Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第10章 勇気の条件
第117話 サンドラ盗賊団 -2-
「冒険者どもが多い宿屋が一番厄介だ。あいつらは妙に戦い慣れた奴らが多いからな……まずは宿屋を狙え!」
無精ヒゲに、黄ばんだ髪をモヒカンにした浅黒い男。この男こそが悪名高いサンドラ盗賊団の頭領ザンギである。
分厚い胸板ではち切れんばかりのタンクトップ、筋骨隆々の太い腕。彼は素手で過去に何人も殺害しているのだ。
そして単なる力自慢の単細胞ではない。町を占拠するに当たって、何を優先すべきかをしっかりと心得ていた。
まずは宿屋を重点的に攻める。宿には腕に覚えのあるハンターや、旅慣れた冒険者が数多く集まっているためだ。
彼らを叩きのめすことができれば、後に残るは取るに足らない無力な町人達ばかり。町を占拠したも同然である。
勿論ザンギのやり方を知り尽くしている盗賊達は、唸り声を上げながら皆宿屋に向かって行った。
この町の構造は既に頭に入っている。確実に町を手に入れるため、彼ら盗賊団は入念な下調べを重ねてきたのだ。
悲鳴を上げて逃げ惑う人々を盗賊達は通路の先に回り込み、次々と追い詰めていく。
「……宿屋が狙われてる!? いけない、クウォーツ達が危険だ! 早く戻らないと……!」
何かが割れる音、人々の悲鳴、家から上がる炎。先程まで平和の象徴のようであった町が、地獄絵図宛らである。
メドフォード城での一夜を思い出したのだろうか。ティエルの表情が暗く沈んでいる。
一刻も早く宿屋に戻りたかったが、逃げ惑う人々や武器を振り回す盗賊達が阻み思うように進むことができない。
進み始めても人波に押し戻されてしまうのだ。こうしている間にもクウォーツ達に危険が迫っているというのに。
「ねえ、封魔石の……イデアの力で何とかならないかな。盗賊達を全員イデアの力でやっつけられないかな!?」
「ティエル。気持ちは分かりますけど、あなたはまだイデアを使いこなせていないでしょう?」
「うん……」
「盗賊達をやっつけるどころか、反対にあなたの方が殺されるわ。こんな所で死ぬわけにはいかないでしょう?」
「確かにリアンの言うとおりだよ。それにしても……よりにもよって体力が戻っていない時に襲撃か。まずいな」
リアンとジハードの二人に諌められ、背からイデアを引き抜きかけていたティエルは唇を噛み締めたまま頷いた。
二人の言うとおり、今は目立たない方が得策だろう。何よりも優先すべきはサキョウとクウォーツの身の安全だ。
人波をかき分けて進み始めるが、逃げ惑う人々に押し戻されてティエルとジハードが反対側へと流されてしまう。
「ティエル、ジハード!」
「リアーン!」
人波に流されてリアンからどんどんと離されていくティエルとジハードに向けて手を伸ばすが、全く届かない。
「その方向ならすぐに宿に辿り着けるはずだよ、リアンは早くサキョウとクウォーツに知らせてあげて!」
「特にクウォーツは体調が優れないと言っていただろ。……いくらあいつだって、無敵なわけじゃないんだ!」
「で、でも……」
「町の中心に大きな時計塔の広場があったじゃない? わたし達、そこで待ってるから。絶対に待ってるから!」
わざわざそんな危険で目立つ場所を待ち合わせに使わなくてもいいのに、と口にしかけたリアンだったが。
既に二人の姿は人に飲まれて見えなくなっていた。だが、それ以外に待ち合わせに適した場所がないのも確かだ。
見覚えのある道に弾き出されてしまったリアンは、厳しい表情を浮かべながら宿に向かって全力で走り始めた。
「お前ら盗賊団の好きにはさせねぇぞ!」
「さっさと出て行け、オレ達の町はオレ達が守る……!」
「ほーう? 台所の包丁なんざ持ち出して、盗賊様相手に勝てるとでも本気で思っているのかよ」
宿の手前では五名ほどの町人が盗賊達に立ち向かっていた。
だが、やはり戦い慣れた盗賊達に敵うはずもなく、一人、また一人と町人達は殴り飛ばされて地面へ倒れていく。
既に宿屋の出入口は乱暴にこじ開けられており、襲撃時に見るも無残に壊された扉が煉瓦の上に転がっていた。
ロビーでは宿泊していたハンター達と盗賊達が乱闘を繰り広げており、斬り捨てられた盗賊の死体が視界に入る。
総力の約四分の一を宿屋に向かわせたザンギの判断は正しかった。そして、宿屋を制圧すれば怖いものなどない。
あとはギルドに集っているハンター達が厄介だろうが、恐らく数は少ないだろう。
乱闘を続けるハンター達の横をすり抜け、リアンは自分達の部屋がある三階に向けて階段を一気に駆け上がった。
廊下は荒らされており、絵画や倒れた花瓶が散乱している。
あちこちの部屋から響いてくる悲鳴や、血相を変えて飛び出してくる数名の宿泊客達の姿。あぁもう目眩がする。
廊下の中ほどで、腰が抜けてしまった男性客を守るように立ちはだかり、盗賊と対峙するサキョウの姿があった。
盗賊の振り下ろした剣を両手で受け止め、その怪力で刀身をばきりと折る。
唖然とした表情を浮かべる盗賊をサキョウは容赦なく蹴り飛ばし、背後から迫ってきたもう一人へと掴み掛かる。
「サキョウ!」
「おおリアンか、無事でよかった。……ここはワシに任せて、お前は早くクウォーツの部屋に行ってくれ!」
「わ、分かりましたわ!」
「あいつの部屋にも数人の盗賊が向かって行った。本調子ではない時に襲われたら、いくらあいつでもまずい!」
じわりと嫌な汗がリアンの背を伝った。
彼は体調が悪いと言っていたではないか。そんな彼の側を、一時でも離れるのではなかったと後悔が押し寄せる。
彼に指一本でも触れてみろ。その時は、灰になるまで燃やし尽くしてやる。世界から完全に消滅させてやろう。
愛用のロッドに爪を立てながら強く握り締め、リアンはクウォーツの部屋へと飛び込んだ。
体力を回復させるため、朝食の後から再び眠りに入っていたのだろう。彼は目を閉じてベッドに横たわっていた。
この騒ぎに反応することもなく眠り続けているクウォーツを見下ろすように、ベッドを囲んでいる二人の盗賊。
「……おい、一体なんだよこの兄ちゃんは?」
「よく見ろって、ただの人形だろ。こんな綺麗な顔した男が現実にいるわけねぇだろうが」
「人形だとしてもやべぇな……これほどの上玉、女でも見たことねぇぞ」
盗賊達は自分達が略奪に来たことも忘れ、眠るクウォーツの姿をただ呆然と見つめていることしかできなかった。
これは現実か、それとも夢を見ているのか。死んだように横たわる彼から盗賊達は目を離すことができない。
ごくりと固唾を飲み込み、盗賊の片割れが恐る恐るクウォーツに向かって手を伸ばしていった。
「だ……だめーっ!」
炎の魔力が宿った杖を振り上げてリアンが突っ込んで行くが、それよりも早くクウォーツの目が突然見開かれる。
手を伸ばしかけていた盗賊の背に両腕を回し、勢いよく己に引き寄せる。繊細な外見に似合わず強い力であった。
男とは思えぬほど凄艶な表情を浮かべたクウォーツは、鋭い牙を剥き出すとそのまま盗賊の首筋に食らいつく。
「う、うわぁっ!? ぐ、やめ……たす、たっ……助け……ぎゃあぁぁぁ!」
「……ひ……ひいぃ……こ、こいつは……化け物だ……」
部屋中に断末魔の悲鳴が響き渡る。暫くの間激しく暴れていた盗賊だったが、やがてぐったりと大人しくなった。
恐ろしくも艶やかな悪魔の真髄を目の当たりにした盗賊の片割れは、力が抜けたように床へと崩れ落ちる。
その隙を見逃さず、盗賊の頭に向かってリアンはロッドを思い切り振り下ろした。ぎゃっと短い悲鳴が上がる。
白目を剥きながら倒れる盗賊。それと同時に、クウォーツに血を吸われ尽くして絶命した盗賊の死体が転がった。
口元の血を拭いながら身を起こしたクウォーツに向けて、リアンは顔色を変えることもなく口を開く。
「……おはよう、クウォーツ。目覚めの気分はいかが?」
「最悪だな。不味い血だった」
「ねえ、体調が悪かったのはもしかして……血を吸っていなかったからなんですの?」
カーネリアン色をしたリアンの瞳が、じっと彼の薄青の瞳を見つめている。全く対照的な瞳の色であった。
クウォーツと出会ってから、リアンは無意識のうちに彼に人間であることを強いてきた。人間として接してきた。
血液や精気を摂取することをやんわりと止め、できるだけ彼に人間らしい生き方をするように強いてきたのだ。
彼はそんなリアンに対して何も言わなかった。彼女の言うとおり、できる限り人間らしい生き方を続けていた。
悪魔族の伯爵などではなく、リアンはクウォーツをただの人間の青年として見ていた。人間であって欲しかった。
……その願いや行動が、彼にとって命を削る行為とも知らずに。
「貴様の言うとおりに人間ごっこを続けていても、私は悪魔族だ。決して人間にはなれない」
「……」
「陽の光を直で浴びれば身体は朽ちるし、血や精気を摂取しなければ衰弱する身。貴様達とは全く異なる存在だ」
「……ええ」
「それでも、私と共にいたいと思うか」
そんなこと、メビウスの指輪を手に入れると決めた時から既に承知の上だ。答えなんて決まりきっている。
自分達は生半可な覚悟でクウォーツを城から連れ出したわけじゃない。それくらい察してくれないのだろうか。
いや、言葉に出さなくては駄目なのだ。……彼は言葉や態度に出さなければ、何一つ伝わることのない青年だ。
「ねえ、クウォーツ」
「……」
「悪魔族だから、人間だからとかじゃなくて。……私達は、あなたと一緒にいたい。それだけじゃ駄目なの?」
無感情な硝子の瞳をこちらに向け、首を傾げるクウォーツに恐らく本当の意味は伝わっていないだろう。
だが彼はそれ以上問いかけることはしなかった。既に彼の視線は、足元に転がった盗賊の死体へ向けられている。
自分から問いかけておいて返事もないなんて。溜息をつくリアンだが、彼の無関心は今に始まったことではない。
クウォーツと出会ったばかりの頃は、彼に対していちいち腹を立てていたが、すっかり慣れてしまったようだ。
「ところで、こいつらは何者だ」
「……盗賊ですわ」
「盗賊?」
「町外れをアジトにしていた盗賊団が襲ってきたんですのよ。狙いは恐らく、この町を手に入れることですわね」
「私には関係のない話だな」
「そう言うと思いましたわ。けれど、サキョウやティエルがこの状況を目にして……何もしないと思いますの?」
「……思わない」
「おお、クウォーツもリアンも無事だったか。よかった!」
リアンの問いかけに、クウォーツが表情もなくふるふると首を振った時。突然サキョウが部屋に飛び込んできた。
見たところ目立つような怪我は負っていないようである。
「宿の中にいた盗賊達は、皆と力を合わせてどうにか退治したぞ! 我々冒険者達を甘く見るなということだ」
「お見事ですわ。……けれど、無茶をするとジハードにまた怒られますわよ」
「非常事態だから仕方あるまいよ。ジハードも許してくれるさ……って、早くあいつらと合流した方がいいな」
「町の中心にある時計台でティエル達とは待ち合わせていますの。急ぎましょう!」
ばたばたと忙しなく駆け出したリアンとサキョウ。
遠ざかっていく二人の背を、追おうともせずに部屋に残ったクウォーツは無言のまま見送っているだけであった。
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