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Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第6章+Melodies of Heart
第64話 Melodies of Heart -3- 一斉に目を向けられても、扉を開けたまま立ち尽くしているヘイムダル。全身の怪我が痛々しい。 彼の視線の先はクウォーツである。 突然の事に皆が呆気に取られた表情をしている中でも、やはりクウォーツは変わらず普段の顔つきであった。 「……どうして」 その体躯には到底不釣合いな、弱々しく消え入りそうな声がヘイムダルの唇から洩れる。 「一緒にいてくれると言ったのに、どうしてオレを置いていくんですか? どうして、一人にするんですか……?」 ヘイムダルの小さく苦しげな声は、一体何人の者が耳にすることが出来たのか。 勿論事情を知らぬ町人達は、その呟きの意味を理解することが出来ずにただ首を傾げるだけであったが。 まずいな、とクウォーツは思った。だがそれを表情にすら出さず、彼は瞬時に思考を巡らせる。 こんなにも早くヘイムダルが目覚めてしまうとは思わなかった。彼の頑丈さを随分と甘く見ていたようである。 ……もしかしたら、この事件がヘイムダルに対して町人達が好意的になる絶好の機会になるかもしれないのだ。 だが。自分達の関係が知られてしまえば、折角の機会も全てふいになってしまう。 むしろヴァンパイアを匿った人間として捕らえられ、考えうる限り最もまずい状況に陥ってしまうかもしれない。 (どうする。どうしたらいい、考えるのだクウォルツェルト。何かきっと突破口があるはず。……何か……) その間僅か数秒。 一つの答えをはじき出したクウォーツは、左右で縄を持ち自分を押さえ付けている男達を身を捩って振り切ると、 呆然とした表情でヘイムダルを見つめている一人の男まで駆け寄った。 とにかく誰でも良かったのだ。この男を選んだ理由は、ただ一番近くにいた組み敷きやすそうな者だったからだ。 あまりにも咄嗟のことで、誰もが、ヘイムダルまでもが見ていることしかできなかった。 治りかけていた左足で地面を蹴った瞬間に激痛が走るが、それでも構わずクウォーツは男に飛び掛った。 声を上げる間もなく両者は床に倒れ、後ろ手で拘束されながらもクウォーツは男の上に圧し掛かる。 「う、うわあぁぁ!? たっ、助け……」 「ヴァンパイアが、ヴァンパイアがスミスさんを!!」 数秒遅れて上がる男の悲鳴。その声に我に返った町人達。彼らを中心として、さぁっと人々が遠ざかった。 「おいおい、こんな状況でどうするってんだヴァンパイア様よ。……何をやっても、もう逃げ道はねぇんだぞ」 さすがに武器を構えて椅子から立ち上がったガッシュは、クウォーツとの距離を詰めながら口を開く。 「大人しくしてるって約束だろ? 話が違うじゃねぇか」 「……動くなよ、人間共」 唇の端を歪め、クウォーツは醜く笑って見せる。結局の所、やはりこんな方法しか思いつかなかった。 かつて、そんな自分を馬鹿だと叱ってくれた者がいた。優しく受け止めてくれた者がいた。泣いてくれた者がいた。 ──しかしそれも全て過去のことだった。 今は余計なことを考えている暇はない。……ただ、自分は見事にこの役を演じ切るだけ。それだけであった。 「この男の命が惜しくば、全員この場から出て行け。そこの大男、貴様も例外ではない」 「クウォーツさん」 呆然とした表情で、だがそれでもヘイムダルは少しも恐れることもなく。一歩ずつ歩み寄っていく。 「その人は……その人だけはやめて下さい。その人は、スミスさんには、数え切れないほどの恩があるんです。 両親を亡くしたオレに、唯一声をかけて世話をしてくれた人なんです。お願いです、どうかその人だけは……」 (……なんだ、本当の意味での一人ではなかったのだな。ちゃんと気に掛けてくれている者もいたんじゃないか) ヘイムダルの純粋な黒い瞳が、じっとクウォーツを見つめている。 一体何故こんな事をするのか。自分をどうして置いて行ったのか。そんな戸惑いがありありと瞳に表れている。 「一緒にいてくれるという約束も破って、こんな事をするなんて……オレは、あんたが分からなくなりました」 「分からなくなる? 何を勘違いしているんだ、私は身を隠すために貴様を利用しただけのこと」 スミスと呼ばれた男を強く床に押し付ける。既に気を失っており、押し殺したような悲鳴が男の口から洩れた。 「……私にとって貴様は、ただそれだけの存在だ。一緒にいて欲しいだと? 冗談じゃない。 少し大人しい顔をしていれば図に乗る貴様はとても滑稽だったよ。本当は貴様と過ごすのも……苦痛だった」 抑揚のない声色で、クウォーツは一気に吐き捨てる。 段々とヘイムダルの顔色が蒼白になっていく。ぶるぶると小刻みに震え、目を見開いたまま唇を噛み締める。 「己の姿を鏡で見たことがあるのかね、気味の悪い貴様と一緒にいる方の身にもなってみろ」 ヘイムダルにしか聞こえぬように。声のトーンを落として言葉を発する。周囲が騒がしいことが好都合であった。 感情が欠落しているということは、なんて便利なことだろうとクウォーツは思う。 こんな台詞を言っていても心すら痛まなかった。そして、心すら痛まず言えてしまうことが……少し寂しかった。 「本当にそう思っていたんですか? 本当に、あんたの事で悩んでいたオレを内心嘲笑っていたんですか……?」 「……」 涙の溜まったヘイムダルの黒い瞳。初めて出会ったときも、彼はこんな瞳をしていた。 皆から蔑まれて、誰も目を合わせてくれなくて、それでも毎日精一杯生きていた。そんな、彼の瞳であった。 その瞳を目にしたクウォーツは、次に続けようとした言葉を思わず飲み込みかけるが。……再び口を開く。 「挙句の果てには、求婚紛いの事まで言い出す始末だ。お笑いだな、貴様が憐れでならないよ」 「……黙れ……」 「誰が貴様のような、……化け物と」 「うわああぁぁ! 黙れ……黙れぇっ!!」 まるで獣の咆哮するような声であった。ぼろぼろと涙を溢れさせたヘイムダルは、クウォーツに掴みかかった。 胸倉を掴まれ、呆気ないほど容易くスミスから引き離される。 「悪魔だ……あんたは、本当に悪魔だ……!」 両手を拘束されているクウォーツが受身を取れるはずもなく、その怪力で強く床に叩き付けられた。 背中に走る痛み。見上げると、自分に圧し掛かり、泣きながら右手を振り上げるヘイムダルの姿が見えた。 ……殴られる。 とうに予想していたことではあるが、それでも避けることの出来ぬ状態ではさすがに覚悟が必要であった。 しかし、ヘイムダルの振り上げた拳は振り下ろされぬまま、代わりに大粒の涙がぼたぼたと落ちてくる。 行き場を失った拳が力なく震えていた。 「……どうしてなんでしょうね。あんたはこんなにも酷い人なのに、何故か殴ることが出来ないんですよ……」 涙を溜めたヘイムダルの黒い瞳と、やはり無感情なクウォーツの瞳が見つめ合う。 「あんたにとっては偽りの日々だったのかもしれないけど、でも……それでも、オレにとっては本物の日々だった」 ──そのヘイムダルの光景は。町人達の目から見れば、泣くほど恐ろしい思いをしながらもスミスを助ける為に、 勇気を振り絞ってヴァンパイアに掴み掛かる姿に見えた。 「よくやった、ヘイムダル! そのままそいつを押さえ付けておけよ!」 「大丈夫かスミスさん!? ……よかった、気を失っているだけだ」 ヘイムダルの作ってくれた状況を無駄にするわけにはいかないと、体格に自信のある町人達が一斉に飛び掛る。 瞬く間に二人は引き離され、クウォーツの姿は半ば乱暴に引き摺られるようにして扉の向こうに消えた。 彼の連れて行かれた方角から、汚い言葉遣いをしたクウォーツの恨み言が聞こえてきた。 その声をぼんやりと耳にしていたヘイムダルは、何かを否定するかのように首を振って己の両耳を塞ぐ。 聞きたくない。もうこれ以上聞きたくない。……彼は悪魔だったのだ。本当の意味での、人間を欺く悪魔だった。 あんな汚い恨み言を口にするなど普段のクウォーツらしからぬ態度だった事なんて、考える余裕すらなかった。 ただ裏切られた事実だけが頭の中を支配する。 その時、震えながら耳を塞いでいたヘイムダルの肩を優しく叩く者がいた。 「……ありがとう、ヘイムダル。お前のお陰で助かったよ。化け物に向かっていくのは恐ろしかっただろう」 「そうだ、お前がいなかったら今頃どうなっていたか」 「ドーソンさん……ポルタさん」 皆がヘイムダルの周囲に集まり、口々に感謝の言葉を述べる。真っ直ぐヘイムダルの目を見つめてくれる。 町の人々から優しい言葉をかけられたことなんてなかった。けれどそんな状況でも、素直に喜ぶことができない。 こんなにも望んでいた状況なのに。ヘイムダルの瞳からは涙が止まらなかった。 +DeadorAlive+ |