Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第2章 旅の幕開け
第13話 イーストビレッジ -2-
イーストビレッジ。濃い色をした煉瓦造りの家が建ち並ぶ、どこか洗練された雰囲気が漂う町である。
ここはベムジン寺院へ参拝に向かう旅人が集まる町で、色褪せてしまった外套を羽織った者達が行き交っていた。
町並みといえばメドフォード城下町しか目にしたことのないティエルにとっては、瞳に映る全てが新鮮な光景だ。
メドフォード城下町とはまた違った趣のある煉瓦の町に、彼女は人目を憚らずにきょろきょろと見回している。
「うわぁーっ、煉瓦の家だ! すごい、綺麗! こんなの本でしか見たことがないよ……!」
「あなた、今までどんな生活をしてきたんですのよ。もしかして自分の町から出たことがなかったんですの?」
「うん!」
はしゃぎ回っている彼女の背後でリアンが呆れたように口を開いた。
すれ違う通行人はティエルの大声に何事かと振り返る。ある者は微笑ましく笑い、ある者は苦笑を浮かべている。
その様子を目にしたリアンは穴があったら入りたいといった様子で、少々恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「……ねぇ、ティエル。お願いだから少し大人しくして下さいな。あなたの声はただでさえ大きいのですから」
「あ、ごめんね。はしゃぎすぎちゃった」
「自分の町から出た事すらなかったのに、いきなり旅を始めるだなんて……ちょっと無謀じゃなくて?」
「うーん、言われてみれば確かにそうだよね」
振り返ったティエルはぺろりと舌を出し、申し訳なさそうに両手を合わせて振り返る。
その仕草が微笑ましく、心から町の光景を楽しんでいたんだなと苦い表情を浮かべていたリアンも笑顔になった。
ここ数日ティエルと行動を共にすることによって、彼女のことが少しずつ知れてきた。
まずは底抜けに明るく、プラス思考である。そして大雑把であり無鉄砲でもある。そこそこ剣の腕もあるようだ。
だがとんでもなく世間知らずである。まるでお城で大切に育てられてきた姫君のように、無垢で無知であった。
何故こんな少女が一人で旅をしているのだろう。時折ティエルが見せる思い詰めた表情がとても気になったのだ。
しかしティエルが自ら話してくれるまで、こちらから問い掛けるのはやめておこうとリアンは思っている。
人には誰にでも、話したくないことがあるのだから。
「世界には本当に色々な人たちが色々な生活をしているんだね。……わたし、今まで何も知らなかったんだな」
「これだけ多くの人間が集まっているんですから、私の好みにバッチリ合うような美青年がいてもいいんですけど」
「リアンはどんな男の人が好きなの?」
「そうねぇ……薔薇の花が似合うような、優雅で美しい男性かしら。それはともかく、まずは宿を探しましょう」
「はーい!」
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イーストビレッジはベムジンへの参拝客が立ち寄ることが多い町のため、町には四軒の宿屋が存在している。
この町に限らず、町に到着したら宿屋が満室にならないうちに予約を済ませておくのが賢い冒険者だった。
既に三軒の宿屋は満室であり、ティエルとリアンは最後の四軒目の宿屋へ向かっていた。野宿は絶対に避けたい。
女だけの野宿は危険すぎる。金品を奪われるどころか、その身を奴隷商人に売り飛ばされることも珍しくはない。
もしも四軒目の宿屋も満室であれば、明け方まで開いている酒場に身を寄せるしかない。
そんな話をリアンから聞かされたティエルは、やはり外の世界は自分が思う以上に危険なのだと顔を青くさせた。
漸く最後の宿屋に辿り着く。町の中心からぽつんと外れた場所に位置する、割と大きいが寂れた宿屋であった。
先程訪れた三軒の宿屋は入口付近に何名かの旅人達が談笑を交わしていたが、ここは閑散として人の姿がない。
「なんか寂しい宿屋だね、ここ」
「そうですわねぇ。……ちょっとぉ、誰もいないんですのー?」
暫く入口の前で立ち止まっていたティエルは、背後のリアンを振り返った。
彼女も首を傾げている。がらんとした無人のロビーを進んで行くと、フロントの奥に向かって声を張り上げた。
呼びかけから暫く立った後。奥から疲れ果てた表情を浮かべている肥えた中年の男が姿を現した。
「おや、お客さんかい? それともお姉ちゃん達も賞金目当てのハンターなのかな」
「わたし達はハンターじゃないよ。それよりお部屋空いてる?」
「部屋なんて殆ど空いているから、好きな部屋を勝手に選んでくれよ。まぁ……命の保障まではできないけどな」
ぼそりと呟いた宿屋の主人に、リアンは片眉を上げる。聞き捨てならない言葉である。
ティエルは案の定聞き逃しており、どの部屋にしようなどと無邪気に喜んでいるようだが。
「命の保障はできないって、どういうことなんですの?」
「あぁ……隠すつもりもないから言うけど、うちの宿には賞金首が夜な夜な現れ、宿泊客を一人殺していくんだ」
「え?」
「一体どこで殺人鬼の恨みを買ったのかは知らないけど、殺される宿泊客の部屋が段々とフロントに近付いてきて」
「う、うん」
「今夜、もしも奴が現れるとすれば……オレの寝泊りする部屋の真横ってわけだ」
このどこにでもいるような平凡な男が、一体どんな恨みを買ったというのだろう。
しかしこの男も黙ってやられるだけではなかった。ギルドに依頼し、返り討ちにする気である。
「なんだか血生臭いお話ですわね。残念ですけどティエル、次の町まで頑張れます?」
思わず背筋の凍ったリアンは、溜息をつきながらティエルに話しかけた。こんな宿に泊まる気は更々ないようだ。
だがティエルは何か考え込んでいるかのように押し黙っている。
それから名案を思いついたのか、軽やかに手を打って顔を上げると宿屋の主人に歩み寄って行った。
「じゃあさ、違う部屋ならいいんじゃない。その例の部屋以外に泊まれば問題なしってことだよね?」
「ティエルっ! 何を言っているんですのよ、正気ですの!? 私まだこの若さと美貌で死にたくないですわ!」
ティエルの思わぬ発言に、心底驚いたリアンは飛び上がって彼女の肩を強く掴む。
てっきりティエルは自分以上に怯えていると思っていたのだが、案外彼女は気にしていないようだ。
それはティエルが筋金入りの世間知らずで、状況の恐ろしさをいまいち理解していないからであるが。
「だから、その殺されちゃう部屋に泊まらなければいいんでしょ? それに……お客さんがいなくて可哀相だし」
リアンにがくがくと揺さぶられながら、ティエルは言葉を発した。
「リアンだって言っていたじゃない、賞金首捕らえたいって」
「……確かにここまで騒ぎが広まっていれば、冒険者ギルドが黙っているはずがないですけど」
ティエルの肩からあっさりと手を離したリアンは、顎に手を当てながら宿屋の主人を振り返る。
「そいつ、賞金かかっていますの?」
「勿論だよ。賞金額は百五万リン、この町で一番の高額賞金首さ。現行犯で仕留めるのが条件だ」
「百五万リン!?」
疲れ果てたようにロビーのソファーに腰掛けた男は、投げやりな様子で肩を竦めた。
「泊まりに来るやつは全部ハンターばかり。こんなんじゃ普通の客も寄りつこうとしない。
しかし例の部屋に泊まって無事だったハンターはいないときたもんだ。本当にもう、どうすりゃいいんだよ」
「犯人は何でこの宿屋に執着するのかな? ねえ、リア……」
首を傾げながら隣のリアンに視線を移したティエルだったが、思わずぎょっとする。
完全に目の据わった彼女は口の中でぶつぶつと低音で百五万、百五万と呟いていたのだ。
「あ、あの……リアン?」
「百五万リン、私達がゲットしてやろうじゃないですのっ!!
その許すまじ連続殺人犯、百五万リンのため……ではなく、人々の平穏な暮らしのためにぶっ飛ばしますわよ!」
「はっはっは! ボインな別嬪さん、威勢だけはいいな」
鼻息荒くリアンが叫んだとき、奥の廊下からハンターらしきガラの悪い男達がこちらに向かって歩いてきたのだ。
「悪いが賞金首はプロのハンターであるオレ達のモンだ。女子供はミルクでも飲んで引っ込んでろ。
まぁ、姉ちゃん達が酒のお相手してくれるんなら、一万リンくらいは恵んでやってもいいぜ?」
「……私が一番嫌いな下品で野蛮な男ですわ」
気分が悪そうに表情を歪めたリアンを一瞥し、頭にきたティエルは思わずハンター達の前に進み出る。
「馬鹿にしないでよ、ミルク飲んで引っ込むのはおじさん達の方だ。今の言葉絶対に後悔するからね!」
「おおぉ〜?」
顔に大きな古傷を持った緑のバンダナの粗暴な男は、目の前に立ちはだかるティエルを面白そうに眺めた。
上から下まで、じろじろと観察するように。
「こっちも随分と威勢のいいクソガキだな。酒の相手にもなりゃしねぇが……ま、後悔させてくれよ。是非な」
ガハハハ、と笑い声を残すとハンター達は宿屋を後にした。
「……というわけで、わたし達もここに泊まるから」
ティエルの行動に唖然としているリアンと宿屋の主人に向かって、彼女はきっぱりとそう言った。
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