Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第11章 華の都セレステール

第125話 Moonlight waltz -2-




煌びやかな装飾のされた大ホール。昼は城下町での祭、そして夜は王宮でのパーティー。月に一度のイベントだ。

見るからに高価な衣服に身を包んだ紳士淑女達の姿も見受けられる。周辺貴族達も参加しているのだろうか。
貴族の目的は単にパーティーを楽しむだけではない。恐らくもっと大切な、別の目的のために参加しているのだ。
ある者はセレステール国王へのご機嫌取りに、またある者はセイファやセーラとの婚姻を結ぶため、様々である。

一人離れたテーブル席にぽつんと座っているのは、パーティーには場違いな普段の衣装に身を包んだティエル。
会場には最初からクウォーツの姿はなく、サキョウは先程からジハードの様子を見に行っている。
そしてセイファとのダンスに疲れ果ててしまったリアンも会場から姿を消し、現在ティエルは一人ぼっちである。

ドレスを貸すというセーラからの申し出を素直に受けていればよかった。もっと気軽な催しだと思っていた。
時折給仕が運んでくるアップルジュースに口を付けながら、ティエルは退屈そうに周囲を見渡してみる。
セーラの姿は見えなかった。最初の頃は顔を見せてくれていたのだが、周辺貴族達への挨拶で忙しいのだろう。
香水の匂いをぷんぷんとさせた婦人達や、綺麗に着飾った貴族の令嬢達。……実に話しかけにくそうな雰囲気だ。


「……ティエル、先程からずっと口が開きっぱなしだよ」
「えっ?」
「一般人のぼくらよりも姫君であるティエルの方が、こういう華やかな催し物は一応慣れているはずなのにね」
「わはは、王宮のパーティーなどワシはこれが初体験だぞ!」


突如背後から聞こえてきた声。……彼らの声を耳にしただけで、何故こんなにも心から安堵してしまうのだろう。
勢いよく振り返ったティエルの前には、穏やかに微笑むジハードと快活に笑い声を上げるサキョウの姿があった。
ジハードの様子は普段と全く変わらない。彼の姿を目にできたのは嬉しいが、果たしてもう大丈夫なのだろうか。

恐らくセイファは、捕らえてきた『異端の生き物』をパーティー会場で披露するつもりだ。
ジハードは『異端』という言葉に並々ならぬ固執を抱いている。その時彼は、冷静を保ち続けられるのだろうか。


「ジハード、来てくれたのは嬉しいけど……もう部屋で休んでいた方がいいんじゃない?」
「十分休ませてもらったよ。確かにぼくはあの王子に好感を持っていないけど、この国で暮らすわけでもないし」
「そうだけど……」
「一応ぼくらは国賓扱いなんだろ? 半数以上がパーティーに不参加っていうのも、心象を悪くするじゃないか」

要はジェムを手に入れるまで心を殺すということである。
ジェムは確かに必要なものだが、ジハードに辛い思いをさせてまでこの国に留まり続ける意味はあるのだろうか。

しかし。もしもそれをジハードに伝えたとしても、『相変わらず甘い考えだ』と逆に叱責されてしまうだろう。
確かに甘い考えだ。生半可な決意ではジェムを全て集めることなど到底不可能だということも勿論理解している。
それでもティエルの心はもやもやとして晴れなかったのだ。


「やあ、ティエル姫とご友人の方々。パーティーはお楽しみいただけてますかな?」

唐突に響くセイファの声。考え事に没頭するあまり、ティエルは彼が歩み寄ってきたことに全く気付かなかった。
今夜のパーティーのために仕立てた衣装だろうか。金の刺繍で縁取られたターコイズ色のマントを軽やかに翻す。
通りすがりには着飾ったご婦人方にきっちりと極上の笑顔を向けており、女性への細かい配慮を決して忘れない。

できればこのテーブルには暫く近寄って欲しくなかった人物であったが、勿論セイファはそれに気付いていない。


「どうです、この滑らかな絹のマント。似合うでしょう? 僕のために国一番の仕立て屋に作らせたのですよ」
「ふーん……綺麗な青い色だね」
「さ、さすがはセイファ王子殿。いやはや気品溢れる上品なターコイズ色のマントがよくお似合いですなぁ!」

さもどうでもいいと言わんばかりのティエルの返答に、慌てた様子でサキョウが世辞を並べ立てる。
ジハードはともかくとして、ティエルは心にもないようなお世辞をすらすらと言えるような性格ではないのだ。
だが実際ターコイズの絹のマントは優雅なセイファによく似合っており、彼のために作られたというのも頷ける。

ちなみにジハードはセイファに顔すら向けず、果実酒に口を付けていた。酒豪の彼には若干物足りない酒だろう。


「こんな素晴らしいパーティーに参加できたことを、ティエル達に代わって心よりお礼を申し上げますぞ」
「僧侶殿。あなたはなかなか分かっておられますな」
「は、ははは……」
「それにしても、リアン殿は一体どこへ行ってしまわれたのか……随分と恥ずかしがり屋で奥ゆかしい女性だ」

「いや、その……リアンは少し涼みたいと言っておりましてな」
「きっと僕を前にして緊張しておられたのですね。ふふっ、熱を帯びた視線で終始僕を見つめておられましたし」
「……」
「気品など欠片も持たない下品で小猿のようなどこかの姫君とは違い、リアン殿の方がよっぽど姫君に相応しい」


どこか口元に嘲笑のようなものを浮かべたセイファの視線がティエルへと向けられる。
『下品で小猿のようなどこかの姫君』などと回りくどい表現をしているが、要は目の前のティエルのことである。
問題を起こさぬように大人しくしているつもりであったティエルも、ここまで侮辱されては黙ってはいられない。

「本当に嫌味なおにいさんね! それにリアンがあなたを熱を帯びた視線で見つめてた? バッカじゃない!?」
「……半死半生の魚人族の子供を広場で見世物にしていた誰かさんの方が、ぼくはずっと下品だと思うけどね」
「なっ……」

思わずテーブルに両手を突いて立ち上がったティエルをやんわりと制し、実に穏やかな口調でジハードが言った。
棘の含まれる台詞の内容に反して、彼は得意とする天使の笑顔を浮かべている。
そのためにセイファは暫くジハードの言葉の棘に気付かなかったが、やがて薄い笑みを浮かべて彼を見下ろした。


「ほう? これはこれは……老人かと思えば、お若いのに見事な白髪で可哀想に。不幸事でもあったのですかな」
「……」
「王族に対し礼儀を弁えぬ態度、全身に入った刺青……中東大陸の民族とは噂に違わず野蛮で低脳な連中ですね」
「あはは、確かにぼくは頭があまり良くないかもね。それにこの白髪は、生まれた時からの天然物だよ」
「え?」
「……あなたが異端と言って散々見世物にしていたあの魚人族の少年と同じ、ぼくは先天性の色素欠乏症だ」

次々と投げ掛けられるセイファの嫌味に対して、ジハードは笑顔を崩すこともなく穏やかな口調で答えていた。
先程『気味の悪い異端の命なんて重いものではない』と言った手前、セイファは若干気まずかったのだろう。
やがて着飾った婦人達の集団に遠くから声を掛けられた彼は、そのままくるりと踵を返してこの場を立ち去った。


「セイファ様! あの白髪の方、随分とセイファ様に失礼な態度でしたけど……どういったご関係なんですの?」
「わたくし達セイファ様とお話できなくて、とても寂しく思っておりましたのよ」

「ああ……お待たせしてしまって申し訳ない。彼らはセーラの知り合いでね。どうやら僕が気に入らないらしい」
「セーラ様のお知り合い? うふふ、きっと誰よりも魅力的なセイファ様に嫉妬しているんですのよ」
「あの白髪の方、遠目から見るとまるで老人のようですわ。美しく若々しいセイファ様と比べると見窄らしくて」


「……ふん。大声で陰口ばかりを叩いている暇な貴族より、うちのジハードの方が数万倍もいい男ですけどね!」

わざとらしく耳に入ってくる陰口。その時、カーネリアンの瞳を冷ややかに細めながらリアンが姿を現したのだ。
その言葉に表情を強張らせた婦人の集団だが、再びこちらに何度か視線を向けながら小声で会話を続けていた。
時折くすくすと小さな笑い声が響いてくることから、恐らくジハードの容姿について粗探しをしているのだろう。

貴族の女達から老人のように見窄らしいと形容されていたジハードだが、誰の目から見ても彼の容姿は華やかだ。
セイファとは異なった部類の美しい青年である。ジハードが白髪であるという点だけを皮肉った完全な難癖だった。


「リアン」
「遅くなりましたわ。それにしてもジハード、老人とか見窄らしい容姿とか完全に言われっぱなしじゃないの!」
「いや、まあ……完全に的外れな形容でもないし、それほど気にしていないよ」
「私達が大いに気にするんですの。身内があんなに貶されているのを耳にして、気分がいい訳がないじゃない!」

「身内……」

リアンから怒りのあまり勢いよく詰め寄られ、ジハードは珍しく口を開けたまま驚いた表情を浮かべていた。
ジハードのために彼女は本気で怒っているのだ。彼を身内と呼び、まるで自分のことのように怒ってくれている。
今まで彼にとって身内と呼べる存在は二人の兄だけであった。今は完全に見捨てられてしまっている家族だが。


「ジハードもティエルも、セイファ王子の嫌味によく耐えたな。リアンも王子の機嫌を取り続けて疲れただろう。
 パーティーに参加したという役目は果たしたわけであるし、後はワシに任せてお前達は部屋に戻った方がいい」

このままパーティーに参加し続けては精神的にも参ってしまいそうだ、と判断したサキョウが口を開いた時。
騒がしかった周囲がしんと静まり返る。面々が振り返ると、セレステール国王バルバロ四世が姿を現したのだ。
早速貴族達に囲まれるバルバロ王であったが、ティエルの姿を発見するや否や嬉しそうに歩み寄ってきた。





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