Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第10章 勇気の条件

第116話 サンドラ盗賊団 -1-




そろそろ民家の明かりが灯る頃。

美しいレンガ造りの町並みとは一転して、煉瓦の町フィオレの外れはぼろぼろに荒廃しきった廃墟が犇いていた。
大きく亀裂が入って朽ちた灰色の壁。窓ガラスは全て割れており、明かりのない屋内は完全に闇に包まれている。
まるで得体の知れない何者かがじっと潜んでいて、闇の中からこちらの様子を窺っているようにも見えた。

恐らく商店を営んでいたであろう家の前には錆びた看板。転がる酒瓶に、破れた新聞の切れ端が風に舞っている。
町の中心部から僅か一時間ほど進んだだけで、まるで全てが死に絶えてしまったかのような廃墟が広がっていた。
その昔行った区画整理などで立ち退いた住民達から忘れ去られてしまった区域である。

誰一人として歩く者のいない荒れ果てた街路を、月明かりに照らされながら一人の少年が震えながら歩いていた。
おかっぱの髪に小柄な身体、恐怖のために唇を青くさせたケビンであった。


『やーい、弱虫ケビン!』
『いつもママの後ろに隠れている、お前みたいな弱虫野郎なんか仲間に入れてやらねーよ』
『ボ、ボクは弱虫なんかじゃないよ!』

『ふーん、言ったな?』
『弱虫じゃないなら、町外れの廃墟に一人で行ってこいよ』
『町外れの廃墟にはすっげぇ怖いお化けが出るんだぜ? ケビンみたいな弱虫には絶対に無理だよ』

『廃墟に一人で行ってきたらもう弱虫だなんて言わないし、オレ達の仲間にしてやるよ。無理だろうけどな!』


日中、近所の少年達に言われた台詞が蘇る。
彼らに弱虫ではないことを証明しなくてはならない。自分が強い男だということを証明しなければならないのだ。
勇気を見せ付けてやる。ケビンは廃墟に決して近付いてはならないという両親の忠告など既に忘れ去っていた。

お化けなど怖くはない。しかし万が一お化けが出たとしても、事情を説明すれば襲わないでくれるかもしれない。
ぎゅっと小さな拳を握り締め、ケビンはすっかり怖気付いてしまった両足を奮い立たせる。
廃墟に行った証として、道端に転がっている錆びた看板を持ち帰ってやろう。両手で抱えれば持ち歩けなくもない。

そして彼らを見返してやるのだ。もう二度と弱虫だなんて言わせない。勇気のある男なのだと思い知らせてやる。


辺りは酷く静かであった。ケビンの小さな影だけが、舗装の崩れた石畳にぽつんと映っている。
怖い。心細い。早く帰りたい。思わず溢れそうになる涙をぐっと堪え、ケビンは足元の小さな看板を抱え込んだ。
確かな重みを感じるが、持ち歩けないほどではない。錆びた角で怪我をしないように気を付けながら踵を返す。

この看板を彼らの前に突き出してやるのだ。そうしたら、彼らは一体どんな顔をするのだろうか。
今まで弱虫と馬鹿にしてすまなかった、お前は本当は勇気がある男なんだなと、仲間に入れてくれるのだろうか。
その時。足早に元来た道を進み始めたケビンの耳に、風に乗ってぼそぼそと複数の話し声が聞こえてきたのだ。

まさかお化けが現れたのか。看板を抱えたまま表情を強張らせたケビンは、声のする方へゆっくりと顔を向ける。
声は向かいの大きな廃屋から聞こえてくるようだ。屋内はぼんやりと明かりが灯り、微かに人影も見えた。
暫く立ち尽くしていたケビンだったが、やがて引き寄せられるようにゆっくりと一歩ずつ廃屋へ歩み寄って行く。

大丈夫、お化けなんているものか。弱虫ではないと証明してやるんだ。
自分に言い聞かせるかのように心の中で何度も繰り返す。響いてくる声は複数。それも野太い男達の声ばかりだ。
生身の人間かもしれない。こんな寂れた廃墟にも人が住んでいるのかと、ケビンは窓枠からそっと中を覗き込む。


「ザンギ親分、とうとう今夜決行ですかい?」

「おうよ! 準備は整った。武器も揃い、町の全体図も手に入れた。後は攻め込んでオレ達が町を頂くだけだ」
「寂れた廃墟暮らしも漸く今夜で終わりだぜ。町のいい女を片っ端から抱いてやるからな!」
「ギルドに三百万リンの賞金を懸けられても、誰もオレ達に近付きやしねぇ。町の奴らは腰抜けどもばかりだぜ」

廃屋の中に潜んでいるのは十数名ほどの男達である。
改めて周囲を見渡してみれば、あちこちの廃屋から明かりが漏れていた。それら全てに盗賊達が潜んでいるのか。


「フィオレは小さな町だ。オレ達サンドラ盗賊団、百二十人の力を合わせれば容易に占拠することができる」
「何もかも全てを奪い尽くせ、抵抗する奴らは皆殺しだ!」
「我らサンドラ盗賊団に栄光あれ! 我らザンギ親分に栄光あれ!」
「おおーっ!!」

意気揚々と吼える盗賊達の歓声。その声のあまりの迫力に、ケビンは抱えていた看板を地に落としてしまった。

ガッシャー……ン。
錆びた看板が石畳の上に落ちた音は、周囲に嫌というほど大きく響き渡る。その瞬間、ぴたりと止む男達の会話。
漸く己が置かれている状況を理解し始めたケビンは、小刻みに震え始めるが、逃げたくても恐怖で足が動かない。


「……おやぁ? これはこれは、小さなお客様だ」
「廃墟に近付いちゃいけないよって、ママから教わらなかったのかな? ボクちゃんよ」

無精ヒゲに塗れた浅黒い男が、にやにやと笑みを浮かべながら窓枠から身を乗り出してケビンを見下ろしていた。







「あれ、いつの間にかこんなに暗くなってる。早く戻らないと、サキョウ達が心配しちゃうね」

明るい店内から一歩外へと足を踏み出したティエルは、辺りがすっかり暗くなっていることに気が付く。
朝方立ち寄った地図屋から、昼食、そしてアクセサリーショップ、ケーキ、香水、菓子の店へと立ち寄っていた。
最後に立ち寄ったこの菓子の店は普段見かけない珍しい菓子が多く置いてあり、時間を忘れて見入っていたのだ。

宿で帰りを待つサキョウ達への土産選びにも時間が掛かっており、随分と長い間この店に留まっていたのだろう。
悩みに悩みぬいて決めた土産は、動物を模して作られた硝子細工のように繊細な砂糖菓子であった。
熊の砂糖菓子はサキョウへ、猫の砂糖菓子はクウォーツに渡す予定だ。実は二人から連想する動物を選んでいる。


「やだ本当ですわ、こんなに遅くなる予定じゃなかったのに……この町は魅力的なお店が多すぎるんですのよ」
「魅力的なお店が多いのかもしれないけれど、一番の理由はあなた達二人が各店で長居しすぎていたせいもある」
「長居って、そんなに言うほどいたかなー?」
「いたよ。いました。大体あなた達は優柔不断すぎるんだ。ぼくだったら即座に決めるね。数分もかからないよ」

女性陣にあちらこちら連れ回され、挙句の果てには大量の荷物持ちとなったジハードは若干げっそりとしている。
いや、若干という程度ではない。明らかに疲労が表情に滲み出ている。女の買い物は時間と手間がかかるのだ。

「あなた達の買い物に付き合うためには強靭な精神力と忍耐、そして体力が必要なのだと嫌というほど学んだね」
「じゃあジハードは大丈夫だね、強靭な精神力も忍耐力も体力もあるし。これからも一緒に買い物に行こー!」
「そうですわ! うふふ、これからもよろしくお願いしますわねぇ」
「げっ……」


ティエルから純粋な笑顔を、リアンからはウインク付きの微笑みを向けられ、ジハードの表情が若干引き攣った。
すっかりと日が暮れているが、まだまだ大通りは人が多い。
通りに並んだ店から漏れる明るい光に照らされて、談笑しながらすれ違う人々の影が煉瓦の地面に映っている。

とても穏やかで楽しい一日であった。
たまにはこんなのんびりとした日々があっても良いのではないか、とティエルは軽く伸びをしながら歩き始めた。
……その時。彼女の瞳に、町外れに位置する廃墟の方角からこちらに真っ直ぐ向かってくる集団が映ったのだ。

「あれ、なんだろ?」
「え?」

ティエルの呟きに振り返ったジハードの眉が顰められる。向かってくるのは尋常な人数ではない。百以上はいる。
大通りを歩いていた人々も、一体何事かと皆次々と足を止めると町外れの方角へと顔を向けていた。
その集団は粗暴で汚れた風貌の男達ばかりであった。それぞれ棍棒や斧など、様々な武器を構えて向かってくる。


「も……もしかして、あいつら盗賊じゃないか?」
「盗賊だ……」
「ギルドが指名手配中のサンドラ盗賊団だ……!」
「うわああぁ、逃げろー!」

町外れの廃墟をアジトにしているという噂のサンドラ盗賊団。頭領のザンギにギルドが懸けた賞金は三百万リン。
罪状は略奪、強姦、殺人、人身売買。既に保安官の手には負えない凶悪犯である。
悪名高い盗賊団の来襲に大通りは既に大混乱であった。逃げる者転ぶ者、悲鳴や怒号様々な声が飛び交っている。

「奴らは町外れで襲撃の機会を窺っていたんだろうね。……それにしても、襲撃の日に当たるとはついてないな」
「盗賊達に殺される前に町から逃げ出しますわよ。早く宿に戻ってサキョウ達に知らせなくちゃ!」

紙袋を抱えたまま疲労の混じった声を発するジハードの隣で、鬼気迫る表情を浮かべながらリアンが駆け出した。





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