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Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第1章+水と緑のメドフォード - 光ゴケの夜 -
第5話 ティエルと騎士サイヤー 「もう、ジハードもヴェリオルも二人共わたしのことを子供扱いして! わたしだって調査くらいできるもん」 ベムジンからの使者が去った後、大広間から怒りのあまり飛び出してしまったティエル。 その後の午後の授業は散々な状態であった。 終始不機嫌そうに頬を膨らませ続けるティエルに、担当の教師達は一体何事かと首を捻るばかりであったが。 午後の最後の授業が終わる頃には、辺りはすっかり夜の色に包まれていた。 「そろそろ出発の準備しなくちゃね。イデアだってあるし、二人が心配するようなことなんて何にもないんだから」 ジハードが予想していた通り、やはりティエルは一人でゴールドマインへ旅立つことを決心していたのである。 きっとサキョウも無事に決まっている。行きは一人だとしても、帰りはサキョウ達と帰ってくるつもりであった。 そんなティエルの些か能天気すぎる考え方が、ジハード達の危惧する所なのだ。 ポジティブな考えは決して悪くはないのだが、物事は常に最悪のケースを頭のどこかで考えていた方がいい。 (わたしはもう、昔と違って戦えるんだよ。強くなったんだよ。一人じゃ何もできない王女じゃないんだよ……? 確かにジハード達から見たらまだまだ頼りないのかもしれないけど、一人でも何かできるんだって証明したいよ) 次第に歩みが鈍くなり、やがて立ち止まる。広げた己の手のひらは年頃の娘にしては少々傷だらけであった。 今まで色々な者に守られてきた。だから、今度は自分が守る番なのではないか。 確かに調査には兵士を送り込んだ方が賢いのかもしれない。もしもミランダならば、きっとそう決断するだろう。 しかしティエルは、どうしても自分の手でサキョウ達の無事を確かめたかったのだ。 そんな事を考えながら庭に面した廊下を歩いていると、丁度中庭の中心に位置するベンチに人影を見つける。 顔をそちらに向けてみると、ぼんやりとした表情で夜空を見上げる騎士サイヤーであった。 昼の稽古に無理矢理付き合ってもらったこともあり、彼に一言謝ろうとティエルはベンチに向けて歩き始める。 「……サイヤー、こんばんは。何してるの?」 「あっ、ティエル姫様! これはこれは……ご機嫌麗しゅうございます」 ティエルの姿に気付いたサイヤーは慌てて立ち上がると、片膝をついて頭を垂れた。 「今宵はとても星が美しく、思わず見とれていた所でございます。らしくないと思われるかもしれませんが。 そういえば国を追われてから、こうして星を眺める心の余裕はなく……平和とは本当に素晴らしいものだな、と」 「平和って普段はあまりにも慣れすぎていて、そうじゃなくなった時に心から実感するものだよね」 それは他の事にも言えることだった。 あまりにも近くにいることが当たり前すぎて、失った時に一体どんな気持ちになるのか想像もつかなかった。 「星といえばさ、ガリオンって結構星に詳しくて。あれはこういう名前の星だとか色々教えてくれたんだよ」 「ガリオンめ、姫様にまで薀蓄を語っていたのか……。あいつの部屋、星の神話の本がどっさりあるんですよ! 酔うと語りが止まらなくなって、古の勇者ペルーダスの神話なんて本当に何度聞かされたことか」 何か苦い思い出でもあるのか、サイヤーは大げさにうんざりした表情を作る。 その動作がどこか面白くて、ティエルは思わず笑いを吹き出してしまう。自分の知らないガリオンの一面だった。 いつもは穏やかで丁寧な印象のガリオンであったが、サイヤーの前では普通の青年であったのだろうか。 「あいつの部屋、あの日からそのままの状態なんですよ」 「……え?」 先程までと違って、ひどく寂しげな響きを含んだサイヤーの声にティエルは顔を上げる。 「何だかいつかひょっこり戻ってくるような気がして。だから、どうしても整理する気にはなれないんですよ。 ははは……いい加減、あいつが死んだことを認めなくちゃいけないんですけどね……」 力なく項垂れたサイヤーの瞳が心なしか潤んでいたのは気のせいだろうか。 そんな様子の彼を前にして、ティエルはガリオンが死んではいないことを伝えるべきか一瞬だけ躊躇する。 「……ねえ、もしものことだけどね。ガリオンが今生きていたら……サイヤーはどうする……?」 「ガリオンが生きていたら、ですか」 目尻を軽く拭った彼は、それから夜空に輝く星を見上げながら口を開いた。 「散々心配かけておいて、どうして早く戻ってこないんだって思いっきり殴ってやりたい気分ですよ。 一発だけ殴ったら……その後はあいつの好きな酒を飲みながら、今までのことをずっと語り合いたいですね」 「うん。……そう、だね」 言えない。言える筈なんてなかった。 それと同時にこんなにも彼を思ってくれている友人や国を捨ててしまったガリオンに、初めて憤りを感じた。 「わたし、そろそろ部屋に戻るね。今日は無理矢理稽古につき合わせちゃってごめんなさい」 「いえいえ。久々に緊迫した試合ができたことを、姫様に感謝いたします」 再び一礼をするサイヤーに軽く手を振ったティエルは、彼に背を向けると廊下の方へと歩き始めた。 その後ろ姿を暫く微笑みながら眺めていたサイヤーであったが、再び満天の星空へと顔を向けたのだった。 ・ ・ ・ 自分の部屋に戻ったティエルは、早速ゴールドマインへ向かう準備を始めた。 タンスの引き出しを何個も引っ張り出しながら、必要なものだけを簡単なバッグに無理矢理詰め込んでいる。 先程地図を広げて調べてみたところ、メドフォードからゴールドマインまでは一週間ほどで到着できるようだ。 行きと帰りで約二週間ほどの旅の予定なので、持ち物はできるだけ少ない方がいいだろう。 サキョウを無事に連れ帰ってきて、ジハードを驚かせてやろう。もう頼りのない姫と思われることがないように。 漸く支度が完了すると、部屋を抜け出すために昔から使用している特製の梯子付きロープを窓枠にかけた。 何度か引いてしっかりと固定されていることを確認すると、イデアを背に括り付けて梯子に足をかける。 ティエルの部屋から裏庭までは大分距離があり、できるだけ下を見ないようにしながらゆっくりと下りて行った。 最後の一段から芝生の地面に足を付けると、煌々と明かりが漏れる自分の部屋を見上げてみる。 ヴェリオルやジハードとは、あの後から一度も顔を合わせていない。 (ジハード……せめてジハードとは、出発前に話しておきたかったな。どうせ思いっきり反対されるだろうけど) 柔らかな笑顔の少年の顔を思い浮かべ、ティエルの心は少し痛んだ。 ジハードのことが少々気にかかったが、一刻も早くサキョウの安否を確かめたかったのだ。 見張りの兵士に気付かれぬように暗闇に紛れ、高い城壁へ進んでいくと、微かに色の違う部分があった。 その部分をそっと押してみると、人ひとりが手をついて漸く通れるような範囲で壁が外れる。 ティエルだけの、秘密の抜け道。昔はよくゴドーの目を盗んでここから城下町へと遊びに出かけたものだ。 城壁の外は城下町とは若干逆の位置らしく、深い森が広がっている。 メドフォード王国は四方を広大な森に囲まれており、この先は光ゴケの森と呼ばれている森なのだ。 その名の由来は前方に顔を向けたティエルの感嘆の溜息にあった。 入口付近はまだ疎らではあるが、薄い緑色に輝く光ゴケがあちこちの木々で儚げな光を放っている。 同じく緑の光を帯びた虫達もふわふわと所々に浮かんでいるようであり、それはとても幻想的な光景だった。 ゴールドマインへは、この光ゴケの森を抜けた方が早い。 マンティコラの森とは違って凶暴な魔物の噂も聞かない森なので、ティエルは安心して森へと足を踏み入れた。 「わぁ……綺麗だな」 既に夜なので灯りが必要かもしれないといった考えは杞憂に終わったようだ。 一つ一つの光ゴケの明るさは僅かなものであったが、数が増えてくると暗い森の中もはっきりと見渡せる。 獣道は奥まで続いていたが、所々ぬかるんだ地面に足跡はなく、久しく人が通った形跡はない。 メドフォードへ向かう者は殆ど東のマンティコラの森や、西のフラワーガーデンの森を抜けてやって来るのだ。 美しい森の景色に半ば見とれながら進んでいたティエルであったが、段々と歩みが鈍くなっていく。 ……思えば一人で旅をした経験などなかった。 今では幸運だったのかは分からなくなったが、旅の初日からマンティコラの森でリアンと出会っていたのだ。 先程まではサキョウのことに思考が支配されていて、一人旅の心細さなんて考えていなかった。 しかし今更引き返すわけには行かない。 一人が怖いから戻ってきてしまったなどと知れたら、今度こそジハードはティエルに対して呆れ果てるだろう。 そんなことを考えていると、途端に今日の疲れがどっと押し寄せてきた。 当然であろう。今日はサイヤーとの稽古に、ベムジンの使者からの衝撃的な報せ。その上ジハードとの口論。 その後はずっと怒りっぱなしであったのだ。 「わたし……本当に計画性がないバカだなぁ……」 「そう思うのなら、これからは本当にしっかりとしてもらわないと」 心身ともに疲れきったティエルの耳に、唐突な声。 その声に目を見開いて勢いよく顔を上げたティエルの前方には、光ゴケの生えた大きく平らな岩があった。 岩の上で退屈そうに腰掛けながらティエルに声をかけたのは、城にいるはずのジハードだったのだ。 「遅かったね、実に待ちくたびれたよ。……このままティエルが来なかったらどうしようかと思った」 +DeadorAlive+ |