Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第1章+水と緑のメドフォード - 光ゴケの夜 -


第7話 光ゴケの夜 -2-





突如ティエルとジハードの前に現れた老人は、明らかに人間とはかけ離れた容貌の人物であった。

小さな子供のような背丈に丸々と太った体型。巨大な鼻。全身が浅黒い肌で包まれている老人である。
肥えた身体を大きく震わせながら、警戒心の欠片もなくティエル達に歩み寄ってきた。



「……驚いた。あなたは妖精コボルトだね。人家に棲みつく妖精だと聞いていたけど、森で見るのは初めてだよ」
ジハードが感心したような声を発する。

しかし勉強不足のティエルには『コボルト』という種族がどんな者達なのか分からず、首を捻るだけであったが。



「ふぉふぉふぉ……白髪の若いの。ワシらコボルトが、人家にしか棲みつかないと思うのは実に偏見じゃよ」

足首まで伸ばされた灰色の髭を撫で付けながら、コボルトの老人は軽く笑う。
それにしても立派な鼻である。皺くちゃな顔の中心で、己の存在をこれでもかというくらい主張している。


「まぁ無理もあるまい、ワシらはあまり人の前に姿を現さないからのう。おぬし等、ワシに会えて実に幸運じゃよ」




「幸運はともかく……その滅多に姿を現さないコボルトのじいさんが、何故ぼくらの前に姿を現すんだい?」
コボルトの老人に全く敵意がないことを悟ったジハードは、開いていたリグ・ヴェーダのページを弄んでいた。

しかし流石とでも言うべきか。気が抜けているように見えて、全く隙がない。


「まさか、わざわざぼくらを驚かせに来ただけじゃないでしょう。何かぼくらに言いたいことがあるんじゃない?」
「ジハードったらそこまで考えているなんて偉いなぁ。わたし、てっきり驚かすのが好きなおじいちゃんかと」

「あなたは考え方が平和で羨ましいよ。物事は常に色々なパターンを考えておかなくちゃ」
実に呑気なティエルの考えに溜息をつくジハード。これではいつか悪い人間に騙されてしまうのではないかと。



「うぅむ……少しばかり、いや大変困ったことになってしまってのう。ワケありのジジイなんじゃよ」
ティエル達に横目でちらちらと視線を送りながら、コボルトの老人は実にわざとらしい声色で口を開いた。


「あぁ、困ったのう。とても困った。どこかにワシの手助けをしてくれるような、優しい心の者はおらんかのう?」



意味深な顔つきで、何度もティエル達に視線を送る。まあ、悪い妖精には見えないのだが……。
すぐに答えようとしたティエルを無言で制し、ジハードは暫く黙り込んでいた。

「ワシを助けてくれたら、この森を早く抜けられる道を教えてやるんじゃが。とっておきの情報なんじゃがのう」



「まったく、このじいさんは……。とりあえず話だけは聞くけど、力を貸すかどうかは話の内容にもよるからね」
次第には細い瞳をウルウルさせながらこちらを見てくるコボルトの老人に、根負けしてしまったジハード。

「言っておくけど、ぼくらを騙したって何の徳にもならないことだけは伝えておくよ」


「そうかそうか、喜んで引き受けてくれるか! いやぁ……世の中まだまだ捨てたものではないのう」
「聞いてるのかい? 内容にもよるんだってば」

「わたし達、話の内容全然聞いていないんだけど。おじいちゃん、話してくれるかな?」
完全に呆れ顔のジハードと、老人の話に興味津々のティエル。



「おお、そうじゃったそうじゃった。最近物忘れが激しくていかんのう……」

身体の肉を振るわせながら軽快な笑い声を発したコボルトの老人は、それからしんみりとした顔つきになる。
辺りには薄い緑色の光を発する虫が頼りなげに飛んでおり、彼女達の姿をぼんやりと照らしていた。



「実はな……昼頃から遊びに出かけたワシの孫が、この時間になっても戻ってこないのじゃ。
最近は恐ろしいモンスター、マタンゴ族が近くに住み着いていてな。危険だから早く帰れと言っているんじゃが」

「マタンゴ族か……物凄い凶悪なモンスターではなかったような気もするなぁ……。
まだ襲われたとは決まってないけど、戻ってこないのなら心配だ。ぼくらもお孫さんを探すのに協力するよ」



「そう言ってくれると助かるのう。じゃが、噂によると棲みついたマタンゴ族は悪戯が大好きだという奴で、
ムシカに万一のことがあったらと思うと……ワシはもう気が気でないのじゃ」

老人の言うムシカとは、恐らく孫の名前であろう。
先程までの明るい雰囲気とは一転し、完全に項垂れてしまった老人にティエルとジハードは顔を見合わせる。




「それなら早速探しに行こう。もしもマタンゴ族に捕らわれていたとしても、ぼくらも手伝うから安心してよ」
老人を慰めるようにして言ったジハードだったが、眉を顰めて考え込んでいる様子のティエルを振り返った。


「……どうかしたのかい、ティエル? 何か言いたそうな顔つきだけど」



「はい、ジハード先生」
手を上げて発言するティエル。

「マタンゴって何?」



「言うと思ったよ……やっぱりあなたは一般知識を身に付けた方がいいと思うんだ。剣術よりもね。
だから言ったでしょう、旅には色々と知識も必要だって。それなのにあなたは剣術ばかりに明け暮れて……」

呆れている表情のジハードの様子では、次に口を出るのは長いお小言の雰囲気がひしひしと伝わってくる。


「マタンゴ族とはモンスターの一種で、手足が生えた巨大なキノコのような身体を持っている者達のことじゃ」
それを察したのかそうでないのか、コボルトの老人が口を開いた。


「悪戯好きで、他人を困らせることが大好きな性格なのじゃよ。この間うちの畑も奴に荒らされてしまった」



「そっかぁ……それは心配よね。大丈夫、きっとお孫さんは無事でいるよ。わたし達も一緒に探すから。
もしもマタンゴに捕まっていたら、その時はぶっ飛ばして助けてやるんだから!」

老人の両肩にそっと手を触れたティエルは、優しい口調で笑顔を浮かべてみせる。
そんな彼女の明るい笑顔で落ち着いたのか、老人は目尻に浮かべた涙を軽く拭って微笑んだのだった。




「ねえ、キノコのモンスターなんだよね。マタンゴって」

コボルトの老人の孫を探しながら光ゴケの森を歩いていたティエルだったが、ふと不安そうな表情で言った。
この道は獣道から大分それた道で、よく子供達が遊ぶことがあったらしい。

時刻はすっかり夜更けのはずだったが、光ゴケの灯りの為か、さほど暗さは感じられなかった。



「わたしキノコが苦手なんだけど……大丈夫かなぁ。マッシュルームとかは大丈夫だけど、それ以外が駄目で」

「別に食べろと言っているわけじゃないから、大丈夫じゃない? それとも見ただけで拒絶反応が出るとか」
やはりどこかずれているティエルの心配事に、だが微笑ましかったのか、笑みを浮かべるジハード。



「ティエルにしては珍しい好き嫌いだね。ぼくはどうも辛いものが苦手なんだよ。サキョウは好きみたいだけど」
「そういえばサキョウって一度、スィートコーンだけは無理だぁーとか言ってなかったっけ?」


「ワシの孫、ムシカも野菜をよく残すんじゃ。沢山食べないと強い男にはなれんぞと言っているのじゃが……」



そんな他愛のない会話を続けながら、子供の姿を求めてゆっくりと歩く。
大分奥まで進んだのだろうか。ちらほらと光ゴケの生える大木に、殆ど同化している様な家が目立ち始めた。

コボルトの集落である。森を抜ける旅人達は、こんな場所まで入り込まないのだろう。



「こんな綺麗な森で暮らしていたら、毎日とっても楽しそうだね。蝋燭の光や色とりどりの魔法灯も綺麗だけど、
こういう自然な光も綺麗だなぁって思うよ。城の灯りは殆ど蝋燭だからなぁ……夜はちょっと暗いかも」


ぼんやりと照らされる自然の灯りに、ティエルは未だ感動を隠せないようだ。


「確かに美しいが、長年暮らしていると慣れてしまうものじゃよ。しかし陽が落ちても外灯いらずは便利じゃな」
大木にぴったり寄り添うようにして作られた家は、木の枝の上にあったりと様々な場所にあった。

木と同じく光ゴケの生えている家々の様子は、いかに古くからの集落だというのを思い知らされるようだった。



老人に連れられて疎らな集落を一回りしてみるが、やはり孫の姿はない。
もしかしたらマタンゴ族の住処に行っているかもしれないと、ティエル達は更に奥へと進んでいった。

とても長い時間歩き続けているような感覚と同時に、先程からあまり時間が経っていないような感覚もする。
それはこの幻想的な森の雰囲気がそうさせているのであろう。




大分進んだ頃であろうか。大木を前にして少々広くなっている場所へと辿り着いた。
よく眺めてみると、大木の根元には大きな空洞がぽっかりと穴を開けており、住処の様な造りになっていた。


「……ここが、マタンゴの住処なのかい? 大木の中は結構広そうだけど」

「うむ。もっと奥にはマタンゴの集落があると言われているが、最近よく悪さをする奴はこの大木に住んでおる」
ジハードの言葉にコボルトの老人が頷いた。心なしか緊張しているような顔つきである。


「これだけ探してもムシカの姿が見えんとは……やはりマタンゴの奴めに連れ去られてしまったのじゃ……」






+DeadorAlive+