、ぼくの中では名作中の名作なんだけど」
確かに無名の作者かもしれないが、内容は心に訴えかけるものがある。



だが本を読む者達と多く関わりのあるナズナでさえも、あの小説を愛読している者は少ないと言っているのだ。
一言でいえばマイナーなのかもしれない。

皆の知らない埋もれた名作を知っているのは嬉しかったが、語れる相手がいないのもまた寂しかった。




「……ナズナはさ、どうして司書になろうと思ったんだい? 読書が好きだったから?」
「そうねぇ。古い本に囲まれていると何故か安心するのと……やっぱり、読書が一番の楽しみだったからかな」


ジハードの隣に腰を下ろしたナズナは、暫し思案してから口を開いた。


「あたし小さい頃、本しか友達がいなかったのよね。両親を早くに亡くしちゃって、親戚に預けられたんだけど」
重い内容の割には、ナズナの口調は普段と同じものだった。

「そこで結構いじめられててさ、毎日家に帰るのが辛かったわ。夕飯抜きはまぁ当たり前だったし、
雪の日に家に入れてくれなかったのはやばかったわ。あたしシャツ一枚で、凍死するかと思ったんだもの」



単なる昔の思い出話の一つをするかのように、彼女はその先を続ける。

「あたしを置いて逝っちゃった本当の両親が唯一つだけ残してくれたものが、リーベルクの小説だったのよ。
何度読んだか分からないわー。そればっか読んでた。……でも、読んでいる間は嫌なことが全部忘れられたわ」



あははとナズナは明るい笑い声を発してジハードに顔を向けるが、当然ながら彼が笑えるはずがない。


ここまで彼女が吹っ切れて他人に話せるようになるまで、一体どのくらいの年月を要したのだろう。
それを思うと、ナズナの明るい笑顔でさえもどこか物悲しく見えてしまうのだ。



「……悪いことを聞いちゃったみたいだね、ごめん」
ナズナから視線を外した彼は、ほのかに光を発するリーベルクの絵に顔を向けた。


「あなたにとってリーベルクは……単なる興味深い小説ではなく、両親との思い出の象徴でもあるのかな」



「そうかも」
同じく視線を絵に向けるナズナ。

「……けど、あたしが勝手に話しただけだからジハードくんが謝る必要は全くないのよ?
それにこんな話、人に話したのは初めてだわ。あんたって、何だか隣にいると安心しちゃうから話したのかも」



「おや。それは嬉しい褒め言葉だね。心も身体も癒せる存在がぼくの目標だから」
本気なのか冗談なのか分からない台詞を口にしたジハードは、漸く普段のような柔らかい笑みを浮かべた。

「今夜はありがとう、ナズナ。うっかり寝てしまっていたら、こんな素敵な絵も……あなたの話も聞けなかった」



「どういたしまして。……何も見つからなかったらジハードくん達、明日帰っちゃうんでしょ?
司書としてあたしは、シルヴァラース古代図書館は素敵な場所だったーっていう思い出作って欲しかったから」


ジハードに笑顔を向けられて思わず頬を赤くしながら答えたナズナだったが、
リーベルクの絵の淡い光だけでは、目の前のジハードは勿論ナズナ本人でさえも気付いてはいなかった。






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