Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第11章 華の都セレステール

第126話 Moonlight waltz -3-




ティエル達のテーブルまでゆっくりと歩み寄ってきたバルバロ王は、目を細めて懐かしそうに微笑んでいた。
本当にセイファとセーラの父親なのかと疑いたくなるほど似ていない。二人は吊り目だが、王は垂れ目であった。
丸々とした輪郭に大きな赤い鼻。わたあめのような白いヒゲ。見るからにお人好しそうな雰囲気が滲み出ていた。

バルバロ王は、昔眠れぬ夜にゴドーが読んで聞かせてくれた物語に登場する人物を連想させるのだ。
雪の降る夜。良い子にしている子供達に、一年に一度だけプレゼントを届けてくれる赤い服の老人に似ている。
それは別としても、バルバロ王を眺めていると懐かしさを覚える。以前、どこかで会ったことがあるのだろうか。


「ティエル姫、そしてご友人の方々よ。遠路遥々よくぞおいでなすった。ワシはセレステール国王バルバロじゃ」
「は、初めまして王様! 突然の来訪でごめんなさい。わたし、メドフォードの王女ティアイエルです」

礼儀も何もあったものではない挨拶だ。彼女に続き、リアン達もバルバロ王に向かって深々と頭を垂れる。
まるで孫を見つめるような眼差しでティエルを暫く見つめていた王は、それから背後の面々に向けて会釈をした。
畏まらずともよい、と片手を上げた王は皺だらけの手をティエルの頭に優しくそっと乗せる。

「ティエル姫もご友人の方々も、楽にしてくれい。それにしても姫よ、本当に立派なレディに成長したのう」
「えっ?」
「ワシとそなたは何度か会っておるんじゃが……ほれ、覚えておらんか。ボール遊びをしたこともあったじゃろ」
「ごめんなさい、王様。覚えていないの」

目をぱちぱちと瞬き、ティエルは首を傾げてみせる。
確かにバルバロ王に対して懐かしさを感じるが、何度か会ってボール遊びをしたような記憶は残っていなかった。
覚えていないとティエルから言われ、若干しょんぼりと気落ちしたような表情を見せたバルバロ王だが。

「そなたが幼い頃であったし、覚えておらんのも無理はないか。ワシは昔そなたの国によく訪れていたのじゃよ」
「メドフォードに?」
「うむ、そなたの祖母であるミランダ様には大変お世話になった。あれは五十年も前、ワシがまだ若造だった頃。
 家臣達を連れてメドフォードの森に足を踏み入れた際に、マンティコラという魔物に襲われてしまったのじゃ」


バルバロ王が足を踏み入れてしまった森は、恐らくマンティコラの森だろう。
ティエルもあの場所で恐ろしい体験をした。しかしリアンと出会った場所でもある、忘れられない森であった。

「その時ワシを救ってくれたのが、周辺を見回っていたミランダ様じゃ。ワシには本当にあの方が輝いて見えた」
「おばあさまが王様を助けたの? 想像がつかないなー。あんなにお淑やかなおばあさまが魔物を倒したなんて」
「いやいや、あの頃のミランダ様はとても勇ましく……そうじゃな、今のティエル姫のようにおてんばじゃった」

「えーっ、あの楚々としたおばあさまが!?」
「ティエル姫も年齢を重ねていけば、いずれはミランダ様のような立派な淑女になるじゃろうて」
「おばあさまはわたしの憧れだけど、まだまだ遠いや」

「ほっほっほ。……そうじゃ、ティエル姫は確かイデアのジェムとやらを求めて我が国に立ち寄ったそうじゃな。
 名前から察するに、宝石のようなものじゃろう。現在城の者達に宝物庫を探させておるから暫し待ってくれい」


そう言いながらにっこりと笑みを浮かべたバルバロ王は、再び手の平をティエルの頭に乗せる。
サキョウが父親の頼もしさならば、バルバロ王はまるで祖父の温かさだ。残念ながら彼女には祖父の記憶がない。
王にありったけの感謝を述べたくても言葉が出てこないのだ。礼儀作法の授業を真面目に聞いていればよかった。

祖母との思い出を大切な宝物のように話してくれた、ジェムを譲ってくれるというバルバロ王に感謝を伝えたい。
頭を優しく撫でてくれているバルバロ王の手に己の手を重ね、ティエルは打算の欠片もない笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます、王様!」

まさしく太陽のような眩しい笑顔に暫し目を奪われていたバルバロ王であったが、彼もまた笑顔で応えてみせる。
その時。パーティー会場にセイファの声が響き渡った。

「さあ、皆さんお待たせいたしました。先日の狩りで僕が捕らえた面白い生き物を皆さんにご覧入れましょう!」
「セイファ様! わたくし達、一体何を見せて下さるのかと待ちわびましたわぁ」
「狩りの才能もおありですのね。天はセイファ様に二物も三物もお与え下さったのかしら」


赤い布を被せた四角い箱が近衛兵の手によって会場に運ばれてくる。少々大きめの鳥籠のようなサイズであった。
既にバルバロ王は歩き始めているため、あのバカ王子は一体何を見せてくれるのやら、と遠慮なくリアンが呟く。
そこへ、ぱたぱたと足音を立てながらセーラが駆け寄ってきた。長いドレスを身に着けている割には豪快である。

「あら、皆さんお揃いで本当に良かったわ! てっきり今夜は楽しんで頂けていないと思っていたから……」
「セーラ姫が気にすることじゃないよ。わたし達、元々こういった雰囲気の催しに慣れてないからさ」
「そもそもこのパーティーはセイファお兄様の自慢大会のようなものですし、楽しむのも大変かもしれませんね」


実の妹に『自慢大会』と毒を吐かれているなどとは夢にも思わず、着飾った婦人達に囲まれて上機嫌のセイファ。
軽やかに指を鳴らして彼が合図を送ると、深く頷いた衛兵は四角い箱に被せられている赤い布を一気に取り払う。
小さな檻の中にいたのは、美しい白い色をしたトカゲのような生き物であった。

「どうです、可愛いでしょう? この珍しい純白のトカゲは、先日の狩りの時に捕らえた生き物なんですよ」
「あら、可愛いですわ!」
「これほど美しい純白ですと、神聖な生き物に見えますわね。セイファ様にぴったりの神聖な色ですわ」

「純白のトカゲか……なかなか珍しい生き物だな。セイファ王子が大勢の前で自慢をしたがるだけのことはある」

セイファに集う人の輪を遠くから眺め、サキョウは感心したような声を発する。
だが貴族のおなご達はトカゲを可愛いと言うものなのか、上流階級の趣味はさっぱり分からぬと首を傾げていた。

「純白のトカゲ? どうせまた色素の抜けたトカゲを捕らえてきたんだろ。あの王子も、本当に懲りない奴だな」
「ジハード」
「……でも、トカゲにしては大きすぎるような気がするんだけどね。遠目からじゃよく分からないけど」
「そうかなー。わたしの目には、ただの大きなトカゲに見えるんだけどなぁ」
「トカゲというよりは小さな竜に見えるというか……どこかで見たことがある気がするけど、思い出せないや」


輪の中心では、セイファが檻の中に手を入れて純白のトカゲを撫でて見せていた。
ぐりぐりと乱暴に撫でられていても、トカゲは暴れることもなく大人しいままだ。王子に懐いているのだろうか。

「ほら、大人しいでしょう? 捕らえるのに苦労した割には、一回捕まえると大人しくてね。可愛いやつですよ」
「あら本当! セイファ様に懐いているのかしら」
「それにしても本当に美しい純白だこと! まるで神の使いのようだわ」

そんなセイファ達の様子を目を細めながら眺めていたジハードであったが、その両目が突然はっと見開かれる。
思い出したのだ。……あの、トカゲと呼ばれている生き物の正体を。
笑顔の仮面を脱ぎ捨て、弾かれたようにしてジハードはセイファ達に向かって駆け出した。派手に倒れる椅子。


「そいつの尾に触れるな! そいつはトカゲじゃない、魔竜ヴリトラだ!!」
「……え?」

ジハードの怒号に振り返ったセイファの右手は、純白のトカゲの尾を掴んでいた。
魔竜ヴリトラ。比較的温厚な性格の巨大な竜の魔物だが、通常は小さなトカゲのような姿に擬態しているのだ。
尾に触れられることを酷く嫌い、触れられると怒りのあまり本来の姿に戻り、手が付けられなくなるのだという。

セイファが慌ててヴリトラを放り投げると同時に、全身を痙攣させたヴリトラは眩い光と共に一気に巨大化する。
耳を劈くような咆哮。油を浴びたかのように照り輝く純白の表皮。怒りのために全身の筋肉が隆起していた。
血走った目は完全に正気を失っている。このままでは手当たり次第に人間を食い殺す魔物と化してしまうだろう。

「わ……わわ、うわーっ!?」
「きゃぁぁぁーっ!」
「ば、化け物だ!」
「逃げろ、早く逃げるんだーっ!」


「?」

パーティー会場の屋根で一人涼んでいたクウォーツは、突如周囲に響き渡る悲鳴や怒号に無表情で首を傾げる。
顔を向けてみると、着飾った紳士淑女達が転がるようにして次々と会場から飛び出してくるではないか。
どうやら会場で何かあったようだ。この様子から察するに、ただ事ではない。……しかし、彼には関係ない話だ。

恐怖で逃げ惑う人々の姿を、クウォーツは何事もなかったかのように眺めているだけであった。





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