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Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第6章+Melodies of Heart
第56話 Heimdall and Quartz -2- 「そうだ、お腹空いてないですか? 今日はすごくいい野菜が手に入ったんです。オレが育てたんですよ」 ヘイムダルと名乗った大男は笑顔を浮かべ、腕捲りをして見せた。 その腕にも幾つかツギハギの痕が見受けられる。傷痕は随分と古く、過去に大怪我でもしたのだろうか。 だがクウォーツにとっては全く関係のないことで、興味すら湧かなかった。 それよりも今は一人になりたかったのだ。早いところこの男を追い払い、隙を見て立ち去るつもりであった。 「あんた5日間もずーっと寝込んでいたんですよ。少しは栄養取らなくちゃ……元気になんてなりませんよ?」 先程までのぼそぼそと下を向いて話していた自信のない小さな声は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。 大分態度が変わったな、と眉を顰めながらクウォーツは顔を上げてヘイムダルを横目で一瞥する。 ……目が合った。 慌てて視線を逸らそうとしたヘイムダルだったが、どうにか踏み止まったようだ。 他人と顔を合わせるのが辛いと言っていた彼にとって、それはとても勇気の必要とした行為だっただろう。 「会話をする時には相手の目を見ろと言ったが、……そこまでじろじろ見つめろとは言っていないはずだが」 目が合ったまま視線をいつまでも外そうとしないヘイムダルに耐え切れず、今度はクウォーツが目を逸らした。 「そんなに青い髪が珍しいかね」 「いや、折角そんな整った顔してるのに……眉顰めてばかりだと勿体無いなって。他の表情もして欲しいなって」 己の傷だらけの両手を見つめ、ヘイムダルはどこか自嘲気味に言葉を発する。 「オレは見たとおりこんな容姿だから、どんな表情をしても皆から忌み嫌われて避けられるだけでしたけど」 「お喋りはもう結構だ」 関心がなさそうに軽く片手を振って見せたクウォーツは、ベッドに横になるとヘイムダルに背を向けた。 「一人にして欲しい。話しすぎて……少し疲れた」 「あっ……ごめんなさい! 病み上がりの人に、オレ無理させちゃいましたね」 慌てたように頭を下げる。 「少しだけ待っていて下さい、力がつくようなものを作ってきますから。嫌いな物とか……ないですよね?」 クウォーツの返事がなくとも気にする様子を見せずに、ヘイムダルは忙しく足音を立てながら部屋を後にする。 漸く訪れた静けさ。それでもクウォーツは扉に背を向けたままの体勢で寝転んでいた。 ……先程ヘイムダルは5日間寝込んでいたと言っていた。身体の節々が痛みを感じるのはその所為か。 相変わらず左足の感覚はなく、白銀の武器の威力がいかに凄まじいかを身を持って思い知らされたようだ。 こんな足でハンターから逃げ切れる自信は、はっきり言ってしまえばなかった。 ヘイムダル曰く、この家は誰も訪れないという。……それならば、暫く身を潜めていた方が得策かもしれない。 だが。執念深く探すハンターに、もしも見つかってしまった時はどうなる? 瞬発力を攻撃の主としているクウォーツでは、この足の惨状ならばハンターに簡単に殺されてしまうだろう。 その後はどうなる? あの、ヘイムダルと名乗った人の良さそうな大男はどうなるのだろうか。 ヴァンパイアを匿っていたような人間を、ハンターがそのまま何もせずに放っておくとは考えられなかった。 運が良くて監獄送り。最悪の場合は……クウォーツもろとも殺される可能性だって充分にあった。 しかし、それがどうしたというのだ。お前は感情のない人形のような存在だと、誰もが皆こう彼を評していた。 誰かが目の前で殺されても何も感じない。信じていた誰かに裏切られても何も感じなかった。まるで抜け殻だ。 人形の自分が会ったばかりのヘイムダルという男の行く末を考えるなんて、とても馬鹿げた事だと思った。 「お口に合うか分からないですけど、野菜のスープができましたよ!」 暫く彼がそんなことを考えていると扉が開き、明るい声がかけられる。トレイを持ったヘイムダルである。 声を発するのも億劫であったクウォーツは、黙ったまま背を向けて寝転がっていた。 このまま諦めて去ってくれればいいと、そんな淡い期待を抱きながら。やがて、落胆したような声が聞こえた。 「……スープ、サイドテーブルに置いておきますから。冷めない内に必ず食べて下さいね」 木のテーブルに皿を置く音が聞こえた。静かな足音が遠ざかっていき、やがて扉がぱたんと閉まる。 ヘイムダルが姿を消すと、漸くクウォーツは身体を仰向けに戻して大きく息を吐き出した。 「我ながら、何をやっているんだろう。……な」 サイドテーブルに視線を移すと、ヘイムダルが置いていったスープの皿が湯気を立てている。 色鮮やかな野菜がたっぷりと入ったそれは、病み上がりのクウォーツの体調を考えて作ったものだろう。 乱れた青い髪をかき上げ、ふと左手の薬指にはまる銀の指輪に目を留めた。 (……もう一年……いや、一年以上か) 蝋人形のように無感情なクウォーツの顔に、ふっと穏やかな表情が横切る。 そのたった一瞬だけ。この瞬間だけ、彼は『人間』らしかった。生きていると胸を張って言える表情であった。 (私のことなど、とうに忘れているだろうな。けれど……みんな幸せでいてくれたら、それでいい) ・ ・ ・ ……どこかの寝室。 ベッドサイドのテーブルに乗った豪奢な燭台の蝋燭の炎が、ゆらゆらと生き物のように蠢いている。 大きな窓は開け放たれており、黒い雲に包まれた満月が時折姿を見せていた。 そんな寝室の中には、二つの人影。肩に置かれた手を振り払い、片方の人影が戸口に向かって歩き始める。 『本当に君は素っ気無いねぇ。……折角久々に恋人と会ったっていうのに、挨拶も何もなしかい?』 溜息と共に大げさに肩を竦めたのは、金糸のような長い髪を背後で丁寧に結っている若く美しい男だった。 『……恋人?』 吐き捨てるような声。金髪の男の声に振り返ったのは、戸口に向かっていた人影。 振り返った拍子に青い髪が乱れ、素顔を蝋燭が照らす。冷めた硝子の瞳に、無感情な顔つきの同じく若い男。 ひとの顔というものは、どこか一つでも欠点があるからこそ、逆にそれが愛しさや親しみを覚えるものだった。 しかし、振り返った青い髪の男の顔には欠点というものがなかった。生き物としてはどこか、欠陥的な美しさ。 作り物のような、長い間見つめていると背中に冷たいものが走るような。そんな顔をした男であった。 『愛してもいないくせに、よくもそんな事が言えるな』 『おかしなことを言うものだね、君らしくない。……勿論愛しているよ、君のその容姿だけをね』 突然何を言い出すのやらと、くつくつ笑い始める金髪の男。さも愉快だと言わんばかりに肩が震えている。 そんな彼の様子を眺めていた、完全に無表情であったはずの青い髪の男の顔が歪んだ。 『それは愛しているとは言わない。愛は、もっと……温かな気持ちになれる、そんな言葉のはず……』 『……おやおや、愛情がなくとも付き合うだけなら別に構わないと、君が最初に言っていたんじゃないかな? 悪いけどクウォルツェルト。君は飾りでしかないんだ。美貌で評判の君が恋人なら、僕も箔が付く。それだけだ』 にっこりと笑みを浮かべながら、金髪の男は彼の両肩に手を触れる。 『それだけ……』 途端に表情を歪ませていた青い髪の男の顔つきが元に戻っていく。元の、蝋人形のような生気のない表情に。 『何を期待していたのか知らないけれど、愛なんて以前に大体君に中身なんてないじゃないか。 笑いもしないし、怒りもしない。悩みもしないし、何も感じないし思わない。そんな人形を愛せるはずがないよ』 ……何も感じない……? では、この感情は一体何なんだ? 悔しいのか、悲しいのか、どれに当て嵌まるのかは分からないけれど。 私は生きてる。笑うことだって、悩むことだってきっと出来るはず。生きているのだから、きっと出来るはず。 それでも、それでもまだ私を人形だなんて言うのか……!? ・ ・ ・ 「大……夫で……」 暗闇の中、どこからか響いてくる呼び声。 「……大丈夫ですか、しっかりして下さい!」 悪夢を振り払うように目を開けると、心配そうな表情でヘイムダルが覗き込んでいた。 全身水でも被ったのかと思うほど汗で濡れている。夢だったのか、とクウォーツは額に張り付いた髪を払った。 ……あの金髪の男の顔に覚えはない。そして、自分があんな台詞を口にした記憶もなかった。 愛を完全に否定している自分が、まるで愛を欲しているかのような台詞を口にするなんて考えられなかった。 もしかしたら、失っている記憶が少しずつ悪夢という形で戻り始めているのかもしれない。 悪夢。 無意識の内に過去の記憶をそう形容していた。思い出すなと、最後の警報が鳴っているのかもしれない。 思い出さない方が幸せなのかもしれない。自分の意志で手放した記憶なのかもしれない。 だが、それではいけない。そんな……気がした。 +DeadorAlive+ |