Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第13章 島国エルキド
第143話 サキョウの里帰り -4-
「ちょっとぉ、姉貴ったらどたどたと先行っちゃって……アタイもサキョウに会えるの楽しみにしてたのにー!」
一行がサクラの淹れたお茶(残念ながら殆ど中身は飛び散ってしまっている)を味わっていると、
サクラによく似た女が座敷へと飛び込んできた。こちらは青紫の着物を身に着け、長い髪をした若い娘であった。
勝気そうな表情。きりりと太く凛々しい眉。トガクレとサクラの妹であるアヤメだ。
「おお、アヤメも元気だったか。本当に久しぶりだなぁ」
「サキョウも変わらず老け顔だねー。もう少し頻繁に帰ってこないと、サクラの姉貴が誰かに取られちゃうよ!」
「なっ?」
「アヤメったら何を言ってるんだい。今回のサキョウの里帰りは、花嫁候補をモンジ師範に紹介するためだろ?」
「えぇっ!?」
サクラとアヤメ姉妹の言葉に一番驚いているのはサキョウである。
いつの間にそんな話になっているのだ。さてはヤイバやコウが間違った話を彼女達に伝えたのではないだろうか。
「……で、どの娘が花嫁候補なんだい? こっちの子はまだ幼いし、あっちのやたら乳がデカい別嬪さんかい?」
「サクラよ、お前は大きな誤解をしておる」
「あんたも結構スケベだね。それとも……うわ、何だいあの青い髪の子。男でもあんな綺麗な子がいるんだねぇ」
「いや、あのな」
「もしかしてサキョウ、綺麗だからってあの男の子にまで手を出しているんじゃないだろうね?」
「違うと言っているだろうが!」
顔を真っ赤にしながら否定を続けるサキョウをからかうサクラ。
その一連のやり取りをにやにやと微笑ましく見守っていたジハードであったが、漸く本題を思い出したようだ。
エルキドへ向かった本来の目的はイデアのジェムである。少しずつでも手掛かりを探していかなければならない。
「……サキョウ、イデアのジェムについて聞いてみたらどうだい? エルキドにあるのはまず間違いないんだし」
「お、おう! そうだな。……父上、先程も言ったようにワシらはとある目的のために旅を続けておりまして」
「とある目的じゃと?」
「今回の帰郷は単なる里帰りではなく、封魔石イデアという石に纏わる五つのジェムを求めて立ち寄ったのです」
「封魔石イデアのジェム?」
「はい。五つのジェムのうちの一つがエルキドに存在するはずなのです。父上、心当たりはありますでしょうか」
「ううむ……」
サキョウの言葉に、モンジは勿論トガクレやサクラ、アヤメも心当たりがないようで首を傾げている。
確かにイデアのジェムはエルキドには存在するはずだ。だが、広大なエルキドのどこかでは皆目見当がつかない。
「サキョウが連絡も寄越さず友人を連れて里帰りとは、何か理由があるとは思っておったが……封魔石とはな」
「父上」
「破滅を呼ぶ魔石、封魔石。名前くらいなら聞いたことがある。悪いことは言わん、関わるのをやめておけ」
「……」
「魔石などに関わっていれば、やがては命を落とす。……ワシはお前にもゴドーにも死んで欲しくはないのじゃ」
「あ。そういえばサキョウ、ゴドーの兄貴は元気にしているのかい? 最近は手紙もぱたっとやんじまってさ」
思い出したように手を打ったサクラの言葉に、サキョウを始めとした一行は重苦しい沈黙に包まれる。
ゴドー。サキョウの実の兄の名前だ。メドフォードの内戦時にヴェリオルに殺害されたとリアン達は聞いている。
既にゴドーは故人なのだとティエルには言えるはずがなかった。彼は自分を守るために死んでしまったのだから。
暫く俯いていたティエルが、ぐっと唇を噛み締めながら顔を上げると、サキョウの優しげな黒い瞳と目が合った。
何も言うな、と彼の目が強く物語っている。暫しの沈黙ののち、サキョウは平然とした様子で口を開く。
「兄上は……メドフォード王国にて謀反を起こした大臣による紛争時、敵の手にかかり、命を落としたそうです」
「!」
「そ、そんな……!」
モンジ、そしてトガクレ、サクラやアヤメの顔色が変わる。
父であるモンジにとってゴドーは大切な家族だ。そして幼なじみであるトガクレ達にとっても大切な存在だろう。
そんな彼らの大切な存在を失わせることになってしまったのは自分のせいだと、ティエルは拳を強く握りしめる。
自分が不甲斐無かったせいで。自分が弱かったせいで。ゴドーを守ることができなかった。
謝っても謝りきれない。簡単に償えるようなことではない。……そんな彼女の肩に、優しくサキョウが手を置く。
「しかしモンジ父上、兄上は立派に務めを果たしたと聞いております。決して無駄死になどではございませぬ。
ワシはそんな兄上を誇りに思い、そしていつの日か必ず兄上の敵を討つことを誓って旅を続けているのです」
「そうか、ゴドーは……務めを果たして立派に死んだか」
「はい」
「ならばこれ以上は聞かぬ。サキョウよ、封魔石の話はまた明日にしよう。お前達も長旅で疲れておるじゃろう。
目的を見事果たすまで、友人達も遠慮なくこの家でゆっくりとしていけばいい。早速部屋の準備をさせよう」
モンジは静かに腰を上げると、部屋の隅で控えていたトガクレと共に部屋を立ち去った。
彼らの後を追うようにアヤメも慌ててぱたぱたと足音を立てながら部屋から出て行く。仕事の途中だったのだ。
「……サキョウ、色々と大変な旅の途中だったんだね。花嫁候補を紹介する里帰りだなんて勘違いしてごめんよ」
「なぁに、気にするなサクラ。ワシはお前の元気そうな顔を見ただけでもエルキドに帰った甲斐がある」
「暫くは長旅の疲れを癒しとくれよ。あんたの友達にも、アタイのとびっきりの料理を味わってもらわなきゃ!」
ゴドーの件で暗く沈んだ雰囲気の中、サクラはサキョウを元気付けるように彼の背中を勢いよく叩いて見せる。
やはりサクラの笑顔を眺めていると心が癒される、とサキョウは故郷に戻ってきたことを改めて実感した。
イデアのジェムについては勿論気にかかるが、焦らずにゆっくり探していけばいい。何事にも焦りは禁物だ。
そこへ、先程庭の掃除を終わらせてから向かう、と言っていたコウが姿を現した。
「サキョウ先輩、ご友人の方々もエルキド観光に行くんでしょう?」
「う? うむ、そうだなぁ」
「それなら一度荷物を部屋に置いてきてはどうでしょうか。ご友人の方々には、東の間をご用意しましたから」
「ええぇ、ぼくら観光なんてしてていいのかなぁ」
「でもサキョウのパパ、お話は明日にしようって言ってたけど……」
「そうですわ、ジハードも少し楽しみにしていたじゃないですの。私、露天風呂に行ってみたいですわぁ」
案内するコウに続いて、ぞろぞろと座敷を後にする一行。
しかしクウォーツだけは何かを言いたそうな様子で、歩き出そうとはせずに立ち止まったままであった。
「どうした、クウォーツ」
「……」
「ははは、言わんでも分かっておるよ。悪魔族について意見の食い違う、ワシら親子を心配しているんだろう」
「そういうわけでは」
「大丈夫だ、父上は必ず分かってくれる。何といっても血の繋がった父親と息子なのだ。必ず分かり合えるさ」
「必ず……分かり合える?」
「うむ。子を思わぬ親はいないとワシは思っておるよ」
笑顔を浮かべながらサキョウはクウォーツの頭をぽんぽんと軽く叩くが、彼はどこか納得が行っていないようだ。
いや、納得が行っていないというより……戸惑っているようにも見えた。無表情の彼にはありえない態度である。
『親子は必ず分かり合える』という台詞がそんなにも彼が戸惑う内容とは思えずに、サキョウは首を傾げるが。
そんな間にもクウォーツはくるりと背を向けると、そのまま立ち去って行ってしまった。
彼が見せた珍しい態度を流さずに、一体何が言いたかったのかと聞くべきだったのだろうか。追うべきだろうか。
やはりクウォーツを追うべきだと判断したサキョウは一歩足を踏み出すと、背後のサクラがぽつりと口を開いた。
「……あの子、少しだけ寂しそうな顔してたね」
「え?」
「もしかしてお父さんと上手くいっていないのかもね。だから、あの子……あんな顔をしたんじゃないかな」
サクラの言葉にサキョウは足を止めて彼女を振り返る。
サキョウには『戸惑っている顔』に見えたクウォーツの表情だが、サクラには『寂しそうな顔』に見えたのだ。
そもそもクウォーツにはギョロイアと出会う以前の記憶がない。父親の記憶など、残っているはずがないのに。
完全に彼を追うタイミングを逃してしまったと、サキョウは人影のなくなった廊下の奥へと顔を向けたのだった。
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