Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第11章 華の都セレステール
第121話 セレステール王国
どこまでも続く青い空。わたあめのような白い雲。緑の木々。
僅かに涼しさを含んだ風はティエルの長い栗色の髪をさらさらと揺らし、澄んだ空気は彼女の胸を満たしていく。
メドフォードやゾルディスでの辛い記憶と比べれば、何気ない平穏な日々がとても幸せなことなのだと実感する。
ギルドに高額指名手配をされていた頭領ザンギの率いるサンドラ盗賊団の襲撃を受けたフィオレの町であったが、
意外にも被害はそれほど大きくなかったようだ。一週間も経つ頃になれば、町は普段の平穏を取り戻していた。
ザンギを捕らえたことによって、ティエル達にはギルドから賞金三百万リンが支払われた。大金である。
仲間達と相談し、賞金の半額を町の修理費として寄付することに決めたのだ。
修理費としては百五十万リンなど微々たる金額かもしれないが、受け取った町長からは何度も頭を下げられた。
当初は全額寄付しようとティエルは提案したのだが、全額寄付してしまってはこの先の旅にも支障が出るだろう。
その点は現実的なリアンにぴしゃりと止められた。相変わらず後先考えない発言をしてしまったティエルである。
こうして、路銀の乏しかった一行は無事に次の旅へのスタートを切ることができたのだ。
次なる目的は、封魔石イデアの失われた五つのジェムを探し出すことである。五つ揃ってイデアは完全といえる。
イデアに映し出された不思議な地図を頼りに、彼らは現在セレステール王国へと向かっているのであった。
目の前には平地が延々と広がり、大きな湖が見える。これが地図で確認した星型の湖だろうか。かなり大きい。
「それにしてもさ、まさか盗賊団が襲撃してくるなんて驚いたよね。一時は本当にどうなることかと思ったもん」
「うむ、ワシはティエルの捨て身の体当たりにも驚いたぞ。あの後お前が風邪を引かんで本当によかった」
「わたしは頑丈で健康なのが取り柄なのです」
なだらかな土の道を歩きながら振り返ったティエルに、すっかり完治したサキョウが笑みを浮かべる。
ジハードの魔力も漸く回復し、面々の残っていた傷を全て治癒したのだ。やはり彼の治癒魔法の威力は凄まじい。
「ケビンくんも友達ができたみたいで良かったね。町を出るとき、みんなで見送りに来てくれたじゃない!」
「……ふーん。あのクソガキ、最後まで可愛くなかったですけどね」
艶やかなハニーシアンの髪を払い除け、リアンは整った顔に不機嫌そうな表情を浮かべていた。
最後の別れの挨拶の時も、ケビンはリアンに対して凶暴だとか男ができないなど憎まれ口を叩き続けていたのだ。
顔を耳まで真っ赤にさせながら憎まれ口を叩くケビンの様子は、好きな相手に意地悪をする少年の姿そのものだ。
ジハードは勿論、ティエルまでもがそれを察していたからこそ、叱るようなことはせず微笑ましく見守っていた。
出発の際、ケビンは行っちゃ嫌だと号泣し決してリアンから離れなかった。ここからがジハードの出番である。
彼に優しく諭されたケビンは、最後は泣き笑いのような表情を浮かべながら手を振って見送ってくれたのだった。
「きっとケビンくんはリアンのことが大好きだったんじゃないかなぁ? なかなか素直になれなかったんだよ」
「そうかしらね? ……まぁ、女性の趣味が良いところだけは褒めてあげますわ」
「よかったな、未来の恋人候補が現れて。希少な存在を大切にしてやれよ」
「うふふ、もしかしてクウォーツったら妬いているんですの? 根暗な男の嫉妬は見っともないですわよぉ」
「根暗な男とは誰のことだ。そんな奴がいるのか」
「あなた以外に一体誰がいるんですのよ! まさか……本当に自分が根暗だっていう自覚がないんですの?」
普段のように無表情のまま歩いているクウォーツの背を、普段のように眉を吊り上げながらリアンが追っていく。
見慣れたいつもの光景だ。気が合っていないようで、妙に気が合っているような相変わらずの二人である。
そんな二人を眺めているのは、リアンの一方的な喧嘩の仲裁をしようか悩むサキョウと寝癖頭を掻くジハードだ。
「素直じゃないのはリアンも同じだけどな。……意地なんか張らずに、素直に好きって認めちゃえばいいのにさ」
「ん? どうしたんだジハード」
「あの時素直になっていればよかったなって、いつかきっとリアンは後悔する予感がするんだよね。なーんて」
「ワシにはお前が何を言っているのか、さっぱり分からんよ」
怪訝なサキョウの視線に気付いたジハードは、なんでもないよと、得意とする完璧な笑顔を浮かべて見せた。
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星型の湖に添って暫く歩き続けていると、やがて前方に広い城下町に囲まれた大きな城が見えてくる。
遠くからでもはっきりと分かるほど、色とりどりの旗や巨大なバルーンが城下町の至る所に見受けられた。
建物の殆どが白で統一されているために、まるで白い画用紙にカラフルな絵の具を点々と落としたように見える。
リアン曰く『お祭り騒ぎが大好きな国王が治める場所で、王子様が凄いハンサム』というセレステール王国だ。
「想像していたよりも派手な国ですわね。年中お祭り騒ぎばかりしていて、財政は一体どうなっているのかしら」
「でも、すっごく楽しそうだよ! わたし、こういう賑やかで平和そうな国が好きだなー」
「確かに楽しそうですわね。……ってティエル、勝手にどんどん進んで行ったら迷子になっちゃいますわよ!」
陽気な音楽。人々の笑い声。立ち並ぶ出店の数々。仮装した国民。ティエルの目には全てが魅力的に映っていた。
あまりのお祭り騒ぎに面食らってしまっているリアンとは裏腹に、はしゃいだようにティエルは駆け出していく。
色とりどりの紙吹雪が青空へと吸い込まれ、とても幻想的な雰囲気であった。
セレステールを治めるバルバロ王は、一ヶ月に一度『感謝祭』という名のお祭り騒ぎを開催しているそうだ。
この日だけは国民達は皆日頃の疲れを癒すために、楽しく踊り、歌い、酒を飲む。そんな一日なのだ。
「メドフォードにも、一ヶ月に一度お祭りの日があれば良かったのにな」
「ティエルの故郷にはお祭りはなかったのかい?」
「そりゃあ収穫祭とかはあったけど、一年に一度だけだったし。あとは三年に一度の剣術大会くらいかなー」
「一年に一度お祭りがあれば十分だと思うんだけどね。まぁぼくはお酒が好きなだけ飲めるんなら別にいいけど」
「ほっとくとジハードは酒樽を空っぽにしそうで怖いよ」
「いやいや、物量的に無理があるだろ。……ん、でも小休憩を何回か挟めば飲みきれるかも」
真っ直ぐ城へと続く大通りを歩きながら忙しなく周囲に目を向けるティエルの隣で、ぼそりとジハードが呟いた。
賑やかな場所は嫌いではないけれど、こんな騒ぎを月に一度続けていたら少々疲れるかもしれない。
背後のサキョウとリアンは完全に酔っ払った町人から酒を勧められており、若干困惑気味の表情を浮かべている。
勿論クウォーツは町人達に話しかけられても、足を止めることもなく普段のように素知らぬ顔で歩いていた。
これから城に向かい謁見を望んでいる身としては、べろんべろんに酔っ払うわけにもいかないだろう。
サキョウが鉄の意志で酒を断ってくれることを祈りつつ、ジハードは隣を歩いているティエルに顔を向けるが。
彼女は小太りな中年の男に呼び止められており、オレンジジュースを手渡されていた。
「異国のお嬢ちゃん、ようこそ華の都セレステールへ。これは酒じゃなくてジュースだから安心して飲んでくれ」
「ありがとう、おじさん。ここはとても楽しい国だね、想像していたよりも賑やかだったから驚いちゃった!」
「そう言ってくれると嬉しいなぁ。……あ、よかったら中央広場に行ってごらん。今なら面白いものが見れるぞ」
「面白いもの?」
「異端の生き物だよ! 全ての鱗が白く生まれてきた、魚人族の異端さ」
『魚人族』『異端』。その二つの単語を耳にしたジハードの表情が、ほんの僅かに凍り付いたような気がした。
ジハードの心の奥底に大きく打撃を与える、まさに彼のトラウマともいえるような単語である。
しかしそんな様子の彼には気付かず話し続ける男を押し退けて、別の女が顔を上気させながら口を挟んできた。
「この国の王子セイファ様が……それがもう目の玉が飛び出るほど、とびっきりの美男子なんだけどね!」
「おいおいお前はいつもそればかりだなぁ。セイファ王子の大ファンなんだ、こいつ」
「セイファ様の趣味は珍しい生き物を狩ってくることでさ、あの魚人族は先日の狩りの時に捕らえたそうだよ」
「文武両道、容姿端麗。非の打ち所がない素晴らしい王子なんだ。セレステールの未来は明るいなぁ!」
「白く透き通った魚人族の鱗に触れると、大変ご利益があるそうだよ。あんた達も中央広場に行ってきなよ」
「……そうかい、ありがとう。早速見に行ってみるよ」
ティエルの不安とは裏腹に、案外ジハードは普段と変わらぬ穏やかな様子でやんわりと口を開いた。
彼の表情が凍り付いたように見えたのは、単なる気のせいだったのだろうかとティエルは首を傾げたのだった。
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