|
Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第5章+シルヴァラース古代図書館
第50話 Endless Nightmare -3- 「司書の誇りにかけても、か……」 震えながらも気丈な眼差しを向けてくるナズナに、リアンは微かに笑ったような声色を発した。 低音な男の声と、繊細な女の声が混ざった様な声。まるで人工的に作り出したかの様な無機質な声であった。 カールのかかった青緑の髪は紛れもなく彼女のもの。 だが彼女の顔は冷たい鉄の仮面で覆われており、本当にこの者はリアンであるのかもジハードは疑わしかった。 「……それならば仕方がないですわ、誇り高き司書さんが話しざるを得ない状況にするしかないですわね。 嘗ての仲間を手にかけるのは実に心が痛むけれど……まずはこの男を殺す。一人づつ利用客を殺していこう」 氷の女王から放たれる殺気。それは間違いなくジハードに向けられていた。 だが、こんな状況になっても彼は信じられずにいた。まさか、そんな。リアンがそんな事を言うはずはないと。 「リアン、誰かに脅されているなら正直に言ってよ。どんな手を使ってでも、あなたを助けてみせるから……!」 「私を助ける? ねぇ、ジハード。誰一人救えなかったあなたが何を言うのかしら? 口では何とでも言えるわ」 ジハードが思わずぎくりとした表情で動きを止める。 「甘いあなたに私は殺せない。傷付けることすらできない。けど、残念ですわね。……私はあなたを殺せるの」 その言葉と同時に女王の手が振り下ろされ、魔力で生み出された鋭利な氷の刃がジハードに向かってくる。 彼女がわざと意識したのかそうでないのか、魔法を放つ仕草はゾルディスで目にした女王のそれではなく、 いつもジハードが隣で目にしていたリアンの仕草と同じものであった。放った後に髪を払い除ける動作までも。 それは間違いなく目の前に立っている人物が、他の誰でもないリアンであることを明確に物語っていた。 「……どうし」 て、と続けようとしたジハードの腹と右腕に激痛が走る。 その痛みで手放してしまったリグ・ヴェーダが、どさりと音を立てて床に落ちた。 虹色の表紙の上に赤い液体が付着している。あぁ、完全に防水じゃないのに。後で拭いておかないとな、と。 それを眺めながらジハードは、ぼんやりとそんな事を考えていた。 「ジハードくん!!」 張り裂けそうなほど悲痛な声で、そこで初めてジハードは飛び散った赤い液体が己の血だと気付いたのだ。 力が抜け、思わず両膝を地につける。震える手で腹に突き刺さっていた氷の刃を抜き取った。 幸いにも急所は外れているが、決して軽い怪我とはいえない傷である。じんじんと痺れた感覚が腹に残る。 「あぁら、全部急所を狙ったのに。相変わらずあなたは運が良いんですのね」 リアンの声で鈴の音のような笑い声を発する。 ……痛い。刺されたはずの腹や肩よりも、もっと違う場所がひどく痛かった。 握り締めた手の平が血で滑る。 少しお節介で、自分は振り回されてばかりだったけど。笑顔を向けてくれたリアンは一体どこに行ったんだろう。 新しい町に着くなりガイドブックを買って、甘味処について一緒に話していた彼女は一体どこに行ったんだろう。 最初からそんな娘など存在しなかったのだ。 ではこの目の前に存在している彼女は一体誰なんだろう。自分は、今、誰と話しているのだろう。 「次は外しませんわ。……司書さん、それでも言わないつもり?」 蹲るジハードの前をゆっくりと通り過ぎ、女王は顔色を蒼白にさせて震えているナズナの元へと歩み寄った。 「あなたが答えなくとも、あなたを殺して他の司書さんに同じ事を聞くだけですけれど。もっと賢く生きなさいな」 「い……言えるわけないじゃない、誰があんたなんかに言うもんですか! この人殺し!!」 「そう、残念ね」 冷たい声と共に、辺りの気温が下がった。 「じゃあ、さようなら」 「やめろ、リアン!!」 魔法を放とうと振り上げた手がナズナに下ろされる前に、彼女の前に飛び出したジハードによって掴まれる。 普段は柔らかい微笑しか浮かべることのない彼には珍しく、表情にはありありと険しさが表れていた。 「……ナズナには絶対に手を出すな。彼女を傷付けるというのなら、たとえ……あなただとしても……!」 「あなただとしても? 優しいあなたが私をどうするのかしら。……まずはその手を離して欲しいですわね」 まるで愉しんでいるかのような口振りだった。その嘲笑の含まれた声色に、嘗てのリアンの面影はない。 「ナズナ、今の内にティエル達の所へ逃げろ!!」 逃げることも出来ずに本棚に寄りかかっているナズナに顔を向け、力の限りに叫んだ。 リアンの狙いはナズナなのだ。まずは彼女の安全を最優先させなければならない。全てはそれからだ。 「でっ……でも、ジハードくんは!?」 「ぼくは大丈夫だ! いいから早く行け!!」 ナズナは女王の腕を掴むジハードの姿を暫く見つめていたが、唇を噛み締めると背を向けて駆け出した。 「……これ以上邪魔をするな、不死鳥。大人しくしていれば死なずに済んだものを……! 大気に潜む怒りの粒子大きな力となり、慈悲なき女神の怒りとなれ! ……バーストスプラッシュ!!」 規模こそは小さいものであったが、超至近距離でも拘らず女王は躊躇いもなく彼に爆破の魔法を放ったのだ。 だが女王の反撃を既に予想していたのか、その瞬間ジハードは防護の魔法陣を発動させる。 「……ぐっ!」 しかし防護の魔法も完全ではなく、ジハードは爆風で飛ばされ背を本棚に強打してしまう。辺りに散乱する本。 途端に忘れかけていた腹部の痛みが彼を襲うが、歯を食い縛ってそれに耐える。 「防護魔法をかけていたとは小癪な真似をしてくれましたわね。本当にあなたは抜け目のない男なんですから」 乾いた音を立てて鉄の仮面が地に落ちた。 ふわふわと緩やかな曲線を描く長い青緑の髪が蠢き、仮面の下から現れたのは見知った女の美しい顔。 長い睫毛を縁取った、深紅の瞳。ピンクを帯びた白い肌。 その表情は普段のリアンの様に優しさに満ち溢れていた。まるで何事も無かったかの様に。いつものように。 「リアン……」 そんな彼女の以前と変わらぬ素顔を目にした途端、ジハードから先程までの険しい表情が段々と消えていく。 まるで泣き笑いのような、嬉しいような、哀しいような。けれども、どこか困ったような顔つきで。 救いを求めるように彼女に震える手を伸ばした。 静かに歩み寄った女王はにっこりと笑みを浮かべると、ジハードに応える様に彼の手を優しく握り締めた。 ……やっと声が届いたんだね。 同じくジハードも笑みを浮かべて口を開こうとするが、声の代わりに溢れ出てきたものはどす黒い血であった。 何が自分の身に起きたのか理解できぬまま、彼は目を見開いたまま前のめりになって地に崩れ落ちる。 痛い。尋常でなく痛かった。言葉を発そうとしても、込み上げるものは生温かい血ばかり。 聖女のような笑みを浮かべて己を見下ろすリアンの手に握られているのは、血塗れた短刀であった。 「さよなら、ジハード。……旅をしていた時にあなたと過ごした時間は、なかなか楽しかったですわよ」 あの頃のままの笑顔で、彼女はジハードの顔を汚す血を両手で拭ってやる。 それから急に声のトーンを落とし、くるりと背後を振り返った。 「馬鹿ね、彼が時間を稼いでいる間に逃げればよかったものを。……これで落ち着いてお話ができるかしら?」 ……ナズナがいた。 引き返してしまったのだろうか。蒼白ながらも気丈に立ち、目の前の光景を信じられぬように見つめている。 「これが最後の質問にしましょう」 女王はゆっくりとナズナに歩み寄って行くと、凍り付いた微笑みを向けた。 ジハードの血で濡れた両手で、ナズナの両頬を包み込む。ぬるりとした血の感触に、彼女の肩が跳ね上がった。 「……ラストジャッジメントの文献を渡せ」 「本当に……本当に文献を渡したら、もうこれ以上誰にも危害を加えないって約束してくれる……?」 うつ伏せになったままぴくりとも動かないジハードに顔を向けたナズナは、震える手でカードキーを差し出す。 金色に輝くそれは、図書館の薄暗い照明に反射して輝いていた。 「このカードキーを差し込みながら検索すれば、シークレットワードが解除されるわ。 図書館内の鍵が掛かっている場所も、このカードなら殆ど開けることが出来る。……私の、司書の証よ」 「ふふふ、最初から素直に渡していれば誰も傷付かずに済んだのに」 カードキーをナズナから受け取るとリアンは唇の端を歪め、満足そうに微笑んだ。 「そう……最初から渡していれば、ね。けれど司書さん、残念だけど……あなたは私の素顔を見てしまった」 殺気を含んだ強力な魔力が、女王の手に集まっていくのが朦朧とした意識のジハードにも感じられた。 立ち上がろうと、声を出そうとしても、身体が全くいうことをきいてくれない。 駄目だリアンと何度も口にしたくとも、声ではない掠れた呼吸が漏れるだけであった。駄目だ、駄目だ、駄目だ。 己の血で真っ赤に染まった視界に、救いを求めるようにナズナが振り返ったのが映った。 「駄目だ……リアン……!!」 ……ぱしゃん。 頭上から生温かい何かが注がれてくる。その赤い液体と共に、柔らかな形あるものが次々とジハードに降り注ぐ。 手のような形のもの、足のような形のもの。最後に、一つ大きな塊がごろんと目の前に転がってきた。 「……あ……ああ……ああああぁっ……」 震える両手でナズナの頭だったものを引き寄せると、ジハードは声にならない声で狂ったように叫び続けていた。 叫んでいなければ、正気を保てなくなりそうだった。 ・ ・ ・ ──この図書館を利用する人達のために、あたし達司書がいるの。本の場所を、全て暗記し続けるあたし達が。 どんな事があっても、全然この仕事が苦にはならないわ。……だって、あたしは本が好きだもの──……。 +DeadorAlive+ |