Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第10章 勇気の条件

第118話 サンドラ盗賊団 -3-




「ザンギ親分、宿に向かわせた手下どもが全滅しちまいました!」
「よりにもよって手練れの冒険者やハンターが宿泊していやがったみたいで……呆気なくやられちまいました」

「あぁん? てめぇら、それで尻尾巻いて逃げ帰ってきやがったのか。それでもサンドラ盗賊団の一員かよ!?」


町の中心部に位置する時計台広場。
ベンチに腰掛けながら煙草を吹かしていたサンドラ盗賊団頭領ザンギの元へ、数名の盗賊達が駆け寄っていく。
必死な形相を浮かべて慌てふためいている様子から、宿に向かわせた手下達の全滅は紛れもない真実のようだ。

全てが思い通りに運んでいくかと思いきや、予想外の出来事が起こっているらしい。だがそれが何だというのだ。
サンドラ盗賊団は幾度も不可能を可能にし続けてきた。この無敗を誇る頭領ザンギの辞書に不可能の文字はない。


「すまねぇ、ザンギ親分……けれど宿泊客の中に、青い髪をした滅茶苦茶強ぇ男がいやがったんですよ」
「赤い光が周囲に走った瞬間に、手下どもが血を噴出しながら地面に倒れちまって。ありゃまるで悪魔だ……」
「馬鹿野郎! 町中に堂々と悪魔族がいるわけねぇだろうが。言い訳は後だ、さっさと増援を宿に向かわせろ!」
「へ、へい!」

ザンギは苛立ったように傍らの樽を蹴り飛ばすと、頑丈であるはずの樽はめきりと音を立てて遠くへ転がった。
頭領の怒りを買えば、後で恐ろしい仕置きが待っている。手下達は顔を青くさせながら慌てて走っていく。
役立たずめ、と苛立ちを込めて吐き捨てたザンギの耳に、この場に似つかわしくない若い男女の声が響いてきた。

「やっと時計広場に辿り着いたけど……リアン達の姿はないみたい。無事にサキョウ達と合流できてるかな……」
「合流できていたとしても、混乱している街路を抜けてここまで辿り着くのは至難の業だと思うよ」
「じゃあ、わたし達の方から宿に向かうっていうのはどうかな?」
「それは駄目だ、行き違いになる。待ち合わせ場所を指定してしまった以上、ぼくらはここで待ち続けなきゃ」


ザンギが訝しげに振り返ると、冒険者風の格好をした若い男女がこちらに向かってきているではないか。
なんて間抜けな奴らだ。一人は世間知らずが全身から滲み出ている少女。残念だが幼すぎて高く売れそうもない。
もう一人は白い髪をした若い男。どこか緊張感のない笑みを浮かべてはいるが、身のこなしは全く隙がなかった。

盗賊達から無事に逃げ切れたと思っているのであろうが、不運にもここにいるのは悪名高い頭領ザンギである。
その二人とは勿論ティエルとジハードであり、彼らは会話に夢中のままザンギの前をすたすたと通り過ぎていく。


「おい、待てよ」

幾人もの罪なき人々の血を吸った斧を手に、ザンギは地の底から響き渡ってくるかのような低い声を発した。
その声で二人はくるりと振り返り、血に濡れた斧を目にしたティエルは思わず眉を顰める。


「おじさん誰……?」
「てめぇら冒険者なんだろ? 運が悪かったな。オレは今、冒険者どもに計画を邪魔されて頭にきてるんだよ」
「計画って? おじさん、言ってる意味が全然分からないよ」
「おじさんじゃねぇよクソガキ! サンドラ盗賊団頭領ザンギの前を、無事に通過できるとでも思ったかぁ!?」

サンドラ盗賊団、頭領ザンギ。その悪名はこの町で何度も耳にしている。

盗賊達から漸く逃げ切れたと思った矢先に、どうやら最も出会ってはならない人物と出会ってしまったらしい。
我が身に降りかかりつつある不運な状況を段々と飲み込み始めてきたティエルは、じりじりと後退りを始める。
気付けばいつの間にやら盗賊達も周囲に集ってきている。……集って当然だ。ここにいる男は頭領なのだから。


「どうしようジハード!? このおじさん、盗賊団の頭領なんだって!」
「あー……まずったな。ぼくは現在休養中の、無力で善良なだけの好青年だというのに……」
「自分で好青年って言うか!? うだうだとうるせぇ、大人しく殺されてくれりゃあ満足なんだ、このオレが!」

まずったな、と口にしつつもそれほど慌てる様子を見せないジハード。
そんな彼の態度がザンギの癇に障ったのか、ジハードの言葉が言い終わらぬうちに巨大な斧を振り下ろした。
凄まじい音を立てて煉瓦の地面を砕く斧。周囲の町人達は思わず顔を背けるが、やがて恐る恐る視線を向けた。


「あっ……ぶねぇ! ひどいな、いきなり何すんだよ。ぼくらはまだ何もしていないだろ!?」


咄嗟にティエルを横に突き飛ばし、自身はその反動で尻餅をついてしまったジハードの脚の間に突き刺さる斧。
危なかった。……もう少し避けるのが遅ければ、間抜けな格好のまま彼は真っ二つにされていただろう。
ジハードに突き飛ばされた形のティエルは即座に身を起こし、背からイデアを抜き放つとザンギへと向き直る。

「ジハードに何するの!? おじさん、これ以上手出しをするつもりなら……わたしが叩き切るからね!」
「ん? その剣は……」

月の光に反射して鈍い銀色に輝くイデア。その美しさは、誰もが一目で名高い宝剣だと理解することができた。
勿論ザンギもその一人であり、口元が醜く歪む。この剣は少女が手にするにはあまりにも出来た代物だった。
お宝は相応しい者が手にするべきだ。この宝剣を手にするべき人物は、自分だけだとザンギは笑みを浮かべた。

「おいクソガキよ、随分といい剣持ってんじゃねぇか」
「え?」
「その剣は子供の玩具じゃねぇ。恐らくとびっきり極上の宝剣だ。お宝に関してはオレの目に狂いはねぇからな」

「うん? 張り切っているところ悪いけど、ティエル。イデアの扱いにはもう慣れたのかい」
「分かんない! でも何とかなるでしょ、何とかしてみせる!」
「あまり危険なことはしないでくれよ……」


ジハードの若干不安を帯びた台詞に返事はせず、ティエルはイデアを振り上げながらザンギへと向かって行った。
激しい金属の打ち合う音。ザンギは余裕の笑みすら浮かべながら、片手に持った斧でティエルの剣を受け止める。
いくら封魔石イデアであろうと、筋骨隆々の男相手に力勝負では勝ち目などない。

「死ね、オレ達の計画を邪魔しやがる冒険者どもめ!」
「うわっ!?」
「危険なことはするなって言ったのに」

徐々に押されていくティエルの様子を眺めていたジハードは、溜息をつきながら身軽に地面を蹴って立ち上がる。
その瞬間。背後から音もなく忍び寄ってきた盗賊の一人が剣を振り下ろすが、振り向き様に地に組み伏せた。
肥えた体格の盗賊を、鍛えてはいるが割と細身であるジハードが組み伏せている姿は異様な光景に思えてしまう。


「……武器も何も持たない無力な一般人を背後から本気で殺しにかかるとは、いい度胸をしているじゃないか」
「くそ、離しやがれ! どこが無力なんだよ、この馬鹿力が!」
「馬鹿力とは心外だなー。それほど力を入れなくても、相手の動きを封じる関節技なんていくらでもあるんだよ」

ジハードが容赦なく盗賊の利き腕の関節を外した時、ザンギとの力比べに負けたティエルが弾き飛ばされてきた。
それでもしっかりとイデアを握り締めたままだったのは褒めてやらねばならない。


「オレ様に歯向かった奴は、ガキといえども生かしちゃおけねぇ。世界はオレがルールで全てだ、分かったか!」

地面に強く身体を打ち付けたために暫く身動きが取れない彼女に向かって、ザンギはゆっくりと歩み寄って行く。
そんな光景に、盗賊を恐れて周囲で見守ることしかできなかった町人達は互いに顔を見合わせた。

「おい、あんな女の子がザンギに立ち向かっているのに……オレ達はただ怖がって見ているだけなのか?」
「自分達の町が盗賊どもに荒らされているんだ。オレ達が立ち向かわなくて一体誰が立ち向かうっていうんだ!」
「そうだな。オレ達の方が盗賊どもより圧倒的に数が多いのに、負けてられねぇぞ」
「オレ達の町を、盗賊どもから守るんだ!」

ザンギに立ち向かうティエルの姿に勇気付けられた町人達は、束になりながらじりじりと盗賊を囲み始めたのだ。
武器を持っていなくとも、武器の代わりになるものは沢山あった。数では圧倒的に町人達の方が多い。


「それっ、オレ達の町を荒らしてくれた礼をしてやるんだ!」
「おおーっ!!」

「へっ、面白ぇ。戦闘のプロの腕を、調子に乗った素人どもに嫌というほど思い知らせてやる!」

一斉に反撃に出た町人達の姿に一瞬だけ驚いた盗賊であったが、武器を握り直すと威嚇するように振り回した。
数では圧倒的に町人が多い。だが、戦闘の腕では盗賊達の方が上である。数が勝つか、戦闘力が勝つか。
たちまち町人と盗賊の大乱闘の場となった周囲に、未だに盗賊の上に座り込んでいたジハードは笑みを浮かべる。


「ふふふ、面白くなってきたな。……それよりもティエル、派手に転んでいたけど大丈夫かい? 怪我はない?」
「わたしは大丈夫だよ! ってジハード、一体どこに座ってんの?」

じたばたと暴れる盗賊の上に腰掛けているジハードの姿を目にしたティエルは、思わず呆れたような声を発した。





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