Lord of lords RAYJEND 第2幕「エデンの花園」 第1章+水と緑のメドフォード - 光ゴケの夜 -


第9話 光ゴケの夜 -4-





ティエルとマタンゴの間に両手を広げて立ちはだかる一人の少年。
唇を噛み締め、ぶるぶると小刻みに震えながらも立っている姿は、まるでマタンゴを守っている様にも見えた。



「モゴは全然悪くないよ……僕が家に遊びに行こうって言ったから、連れてきてくれただけなんだ」
浅黒い肌に大きめの鼻。どこかコボルトの老人の面影がある少年であった。恐らく彼が孫のムシカなのだろう。


「無事だったんじゃなムシカ!? どこか怪我はないか? おのれマタンゴめ、やはり孫を誘拐しておったな!」



「違うんだ、おじいちゃん聞いて! モゴは悪くないんだよ……」
老人の言葉を遮るようにムシカが声を張り上げる。

ムシカはばつが悪そうに下を向いているマタンゴに駆け寄ると、その彼の短い手を握り締める。
それはマタンゴに無理矢理連れて来られた様子ではなく、仲の良い昔からの友人同士のようにも見えた。



「ムシカ、お前は……そいつに誘拐されたんじゃ。自分を酷い目に遭わせたマタンゴをかばうのか……?」



「誘拐なんかじゃないよ、おじいちゃん。大人達に見つかると叱られるから……ずっと黙っていたんだけど」

思いがけない孫の言葉に愕然としているコボルトの老人に、完全に話が飲み込めていないティエル達二人。
項垂れているマタンゴに寄り添っているムシカは、ぼそぼそと小さな声で口を開いた。


「僕とマタンゴのモゴは友達なんだ。モゴはただ、僕と遊びたかっただけなんだよ」



「じゃあ誘拐じゃなくて、遊んでいただけだったの? でも、今までマタンゴ君は悪戯ばかりしていたんでしょ?」
抜き放ったイデアをとりあえず鞘に収めると、警戒させぬ様にティエルはゆっくりと二人に近づいていった。


「遊びたいだけなんだったら、悪戯なんかしなくてもいいじゃない。どうして、そんな誤解されるようなことを……」




「……だって!」
俯いていた顔を上げると、マタンゴ……モゴの小さな瞳からはぼろぼろと涙が溢れ出していた。

「オレ達マタンゴ族は森の嫌われ者で、一緒に遊ぼうと思って近づいても……皆逃げて行っちゃって!
オレがこんなに辛い思いをしているのに皆は楽しそうに遊んでて、それが段々憎たらしく思えてきたんだ……」



同じ年頃のマタンゴ族がおらず、コボルトの子供達が楽しげに遊んでいるのを木の陰から何度も眺めていた。

仲間に入れてもらおうと、森の奥深くに咲いている珍しい花を手土産に話しかけたことがあった。
だが親から『恐ろしいマタンゴ族には近づくな』と教えられていた子供達は、悲鳴を上げて逃げ出したのだった。



一人その場でぽつんと残された彼は、手に持った花を地面に叩き付けると泣きながら家に帰ったのだ。



「どうせマタンゴ族は悪い奴なんだから、お望みどおりに悪戯して……皆を困らせていたんだ。
けど……やっぱり遊んでいる皆が羨ましくて。今更仲間に入れて欲しいって、どうしても言えなくなっちゃって」

そんな時、このコボルト族のムシカと出会った。
いつものように畑を荒らして悪戯をしている彼を、物珍しそうな表情で眺めていたのがムシカだった。


悲鳴を上げることも逃げることもなくムシカはただ一言、おじいちゃんの畑を荒らすのは駄目だよ、と言った。
その言葉にモゴは改めて自分の行った悪戯を心から後悔し、ムシカに涙を流して謝ったのだった。




「ねぇ、おじいちゃん。モゴは僕に友達になって一緒に遊ぼうって言ってくれたんだよ。それだけなんだ。
いつかはおじいちゃんに話さなくちゃいけないって思っていたんだけど……なかなか言えなくてごめんなさい」


「だがムシカ、マタンゴ族は恐ろしいモンスターなんじゃよ。お前など簡単に殺す事だってできるんじゃよ……」


そう言いかけたコボルトの老人ではあったが、大分勢いがなくなってしまったようだ。
改めて考えてみれば、今までマタンゴ族が誰かを襲ったりした事件を聞いたことがあっただろうか。


恐ろしいキノコの姿のモンスターという先入観のために、凶悪なイメージを持っていただけではないだろうか。



「どうせオレなんて嫌われ者なんだ! 気持ちの悪いでっかいキノコだって言われていつも逃げられるんだ!」
先程までの強気な態度など見る影もないモゴ。大粒の涙はいつしか地面に大きな染みを作り出していた。



自分も理由もなくキノコを怖がっていた一人だと気付いたティエルは、恐る恐る手を伸ばしてみる。

「……ごめんね、何も知らないで怖がったりしちゃって。わたし、キノコ嫌い克服できるように頑張ってみるから」
「ほんと?」

ティエルの言葉に、今まで泣いていたモゴがゆっくりと顔を上げた。



「キノコ……好きになってくれるの?」
「うん。時間は沢山かかるかもしれないけど……残さないように、好きになれるように頑張ってみるよ」


と言って、モゴに向けて満面の笑みを浮かべた。それにつられて、ようやく彼も笑みを浮かべる。



「……ワシらの古い考え方も変えねばならん時かもしれんなぁ。マタンゴ全てを受け入れるわけではないが」
コボルトの老人はしっかりと手を繋いだままの我が孫とマタンゴの二人を見比べると、大きく溜息をついた。

「だが、こんな時間まで遊んでいるなどけしからん。これはれっきとした誘拐じゃよ。罰を与えねばなるまい」



「……!」
「おじいちゃん!?」

びくっと硬直したように老人を見上げるモゴとムシカ。不安げなティエルに、首を傾げるジハード。
しかし老人は言葉とは裏腹に柔らかく微笑みながら口を開いた。



「罰は……そうじゃな、今度家に夕飯を食べにきてもらおうか。その後は好きなだけ孫と遊んでもらうぞ」











マタンゴのモゴに別れを告げ、ティエル達はコボルトの集落へと向かっていた。
森の出口まで案内してくれると言っていた老人だったが、夜も遅いということで集落に戻ることになったのだ。

だが夜が明けたからといっても、この森は光ゴケの森と呼ばれるだけあって昼間でも夜のような暗さなのだが。


孫を探すのを手伝ってくれたせめてものお礼にと、コボルトの老人は一夜の宿を提供してくれるという。
ティエルもジハードもマタンゴとの一件で随分と疲れを覚えていたので、その申し出を断る理由などなかった。

元来た道をゆっくり歩いていると、先程通り過ぎたコボルトの集落が見えてくる。
人が決して踏み入れることのない森の奥深く。人知れずひっそりとコボルト達は平和に暮らしているのだ。




「ねえ、ジハード。起きてる?」

案内された部屋は狭く質素なものであったが、柔らかい葉が敷き詰められており、とても暖かかった。
くねくねと絡まり合った木の枝によって偶然作られた大きな空間を部屋としているようだ。


「なんだい?」
ティエルの隣で、見たこともないような不思議な編み方をした布に包まっていたジハードがこちらへ顔を向ける。


「起きてるよ。眠さは限界だけどね。今日はどこかのお姫様の所為で、一日中振り回されっぱなしだったし」



「ご……ごめんってば」
振り返ったジハードの顔に浮かぶ意地悪そうな笑みに一瞬言葉の詰まったティエルだったが、すぐに続けた。

「モンスターの中にも……他にもマタンゴみたいに、誤解されて寂しい思いをしている子もいるのかな」



「さぁ、どうだろうね。けれど思い込みの為に、皆から忌み嫌われている種族も存在しているのかもしれない」

「……そう、だね」
そのジハードの台詞で、思わずティエルの表情が曇る。



「ティエルもよく知っていると思うけど。誰かが歩み寄るきっかけを作らないと、いつまでも変わらないんだ」


今回の件もムシカがモゴに歩み寄らなければ、誰もモゴの抱える寂しさに気付かなかったかもしれない。
コボルトの老人が彼らの仲を認めなかったら、そこで終わりになっていたのかもしれない。



「それはぼくらにだって当てはまるでしょう。ティエル達が歩み寄ってくれたから、ぼくも応えることができた」



「……うん」
そう頷いてから、ティエルはジハードに向けていた身体を仰向けに戻す。

部屋の中は光ゴケの為かほんのりと薄暗く、複雑に絡まり合い壁を作っている周囲の木々の様子が分かった。



「でも良かった。マタンゴのモゴ君にお友達ができて、ほんとに良かった。一人ぼっちはやっぱり寂しいよ」
「まぁね。それはともかく、明日からゴールドマインに向かうんだろう。早く寝ないと起きられないよ。特にぼくが」

「うわーっ、確かにそうだ。お願いだから早く寝てくださいジハード!」
彼の寝起きの悪さを痛感しているティエルは、慌ててジハードの掛け布団を引っ張って押し付ける。



「ちょ、ちょっと……あなたから話しかけてきたんじゃないか。まったく、あなたは勝手なんだから……」
やれやれと苦笑を浮かべるジハードだったが、一つ大きなあくびをすると静かに目を閉じたのだった。






+DeadorAlive+