Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第2章 旅の幕開け
第12話 イーストビレッジ -1-
「ねえ、リアン。少しでいいから休もうよ。もう歩けないよー」
さくさくと軽快な足取りで進む旅慣れたリアンの背を恨めしく眺めながら、長い栗色の髪の少女が呟いた。
名はティエル。どこにでもいるような顔立ちの平凡な少女だった。
彼女は数日前まで、何不自由ない王宮生活を送っていた姫君なのだ。正真正銘の箱入り娘というものである。
整備すらされていない砂利道を長時間歩き続けるには、些か彼女の足は脆弱すぎたのだ。
「え? だってまだ、たったの五時間程度しか歩いてないんですのよ。今日はあと三時間近く進む予定なのに」
呆れた口調で振り返ったのは、波打つ長いハニーシアンの髪と神秘的なカーネリアンの瞳を持つ美女リアンだ。
整った可憐な顔に浮かぶ表情を大きく崩し、口をへの字に曲げながらティエルを一瞥する。
二人はつい先日マンティコラの森で出会ったばかりだ。偶然にも行き先が同じだったため、行動を共にしている。
「あと三時間も!?」
「ええ」
「そんなに歩けるわけないじゃない! これ以上歩いたら足が動かなくなっちゃうよー!」
瞳に涙を浮かべたティエルは履いていたブーツを脱ぎ始め、リアンに靴擦れだらけの足を見せる。
白い素足のあちこちが、皮がめくれて血が滲んでいた。酷い有様である。思わず目を逸らしてしまうリアン。
「やだ、そんな状態になるまで気付かなくてごめんなさいね」
「うぅ……」
「今日はもう進むことは諦めて、近くの町で宿を取りましょうか。ティエルはそこに座っていて下さいな」
荷物の中から大きな地図を取り出したリアンは、それを地面に広げた。
ここはマンティコラの森から真っ直ぐ東へ進んだ所で、辺りは緑の山々に囲まれた広い草原が延々と広がっている。
今のところ近くに町の姿は見当たらない。勿論、彼女達の最終目的地であるベムジンなど遥か遠くであった。
これから一番近い町に向かったとしても、暫くは歩き続けなくてはならないだろう。安息の地はまだまだ遠い。
また痛い思いをしなければならないのかと。ティエルはリアンに気付かれないように一つ、小さな溜息をついた。
「えーと……ここから一番近い町は、東に二十分ほど進んだ場所に位置するイーストビレッジかしら」
「二十分かぁ」
「あと二十分程度なら頑張れますわよね、ティエル? というか、是非とも頑張ってもらわないと困りますけど」
「うん、頑張るよ!」
リアンの言葉に静かに頷いたティエルは目を細めて東の方向を眺める。残念ながら、やはり町は見えなかった。
「イーストビレッジは割と大きな町みたいですわよ。料理が美味しいといいんですけどね。
でも、そろそろ路銀が乏しくなってきているんですのよ。そういえばティエルはお金を持っているんですの?」
「お金?」
そういえば。メドフォードを発つ時に、墓守イエシュから小額のお金のような硬貨を手渡されたような気がする。
きっとリアンは喜んでくれるだろうと、ティエルは荷物の中から硬貨を何枚か取り出した。
「この銀貨って千リンだよね、授業で習ったことがあるもん。十枚あるから一万リンってことなのかな?」
「あらやだ、期待は全くしていなかったですけど。やっぱり少ないですわねぇ……」
「一万リンって少ないの?」
「少ないといえば少ない、実に微妙なところですわ」
黙っていれば誰もが認める美女であるはずなのに、リアンはそんなことはまるで構うことなく表情を崩すのだ。
表情豊かなティエルと引けを取らぬほど、彼女もころころと表情が変わる。それがほんの少しだけ残念であった。
……いや、逆に人間らしい魅力に溢れていると言えるのかもしれない。
「実は私も二万リン程度しか持ち合わせがないんですのよ」
「二万リン?」
「これじゃあ五日も持たないですわね。イーストビレッジで高額賞金首がいれば好都合なんですけど」
「……ねえリアン、旅をするのにお金って必要なものなの?」
「は?」
「えっ、どうしたの」
「今なんて言いまして?」
「だから、旅をするのにどうしてお金が必要なのかなぁって。そもそもお金ってどうやって稼げばいいんだろう」
大きな目を瞬いて、ティエルはまさにきょとんとした瞳でリアンを見つめる。
この瞳は本当に何も知らない瞳であった。よく今まで生活できていたな、とリアンは軽い目眩を感じてしまう。
ティエルという少女は想像していた以上に箱入りで、無知なのかもしれない。それならば常識を叩き込まねば。
「あなたねぇ……どこかのおバカで無知なお姫様じゃないんですから、お金の稼ぎ方くらい知っていて下さいな?」
「ご、ごめんなさい」
「いいですこと? 世の中は、ご飯を食べるにも宿屋に泊まるにも、物を買うにも全てお金が必要なんですの。
お金がないと何にもできないですし、それこそ行き倒れてしまいますわ。それをまず分かってもらえるかしら」
「はーい!」
「元気が良くてよろしい。それで私達旅人は一体どうやってお金を稼ぐかというと……賞金首退治ですわ。
賞金首を退治してギルドから報酬をいただくんですの。まぁ、腕に自信がある者じゃないと無理ですけどね」
「うん……」
治安を守る保安官達では手に負えない凶悪犯や魔物達は、通称冒険者ギルドと呼ばれる組織に依頼することが多い。
ギルド名簿に登録せずとも、凶悪犯を倒しその身柄や死体を持ち込めば誰でも賞金が手に入る仕組みであった。
ギルドに登録すると年間十万リンの会費と引き替えに、いち早く賞金首の情報を入手できるメリットがある。
それを本業としている賞金ハンター達はともかくとして、本業ではない冒険者達の大半は未登録なのだそうだ。
「幸いにも私は超優秀で美しくも聡明でナイスバディな天才的で情熱的な魔女、そしてティエルは見習い剣士。
賞金首を倒してお金を稼ぐことだって可能ですわ。けれど……世間知らずのティエルにはまだ無理かしら?」
リアンはそう言いながら試すようにティエルを横目で眺めると、彼女はぐっと拳を握って立ち上がった。
かなり興奮している様子で、鼻息を荒くさせながらリアンに詰め寄る。
「面白そう! やるやる、絶対やるっ。世の中にはこんなわくわくすることがあったんだ!」
「え、ええ」
「わたしとリアンの二人で絶対に賞金首を捕まえようね!」
興奮のために先程までの足の痛みも忘れてしまっているのか、ティエルは意気揚々と町に向かって歩き始める。
一方リアンは、その様子を呆気に取られて口を開けたまま眺めていたのだった。
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