Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第10章 勇気の条件
第115話 煉瓦の町フィオレ -5-
イデアが映し出す地図を綿密にスケッチしたティエル達は、同じ形の地形を調べるために地図屋へと訪れた。
地図上の光の点がジェムの在り処を示しているならば、これは大きな手がかりになる。
しかし映し出された地図上には、光の点が一箇所だけであった。ジェムの在り処ならば光の点は五箇所のはずだ。
憶測だが、本体イデアの一番近くに存在しているジェムの在り処が優先して映し出されているのかもしれない。
スケッチした地図を片手に、ティエル達三人は地図屋にて同じ形をした地形をかれこれ三時間は探し続けている。
店の主人は随分と適当な性格らしく、地図が地方別に並んでいない。そして虫に食われている地図も数枚あった。
本来なら客が探しやすいように地方別に分け、尚且つスペルの綴り順に並べておくのが親切心というものである。
この町は旅人達が多く集まる場所であるのに一体どういうつもりなんだ、とリアンは随分とご立腹だった。
そんな彼女の文句を右から左へと流しながら、ティエルとジハードは同じ地形の地図を探し続けていた。
数日間の長期戦になると覚悟をしたティエルであったが、意外にもあっさりとジハードが見つけてしまったのだ。
「ティエル。イデアから浮かび上がった地図って……この地域とよく似てないかな? ちょっとスケッチ見せて」
「うん」
「一番の特徴は、星の形をした湖だね。やっぱり一致してる。ほら、見てごらん」
脚立の上からジハードに声を掛けられ、ティエルはスケッチした地図を差し出した。
それを受け取った彼は暫く地図とスケッチを眺めていたが、やがて地図をティエルの前でぴらりと広げて見せる。
確かによく似ていた。星型の湖も全く同じ形をしている。イデアの示した光の点は、その隣の場所であったはず。
「セレステール王国?」
「……って書いてあるね。あまり耳慣れない国名だけど」
「わたしはどっかで聞いたことがあるような気がするなぁ」
確かに地図上には『セレステール』と記載されている。
この場所が単なる町や遺跡ではなく、れっきとした王国だという証に王家の紋章までしっかりと記されていた。
ティエル達の声を聞きつけて、自慢の豊満な胸をゆさゆさと揺らしながら歩み寄って来たのはリアンであった。
「その国、知っていますわ! お祭り騒ぎが大好きな国王が治める場所で……確か王子様が凄いハンサムだとか」
「王子様が凄いハンサム? またリアンはそればっかりなんだからぁー」
「ちょっとティエル、聞き捨てならないですわね。そればっかりとは何ですのよ!」
「まぁ王子がハンサムなのは別として、お祭り騒ぎ好きの国か。他国から色々な品物が集まりそうではあるね」
「うん……」
地図を眺めながら頷くジハード。一方ティエルは、聞き覚えのあるセレステールという名に首を傾げていた。
確かにどこかで聞いたことがある。まだ城で暮らしていた頃、ゴドーが口に出していなかったか。
そうだ、あれは五年ほど前。メドフォードにてセレステールの姫君とたった一度だけ顔を合わせたことがあった。
ティエルよりも幾許か年上の、金色の巻き毛をしたつり目の少女。
フリルをふんだんに使った淡いグリーンのドレスに、大きなリボン。にっこりと優雅な笑みを口元に湛えている。
白い肌に薔薇色の頬。幼いながらに纏う貫禄。その少女は誰もが思い浮かべるであろう理想の姫君の姿であった。
記憶が曖昧だが、彼女が滞在していた数日間はゴドーを巻き込みながら二人で楽しく遊んだような気がする。
セレステールの姫君がティエルのことを覚えていれば、もしかしたらジェム探しに協力してくれるかもしれない。
「……どうしたんだい、ティエル。難しい顔をして考え込んで。らしくないよ」
「もしかしてハンサムな王子様のことを考えているんでしょう? うふふ、やっぱり期待しているんですのねぇ」
「違うってば! わたしはリアンみたいに面食いじゃないもん。男の人の顔なんて、別にどうでもいいし……」
「まぁ、確かにリアンは凄まじいほどの面食いだよな」
「私が面食いなのは否定いたしませんけど、性格も重要ですわよ。……で、一体何を考え込んでいたんですの?」
「もしかしたら、セレステールのお姫様と昔一緒に遊んだことがあるかもしれないなって思っていただけなの!」
「あら、お姫様と知り合いなら話が早いじゃない。ジェムを気前よく貸して頂けるかもしれませんわよ」
「まさに幸運じゃないか。じゃあティエル、セレステールに着いたらまずはお姫様との謁見をよろしく頼むよ」
しかしセレステールの姫君が、ティエルの顔を覚えているという確証はない。
メドフォード王女の名を騙る不届き者だと思われ、拘束される可能性もある。最悪死罪にも成り得るのだ。
既にリアンは一つ目のジェムを入手した気になっている。地図の会計を済ますために、上機嫌で歩き始めていた。
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次の目的地も無事に決まり、漸くジェム探しの新たな旅が始まる。
地図を購入したティエル達の足取りは自然と軽くなる。想定していたよりも随分と早くに目的地が判明したのだ。
時刻は昼を若干過ぎた頃。まだまだ時間はたっぷりとあるが、そろそろ腹が切なげに空腹を訴えてくる頃である。
昼食はどうしようか、とリアン達に顔を向けていたティエルは、店を出た瞬間勢いよく誰かとぶつかってしまう。
どうやら相手は小さな子供のようで、衝撃で転倒したティエルと同じく相手側も派手に転んでいた。
「いってーな、ちゃんと前を見て歩けよ!」
「いたた……ごめんね、大丈夫? 怪我はしてない?」
「服が汚れちゃったじゃん、ママに叱られたらどうしてくれるんだよ!」
転がっている子供を慌てて助け起こしたティエル。
相手は明るい茶の髪を短いおかっぱに切り揃えた幼い少年である。上等な衣服から、裕福な家の息子なのだろう。
一体何をやっているんだと半ば呆れ気味であったリアンの顔色が、その少年を目にするなりさっと変わった。
「あーっ、昨日のエロガキ!」
「昨日のお節介なブス!? ……と、白髪のおにいちゃん!」
「誰からも美人と言われるこの私に向かってブスとは聞き捨てなりませんわね、反省なさい!」
「うわーん、ママにも殴られたことがないのにー! そんなに凶暴だと男ができねーぞ!」
……転んでいたのは、昨日出会ったケビンという名の少年であった。
ジハードが止める間もなく、リアンは拳骨をケビンの頭にお見舞いしていた。恐らく手加減はしているのだろう。
昨日は『白髪のおっさん』呼ばわりだったジハードに対しては『白髪のおにいちゃん』に変化していたようだが、
リアンに対する暴言は相変わらずである。それが余計に彼女の怒りを買ってしまったようだ。
「リアン達、この子と知り合いなの?」
「ふん。こんなエロガキ、全く知りませんわ。早く行きましょう!」
「まあまあリアン、少し落ち着いてくれ。……あなたはケビンといったね。今日は友達と一緒じゃないの?」
ケビンの身長に合わせて地面に膝を突いたジハードは、笑顔を浮かべながら彼の頭を撫でてやる。
先程までの勢いは鳴りを潜め、ケビンは大人しく頭を撫でられていた。ジハードに対しては随分と素直である。
赤くなった丸い鼻を小さな手で擦っていたケビンは、優しく微笑むジハードからほんの少しだけ目を逸らした。
「……あんな奴ら友達じゃないよ。あいつら貧乏だから、お金持ちのボクが羨ましくて意地悪するんだ、きっと」
「本気でそう思っているのかい?」
「だってママが言っていたんだ。貧乏人と遊ぶと品位が下がるって。品位がどういう意味か分からないけど……」
「いや、分からなくてもいいと思うよ。貧乏人って、随分と激しいことを言うママだね」
「ボクが町外れの廃墟に行った証拠を持ち帰れば、あいつら……仲間として認めてやるだなんて言うんだよ」
「町外れの廃墟?」
ケビンの台詞に、ジハードは思わず首を傾げた。
昨日果物店の女性からそんな話を聞いたような気がする。町から離れた廃墟をアジトにしている盗賊団がいると。
頭領のザンギという男は、ハンターギルドから賞金額三百万リンという大金で指名手配をされているという話だ。
「……町外れの廃墟は、盗賊団のアジトがあって危険なんじゃないのかい? そんな場所に行っては駄目だ」
「ボ、ボクは別にあいつら貧乏人達の仲間に入れてもらいたいわけじゃないし……廃墟になんか行かないよ」
「ならいいけど……」
「それじゃ、ボクこれからピアノのレッスンがあるからお家に帰らなくちゃ。ばいばい、おにいちゃん」
背を丸めながら歩いていくケビンの後ろ姿を眺めながら、ジハードは一つ大きな溜息をつく。
弱虫と呼ばれる辛さはよく分かるつもりだった。その汚名を返上するためならば、多少の危険は厭わないことも。
しかし勇気と無謀は違う。あのケビンという少年が、廃墟に行くという無謀なことをしなければいいのだが……。
「町の近くに盗賊団のアジトがあるなんて、物騒な話だね。みんなで協力して盗賊団を追い出せないのかなぁ?」
「まぁ、私達には全く関係のないことですし。どうでもいいですわ」
ティエルは転んだ際に汚れてしまった服を叩いてリアンを振り返るが、彼女はまるで興味などない様子であった。
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