Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第1章+水と緑のメドフォード - 光ゴケの夜 -


第6話 光ゴケの夜 -1-





目の前の岩に腰掛けているのは、間違いなくジハードである。
しかしメドフォード城にいるはずの彼が何故、この光ゴケの森にいるのかティエルには全く分からなかったのだ。

そもそも今夜ゴールドマインに向けて出発することなどジハードにはおろか、誰にも言っていないはずだった。



「どうしてここにいるの……!? だってジハードは城に残っていたはずじゃなかったの……?」

「せっかく来たのに、どうしてとは酷い言い草だね。ティエルがゴールドマインに行くって言ったからじゃないか」
駆け寄ってきたティエルに向けて悪戯っぽく小首を傾げて見せると、ジハードはにやりと笑みを浮かべる。


「思い立ったら深く考えずに即行動のあなたのことだ。出発は今夜だろうって思って、先回りをしていたんだよ」




「え!? でも、だって……ジハード猛反対していたじゃない! あ、もしかしてわたしを止めに来たの!?」
昼はティエルがゴールドマインへ行くことを反対していたジハードだったので、思わず彼女は身構えた。

サキョウの無事を確かめるまで、今更何を言われても戻る気はない。自分のこの頑固さに時折嫌にもなるが。
だが、ジハードから返ってきた言葉は実に意外なものであった。



「まぁ最初は止める気満々だったんだけど、あなたはもっと世間のことを知った方がいいかなって思ってさ。
ヴェリオルや右大臣と相談して、今回はあなたに任せようって。……ただし、ぼくが同行することを条件として」

「ジハード……」


「ぼくに感謝してよ? あの二人を説得するのは本当に苦労したのだから。あなたは本当に愛されているね」
そう言って微笑んだ彼の顔を真っ直ぐに見ていられなくなってしまったティエルは、唇を噛み締めて俯いた。

自分がいかに無鉄砲で、周りの迷惑を省みない自分勝手な行動ばかりしていたことに気付いたのだ。
それでも彼女の知らない所で必死にフォローしてくれていたジハードに、会わせる顔なんてあるわけがない。



「ティエルのことだから、どうせ夕飯も食べずに飛び出してきたんでしょう? だから、はい。これ」
唐突に押し付けられた温かい布の包み。持ってみると、一体何が入っているのかどっしりとした重さであった。

開けてみろとジハードの目の訴えに、ティエルは恐る恐る包みを開いてみる。
中に入っていたのは、少々いびつな感じのする大小様々な形をした簡素な握り飯がドカドカと並んでいた。



「なにこれ? おにぎりに見えるんだけど」

「そうだよ。それも、ぼくお手製のね。……ちょっとばかり見栄えは悪いかもしれないけど、不味くはないよ」
なんてったって、ティエルよりは数倍料理は上手いしね。と自慢げに言葉の後に付け加える。


「おにぎりって料理なのかなぁ……」

「細かいことはいいから、あなたも早く岩に登っておいでよ。腹が減っては旅はできないって、よく言うでしょ?」
どこか微妙に間違っていることわざを披露したジハードは、自分の腰掛けている広く平らな岩を指して見せた。



旅をしていた時から不器用なイメージのあるジハードであったが、料理は何故か美味しかった。
それは一人旅をしていた経験があるからだと彼は言っていたが、不器用な所はどうしても直らないようだ。



「へへへ……相変わらず手先が不器用なんだなぁ、ジハードって」

岩のようないびつな形をした握り飯の一つを手に取ると、ティエルはぱくりとかぶり付いた。
マヨネーズの隠し味とサーモンの味が口一杯に広がる。確かに形は悪いが味は文句なしに美味であった。


「ティエルに不器用だと言われると、なんだか微妙に腹が立つのだけど。……少し塩味濃かったかな」
彼女とは別の包みの握り飯に手を伸ばしたジハードは、一人で批評を始めている。



「こっちは丁度良くてすっごく美味しいよ。大好きなポトフやアップルパイと同じくらい美味しい」

「そんな焦ってがっつかなくても、ゆっくり食べていいよ。あなたはよく詰め込みすぎて、喉を詰まらせるから」
ティエルの素直な賛辞に彼はどこか照れたような表情になると、傍らの水筒を彼女に差し出した。


「それにしても……光ゴケが綺麗だね。バアトリのいたロクサーヌの森の光ゴケとは種類が違うのかな?
あっちのは紫色と言うか、群青色に近い光だっただろう? この森の光ゴケは優しい薄緑色をしているね」

とジハード。

森中でぼんやりと光り輝くコケの淡い緑の色は、ジハードの癒しの魔法の光によく似ていた。
その光ゴケに集まってくる、小さな光虫達。



「……さっきはごめんね。意地悪とか分からず屋とか言っちゃって。わたしのために言ってくれてたのに」
彼には顔を向けないまま、隣に座っていたティエルはふと口を開いた。

「分からず屋は……わたしの方だ」



「ああ、なんだ。そんなこと、全然気にしてないよ。いつものことでしょう」
表情と同じく穏やかな声。男性にしては高音で、女性にしては低音な。聞き慣れたジハード独特の声だった。

「それより大臣達を説得した方を気にして欲しいな。無事にあなたが戻らなかったら、ヴェリオルに殺されるよ」



「ジハード」
思わず溢れ出てしまいそうになった涙を彼に悟られぬようにぐっと堪え、再び握り飯を口に運ぶ。

「わたし、いつもいつもジハードに迷惑ばかりかけているのに。それでも……見放さないでくれてありがとう」



「……迷惑だなんて思ったことはないよ。こんな程度では揺らぐことがないくらい、ぼくは嬉しかったのかもね」
「嬉しかった……?」


「うん。海底神殿で、ぼくのために封魔石を壊そうとしてくれたことがさ。とても必要なものだったはずなのに。
覚えてるかな……あの時言ったでしょ。ぼくなりに精一杯あなた達を守りたいって。今でもそれは変わらないよ」

ついこの間のようで、遠い昔のような記憶。
あの頃のティエルは祖国復興のために、ただ封魔石をがむしゃらに求めていたような気がする。



「あのさ、ジハードを石にした魔法使いって……一体どんな人だったのかな。全然話してくれないじゃない?」



「とても手強い相手だったよ。彼は不老不死の力を、どうしても手に入れなくてはならないと言っていた」
ジハードが軽く息を吹きかけると、額に貼られた不思議な呪札がひらひらと揺れる。

「相手を石にする魔法なんて、簡単に唱えられるような魔法じゃない。まさか習得しているとは思わなくてね。
……石といえば、問題のゴールドマインも住民達が石化していると言っていたけど。まぁ、関係ないか」



「石にする魔法かぁ……何だか怖いね。じゃあジハードの旅の目的はその魔法使いなの?」

「そういうことになるかな。あいつは……ぼくを石にするだけじゃなく、父さんや母さんにまで手を出したんだ。
あいつと決着をつけるまで、ぼくの旅は終わらないと思う。終わらせてはいけないんだと思う」



「ジハードの……お父さんとお母さん?」

初めて聞く告白に、ティエルの表情が曇る。彼はいつも笑っていて、そんな話は一度も聞いたことがなかった。
こんな大切な旅を止めてまで自分と一緒にいてくれる彼に、同時に申し訳なく思った。


「わたしに何か協力できることがあるかな。何だって協力するから遠慮なく言ってよ? 絶対だからね!」



「ふふふ、ティエルの力にあまり期待はしないけど。その時はよろしく頼むよ」
「期待をしないって、何それ!? もっとわたしを頼ってくれてもいいじゃないのーっ」

頬を膨らませながらぽかぽかと叩いてくるティエルに苦笑をしていたジハードだったが、ふと眉を顰めた。



「……しっ、静かに。背後から気配を感じる。モンスターか人間かは分からないけれど」
一瞬のうちに辺りが緊迫した雰囲気に包まれる。

ティエルは背に括り付けていたイデアに手をかけ、ジハードは横に置いていたリグ・ヴェーダを音もなく開く。
二人はゆっくりと頷き合うと、勢いよく後ろを振り返った。



「……誰だ!!」



「うひょおっ!? 一体何事じゃあ!?」
背後の茂みからガサガサと音がしたかと思うと、明らかに老人の驚いた声。

武器を構えたティエル達の前に姿を現したのは、全身が浅黒い肌に包まれた随分と小柄な老人であった。


こんな近くに来るまで気配に気付くことができなかった。
半ば肉に埋もれてしまった細い目を更に細め、老人はティエル達の前まで進み出る。

その衝撃で全身の肉が波打つ。太っているのか、元々そういう体型の種族なのか分からない人物であった。
一つだけ分かることは、人間でもモンスターでも悪魔族でもない。これだけは確かである。



「こりゃ血気盛んな若者達じゃのう……年寄り相手にそんな怖い顔をするでない。老人は大切にせねばいかん」
そう言って、未だ警戒を解かないティエル達に向かって老人は特に悪びれた様子もなく笑い声を発した。






+DeadorAlive+