Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第2章 旅の幕開け

第14話 イーストビレッジ -3-




日も暮れ、町にぽつぽつと明かりが灯り始めた。
冒険者達の集まる店のあちこちから、食欲をそそる香りが風に乗って流れてくる。


「もう、さっきのティエル! 信じられないですわ、あんなガラが悪そうな野蛮なハンターに言い返すなんて」

フォークとナイフを華麗に操りながら、テーブルの向かい側に座るリアンが呆れたように呟く。
彼女達は結局あの殺人騒ぎのあった宿に泊まることになってしまった。
靴擦れのティエルのために薬草やら色々と必要な物を買い揃え、手近なレストランに入ったのだ。
……そして、現在に至る。


「なんで? 腹が立ったから言い返しただけだよ」

こちらは元王女であったのかと疑いたくなるほど怪しいナイフの扱い方を披露しながら、
ティエルはサラダを切り刻んで口に入れる。しかし、口の脇からぽろぽろと落ちていた。

「リアンはあそこまで言われて怒らなかったの? 本当は、もっと沢山言ってやりたかったんだけど」
「ま、まぁ……確かに腹は立ちましたけど、言い返すと後々面倒なことになるじゃないですの」

誰に対しても物怖じをしないティエルの性格を、この時リアンは嫌というほど思い知らされたのである。


「けれどね。もっと賢い大人のやり方は、殺人犯が現れた時にどさくさに紛れて一発か二発殴るんですのよ」
「リアンの方がよっぽど、信じられないほど図太い神経してると思うけどなぁ」
「何か言いましてティエル?」
「ううん、なーんにも」


リアンにじろりと睨まれながらも、ティエルは心の底から笑った。
こんな風に同じ目線で話しかけてくれるのが、たまらなく嬉しい。嬉しかったのだ。
『王女』であった頃は、いくら親しみやすいティエルであっても、誰もが一線を引いて彼女と接していた。
リアンは間違いなく『王女』や『ミランダの孫』としてではなく、『ティエル』として接しているのだ。


急にくすくすと笑い始めたティエルに、リアンは蜂蜜色を帯びたカーネリアンの瞳を瞬いて首を傾げる。
まるで宝石のように綺麗で、暖炉の炎のように暖かく安心する色。一目見たときから大好きな色になった。

この目の前のリアンも、きっと今まで楽しいことばかりではなく色々と辛いことも多く経験しているのだろう。
女の身でありながら危険極まりない一人旅をする決意は、並大抵のものではない。
そんなことを微塵も見せずに明るいリアンを見ていると、自分もしっかりしなくてはとティエルは思う。


本来ならば、ティエルは二度と笑顔を浮かべることができなくなるほど凄惨な体験をしたのだ。
それも十年や二十年も昔のことではない。つい一週間前の出来事なのだ。
そんな彼女が今こうして自然に笑顔になれる大きな理由の一つは、側にリアンがいるからでもあった。


「おーう、どっかで見たことがある賑やかな奴らだと思ったら、昼間の命知らずなクソガキと巨乳の姉ちゃんか」

聞き覚えのある声。
丁度食事が終わったのか、ぞろぞろと席を立った集団は、同じ宿に泊まるハンター達だった。
リーダーらしき顔に大きな傷がある黄色の髪の男はティエルの顔を覗き込み、にやりと笑みを浮かべる。

「てっきり尻尾巻いて逃げちまったかと思ったぜ。本当にあの宿に泊まる気なのか?
 命知らずというか、勇気があるクソガキというか。単純に無知なガキだからこそ命知らずっていうこともあるな」


「あそこまで言ったのに、今更逃げる気にはなれないよ。わたしはティエル、クソガキなんて名前じゃない」

軽く口の周りを拭うと、ティエルは顔を上げて男を睨み付けた。
そのあまりにも真っ直ぐな瞳に少々毒気を抜かれてしまった男は、大きな手をポンと彼女の頭に乗せる。

「その威勢の良さは気に入ったぜ。オレの名前はファング。この周辺では有名なハンターさ、覚えておきな」
ファングはそう言うと、仲間達を引き連れてレストランから出ていった。


「意外に優しい声をしていましたわね。あのファングって男」
彼らの出ていった扉を暫く眺めていたリアンが口を開く。

「でも、私の嫌いな下品で野蛮な男には変わりないですけど」
「……うん、そうだね」

優しく頭の上に置かれた大きな手の感触に、ティエルはどことなく懐かしい気持ちに駆られながら頷いた。







ティエル達の宿泊する部屋は、殺人事件の起きていない向かいの廊下の部屋であった。
事件が起きる部屋は、夜な夜なフロントに向かっている。
恐らく今夜殺人事件が起きるであろう部屋にはファング達が泊まっているのだろう。

「いいかい、危険なことはやめてくれよ? ハンター達の言うことをよく聞いて、騒ぎが起きたら逃げなさい」
渋々ティエル達の部屋まで案内した従業員は何回もそう繰り返していた。


「ねえ、リアン」

だらしなくベッドの上で寝転がっていたティエルは、髪を梳かすリアンに向かって声をかけた。
どうやら枝毛を発見したらしいリアンは、それをナイフでちょんと切る。彼女は身だしなみに隙がない。

「嫌ですわ、旅をしてると髪が痛んで。私の自慢の髪に枝毛なんて……って、何か呼びまして?」
鏡に向かってぶつぶつと悪態をついていたリアンは、ティエルの声に気付いてやっと振り返った。


「別に大したことじゃないんだけどさ。
 ……犯人は今日も現れるかなあって。そもそも犯人は何の目的があって殺しているんだろうって思ったの」

ぼんやりと天井を眺め、ティエルは静かに目を伏せる。

「死ぬのって、痛いんだよね。苦しいんだよね。わたし……犯人に何でそんなことをするのか聞きたい」
「あなたは純粋すぎるんですのよ」

リアンはそう言いながらティエルの頭を子供をあやすように撫でてやった。
ぐしゃぐしゃになった髪を、彼女は苦虫を噛み潰した表情を浮かべながら整える。


「犯人はこの私が魔法でやっつけてみせますわ。あなたは剣を握ることだけを考えて。
 けれど、天才魔女の私だって無敵じゃないんですのよ。……背後を守ってくれる剣士様が必要なんですの」
「分かってる」

その言葉にどことなく安堵感を覚えたティエルは、次第に深い眠りへと落ちていった。







「出たぞおおぉぉーっ!!」

……深夜。
耳をつんざくような大声と、ばたばたと廊下を乱暴に走る足音でリアンは反射的に飛び起きる。
どうやらお出ましのようだ。それと同時に何かが割れる音と、男の怒鳴り声が辺りに響き渡っていた。

「ちょっと、ティエル起きなさいな。早く行きますわよ。ハンター達に後れを取っていいんですの?」
右手に愛用のロッドを持ち、左手で未だ眠り続けるティエルの頬を軽く叩く。

「う、うぅーん……ゴドーあと五分……」
「誰がゴドーなんですの、私はそんなゴツい名前じゃなくてよ!」

勢いよく毛布をめくり上げると、リアンはティエルの両肩を掴んで強く揺さぶった。


「賞金百五万リンがとうとう現れたんですのよ、早く剣を持って倒しにいきますわよ!」
「リアン、おはよう……そうだったね、賞金賞金……」

漸く目を覚ましたティエルは、覚束ない足取りで剣を掴んで扉を開ける。
その途端、扉の外側で寄り掛かっていたと思われる何かが、どさりとティエルの足元に倒れてきた。


「なんだろうこれ。リアン、何かが倒れてきたよ?」

寝惚け目でそれを一瞥したティエルは、青い顔をしながら背後で震えているリアンに向かって指し示す。
そしてもう一度、今度はしっかりと倒れてきた何かに視線を移した。


「こ……これって」

ティエルの足元に倒れてきたのは、昼間ティエル達をからかったハンター集団の一員である。
全身を鋭い爪で切り裂かれ、見るも無惨な姿となっていた。この分では恐らく息はないだろう。


「……あんまりじろじろと見るものじゃないですわ、とりあえず廊下に出ますわよ」
呆然としているティエルを押し出すようにして廊下に出たリアンが見たものは、至る所で倒れているハンターの姿。


「あ……あれは本物の化け物だ、人間が勝てるわけがねえよ。オレはまだ死にたくねえ!」
「百五万リンのはした金のために、命を捨てたくねえぞ!」
これもまた見覚えのあるハンターが部屋から飛び出して来た。彼らも身体のあちこちに斬り裂かれた傷を負っている。

「さあ、どうしますティエル? 逃げるか戦うか。命に比べれば百五万リンなんて、はした金ですわよ」
リアンは返答を求めるようにティエルを一瞥した。その視線に彼女は暫く迷ったように瞳を泳がせていたのだが。

「うわぁぁぁぁ!!」
突如部屋から響いてきたファングの絶叫に、無意識のうちに剣を握り締めて問題の部屋に飛び込んでいたのだ。





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