Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第6章+Melodies of Heart


第63話 Melodies of Heart -2-





空を覆う分厚い雨雲は晴れ、時折雲の切れ目から大きな月が顔を覗かせている。
とても、青白い満月だった。


教会までの道のりは、町を騒がせ続けていたヴァンパイアの姿を一目見ようと見物人達が集っている。
家から出る勇気のない者は、明かりを消した窓から息を潜めてこちらの様子を伺っているようであった。




「この化け物、よくも今まで好き勝手してくれたな!」


「裁判なんてまどろっこしい事しないで、さっさと殺しちまえよ。悪魔族ならいくら殺しても罪にならないんだろ」
「ひゃーっ、滅茶苦茶いい男じゃないか。いくらなんでも殺すのは可哀想なんじゃないのかい……?」

「た……確かに、こいつに襲われて死んだ者はいないし……。鞭打ちくらいで許してやるってのはどうだ?」
「早速騙されてるんじゃねぇよ、あいつらはそうやって人を騙して堕落させる化け物なんだぞ!」



石や、生卵、腐った果実。そんなものが次々に罵声と共にクウォーツに投げ付けられた。
自分に向けられる様々な罵声をクウォーツはどこか他人事のように聞きながら、それでも無表情を崩さない。



……化け物。



確かに人間から見ればヴァンパイアは血を喰らう化け物だ。そう呼ばれるのも仕方のない事だろうと彼は思う。
青い髪だから。悪魔族だから。……確かに彼には化け物と呼ばれる理由は充分すぎるほど揃っていた。


もしも色々なことを感じ取れる心を持っていたならば、そう呼ばれた時に一体どう感じるのだろうか。



感情の一番大切なところが抜け落ちてしまっていることは、他人に言われなくとも自分が一番分かっている。
そこだけが、まるで最初からそうであったかのように、ぽっかりと穴が開いていた。

けれど、それでもいいと思っている。心を持てば弱くなるだけ。ならば今の彼にとっては必要のないものだった。



前を歩いていたガッシュの歩みが止まる。クウォーツが顔を上げると、いつの間にか教会の前に到着していた。
彼らしくもなく、周りが見えなくなるほど考え事に没頭していたようだ。


厳かな佇まいと厳つい鉄製の門。こんな小さな町の教会にしては、どこか不釣合いなほど立派な建物である。


重々しく扉が開かれると、一番初めに目に映ったものは最奥の像。彼らが信じ、縋っている神の像だろうか。
その大きな像の前に僧服に身を包んだ中年の男が立っていた。



暫くぼんやりとその男を眺めていたクウォーツだったが、早く進めとばかりに背後から強く突き飛ばされた。
僧侶と目が合った。その途端、男は汚らわしいものを見るような目付きでクウォーツの姿を眺め、顔を背ける。


「……なんという忌まわしい存在だ。この様な呪われし者を間近で目にすることになるとは……神よ……!」
首から下げた小さな神の像を両手で祈るように握り締め、僧侶は吐き捨てるように口を開いた。



「汚らわしい。姿形をどんなに美しく装っても、お前は穢れた存在だ。生を受けたのが間違った存在だった」



「私が間違った存在ならば、貴様はどうだ。……ふふ、自分だけが正しい存在だとでも思っているのか?」
「ヴァンパイアめ、拙僧を嘲笑う気か!」


ぱぁん、と乾いた音が響き渡る。僧侶がクウォーツの頬を張った音であった。



「僧侶である拙僧が間違った存在のはずがない。神に見放されたお前達とは違い、神に選ばれた存在なのだ」

「おいおい僧侶さんよ、早いところその裁判ってヤツを始めてくれないかい。オレは気が短いんだよ」
貧乏揺すりをしつつ傍らの椅子に腰掛けていたガッシュは、どこか苛々した様な口振りで僧侶へ顔を向ける。


「それが終わったら、こいつをオレに渡してくれるんだろ? 約束を忘れているわけじゃねぇだろうな」



「うむ。コホン、そうであったな。……穢れた存在よ、全ての問いに正直に答えるのだ」
僧侶は慌てて咳払いをして誤魔化すと、拘束されて地に両膝をついているクウォーツに向かって口を開いた。

「まずはその忌まわしき名前、年齢、出身地を答えよ」



「さあ」
即答であった。名前はともかくとして、記憶がないのだから答えようがない。そして、答える気もなかったが。


「こちらからも聞こうか、僧侶よ。貴様は神に選ばれた存在でありながら、助けを請う者を見殺しにするのか」



「何を馬鹿なことを……拙僧は神に誓って、迷える子羊達を見殺しにしたことなど一度たりともない」

「ならば何故ヘイムダルを見放したのだ。あの土砂崩れの時、貴様も野次に混ざって眺めていたではないか。
助ける素振りすら見せず、貴様は早々に立ち去ったな。僧侶たる者、迷える子羊を見殺しにはしないのだろう」



「ヘイムダルは人間ではない、まるで醜い化け物のようではないか! 救う筋合いがどこにあるのだ!?」
感情の起伏もなくただ淡々と言い続けるクウォーツに、僧侶はカッとなって思わず声を荒げる。



「拙僧が救う者は、清く正しい心を持った人間だけだ。……ヘイムダルや、お前のような化け物ではない」



「ヘイムダルはれっきとした人間だろう。それこそ正に貴様の言う、清く正しい心を持った人間ではないのか」
一見すると無感情なクウォーツの薄い硝子の瞳。だが、奥に鋭利な光を隠し持ったそれが僧侶の瞳を射抜く。


目を逸らすことが出来ない。まるで縫い止められたかのように、彼の瞳から顔を背ける事が出来なかった。



「彼の今までの行いを、その腐った頭で思い出してみろ。それでもあいつを化け物なんて言葉で罵るのか。
……一体どちらが化け物だ。私には貴様達が、人間の皮を被っただけの醜悪な怪物にしか見えない!!」



クウォーツにしては珍しく語気が荒くなり、同時に周囲で静観している町人達へと顔を向ける。
僧侶だけではない。心無い言葉でヘイムダルの心を傷付け、虐げ続けていたこの町の人間達だって同罪だ。


「黙れヴァンパイアが! おい、何やっているんだ。これ以上変なことを口走らないように、こいつの口を塞げ!」

「は、はい!」
クウォーツの両脇に立ちながら、彼の言葉を唖然とした顔つきで聞いていた男達が僧侶の声で我に返る。



「聞いていて耳が痛いか、僧侶殿。貴様のような人間が僧侶になるくらいだ……この町は終わりだな。
心の内を全く理解しようとしないで……誰かを外見だけで判断し、跳ね除け、化け物と呼ぶ貴様達がいる限り!」



……心の内を全く理解しようとしないで……跳ね除けて?




『じゃあ約束して。絶対に戻ってくるって。戻ってきて……これからも、わたしの側にいてくれるって』
『偽りの言葉なんていらない。飾られた言葉なんていらない。ただ、あなたの本当の言葉が聞きたいだけ』


『そうだな。同じだ。確かにお前も同じことをしているよ。だが、ワシにも分からん。どうしてだろうな』
『……じゃあ、クウォーツ。あなたは。ぼくらの……ぼくのことも信じることはできないの……?』




ああ、そうだったな。と、クウォーツは僅かに苦笑を浮かべた。
誰かの心を全く理解しようとしないで、全て跳ね除けて。遠ざけて。……私も、きっと同じことをしていたんだ。



「た……確かに、ヘイムダルが今までオレ達に何か危害を加えたかというと……そうじゃないよな」

「だってあいつ、何を言われてもへらへらしてただろ」
「だから言ったでしょう、もうこんな差別はいい加減やめようって。それなのにあんた達が……」


「そんな者こそ救いを与えねばならないのに、僧侶様は見殺しにしたというのか……?」



ざわざわざわ。どこか戸惑いを含んだざわめきが、厳粛な教会内に響き渡る。
やはり本心からヘイムダルを嫌っている者ばかりではなかったのだろう。彼の性格を考えれば当然である。

誰かが化け物と呼んでいるから、何も思わずそれに倣う。それはとても残酷なことであった。



「静粛に、静粛に! このヴァンパイアの言葉に惑わされるでない、この者の言葉は悪魔の囁きであるぞ!」
大きな声で僧侶が怒鳴るが、ざわめきは収まらない。


その様子を無表情で眺めていたクウォーツの姿を、僧侶は憎悪を込めた眼差しで睨み付けた。



「……お前を見ていてよく分かった。悪魔というのは、想像以上に危険な存在だな。言葉にも魔力を持つのか」

「言葉に魔力なんて持つわけないだろ」
口を塞ごうとした左右の男の手を、身を捩りながら跳ね除けるクウォーツ。


「貴様達は何故か滑稽なほど悪魔族を特別視している。……私達の本質なんて、きっと人間とそう変わらない」



「あ……悪魔族と、人間が変わらないだと……? 神に選ばれた人間が、地に堕ちた悪魔族と……!?」
僧侶にとっては最大級の侮辱だったのだろうか。目を見開き、わなわなと震えていた僧侶だったが。

やがて表情を冷静なものに戻すと、口元に寒気がするような冷徹な笑みを浮かべた。



「……ヴァンパイアハンター殿、この者を生きたまま引き渡すという約束は無かったことにしてもらいたい。
やはりこの様な人間を惑わす存在を生かしておくのは非情に危険なのだ。……勿論、分かってくれるな?」


「まぁ賞金は貰ったし、僧侶さんがそう言うんじゃ仕方ねぇな」
退屈なのだろうか、苛立ちを隠し切れぬかのように小刻みに足を揺すっているガッシュ。

「けれど、処刑しても死体は譲ってくれよ。少々値は落ちるが、こいつなら死体でも売れるっちゃ売れるからな」



「皆の者、静粛に! 町を恐怖に陥れ、あまつさえ町人達を惑わそうとした悪魔の処刑を明夜執り行う!」


先程までの怒りを微塵にも感じさせることのない、冷静な僧侶の声が教会内に響き渡った時である。
……突如乱暴に教会の扉が開いたのだ。まるで扉を勢いに任せて殴り飛ばすかのような音だった。


その音に、町人達は皆一斉に口を閉ざして振り返る。誰かが小さくあっと声を上げ、ヘイムダルだ、と呟いた。



(……)
出来れば振り返りたくはなかった。振り返るまで少々の時間を要したが、クウォーツはゆっくりと振り返る。


開け放たれた教会の扉の前には、唇を噛み締めて立っているヘイムダルの姿があった。






+DeadorAlive+