Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第5章+シルヴァラース古代図書館


第48話 Endless Nightmare -1-





明くる日。
簡単な朝食をホテルで済ませたティエル達3人は、図書館へ繋がっている長い廊下を歩いていた。



昨日ナズナと話をした入口前のロビーは、早朝のためか人は疎らである。

ティエルがぐるりと辺りを見回してみると、受付で隠そうともせずに大きな欠伸をしているナズナと目が合った。
暫くナズナは口を開けたまま固まっていたが、やがてばつが悪そうに笑みを浮かべると駆け寄ってきた。



「おはようティエル、今日も昨日と同じフロアで探し物の続き?」


「おはよ。うん、同じ所で探すつもり。それくらいしか今は手掛りがないから、他を探しようがないんだけどね」
気の抜けた笑い声を上げながら答えるティエル。

誰がどこからどう見ても彼女に元気がないのは一目瞭然である。昨日は何も進展がなかった為だろうか。



「……大丈夫よ、きっと見つかるわ。実はあたし、今日一日休み取ってるのよね。探し物に協力するわ」
完全に項垂れてしまったティエルを元気付けるかのように、ナズナは強く彼女の両肩を叩いてみせる。



「3人よりも4人で探した方が見つかる確率も高いでしょ? どうせ休みって言っても、あたし暇してるしさ」



「何だか悪いよ、昨日だってあまり寝てないでしょ。今日はぼくらだけで探してみるから」
「あ、あまり寝ていないとは何事だ。ジハード、お前は昨夜ナズナと図書館デートで一体何をしていたのだ?」

ナズナと同じく眠そうな表情で口を開いたジハードに、背後に立っていたサキョウが思わず頬を赤くさせる。
まるで熊のような厳つい大男が、年頃の乙女の如く頬を紅潮させている姿は些か不気味であるが。



「まさか、寝不足になるような口にも出せない如何わしい事をしていたのでは……」


「サキョウは実に想像力が逞しいね。昨夜は絵を見せてもらっていたんだよ。知ってる? リーベルクの絵」

呆れ果てた口調でサキョウに昨夜のことを話しているジハードをぼんやりと眺めていたナズナは、
自分に注がれる視線に気付いて振り返る。後ろにはティエルが興味津々といった表情で彼女を眺めていた。



「ど、どうしたのよティエル」
「いや……わたしって、デートとかしたことないからさ。どんな感じなのかなーって思って」


「残念だけどデートじゃないわよ。期待されても、あんたが聞きたいような事は何一つしてないわ」
「えぇー?」

やはり色々と気になるお年頃なのか、ナズナのあっさりとした返答にティエルは心底残念そうに唇を尖らせる。



そんな他愛のないやり取りを続けながらフロア66まで辿り着くと、昨日と同じように二手に分かれることにした。
閉館時間になったらこの場所に集合することを決め、ティエルとサキョウはジハード達に手を振って歩き始める。


今日の閉館時間までに何も手掛りが見つからなかった場合、一時メドフォードに帰国することになっていた。

メドフォードに帰ればまた振り出しに戻ってしまう。
今日中に手掛りを見つけたいとティエルは意気込むが、心のどこかでは無理なのではないかとも思っていた。



彼は……クウォーツは、そう簡単に自分の居場所を伝えるような痕跡は残さないだろう。
何事にも抜け目のない彼がむしろ痕跡を残すくらいであれば、彼の方からティエルの元へ会いに来てくれる。

クウォルツェルトという男はそういう人物なのだ。
それをよく知っているはずなのに、どうして有りもしない彼の行方を捜そうとするのだろうとティエルは考える。



「……サキョウは、どうしてクウォーツを探そうと思ったの? 図書館に行けば手掛りがあると確信してたの?」
昨日と同じ場所で座り込み、本の列を眺めていたサキョウにティエルは脚立の上から声をかけた。


「もしも出会えたら……何て言おうと思ってるの?」



「しっかりとした理由はないなぁ。……もしも理由があるとすれば、お前と同じようなものだと思う」
のんびりとした口調でサキョウが言った。

何故彼の声を聞くと安心してしまうのだろう。包み込むような優しさが含まれたような、そんな声であった。



「本当はこんな本だけ眺め続けていても、彼の居場所なんか見つかるわけがないって分かってた。
前にジハードに聞かれたの。……もしもクウォーツを探し出したとしても、彼に一体何を言うつもりなんだって」


メドフォードに戻ってきてと言っても、あの頑なな彼が果たして耳を貸すと思うのかとジハードに問われたのだ。

「別に戻ってきてなんて言うつもりはないよ。でも、それでも、なんだかんだ色々な理由を付けたがってるけど、
結局はわたし、ただ彼に逢いたいんだと思う。……そういえば初めて出会ったときもそんな感じだったな」



「お前は気持ちのいいくらい素直だなぁ。ミランダ様やゴドー兄上の努力の賜物かもしれん」
全く淀みもなく自分の意見を口にしたティエルがあまりにも正直すぎて、サキョウは思わず笑いを吹き出した。


「今時珍しいくらいだ。うん、その素直な気持ちを忘れるでないぞ」
「……? よく分からないけど、おばあさまやゴドーは立派な人だったよ」

サキョウが何故笑っているのか理解できないティエルは、脚立の上で拗ねたように頬を膨らませる。



……そんな彼女の大きな瞳が、こちらにゆっくりと近付いてくる一つの人影を捉えた。
彼女の腰掛ける脚立は高いものだったので、左右に立ち並ぶ本棚の列の向こうまでよく見渡すことが出来る。



奥の方は明かりが灯っておらず、表情や格好までは分からなかったが。ふらふらとした足取りで向かってくる。

「ん、他の利用客の人かな。歩き方がふらふらしているし、もしかしたら気分が悪いのかも……」
ティエルは身を翻して一段ずつ脚立を下りつつ、座り込んで本に熱中しているサキョウに声をかけた。


「サキョウ、誰かこっちに向かってくるのが見えたんだけど……具合が悪そうなの。声かけた方がいいよね」



「うむ? おお、気付かなかった」
本を傍らに置くと立ち上がり、ティエルの指さした方へ顔を向ける。

暗くて細かな様子は分からなかったが、確かに左右に揺れながら今にも倒れそうな歩き方であった。


「そこの者、もしも気分が悪いのならロビーへ連れて行くぞ! ……おい、本当に大丈夫か?」
サキョウが声をかけても返事は発せられず、覚束ない足取りでこちらへ向かってくる。


声も出せぬほど辛い状況なのだろうか。顔を見合わせたティエルとサキョウは、急いで駆け寄ろうとするが。
背後を走っていたサキョウが突然ティエルの腕を強く引き戻す。



「……どうしたのサキョウ?」

「待てティエル、どうも様子が変だ……相手から生きている気が全く感じられぬ」
改めて近付いてくるものを眺めてみる。


どこかで嗅いだことのあるような、微かに漂ってくる死臭。
一体どこでこんな臭いを嗅いだのかとティエルは暫しの間思案する。……そうだ、これは、半年以上も前に。



漸く光の下に姿を現したその者は、やはり生きた人間ではなかった。
完全に血の気の失せた顔色に、死んだ魚のようにどろどろと濁った灰色の目。生ける屍アンデッドである。

「ティエルも忘れたわけではないだろう、この服装は間違いなくゾルディス屍兵のものだ」
拳を握り締め、構えの体勢を取るサキョウと、イデアを引き抜いたティエル。



「……ラ……スト……」

横を通り抜けようと間合いを詰めたティエル達の耳に、アンデッド兵の呟きが聞こえてきた。
時折ひゅうひゅうと空気の音に紛れて聞き取りにくかったが、うわ言の様に単語らしきものを繰り返している。


「ラス……ト……ジャッジメン……ト……」



「ラストジャッジメント?」
聞き慣れぬ単語に首を傾げるティエル。だが、己を急かすサキョウの声ではっと我に返った。


「……気を付けろ、ティエル。どうやらあちこちに屍兵は潜んでいるみたいだぞ。
このフロアのみなのか……それとも図書館中にいるのかは分からんが。奴らの狙いは一体何なんだ?」

彼の言うとおり、よく辺りを観察してみると、同じようにふらふらとした人影が本棚の影にいくつも見える。
アンデッド達は生ける者の肉を好む。



虚ろな瞳で単語を呟いていただけの屍兵だったが、サキョウ達が横を通り抜けようと近付いた途端に、
歯を剥き出しにして襲い掛かってくる。こんな狭い場所での戦闘は、大剣を使用するティエルには不利だった。

イデアを構えようとしたティエルを制し、向かってくる屍兵をサキョウが無言で殴り飛ばす。
丸太の様に太い腕で顔面を殴られた兵は、呻き声を上げる間もなく吹っ飛んで動かなくなった。飛び散る肉。



「ジハードはともかく、一緒にいるナズナは戦えないだろう。一刻も早く合流せねばいかん」


「……この屍兵達、何かを探しているみたい」
ジハード達の居場所は事前に聞いていたので問題はなかった。サキョウと並んで狭い通路を走り始める。

「ラストジャッジメントがどうとか呟いているみたいだけど……何だろ、魔法の名前かな」



「はて……どこかで聞いたことがあるような名前だが、思い出せぬ。それがこいつらの目的なのか?」

やはり首を傾げるサキョウ。彼も分からないようだ。
通路を走りながらティエルは辺りの温度が急激に低くなったような錯覚に襲われ、思わず身震いをした。






+DeadorAlive+