Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第13章 島国エルキド

第141話 サキョウの里帰り -2-




船を降り、まず向かう先はサキョウの実家である。
広大なエルキドのどこかにイデアのジェムが眠っているはずなのだが、今のところ手掛りが全くない状態だ。
サキョウの実家を拠点として、聞き込みやギルドを訪ねて少しずつでも情報を収集していかなければならない。

幸いにもサキョウの実家はこの港町アスカから五時間ほど歩いた場所に存在するのだという。
エルキドは七つの国と大小様々な四十七の町や村が集い、それらを統括しているのが将軍の住まうエルキド城だ。


旅人達で賑わう港町アスカの大通りを歩いていると、左右から響く活気の良い声が客達を足止めしているようだ。
見たこともないような珍しい海産物が並んでいる。新鮮な魚介類の他に干物や加工品なども多かった。
港町では多種多様の人種の旅人達の姿が見られるが、内陸では外国人達の姿はめっきり見かけなくなるという。

エルキド人は伝統や古いしきたりを重んじる人種だ。
八百万の神が存在すると言われ、未だに神に生贄を捧げる地域や馬鹿げた迷信を信じ切っている者達が多いのだ。
勿論青い髪への差別は根強く残っており、すれ違うエルキド人は露骨に眉を顰めながらクウォーツを眺めている。
だが彼は普段のように表情を変えることもなく気にも留めてはいない。悲しむという感情が存在しないためだ。


「クウォーツ」
「?」
「嫌な思いをさせてしまってすまん。今では随分と観光客も増えたが……元々エルキドは閉鎖的な国だからな」
「……」
「だが安心しろ。誰かが何かを言ってきたとしても、このワシがお前の良いところをガツンと言い返してやる!」

無表情のクウォーツの肩に己の太い腕を回すと、サキョウは豪快に笑いながら分厚い胸板を力強く叩いて見せる。
なかなか頼もしい言葉だが、実際に何を言うつもりなのだろうか。サキョウの思う彼の長所とは何だろう。
彼らの(一方的な)じゃれ合いに混ざりたくなったのか、ティエルは反対側のクウォーツの腕に飛び付いた。


「わたしもクウォーツの良いところ、たくさん知ってるもん。優しくてかっこよくて、いい匂いがするところ!」
「……」
「うむ。お前は剣技も魔法も申し分なく、何でも完璧にこなす。……だが、料理はワシと同じく壊滅的だよなぁ」
「言われてみれば確かにそうですわねぇ」
「誰かの返り血の付いた妖刀幻夢で野菜の皮を剥いていたこともあったな。砂糖や塩を袋ごと入れておったし」


基本的に食事当番はジハードやリアンだったが、気まぐれにクウォーツも当番を担当したことがあったのだ。
何をやらせても華麗にこなすクウォーツが、唯一壊滅的なのが料理だ。炒め物は炭と化し、煮物は爆発させる。
そして誰かの返り血の付いた妖刀幻夢で野菜を剥いている事実を知ったリアンは、今更ながら青い顔をしていた。

そもそも包丁ではなく、長剣の妖刀幻夢で野菜の皮を剥けること自体が大変器用だと言えなくもないが……。


「クウォーツは私やジハードのような料理上手な恋人を見つけないと、この先大変ですわよぉ」
「……別に食事を取らずとも私は生きていける」
「あはは。クウォーツは血や精気さえあれば食事を取らなくてもいいんだから、料理を覚える必要はないかもね」


こんな他愛のない会話を続けながら、一行はサキョウの実家に向かう。昼過ぎには到着できるだろうとのことだ。
港の大通りを抜けると、あんなにも騒がしかった周囲が静けさに包まれる。川沿いに柳並木が延々と続いていた。
風にゆらゆらと揺られて柳の葉がまるで手招きで妖しく誘っているように見える。

川を挟んで左右に立ち並ぶ建物は、既に商店から民家へと変わっている。エルキドの建造物は特徴的で美しい。
瓦と呼ばれる焼き物で葺かれた屋根は、ベムジンでも何度か目にしたことがある。
『瓦というものは、優れた武人ほど多く割ることができる』とリアンが上機嫌で口にしていたが、定かではない。


「ワシの父上はとても厳しく、頑固者であってな。幼い頃からワシは反発しておったのだ。よく家出もしたなぁ」

今でこそ落ち着いてはいるが、エルキドで過ごしていた頃の幼きサキョウは相当のやんちゃ坊主だったそうだ。
ガキ大将を相手に喧嘩ばかりをしており、その度に父親から厳しく拳で叱られたものだ。
泣いて家出をしたサキョウを必ず探し出してくれたのは母である。母亡き後は兄ゴドーが必ず探しに来てくれた。

復讐のために国を出ると言ったサキョウを、父は決して止めはしなかった。
止めはしなかったが……出発の日、分厚い手で初めて頭を撫でてくれたのだ。言葉はなくとも大きな愛を感じた。
今なら分かる。父親の不器用な愛情を。ただ可愛がるだけが愛情ではないのだと、サキョウは知ったのだ。







五時間ほどのんびりと歩き続けた頃だろうか。やがて、塀に囲まれた大きな民家の前でサキョウは足を止める。
周囲の民家よりもどっしりとした構えの古い平屋だ。門の脇には『タチバナ道場』と木の看板が掛けられていた。
門の前で落ち葉を掃いていた一人の少年がひょいと顔を上げ、サキョウの姿を目に映すと慌てて駆け寄ってきた。


「サキョウ先輩! いつエルキドに戻られたのですか!?」
「おおコウよ、久しいな! 今日到着したばかりなのだ。文も寄越さずすまんな。大分背丈が伸びたじゃないか」
「だって最後にお会いしたのは三年前ですし……オレだって成長期ですからね。先輩は全く変わりありませんよ」

コウと呼ばれた少年は礼儀正しさを崩さず、それでもサキョウに会えた隠しきれない喜びで頬が上気している。
短く切り揃えられた黒髪に、きりりとした太い眉。礼儀正しく凛々しい若者であった。
そこへ、鍛え上げられた腹をぼりぼりと掻きながら、サキョウと同年代程度のスキンヘッドの男が姿を現した。


「さっきからうるせぇなコウ、掃除くらい静かにやれっての……お? お!? てめぇ、サキョウじゃねぇか!」

「わはは。ヤイバも相変わらずであるな。いや、少し老けたか」
「バカ野郎、元々老け顔のてめぇにゃ言われたくねぇっての! へへ、道場の奴らも全く変わってねぇよ」
「そうか……それは良かった!」

懐かしそうに肩を組み合うサキョウとヤイバ。どうやら彼は、サキョウの幼なじみの一人であるらしい。
コウも交えて一頻り再会を喜び合っていた男達であったが、ふとヤイバがティエル達をくるりと振り返った。


「それで、サキョウ。この突っ立っている外人どもはお前の友人か? おっ、巨乳の姉ちゃんもいるじゃねぇか」
「すまんすまん、紹介がまだであったな。ワシは現在訳あってこの者達と旅をしている最中なのだ」
「ほほー……幼児体型の可愛らしい女の子と、美人で巨乳の姉ちゃんとウハウハな旅かよ……代わってくれよ」

「ヤイバ、お前の目にはおなご以外映っとらんのか!? ワシの他にも男が二人もいるだろうが、ほらここに!」

「あはは。男という理由で蔑ろにされる会話の流れは正直傷付くねー」
「いい加減慣れろ」

残念ながら女好きのヤイバの視界には、男であるジハードとクウォーツの姿は入っていなかったようだ。
そういえばセレステールにてセイファから似たような扱いをされたことを、今更ながらに二人は思い出していた。


「なんだ、男もいたのかよ……しかもよく見りゃ、二人ともオレの嫌いなタイプの男じゃねぇか。あーやだやだ」
「ヤイバのいい男嫌いは筋金入りだな。そういえばトガクレのことも昔から嫌っておったし……僻みはいかんぞ」
「そうなんですよ。むしろヤイバ先輩に嫌われる男は、万人が認めるいい男なんだと自信を持っていいんですよ」

「おい、てめぇら人に憐みの視線を送るなよ!」

「ヤイバの僻みはさておき、まずは父上に挨拶をせねばならんな。父上やトガクレ、サクラ達は元気か?」
「勿論です! モンジ師範は日に増して頑固になっていますし、トガクレ師範代やサクラさんも変わりなくです」
「そうか……」

「それよりもサキョウ先輩、ご友人の方々も……立ち話もなんですし、中へお入り下さい。師範も喜びますよ!」





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