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Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第5章+シルヴァラース古代図書館
第51話 Endless Nightmare -4- ティエルとサキョウがジハード達の元に辿り着くと、そこは既に目を背けたくなるような惨状であった。 辺り一面血の海だ。これが元は人間の身体だったのかと疑いたくなるような、無造作に散らばる手足や内臓。 その血池の中心で、同じく真っ赤に染まったジハードが何かを抱えながら倒れていた。 「……ジハード!!」 ティエル達が駆け寄っても、彼はどこか遠くを見つめたままぶつぶつと掠れた声で同じ言葉を繰り返している。 散らばっている死体は間違いなくナズナのものだろう。そして、今彼が抱えているものは恐らく彼女の……。 一体ここで何があったのだろうか。散乱する本と、血飛沫を浴びている本棚。一体誰が、どうしてこんな事を。 ジハードだって決して弱いわけではない。そんな彼が、何故。それとも戦うことの出来ない理由があったのか。 「おいジハード、しっかりしろ!! 喋らない方がいい、今直ぐ医務室に連れて行くからな。それまで頑張れ!」 サキョウが呼びかけるが、返事は無い。呆けた呟きを繰り返し続けるジハードの表情は正気を失っていた。 とにかく医務室に連れて行く為に抱きかかえる。 だが、医務室に行けば助かるというわけではない。このままでは、いくら生命力の強い彼と言えども死に至る。 「ティエル、行くぞ!!」 呆然と立ち尽くしていたティエルはそのサキョウの声で漸く我に返る。 あまりの惨状に足がいうことを利いてくれない。言いようのない恐怖に襲われ、全身が小刻みに震え始めた。 いつも笑顔を浮かべているジハードの、こんな壊れかけた姿を見るのは初めてだった。 ……一体、ここで何が。 だが今はそんな事を考えている時間はない。一刻も早くジハードを連れて行き、状況を誰かに伝えなくては。 書籍検索機にもなっているワープゲートまでは、ここからならばそんな遠くはない。 交わす言葉もなくサキョウの背を見つめながら走っていると、……急にぎくりとした様に彼が立ち止まった。 立ち止まる余裕などないはずだ。どうしたの、とティエルは口を開きながら前に進み出る。 目前に迫っているワープゲートの前には人影が立っていた。 何かを検索しているようにタッチパネルを触れていたが、やがて気配に気付いたのかゆっくりと顔を上げる。 「騒がしいですわね。……あら。これはこれは、誰かと思えばメドフォードのお姫様。それにお坊さんも」 ぼんやりとしたタッチパネルの光に照らされたのは、ティエル達のよく見知った顔であった。 氷の女王、リダ=クイーン。旅をしていた頃は、リアンと名乗っていた女。 「まぁ、可哀相なジハード。もう死んだの? 治癒魔法を使う自分がそんな状態じゃ、唱えるのは無理ね……」 「リアン! やっぱり、やっぱり生きていたんだね!?」 「待てティエルっ!!」 思わず飛び出そうとするティエルを制し、サキョウは聞いた事もないような怒りを帯びた声で口を開く。 「……リアンよ。首を振ってくれることを祈るが……ジハードやナズナをやったのは、お前なのか……?」 「私だと言ったらどうするつもりなんですの?」 可憐な顔に凍り付いたような笑顔を浮かべ、女王が口を開く。後悔の念などは微塵にも感じられない。 「ジハードと同じように、あなた達では私は殺せない。第一、私の方が圧倒的な強さを持っているんですのよ」 「リアン……何でこんなことになっちゃったの? もうわたし達、元には戻れないの……!?」 「頭の悪い娘ね、私はリダ=クイーン。リアンではないわ」 顔を歪ませたティエルが歩み寄ってきても、女王の表情は変わることはなかった。 ……寒気がした。目の前に立っている人物は、リアンの顔をしていながら、中身はまるで別人のようだった。 「言ったでしょ。リアンは全て私の愉快なお芝居。あなた達はそれを、面白いほど信じ込んでしまっただけ」 「リダ=クイーン! ……これ以上ティエル達を馬鹿にする真似は許さん!!」 痛いほど強くティエルの腕を掴み、サキョウは己の元へ引き寄せる。 その表情は嘗ての仲間に向ける表情ではなかった。恨みか怒りか、その双方が混ざったような顔つきだった。 「信じてきたからこそ、ワシが貴様が許せない……!! 罪なき者を傷付け、殺してきた貴様が! ワシらの前でいけしゃあしゃあと仲間を演じ続けてきた貴様が!!」 「威勢だけは良いですわね……で、どうするつもりなんですの?」 「悔しいが、今はお前に構っている暇はない。そこをどけ、ジハードを早く連れて行かねばならぬのだ」 サキョウに抱えられているジハードは、未だ懺悔の言葉を延々と繰り返していた。ナズナの首を手にしながら。 「お前の無事をずっと祈り続けていたジハードに、よくもここまで惨い仕打ちができるな。……鬼め……!」 「何とでも言いなさいな。今回の目的はラストジャッジメントの文献のみ。……あなた達に用はないわ」 涼しい顔でそう口にしたリアンは、しゃらしゃらと鈴の音を鳴り響かせながら歩き始めた。 一瞬身体が強張ったサキョウであったが、女王は彼らの前を通り過ぎると奥まで続く本棚の列を進んでいく。 闇に彼女の姿が消えると肩を撫で下ろしたサキョウは、ティエルへと顔を向けた。 「ティエル、急ごう」 「……」 だが名を呼ばれた彼女は立ち止まったままだった。 既にタッチパネルの前に立っているサキョウを見つめ、血塗れたジハードに視線を移す。そしてナズナの首。 唇を噛み締め、リアンの消えた方向へ顔を向けた。 「……ごめん。ごめんなさい……サキョウ……。ジハードを、どうかお願いします……」 ぼたぼたと零れた涙が地面に染みを作っていく。顔を歪ませ、ティエルは口を開いた。 「リアンは分かってくれる。だって、だって……わたし達、友達だから。昔そう言ってくれたから、きっと……」 「いかん、あいつはもうリアンではないのだ。分かっているはずだ、お前も。もう声など届くはずがないと……!」 だがサキョウの静止も虚しく、ティエルはリアンに向かって駆け出してしまう。 「ティエル! 戻ってくるのだ、ティエルっ!!」 (ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいサキョウ。それでも、わたしはまだリアンが好きなんだ) 溢れ出る涙で視界がどんどんとぼやけていく。まるで永遠にも続くかと思われるような、滲んだ本の列。 ……薄紫色に輝く本棚の前に女王は立っていた。金のカードキーを手にして、今まさに封印を解こうとしている。 「待ってリアン!」 力一杯に叫んだティエルの声に、リアンの手が止まった。そしてゆっくりと振り返る。 「ジハードもそうだけれど。お姫様、あなたも愚かな娘ね。私を追ってくるなんて、自殺願望でもあるのかしら?」 口元にやれやれと呆れたような笑みを浮かべながら、青緑の長い髪を払い除けた。 その動作は以前のリアンそのものであったが、微塵の隙もない。 いつでもティエルを殺せるように、既に彼女の指先には詠唱を終えた魔力が溜められている。 「……あの日からわたし達、ずっとリアンの無事を祈ってた。どうか生きていて欲しいと、それだけを願いながら」 涙を拭い、ティエルは恐れもなくリアンへと歩み寄って行った。 「本当に、本当に……今までのリアンはただのお芝居だったの? あの笑顔も優しさも、何もかも全部」 「何度言わせれば気が済むんですのよ。あなた達は私の大切な目的の為に利用されていただけ。 あまりにもあなた達が疑いもしないから、私も精一杯あなた達の理想のリアンを演じて続けてあげたのよ」 見慣れた赤い瞳を細めてにっこりと笑うが、瞳は背筋が凍るような冷たさを帯びていた。 「親友リアンの心の内すらも気付いていなかっただなんて、……それこそお友達失格ではなくて?」 「……そうだよ、わたしは何一つ気付いていなかった」 彼女の赤い瞳に負けぬように、ティエルは目を逸らさずに言葉を続ける。 「だから今ここに来た。あなたと、もう一度やり直すために。もう一度、今度は本心のリアンとやり直したい」 「残念だけど、私は今幸せなの。漸く愛しいあの方の望むエデンを作る手助けができるのだから。 あなたも招待しますわよ。私と、アスモデウス様の結婚式に。……ふふふ、そこがあなたの墓場になるけれど」 「結婚? アスモデウスなんかと結婚するの……? わたし達をずっと騙していたのも、ナズナを殺したのも、 ジハードにあんな酷い怪我を負わせたのも、サクラさんを死に追いやったのも全てアスモデウスのために?」 「アスモデウス様を愚弄するな、小娘が!」 明らかに怒りの混じった声。躊躇いもなくリアンはティエルに向けて、風の刃の魔法を発動させる。 「崇高なるあのお方の役に立てたのだ。むしろ殺してやったことを感謝してもらいたいくらいだ」 「……っ!」 咄嗟に床を転がったティエルだったが、避けきれなかった左腕がぱっくりと裂けていた。 痛い。これは現実なのだ。 左腕を押さえながらティエルは、漸くこれが嘘偽りのない現実のことなのだと改めて思い知らされた。 「本当に、わたし達の事なんてどうでもよかったの……? アスモデウスのための道具だったの……? 死んでしまったサクラさんやナズナに対して、今の言葉がもし本心からのリアンの言葉なんだとしたら……」 ティエルはぐっと唇を噛み締め、薄ら笑いを浮かべるリアンを睨み付ける。 「わたしは……絶対にリアンを許さない……!!」 「面白いことを言いますわねぇ、許さなかったらどうするんですの。この私を止めるとでも言うのかしら?」 「アスモデウスの作るエデンなんて知らない! でも、リアンだけは私が止めてみせる……!」 図書館内の薄暗い光に照らされ、それでも光る銀色の刀身。ぶるぶると震える手でイデアを女王に向けた。 やはり彼女に刃を向けることはティエルの中でも抵抗があり、気を抜くと剣が滑り落ちそうになってしまう。 「あらあら、可哀相に震えちゃって。……けれど、今はあなたの相手をしている暇はないんですのよ」 胸元から取り出したのは、紺色の球体。よく見てみると、透明な硝子の中に紺の煙が渦巻いているようだった。 暫く硝子を陶酔したような眼差しで見つめ、それを剣を構えるティエルの足元に勢いよく投げつけた。 「な、なに……?」 硝子が割れ、紺色のヴェールの様な霧が足元から徐々に上がってくる。 「ご存知かしら? この硝子の中には魔法が封じ込められているの。以前アリエス博士が使用したものよ」 ドゥーペル教の神殿でアリエスが使用した硝子の中身は、古代魔法サイレンスだと言っていた。 それを相手の足元に投げて割ると、魔法が発動するものだった。 「この中身は失敗作の簡易ワープゲートが詰まっているんですの。どこへ飛ばされるかは神のみぞ知る……」 既にティエルの身体を半分ほど覆い尽くした紺色のヴェールは、更に彼女を包み隠すかの様に纏わりつく。 「……リアン……」 イデアを握り締める手を下ろし、悲しげな瞳で女王へと顔を向ける。 だがリアンは顔色すら変えず、ティエルの消えゆく様を唇の端を歪めながら眺めているだけだった。 「わたしは信じてるから。……リアンをずっと、信じてる。ずっとずっと……大好きだから……!」 それがティエルの最後の言葉となり、紺のヴェールは完全に彼女の姿を覆い尽くして消し去ってしまう。 辺りに再び元の静寂が戻る。 「世界の果てか、死後の世界か。さぁ、どこに飛ばされたのかしら? もう二度と出会うことはないでしょうね」 アンデッドと化した亡者達がふらふらと彷徨う、しんと静まり返ったフロア。 そこには、まるで地の底から響き渡ってくるようなリアンの笑い声がいつまでも響き渡っていた……。 +DeadorAlive+ |