Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第6章+Melodies of Heart


第62話 Melodies of Heart -1-





「ひっ……殺される……っ!」
「逃げろ、オレ達がどうにかできる相手じゃない! 早くヴァンパイアハンターさんに連絡するんだ!!」



目を光らせながら使い魔を従えた彼を前にして、この場に残る命知らずの者などはいない。
クウォーツの正に悪魔族そのものの姿を見せ付けられた町人達は、口々に何かを叫びながら逃げ出していく。

後に残ったのは、地面に叩き付けられている割れたランプや傘だけである。



「行ったか……」
町人達の姿が完全に見えなくなると、漸くクウォーツは肩を落として額に流れ落ちる血を軽く拭った。

「もういい。お前達は帰れ」
飛び回っていた使い魔達が彼の元へ集まってくる。ぱちんと指を鳴らすと、使い魔達は煙のように消え去った。



「……どうして、だろうな。別に何をしたわけでもない、そんな同じ人間を蔑んで忌み嫌うのは」



転がっている折れた板を手にしたクウォーツは、先程ヘイムダルの呻き声が聞こえてきた付近を掘り始める。
声が聞こえてきたということは、そんな深くには埋まっていないはずだ。


折れた板の小さなトゲが手を傷付けるが、構わず彼はヘイムダルの姿を求めて掘り続けた。



暫くすると、大きな石の間に挟まれた顔が目に映る。
誰かが投げ出していったランプを手繰り寄せて近付けると、やはりヘイムダルであった。

運良く丁度隙間が出来ており、窒息することだけは免れているようだった。
木の破片を投げ捨て、クウォーツは素手のまま無言で石を崩していく。



未だ降り続ける激しい雨と額から流れる血が、泥で汚れたクウォーツの顔を洗い流していくように見えた。


尖った石で手が既に真っ赤に染まっている。しかし、ランプの光に照らされた彼の顔はやはり無表情であった。
何も思わず、何も感じず。痛みに顔が歪むこともなく。息を切らすこともなく、彼は掘り続ける。

ただ、冷たい色をした青い瞳だけがじっとヘイムダルを見つめ続けているだけであった。




そんな作業の甲斐あって、漸くヘイムダルの身体を完全に掘り起こす。首筋に触れてみると温かい。息もある。
息を吐き出したクウォーツは、背負う為に彼の手を己の肩に回すが。その途端にがくんと崩れ落ちてしまった。


華奢な体格である上に足に怪我を負っているクウォーツが、ヘイムダルのような大男を背負うには無理がある。
しかしこんな冷たい雨の降り続ける場所に居続ければ、ヘイムダルの体温を根こそぎ奪ってしまうだろう。



「お前は私を助けてくれた。……だから、今度は」



ぐっと歯を食いしばり、重い身体を背負う。全身の骨が軋むような錯覚を覚え、耐え難い痛みが走った。
それでも彼は決して歩みを止めようとはせず、半ば引き摺るようにしてヘイムダルを背負って歩き続ける。

一歩足を踏み出すごとに、みしみしと足首が悲鳴を上げていた。



乱暴に扉を開け、転がり込むようにしてヘイムダルの家に戻ったクウォーツは、彼をベッドまで運んでいく。
全身に打撲や切り傷が見受けられるが、その怪我の程度からいって命に別状は無いようだ。


家を押し潰した土砂崩れに巻き込まれたにしては、随分軽い怪我とも言えるだろう。身体の頑丈さ故の幸運か。

泥を濡れたタオルで落とし、籠に入った消毒液と包帯を取り出した。とりあえず大きな傷だけを手当てする。
気を失っているヘイムダルは、もう呻き声を発してはいなかった。安らかな顔つきで目を閉じている。



そこで今までの疲れがどっと押し寄せてきたクウォーツは、そのまま倒れ込むようにして椅子に身体を預けた。
……全身が重い。膝から下が痺れたような痛みを発している。



「貴様は」
ヘイムダルに語りかけるわけでもなく、クウォーツは独り言のように呟いた。


「不幸事ばかりを呼び込んでしまう私などではなく。もっと理解してくれる他の誰かと一緒にいた方が、ずっと」



「……ずっと、何だって言うんですか……?」
その時、眠っていたと思われたヘイムダルから声が発せられた。

言葉を止めたクウォーツをヘイムダルは純粋な瞳で見つめ、アザの浮いた顔を歪ませてぼろぼろと涙を零す。



「オレの未来にあんたの姿は無い。そんなこと、もう分かっています」
震える手を伸ばして泥だらけになっているクウォーツの頬を優しく拭ってやるが、やはり彼は何も答えない。



冷たい頬は、クウォーツの心を表しているようで、彼にはやはりどんな言葉も届かないのだと痛感した。



「町の者に私の姿を見られた。だが、姿を見られた後始末くらい……自分でつけてくるさ」
「クウォーツさん、……一体何を」



「もう話すな。とりあえず、貴様はゆっくりと休んでおけ」
言葉を遮るように口を開いたクウォーツは椅子から立ち上がると、ヘイムダルの手に己の冷たい手を重ねる。


「今夜はずっと傍にいる。だから、安心しろ」



「オレ……起きたら、あんたにどうしても伝えたいことがあるんです。聞いてくれますか……?」
「気が、向いたらな」

素っ気の無いクウォーツの返事であったが、その言葉に安心したのかヘイムダルはにっこりと笑みを浮かべる。



辺りを静寂が包み込んだ。
ヘイムダルが寝入るまで椅子に深く腰掛けていたクウォーツは、無言のまま彼の顔を見つめていた。


安らかな寝息がヘイムダルから聞こえてくるのに時間はかからなかった。緊張の糸が切れてしまったのだろう。



幼少の頃に負った大怪我が原因だといった傷痕が幾重にも走る、ヘイムダルの寝顔。
だがその表情はとても安らかで、穏やかで、温かかった。

彼の笑顔に心癒されたことが全く無かったと言えば嘘になる。ヘイムダルのことが嫌いだったわけではない。
……けれど、これ以上側にいることはできなかった。



「これ以上誰かと一緒にいると、きっと私は弱くなる。一人ではもう……生きていけなくなるような気がした」



だから、あの温かな場所から逃げ出した。引き止めてくれた仲間から目を背け、振り返ることすらしなかった。

それからクウォーツは傍らの妖刀幻夢を手に掴むと、軽く口笛を吹いて一匹の使い魔を召喚する。
忙しなく周囲を飛び回るコウモリに、彼は抑揚のない声色で命令をした。



「私ではなく、この男を守れ。誰一人としてこの家に入れるな。……分かったか」
どうやら使い魔のコウモリはその命令に納得が行かないようだ。歩き始めた彼に纏わりつく様に飛んでいる。


「心配するな、単なる野暮用だ」



こつこつと靴音を鳴り響かせながら振り返ったクウォーツは、使い魔を残したまま部屋の扉を閉めた。

微塵の迷いも見せずに一直線に玄関の扉へ向かっていく。
既に扉の向こうでは、幾人かの気配がした。じっと息を潜めながら中の様子を伺っているように感じられる。


ゆっくりと手を伸ばすと、クウォーツは勢いよく入口の扉を開け放った。




……予想していた通り、家の前にはヴァンパイアハンター・ガッシュを先頭として町人達が武器を構えていた。
武器といっても専門の武器ではなく、鍬や鉈などであったが、充分武器としては機能するものだ。

後ろ手で扉を閉めて顔を上げる。あんなにも激しく降り注いでいた雨はすっかり止んでいるようであった。



「よぉ、ヴァンパイア様」
口元に歪んだ笑みを浮かべたガッシュが前に進み出る。他の者は恐れて遠巻きに眺めているだけだった。


「よくもまぁ、長い間あの大男を飼い慣らしていたもんだ。悪魔族って奴は、人間を騙すことにかけちゃ天才だな」



「黙れ」
妖刀幻夢の柄に手をかけようとしたクウォーツだったが、ぐっと握り締めて堪えるとガッシュに顔を近付ける。

「貴様など斬り殺してやりたいところだが、そうもいかなくなった。……私と取引をしろ」



「取引ぃ?」
「貴様は私を捕らえた賞金が欲しいのだろう。それならばくれてやる」

周囲の者達に聞こえぬように、ガッシュの耳元で囁くように声を発するクウォーツ。



「……言っている意味が分からないか? わざと貴様に捕まってやると言っているのだ。
だがその代わり、ヘイムダルは脅されて私を匿っていたという噂を広めろ。貴様の言葉なら、皆信じるだろう」



「なんだそりゃ? どういう風の吹き回しだ。あの男に情でも移ったのかね、感情の無い人形みたいな奴のくせに」
意外なクウォーツの言葉にガッシュは目を瞬かせるが、すぐに下卑た笑みを口元に浮かべた。


「大方捕まった後に逃げ出すつもりだろうが……教会に突き出した後も、オレはお前を手放すつもりはねぇよ」



(──まぁ、その時は貴様を殺すだけだがね)
表情にすら殺気を出さず、クウォーツはそう心の中で呟いた。



「できるなら小賢しいお前は相手にしたくはねぇしな。……いいだろう。その話、乗ってやる」

たかだかガッシュにとってはどうでもいいような噂を広めるだけで、簡単に大金を手にすることが出来るのだ。
これ以上旨い取引はない。


軽く肩を竦める動作をした後、ガッシュはごほんと咳払いをしてから町人達を振り返った。



「このヴァンパイアは、匿わなければ町人を皆殺しにすると言ってヘイムダルとかいう奴を脅していたらしいぞ。
泣ける話だよなぁ。……そのヘイムダルって男は、何も文句を言わず外では平気なツラしていたんだろ?」


「え……?」
「あの、ヘイムダルが?」

ガッシュの言葉に、武器を持ったまま顔を見合わせる町人達。
確かにそうだ。いくら化け物と蔑まれているヘイムダルとはいえ、本物の化け物を自ら進んで匿うはずがない。


困惑している町人達を眺め、もう一押し必要かもな、と肩を落としたクウォーツに向かってガッシュが口を開く。



「へへへ、そんな善良な町人を恐怖に陥れた罪は重いんだ。……お前にはこれから裁判を受けてもらうぜ」
「ご自由に」


ガッシュの合図と共に、背後に控えていた町人達が恐る恐る縄を持って近付いてくる。

両手を後ろに回され、きつく縛り上げられる。麻縄が手に食い込む感触が気に入らないが、表情には出さない。
一体何を考えているのか全く読めない顔つきのままで。クウォーツは抗うことを一切しなかった。






+DeadorAlive+