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Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第5章+シルヴァラース古代図書館
第49話 Endless Nightmare -2- 「……本見てて、手掛りなんて分かるの?」 ティエル達とは大分離れたエリアで手掛りを探し続けていたジハードとナズナ。 床に座り込んだジハードから昨日と同じような本を注文され、ナズナは脚立に上がってそれを彼に手渡していた。 「本の隙間に手紙とか挟まっていたら分かるかもしれないけど、そういうものを探しているんじゃないんでしょ?」 そのナズナの問いかけに本から顔を上げ、ジハードは暫く思案するような顔つきになる。 「まぁ、そうだろうね。こんな事で手掛りが見つかるとは思っていないよ。ぼくもサキョウも……ティエルもね」 朝からティエルの表情は暗かった。 恐らく何も見つからないまま終わってしまうのだろうと、前向きな彼女ですら理解していたのかもしれない。 そんな彼女の気が少しでも紛れるならば無駄とは知りつつも、いくらでも付き合おうとジハードは思っている。 「で、ジハードくんの気持ちは何処にあるのよ。言い方悪いけど、そんな気休めにいつまでも付き合うつもり?」 弾みをつけて脚立から飛び下りてきたナズナがジハードの隣に腰を下ろす。 「あたしは、無駄だってはっきりと言ってあげた方が相手の為に良いと思うわ。優しさだけが愛情じゃないのよ」 「……無駄、か」 はははと力なく笑ったジハードは、同じく弱々しい溜息をついた。 「無駄なんだろうね。きっと、今ぼくらのやっていることは。……でもナズナは手伝ってくれているじゃないか」 「そ、それは……司書、司書としてよ。図書館で困っている人がいたら、助けてあげるのが司書の役目でしょ。 だから別にジハードくんがいるからだとか、そんなことは一言も言っていないからね。勘違いしちゃ駄目よ?」 静かなフロア内に、場違いなほど大きなナズナの声が響き渡る。 耳まで顔を赤くさせた彼女は聞かれてもいない事を一気にまくし立て、ジハードから顔を背けて立ち上がった。 「……そうよ、私は司書だもの。当然のことだわ」 「分かったよ、ありがとう」 一連のナズナの仕草が面白かったのか、笑いを堪えるかのような声色のジハード。だが隠しきれてはいない。 それに気付いたナズナが振り返り、頬を膨らませながらじろりと彼を睨み付ける。 「けれど、仕事が嫌になったりする時はないのかい? ……いつも楽しいことばかりではないでしょ」 「理不尽な利用者はいるけど、そんな人でもお客様はお客様。困っていたら声をかけるのがあたしの役目よ」 己の仕事に誇りを持っている。胸を張ってにっこりと笑みを浮かべたナズナの姿は、どこか美しくも見えた。 「この図書館を利用する人達のために、あたし達司書がいるの。本の場所を、全て暗記し続けるあたし達が。 どんな事があっても、全然この仕事が苦にはならないわ。……だって、あたしは本が好きだもの」 ──眩しい笑顔だった。 思わずジハードはその笑顔に目を奪われ、あぁ、人間というものはやはり眩しい存在だなと。そう思った。 幾度となく人間同士の醜い争いを眺め続けてきた彼にとって、まさにそれらを拭い去ってしまう笑顔であった。 「ナズナが、羨ましいな」 「何よ突然……」 男性にしては高音で、女性にしては低音の。そんな不思議な声で言葉をかけられ、ナズナは思わず口篭る。 「輝いているっていうかさ、夢を持って生きている人間はとても美しいと思う。だから羨ましいなって」 夢を持つなんて、醜いものを見すぎた自分には既に遅いだろうけれど、と自嘲気味にジハードは付け足した。 そんなジハードを眺めていたナズナだったが、やがて何か名案を思い付いたかのように手を打った。 「そうだ、ジハードくんも本が好きじゃない? ここの司書になったらいいわよ。あたしが推薦してあげるから!」 「司書に?」 想像すらしていなかったナズナの台詞に、空色の瞳を瞬く。 「いや、でも……どうなんだろ、ぼくには無理なんじゃないかな。本ばかり読んで仕事にならないかも」 「大丈夫よ、その時はあたしが隣でみっちりしごくから。きっと楽しいと思うわ!」 「……ぼくが今抱えていることが全て済んだら、そういう人生も素敵なのかもしれないね。その時はよろしく」 あまりにも力強く言い切るナズナに心動かされたのか、ジハードは彼女に向かって柔らかく微笑んで見せた。 「本当? ……あたし、待っててもいいのかな……?」 もう頬の紅潮を隠そうともせず、ナズナが一歩ジハードに歩み寄った時。突然彼の瞳が厳しく細められる。 見たこともないジハードの険しい表情にナズナが驚いて首を傾げると、彼は随時手にしている虹色の本を開く。 「……ナズナ、絶対にぼくから離れないで。周囲の様子がおかしい」 辺りの空気が突然変わった。 それと同時に幾人かの気配をジハードは感じたのだ。だが奇妙なことに、そのほぼ全てが生きた気配ではない。 背筋が薄ら寒くなるような、明らかに周囲の温度が下がっているような感覚である。 ナズナを守るように前に立ち、辺りの様子を探ってみるが、灯りの届く範囲には動く者は見当たらなかった。 だが、いる。……確実に何者かがこちらに近付いてくる。 背後のナズナが不安な表情で見上げてきた。もしかしたら必要以上に怯えさせてしまっているのかもしれない。 彼女を安心させようとして、その時ジハードは己が震えていることに気付いたのだ。 計り知れぬ恐怖か、辺りの冷たさか。それは一体どちらの所為なのかは分からなかったが、震えが止まらない。 吐いた息のあまりの白さに目を見開いた。気のせいなんかじゃない。辺りの温度が急激に下がっている。 ……シャラン……。 背後で涼やかな鈴の音が鳴った。 思わず身体を硬直させたジハードの背にナズナが縋り付く。指一本すら身体を動かすことができなかった。 首筋を冷や汗が伝っていく。全神経が振り返ることを拒絶しているような錯覚に襲われた。 もう一度鳴り響く鈴の音。背後で絶対零度の気配が立ち止まった。 強く目を閉じていたジハードは、やがて覚悟を決めたように目を開けると。ひどくゆっくりと背後を振り返る。 「久方振り……とでも言うべきかしら。ねぇ……ジハード?」 しゃらしゃらと鈴の音を鳴り響かせる、青を基調とした長いドレス。雪のように白い肌。銀色をした鉄の仮面。 忘れるはずがない。忘れられることなど決して出来はしない。そんな人物がそこにはいた。 まさに血も涙もない幾多もの冷徹非道の行いから、……人々は恐れを込めて彼女を氷の女王と呼ぶ。 「……リアン……」 呆けたように開いたジハードの口から、白い吐息と共に言葉が洩れた。 「リアンだろ? ……本当に……リアンなんだね……?」 氷の王国ゾルディスを統べる女王リダ=クイーン。その素顔は鉄の仮面に包まれ、未だ嘗て見た者はいない。 メドフォード城女王の間の大崩壊にて、亀裂に姿を消した彼女。普通ならば助かるはずのない高さである。 それでもジハードは彼女の無事を祈り続けていた。生きているだけでもいいと、ただそう願い続けていた。 例えそれが、彼をずっと欺き続けていた『リアン』だとしても。 「リアン……か、その名を聞くのも久しぶりね」 一歩足を踏み出す女王。静寂に包まれた辺りに響く鈴の音。だがジハードは立ち止まったままだった。 「そのような娘など、最初から存在しなかった。いい加減認めたらどう? 自分達は幻を見ていたと。 久々の再会で積もる話もあるかもしれないけれど、今回はあなたに用はない。……そこの司書に用があるの」 「司書?」 リアンの台詞に眉を顰めたジハードだったが、はっとした表情で背後のナズナを振り返る。 周囲の温度の低さか、それとも恐怖のためか。歯を鳴らしながら、ジハードの腕にしがみ付いているナズナ。 女王の目的は彼女だというのだ。 「ナズナに何の用がある? 残念ながら、あなたがぼくに用はなくとも……ぼくはあなたに用があるんだ」 口の中がからからに乾いているのが分かった。相手はあの明るく優しいリアンだ。何を恐れる必要がある。 きっとリアンならば分かってくれる。誰かに脅されて女王の役をしなければならなかったと、そう言ってくれる。 「私の邪魔をする気かしら、ジハード? 厳しくなりきれないあなたに私を止められるとは思えないけれど……」 また一歩、歩み寄る。 反射的にジハードはナズナの腕を取って女王との距離を取った。 「ふふふ、そう緊張しないで下さいな。そこの司書さんには一つ尋ねたいことがあるだけなんですの。 ……禁呪、ラストジャッジメントの文献の場所。ご丁寧に検索ではシークレットワードになっているようねぇ」 (ラストジャッジメント?) どうやら魔法の名前であるようだが、ジハードには聞き覚えのない単語であった。 だが、隣のナズナはその単語を耳にした途端に顔色を変える。彼女はその単語を知っているのだろうか。 「駄目よ……絶対に駄目。命に代えても、シークレットワードに登録されている文献については言えないわ」 痛いほどジハードの腕を掴みながら、ナズナはふるふると力強く首を振った。 「司書の誇りにかけて、絶対に教えることはできない……!」 +DeadorAlive+ |