Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第10章 勇気の条件

第119話 サンドラ盗賊団 -4-




当初は戦い慣れた盗賊団に押されていた町人達だが、次第に圧倒的人数で盗賊団をじわじわと追い詰めていく。

酒樽を転がしながら突進してくる酒場の主人を慌てて避ければ、コックがフライパンで見事に殴り飛ばす。
調味料屋の主人はコショウで盗賊達の視界を奪い、定食屋の女将は銀色のトレイで次々と一撃を与えていった。
一人、また一人と盗賊達が地に倒れていき、武器を捨てて逃げ惑う盗賊を追い続ける逞しい町人達の姿があった。


「ザ、ザンギ親分……やべぇよ、このままじゃオレ達の方がやられちまう……!」
「ここは一度引き上げましょうや。まずは態勢を立て直さねぇと、サンドラ盗賊団は壊滅ですぜ!?」
「うるせぇな、情けねぇこと言ってるんじゃねーよ! 逃げた奴らは、後で全員オレがぶっ殺してやるからな!」

駆け寄ってきた下っ端を力任せに殴り付けると、ザンギは強く歯軋りをしながらティエルに向かって歩き始める。
男は殺し、女は犯す。それが支配した村や町に対するザンギのやり方だが、今回ばかりは難しいかもしれない。
しかし盗賊団にここまでの被害を出してしまったからには、あの剣だけでも手に入れなければ気が済まなかった。


「……よう、クソガキ」
「なによ、おじさん」
「大人しくその剣をオレに渡せ。価値が全く分かってねぇクソガキよりも、オレの方が有効に扱えるってもんだ」
「渡すわけないじゃない! イデアはわたし達とアリエスが、必死になって手に入れた剣だもん」

「どうしても渡さねぇってんなら、てめぇをブチ殺して無理矢理に奪う手だってあるんだぜ? 早くよこせ!」

イデアを守るように抱えたティエルに、ザンギが掴みかかろうと両手を伸ばした時。その手がむんずと掴まれた。
ザンギの腕よりも太い腕だ。鋼の筋肉に包まれた手で掴まれ、ザンギはまるで硬直したかのように動けない。
一体誰が、と振り返った彼の目に映った人物は、熊のように厳つい男。大柄なザンギが見上げるほど大きな男だ。


「な、何だてめえは……さっさと離しやがれ! オレを誰だと思ってるんだ?」
「はて誰だったかな、お前の顔に見覚えはないが。ワシはお前が掴みかかろうとしていた娘の保護者であってな」
「保護者ぁ!?」
「ワシの娘を傷付ける者は、たとえ誰であっても許さん!」

短く切り揃えられた黒い髪。鍛え抜かれた鋼の肉体に不釣合いな優しい瞳に、厚い唇。……勿論サキョウである。
サキョウの背後で隠れるように立っていたリアンは、ザンギの姿を視界に入れると溜息をつきながら首を振った。
毛深い筋肉男は、彼女の好みのタイプの男性とは対極に位置する人物である。そして苦手な人物でもあった。


「サキョウ、リアン! よかった無事で……って、クウォーツの姿が見えないんだけど」


二人の姿を確認したティエルは、安堵の表情を浮かべつつ駆け寄るが、クウォーツの姿がないことに首を傾げる。
いくら体調が悪いといえども、彼が盗賊相手に負けるはずがない。それなのに何故この場にいないのだろうか。
その隙にザンギはサキョウの手を逃れ、背を向けながら駆け出して行く。

「知りませんわよ。ここに向かう途中で、いつの間にか姿を消していたんですから。あの自由すぎる伯爵様は!」
「えっ、でも体調が悪かったんじゃないの?」
「それは……回復したようですわよ。彼のことだから面倒事に関わりたくないから姿を消したんでしょうけどね」

「面倒事に関わりたくないんだろうけど……案外、近くにいるかもよ?」


何名かの盗賊を地に叩き伏せてきたジハードが、相変わらず緊張感のない微笑みを浮かべながらやって来た。
宿で活躍した手練れの冒険者やハンター達も時計広場に皆集結し、様々な人々が入り乱れる乱闘場となっている。
武器屋の主人は町人達に武器を貸し与え、また倒れた盗賊から武器を奪って戦う町人の姿もあった。

その時。
まるで大きな雷が落ちたのかと錯覚するほどの轟音が広場に響き渡る。空は満月が浮かび、雷鳴ではないようだ。
あれほど騒がしかった周囲はしんと静まり返り、町人達は音が鳴り響いた方向へと恐る恐る顔を向けた。
見ると、大きな斧を煉瓦に突き刺したザンギがにやにやとした笑みを浮かべ、一人の幼い子供を抱えていたのだ。


「てめぇら……いい加減にしねぇと、温厚なオレ様もブチ切れるってんだ。ここまで頑張ったのは褒めてやろう。
 だが少々調子に乗りすぎだな。このクソガキの身体を真っ二つにされたくなけりゃあ、全員武器を捨てるんだ」
「……ケビン!?」
「このガキは廃墟で捕まえたんだ。危険な場所には近付くなって、ママから教わらなかったのかい。ぼうや?」

ザンギによって乱暴に抱えられていた子供は、恐怖に青ざめがたがたと小刻みに震えているケビンであった。
人質を取られては手が出せない。町人達は顔を見合わせ、それから地面に叩き付けるようにして武器を手放した。


「廃墟で捕まえたって……やっぱりケビンは一人で廃墟に行ったのか」
「もう、本当は自分が弱虫じゃないってところを見せたかったんですのよ。本当に見栄っ張りでおバカですわね」
「女性には分からないかもしれないけど、男には見栄を張ってでも勇気を証明しなければならない時があるんだ」

「……そんな見栄のために命を危険に晒すなんて馬鹿ですわよ。もっと違う方法で勇気を証明できないの?」
「そう言ってやるなよ、リアン。相手は幼い子供だろ。それはともかく……この状況を打破する方が先決だな」

理解できない、とばかりに眉を顰めるリアンから視線を外し、ジハードは暫し思案する。


「ティエル」
「なに、ジハード」
「ぼくが盗賊達の気を引き付ける。その隙にあなたは、ザンギからケビンを助け出してやってくれ」
「分かった。……でも、そう上手くいくかなぁ」

「多分クウォーツがフォロー入れてくれると思うから」
「え? どこにクウォーツがいるの?」

ジハードはどこかへちらりと目配せをしていたが、ティエルにはクウォーツの姿を確認することはできなかった。
恐らく彼はクウォーツがどこにいるのか分かっているのだろう。
ティエルとザンギとの距離は直線で五メートルほど。周囲の盗賊は十名。全力で駆け抜ければ振り切れるはずだ。


「準備はいいかい?」
「うん!」

ティエルが深く頷いたのを確認すると、ジハードは懐から小さな竹筒のようなものを取り出して地に投げ捨てる。
その途端。竹筒から大音量の爆音が響き渡り、盗賊達は目を丸くしながら振り返った。ザンギも例外ではない。
……ケビンを助けるなら今だ。うろたえる盗賊達の間を縫うように、ティエルはザンギに向かって駆け出した。

「なっ!? 調子に乗るなよ、このクソガキが!」
「ザンギ親分の元には行かせねぇ……って痛ぇ、顔に何かが当たりやがった!」
「ぎゃーっ、血が出てるじゃねぇかぁ!?」

予想よりも早く我に返った盗賊達が数名ほど彼女の前に立ち塞がるが、突然皆揃って顔を押さえながら転げ回る。
盗賊達の側にいくつか落ちていたのは、銀色のネクタイピン。洒落た細工が施されている上等な代物であった。
思わずティエルは背後の家々を振り返るが、そこに人影はなかった。


「やあーっ!」

己を奮い立たせるために発した叫び声と共にティエルは、目を丸くしてこちらに顔を向けるザンギへと飛び掛る。
その拍子にケビンが放り出されるが、リアンによって無事に抱きとめられた。
ザンギの背後は幸か不幸か噴水となっており、彼を巻き込みながらティエルは噴水へと落下して行く。

「きゃーっ、嘘ぉ! 落ちるー!?」
「うわああぁぁ、何しやがるこのクソガキぃぃ!?」

ざぱぁぁぁん、と上がる大量の水飛沫。
それでも尚立ち上がったザンギの後頭部に、いつの間にか背後に回ったサキョウが手刀を食らわせた。
白目を剥いて今度こそ倒れる盗賊の頭領。同時に町人達も盗賊の残党に飛び掛り、一斉に縄で縛り上げてしまう。


「よかった、これでもう大丈夫だよね。……ふぇ、ふぇっ、ふぇーっくしゅん! ひくしゅん! えくしゅん!」

水面にぷかぷかと浮かぶザンギを押し退けつつ笑顔で立ち上がったティエルは、盛大にくしゃみをしたのだった。





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