Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第14章 BLACK・KNIGHTS
第157話 Savas Collection -5-
大都市マクディアスを裏で牛耳る実力者サバスは、自宅の地下室にてソファーに腰を下ろしグラスを傾けていた。
黒髪をしっかりとオールバックにした肥えた男。派手な紫色のスーツに身を包み、口元には細いヒゲ。
表向きは町の実力者。だが裏の顔は、町を支配する犯罪組織集団のボスである。人身売買などが主な仕事だった。
まさに成金趣味を絵に描いたような男であるサバスは短い足を組み直し、目の前に座る客人達へと顔を向ける。
黒兜で顔半分を隠した五名の男達であった。皆揃いの黒い衣装に身を包み、腰には見事な大剣を携えている。
上等なワインの香りを楽しみつつ、サバスはにやりと口元を歪めながら笑みを浮かべた。
「遠路遥々ようこそおいで下さいました、ゾルディス王国の精鋭黒騎士団殿。……で、一体何の御用ですかな?」
「サバス殿。突然お伺いする形となり、大変申し訳ない」
「いえいえ……ですが、今宵はオレにとって大切な催しがありましてね。なるべく要件は手短にお願いしますよ」
「今宵の催しとは、様々な美術品が出品されるというサバス・コレクションでしょうか?」
「そのとおりですよ」
サバスと向かい合っているのは、他の黒騎士達と同じく黒兜を身に着けた若い男である。
話し方や出された茶を飲む仕草から、この青年が非常に真面目で堅苦しい性格であることが容易に察せられた。
「実を言いますと、我々黒騎士団は……我がゾルディス国の牢から逃げ出した五名の囚人達を追っているのです」
「ほう、五名の囚人達ですか」
「恐らく彼らは今夜のサバス・コレクションに姿を現すでしょう。これが囚人達の顔写真です」
黒騎士の青年が五枚の写真を机の上に並べて見せる。戦闘中の隠し撮りなのか、随分と写りが荒い写真であった。
どれもが年若い者達ばかりだ。中には囚人とは思えぬ幼い顔立ちの少女もいるようである。
悪名高いゾルディス王国の黒騎士団が血眼になって探し出そうとしている囚人達。これはなかなか興味深かった。
「そちらの事情は分かりましたがねぇ……それで、黒騎士殿。このオレに一体何を手伝えというんですか?」
「この者達を捕らえるためにあなたには協力をお願いしたいのです。勿論、相応の謝礼はさせていただきますよ」
「ほほう?」
「サバス殿、聞くところによるとあなたは悪魔族コレクターだとか。これは前金として受け取ってもらいたい」
黒騎士の青年が静かに片手を上げると、背後に控えていた騎士の一人がテーブルの上に大きな麻袋を下ろした。
辺りに漂う濃い血の臭い。明らかに死体が入っている。思わずごくりと喉を鳴らしたサバスは、中を覗き込んだ。
恐らく殺されてから間もない美しい悪魔族の女だ。死しても損なわれぬ色香と艶やかさに暫し目を奪われていた。
青年の言ったとおり、確かにサバスは悪魔族コレクターであった。
今となっては裏家業の主力となった人身売買を行う切っ掛けになったのも、悪魔族の死体欲しさのためでもある。
できれば生きた悪魔族を手に入れたいのが本音であったが、どんな大金を積もうともそれだけは叶わなかった。
「……いいでしょう、確かに素晴らしい前金を受け取りました。囚人達の捕獲にご協力しましょう」
「ご協力感謝いたします。サバス殿」
「それでは早速作戦を立てましょうかねぇ」
麻袋から引きずり出した悪魔族の死体の服を脱がせ手を這わせているサバスに、黒騎士の青年は深々と礼をした。
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封魔石イデアのジェムの情報を求めて、サバス・コレクションへ参加するための会員証を手に入れたティエル達。
サバス・コレクションとは、サバスという町の実力者が集めた珍しい美術品を出品する会員制のオークションだ。
彼のコレクションの中に果たしてジェムが存在するのかは分からないが、ジェムは必ずこの町のどこかにある。
僅かな可能性であっても、手掛りが全くない今は信じて進むしかない。
「いいですわね? 会場では目立たず大人しくしているんですのよ。ただでさえセレブ達の集まる催しですから」
「そんなセレブ達の中にぼくらがいたら、目立たずって言っても無理なんじゃないの」
「はーい! でも、リアンの着ているイブニングドレスは胸元と背中が開きすぎて目立っちゃうと思いまーす」
「うっ……こんなゴージャスなドレスなんて着るのは久々なんですから、張り切ってもいいじゃない!」
ぶるんと豊かな胸を必要以上に揺らしているのは、タイトな真紅のイブニングドレスに身を包んだリアン。
胸元と背中が大きく開いている。確かに華やかな彼女にはぴったりのドレスだったが、これでは注目の的だろう。
ダフ屋で会員証を購入したことを周囲に気付かれぬように、リアンは服装に気合を入れているようであった。
ティエルはリアンが見立てた可愛らしい桃色のワンピースだが、ジハードとクウォーツは普段と変わらぬ服装だ。
クウォーツは普段からフォーマルな服装が多く、イブニングドレス着用のリアンと並んでもさほど違和感がない。
まぁジハードの方も常に派手な刺繍が鏤められた服装のため、ゴージャスといえばゴージャスかもしれないが。
「早く行こうよ、サバス・コレクションは十九時から開催って書いてあるし。きっとジェムも出品されるよ!」
ティエルの言葉に頷いた面々は、パンフレットに記載されている地図を頼りに夜の町を歩き始めた。
ダフ屋や立ちんぼの娼婦達が目立つ町の南側ではなく、セレブの邸宅が集う町の中心部、実力者サバスの豪邸だ。
サバス邸に近付くにつれて、馬車に乗る煌びやかな衣装に身を包んだ男女の姿を多く見かけるようになる。
暖色の魔法灯が並ぶ大通りを、黒いスーツに身を包んだ男達が目を光らせている。サバス一味のファミリーだ。
やがて魔法灯に照らされて浮かび上がるサバス邸が見えてくる。更に黒服達の数も増え、物々しい空気であった。
見たこともないような建築方式の豪邸である。流線形のシルエットである屋敷は随分と斬新に見えた。
正面玄関を警備する黒服の一人と目が合ったティエルは、思わずにへらと気の抜けた笑みを浮かべてしまった。
「おいおい、お嬢さん達。ここに一体何の用だ? ここは選ばれた金持ちしか入れないんだよ。帰った帰った」
「失礼なおじさんね! 会員証ならちゃんとあるもん。ほら、偽物じゃないでしょ?」
「……な、なんでこんなガキどもが会員証を持ってやがるんだよ」
「これは失礼いたしました、どうぞ中へお入りください。そろそろサバス・コレクションが始まりますので」
ティエル達四名の会員証を確認した黒服達は、慌てて頭を下げると入口への道を譲った。
確かに彼女達以外の客層は年配者が多い。中には若くして成功した青年実業家も存在するだろうが、数が少ない。
サバス邸の正面ホールは赤い絨毯が敷き詰められ、大勢の着飾った参加者達で賑わっているようだった。
「へぇー、なんだか楽しみだね。どんな商品が出てくるんだろ」
「今年は珍しい宝石がメインで出品されるみたいですわねぇ。私に似合う情熱的な真紅の宝石が欲しいですわぁ」
「イデアのジェムが無事に手に入るといいなー! あ、リアン。あっちの方に行ってみようよ」
天井から吊り下がっている豪華なシャンデリアや、きらきらとした紫水晶の置物に目を輝かせているティエル。
少しずつ元気を取り戻しつつあるティエルの様子に、リアンは呆れつつもどこか安心したような笑顔を浮かべる。
あちこちに興味を示すティエルに付き合ってやっているようだ。
「二人とも、ぼくらのこと置いて行っちゃうし。……会場では目立たないようにって言ったのはリアンなのにね」
「そうだな」
「あーあ、リアンを眺めて鼻の下伸ばしている男どもが多いこと多いこと。今更ながらすっごく目立ってるよね」
まぁティエルも元気が出たようでよかったけど、とジハードは苦笑と共に背後のクウォーツを振り返る。
確かにリアンは注目の的となっているようだ。華やかな美貌に豊満な胸。大胆なドレスは男達の目線を釘付けだ。
そんなことを話しているジハードとクウォーツの二人も、周囲から注目されていることに全く気付いてはいない。
黙っていれば、見目の良い二人が並ぶと非常に絵になるのだ。面食いのリアンお墨付きの二人である。
二人を眺めて頬を赤く染めている多くの女達に混じり、会場内を警備する黒服達もまた彼らに注目していたのだ。
「……間違いない、黒騎士達が探している囚人どもだ。五人組と聞いていたが、どうやら一人足りないようだな」
「一体どんな罪を犯せば悪名高いゾルディス王国に追われるんだか」
「さぁな。スケベなお偉いさん相手に色仕掛けで国家機密でも盗んだとか? あの赤いドレスの女、たまんねぇ」
「無駄口は叩くな。ターゲットを発見したと、早速サバス様にご報告をしろ」
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