Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第1章+水と緑のメドフォード - 光ゴケの夜 -


第8話 光ゴケの夜 -3-





とうとうマタンゴ族の住処にまで辿り着いてしまったティエル達。

だが辺りは異様なほどしんと静まり返っており、時折遠くで鳴く虫達の小さな声しか聞こえなかった。
本当にコボルトの老人の孫は、マタンゴに連れ去られてしまったのだろうか。確認しようも方法が見つからない。



「……でさ。連れ去られたかどうかって、どういう風に確認するの? ここから大声で名前を呼んでみるとか」
「確かにティエルの言うとおりだね。どうするんだい、じいさん」

不安げな彼女の隣では、ジハードが眠気を堪えているような表情で言う。
時刻は既に夜更けなのかもしれない。普段から早寝の習慣がついている彼には、辛いものがあるのだろう。



「できれば穏便に済ませたいんだけどなぁ……段々眠くなってきたから、魔法の手元が狂うかもしれないし」



「あーっ、ちょっとコボルトのおじいちゃん大変よ! ジハードの目が段々虚ろになってきてる!?」
一度眠りに入ってしまった彼を起こすのは、実に骨が折れる作業である。今まで何度も挫折を続けていた。

目が半分閉じかけているジハードを揺さぶりながら声をかけるが、完全にとろんとした目つきである。


「お願いだから寝るのはもう少しだけ我慢してよー! お孫さん見つかったら好きなだけ寝ててもいいからさ」
「そうじゃ、なんなら今夜はワシの家に泊まるとよい。こんな所で眠るより、暖かなベッドで眠りたいじゃろ?」

今にも眠り込んでしまいそうな勢いのジハードを揺さぶりつつ、二人は必死に声をかけていたのだが。




「……さっきから滅茶苦茶うるさいっ。こんなに静かな森で、馬鹿みたいに騒いでるんじゃないよ!」
その時、耳を劈くような高い怒鳴り声が彼らを直撃した。


「しかもひとの家の前で騒いでいるし……びっくりしてモンスターが襲ってきたかと思ったじゃないか!」



我に返ったティエル達が声の方へ顔を向けると、そこには一つの大きなキノコが生えていた。
……いや、どうやら生えているのではなさそうだ。身体の割には少々小さ目だが、しっかりと手足がある。

人間の子供程度の大きさであるそのキノコは、くすんだ朱色のかさに薄い黄色の斑点模様が目立っていた。
そして、かさの下には確かに顔があった。輪郭などは何もなく、ただ目鼻がそこに付いている様な印象だ。



「う、うるさくしてごめんなさい……」


「おのれ、とうとう姿を現しおったな凶悪なマタンゴ族め! ワシの孫を誘拐したのはお前じゃろう!?」
反射的に謝るティエルの横で、怒りの形相を浮かべたコボルトの老人が一歩前に進み出る。

「知らんとは言わさんぞ。さぁ、ムシカを返せ!」



「ふぅん……あんた、あのコボルトの子供のじいちゃんかい。確かにあいつは今オレの住処にいるぜ」
よく見ると、このマタンゴはどこか子供のような顔つきをしている。彼は口元を歪めながら笑みを浮かべた。


「でも残念ながら会わせる事はできないなぁ。……ここまで来てもらって悪いけど、とっとと帰ってくれる?」



「おお、なんという凶悪なモンスターじゃ……どうしてもと言うのならば、力づくでもムシカを返してもらうぞ!」

「じいちゃん、その為に後ろの助っ人を連れてきたんだろ? 見たところ人間っぽいけど、役に立つかなぁ?」
顔を真っ赤にさせて怒る老人を嘲るように笑い、マタンゴはようやくティエル達へと視線を向ける。


「あんた達も、もしかしてこのオレと戦うつもりなのかい? やめといた方がいいよー、だってオレ強いもんね」



「キノコ苦手だから、できればやめたいけど……お孫さん、中にいるんでしょ?」
そう言ってティエルは、マタンゴの背後に聳え立つ大木を指さした。

「おじいちゃんが迎えに来てるんだよ。意地悪なんか言ってないで、おじいちゃんにお孫さんを返してあげて!」



「やばい……なんだか戦闘になりそうな雰囲気……。ティエル、全面的に任せるから後は宜しく」
張り切って前に進み出るティエルとは裏腹に、やはり眠気を隠しきれていない非協力的態度のジハードである。



「黙れっ、お前達なんかにこのオレが負けるわけがないだろ。仕方ない、ちょっと痛い目に遭わせてやるか!」
無邪気とも言えるような甲高い笑い声を発したマタンゴは、短い手足をばたつかせて前に進んでくる。


「今更泣いて謝ったってもう遅いからな? それ、飛んで行っちゃえ胞子達!」
ぶわっと。まるで埃のような何かがマタンゴのかさから一斉に発せられる。無数の細かい胞子であった。

「うわああぁっ! な、なにこれえぇ!?」



その胞子の群れに頭から突っ込んでしまったティエルは思わず悲鳴を上げる。
なんと頭や服に付着した胞子達が有り得ないスピードで成長し、厳ついキノコの姿になっていくではないか。

瞬く間に彼女の姿は全身に巨大なキノコを生やした、実に不気味な姿へと変化していった。



「嘘ぉ! いやぁああ、駄目なの……キノコだけは駄目なの……! 絶対無理! ジハード何とかしてぇ!!」
「キノコ嫌いを克服するいい機会じゃないか。これだけキノコに囲まれたら、好きになるかもしれないでしょ?」

側の岩に腰掛けながら、どうやら胞子を逃れたジハードはにっこりと自称天使の笑みを浮かべてみせる。
しかしそんなジハードにも、マタンゴの放った胞子達はふわふわと向かってきたのだ。



「ぼくは別にキノコ苦手じゃないけど……あれだけ囲まれるのは、少々考えものかもしれないね。重そうだし」



やれやれと手に持ったリグ・ヴェーダのページをめくり始める。
虹色の表紙をした分厚い本の中には様々な美しい文様が描かれており、彼は一つのページで手を止めた。

空中で簡単な魔法陣を描き始め、虹の色を帯びた一つの魔法陣が完成する。極陣と呼ばれる模様である。


真っ直ぐにジハードへ向かって行った胞子が、虹の壁に弾き返された。これは極陣の一つ、障壁陣だった。
跳ね返された胞子達は全てマタンゴに降り注ぎ、放った当人である彼にも容赦なくキノコ達が寄生していく。



「ちっくしょー、オレをキノコまみれにしやがって!」

巨大なキノコに次々と生えていくキノコ達。それは、キノコ嫌いにとっては世にも恐ろしい怪物の姿であった。
よたよたと重そうに歩くマタンゴの姿を見て、ティエルは戦慄する。



「ほらティエル、しっかり立ってよ。キノコは大方取ってあげたから。残りくらいは自分で取れるでしょ?」

「もう駄目だあ……今まで見てきたどんなモンスターよりも怖い……。暫く夢に出てくるかも……」
頭に生えているキノコをむしり取りながら、彼女は力なくジハードを振り返る。完全に戦意喪失しているようだ。


「キノコ克服どころか、余計に嫌いになったような気さえしてきた……」



「よし、それならキノコと思わなければ大丈夫だよ。マタンゴではなくて、巨大なナスと思い込んだらどうだい?」
「全然よしじゃないし! ジハードってばそんな無茶すぎること言わないでよ、どう見たってあれはキノコです!」

彼の無理矢理な台詞に半ば呆れながらも、ティエルは背負ったイデアを抜き放つ。


銀色の封魔石イデア。光ゴケに照らされて白銀に光り輝く刃は、それが磨き抜かれた刀身だと物語っていた。
どんなに使用しても刃こぼれを知らぬかのような、まさに魔を帯びた剣である。

一見少女が使用するには厳つい印象のあるイデアであるが、ティエル本人は重さなどまるで感じていないのだ。
それが、封魔石に認められた使用者である証であった。



城を奪還してからの忙しい毎日でもティエルは、剣の修行を決して怠ったことはなかった。
毎日ではないが時間を作って稽古を続けていた。だが師のいない現在、果たして上達しているかは謎である。



「おお、美しい大剣じゃな。もしや封魔石ではないかね!?」

ティエルの抜き放ったイデアの姿に感嘆の溜息をついたコボルトの老人は、思わず驚きの声を上げた。
それも当然である。封魔石とは、どこからどう見ても普通の少女であるティエルが持つような代物ではない。


「これでマタンゴに勝ち目はなくなったのう。さぁ、さっさとワシの孫を返すのじゃ!」



「……そうでもないみたいだけど」

巨大なキノコを前にしてへっぴり腰のティエルに目を向けた、ジハードがぼそりと一言。
半年ほど前はこのイデアを握って、国を巡る激しい戦いを繰り広げていた姫君とは思えない惨状であった。


「ティエル、さっさと勝負をつけよう! 見たところあのマタンゴ族は、さほど強くもないようだ」



「じゃあキノコが平気なジハードが勝負をつけたらいいじゃない!」

「ぼくはあなたが少しでも自立できるように願っているんだ。手助けしたいのは山々だけど、ここは涙を飲んで」
単に眠くて面倒くさいから、のようにもジハードが見えるのはティエルの気のせいにしておきたい。



「もー、やっぱりジハードって意地悪……分かったわよ、やればいいんでしょう!」

キッと顔を真剣なものへと戻す。前のマタンゴはへらへらとした笑みを浮かべたままである。
確かにジハードの言うとおり、強敵ではなさそうだ。


一気に勝負をつけてしまおうとティエルはイデアを振りかざしながら、一直線にマタンゴへと突っ込んで行った。



……だが。

「やめて、おねえちゃん!」
突然人影が前に飛び出したかと思うと、ティエルとマタンゴの間に両手を広げて立ちはだかったのだ。


思いも寄らぬ出来事に目を白黒させている彼女の前に現れたのは、小さなコボルトの少年であった。






+DeadorAlive+