Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第14章 BLACK・KNIGHTS
第151話 Savas Collection -1-
大都市マクディアス。
町の実力者であるサバスによって様々な産業が栄えており、見たこともないほど高い建物が連なっている都市だ。
整備された街並み。洒落たカフェやブランド店、劇場などが立ち並ぶ。通りを歩く町人達は皆洗練された服装だ。
冒険者と思われる人々と町人の格好の差は歴然である。そして勿論、ティエル達も『お上りさん状態』であった。
「きゃーっ、私にぴったりの洗練された大都市ですわぁ! 新しい町はやっぱりわくわくいたしますわねぇ」
「うん……そうだね」
「ほらティエル、ご覧なさいな。二十階建ての宿屋なんて初めて見るでしょう? 宿というよりホテルですわね」
「すごいね」
リアンのわざとらしいほどのはしゃぎ様と比べて、ティエルは彼女らしからぬ暗い面持ちで口を開く。
この町に辿り着いてから、いや、エルキドを出発する前からティエルは塞ぎ込んでいる。何をしてもこの調子だ。
これではいけないと、一つ大きな溜息をついてから、リアンは気合を入れるように彼女の両肩をぽんと叩く。
「サキョウが心配なのは分かりますけど、辛いのはティエルだけじゃなくてよ? しゃんとしなさいな!」
「うん……」
「もう、あなたがこんなに暗くちゃ彼が帰ってきた時に驚きますわよ。悪いものでも拾い食いしたのかってね」
エルキドを離れてから三日。
悪魔族によって想いを寄せていた女性まで失ってしまったサキョウは、旅が続けられぬほど気力を消耗していた。
ティエル達がエルキドを発つ日ですら彼は姿を現さなかった。雨の中墓地で会った以来、彼の顔を見ていない。
見送りにはトガクレ、アヤメやヤイバ、コウ達が来てくれた。
こんな状態で大したお構いもできなくてすまない、とトガクレはティエル達に向けて深々と頭を下げたのだ。
妹であるサクラのことはとても残念だったが、被害があれ以上広がらなかったのはティエル達のお陰であると。
『サキョウのことは暫くオレ達に任せてくれ。君達の次の行き先も、しっかりとあいつに伝えておくよ』
『また遊びに来てね。サクラの姉貴に助けてもらった命……アタイも自分の身は自分で守れるように強くなるよ』
『オレだって皆をしっかりと守れるような強い男になります!』
『今回の件で自分の腕が相当鈍っていたって思い知らされたしなぁ、オレも真面目に修行をしようかねぇ』
トガクレ、アヤメ、コウ、ヤイバのそれぞれ別れの言葉と共に、彼らと握手を交わす。
そして紫の布に包まれた小さな包みを懐から取り出したトガクレは、サキョウから預かったと言って差し出した。
角度によって様々な色に輝く宝石。ミカエラが落とした、イデアの失われた五つのジェムのうちの一つである。
これで、五つのジェムのうち二つを手に入れたティエルであったが、やはりその表情は晴れなかった。
現在ティエル達はイデアから新たに浮かんだ地図が示している、大都市マクディアスへと辿り着いた。
恐らくこの町に、次なるジェムが待っている。
普段ならば新たな町に辿り着いた途端にはしゃぎ出すティエルが、思い詰めたような表情のまま歩き続けている。
「ねえティエル、あなたの好きなアップルパイのお店がありますわよ! トッピングも豊富に揃っていますわぁ」
リアンが指さす先には、甘酸っぱく香ばしい匂いが漂うパイの露店があった。
店の前は小さな広場になっており、白と水色を基調とした可愛らしい椅子やテーブルがいくつも並べられている。
コーヒーのいい香りもする。数名の客達が美味しそうなパイを片手に談笑している姿が見受けられた。
「少し歩き疲れましたし、あそこで一休みしましょうか。ね、そうしましょ。それがいいですわ!」
アップルパイの店を前にしても晴れない表情のティエルに微笑みかけたリアンは、ひょいと後ろを振り返った。
背後ではクウォーツとジハードが歩いていたはずだ。だが、二人の姿は見受けられない。どこに行ったのだろう。
首を傾げながら周囲を見回すと、クウォーツ達は怪しげなサングラスの男に呼び止められているようだった。
「青髪と白髪のお兄さん、ちょっと時間あるかな? いやぁ、二人とも超かっこいいねー。よく言われるでしょ」
「え?」
「君達モデルやアイドルの仕事に興味はない? もしかして、既にどこかの事務所と契約しちゃってたりする?」
「ぼくが契約しているのはリグ・ヴェーダだけだよ」
会話が微妙にずれている気がするが、どうやらスカウトに引っかかっているようだ。さすがは大都市である。
第一この二人がモデルやアイドルなんて柄ではないとリアンは心底理解しているため、笑いを吹き出してしまう。
ジハード達に助け舟を出したくても、笑いが止まらない。いやはや見る目のないスカウトマンである。
だがそんな悠長なことも言っていられない。
既にクウォーツは相手にすることもなく歩き始めており、そしてジハードは全く会話の趣旨が理解できていない。
様々な事柄に精通している割には、意外なところでジハードは鈍い。己の容姿に対しては殊に無頓着だった。
「二人とも二十代前半かな? ここから事務所は近いからさ、すこぉしだけでも話聞いてかない?」
「しつこいなぁ。だからリグ・ヴェーダ以外と契約する気はないって……あっ、クウォーツ先行くなよ薄情者!」
「……」
「いつまで油を売っているんですのよ、ジハード。田舎者丸出しだから、こうして目を付けられるんですのよ?」
「田舎者とはひどいなー」
「紛れもなく田舎者ですわ。悪徳事務所と契約したら、レッスン代と称して大金を騙し取られるんですからね!」
いちいち待ってられるかよ、とばかりに無表情で視線を向けたクウォーツと入れ替わりにリアンがやって来る。
突如現れた巨乳美女の姿にスカウトマンは鼻の下を伸ばしかけるが、ぎろりと彼女に睨まれると目線を逸らす。
「あなた。言葉巧みに大金を騙し取ろうとしているんでしょうけど、私達にお金なんてないですわよ」
「いや、本当にスカウトを……」
「ごちゃごちゃとうるさいですわねぇ。大体私達は大切な旅の途中なんですから、そんな暇なんてなくてよ!」
鬼のような形相のリアンの剣幕に押され、スカウトマンは弾かれたように逃げ出していった。若干気の毒である。
「あはは。さすがだねリアン。助かったよ。ぼくもリグ・ヴェーダ以外に契約を増やすつもりはなかったし」
「さすがだね、じゃないですわよ。あなたって、時折わざとやっているんじゃないのかと疑いたくなりますわね」
「うん?」
「……もういいですわ」
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「イデアに映し出された地図を頼りにこの町まで来たけれど、一体この広い町のどこにジェムがあるんだろうな」
溜息をつきつつコーヒーと共に目の前に置かれたパイを見つめるジハード。彼が選んだのはアプリコットパイだ。
さくさくとしたパイは綺麗に食すのが難しく、真剣な表情を浮かべている彼の口元にはパイの欠片が付いている。
真面目な台詞が台無しだ。リアンは黙ったまま彼に自分の白いハンカチを差し出した。
「ああ、ありがとう。……で、手掛りが何もない今は、焦らず気長に情報収集をした方がいいかもしれない」
「情報収集ねぇ。まさか町人にイデアのジェムについて聞き込みをするんですの? 気が遠くなりそうですわぁ」
「それじゃあ効率が悪い。できれば人が多く集まる場所、例えば酒場やホテルを重点的に聞き込みをするとか」
「そうですわね。あら? ブルーベリーパイもなかなか美味しいですわ」
「じゃあ端っこの生クリームが付いていない部分くれよ」
「そっちのアプリコットパイも食べてみたいですわぁ。ねぇ、ティエルも色々な味を食べてみたいでしょう?」
「うわ!? おいおい、半分以上持っていくなよ……」
香ばしいブルーベリーパイを上品に口へと運んでいるリアン。勿論生クリームのトッピング付きだ。
本来はラズベリーパイを注文するはずが、誤ってブルーベリーパイを注文してしまった。だが気に入ったようだ。
ジハードのアプリコットパイと半分トレードもできてご満悦である。やはりフルーツパイには、はずれはない。
彼女の隣に腰掛けているティエルは、ぼろぼろとアップルパイの欠片をテーブルに落としながら食べ続けていた。
落ち込んでいても、大好きなアップルパイやアプリコットパイを食べる気力はあるようだ。
その時。新聞を買いに出ていたクウォーツが戻ってきた。ちなみに彼の席にはストロベリーパイが置かれている。
「案外、すぐに見つかるかもしれない」
「え?」
「これを見ろ」
首を傾げるジハードとリアンに視線を向け、クウォーツはパイの皿をどかしながら新聞をばさばさと広げる。
剣士の割には綺麗に整った指の先で、彼はとある記事を指さす。そこには紫の服を着た醜い男の顔が映っていた。
見るからに成金趣味の肥えた男である。この男が一体どうしたというのだろうか。
「この不細工な男がどうしたんですのよ」
「記事を読め」
「サバス・コレクション明日から開催。例年通り珍しい財宝に加え、今年は様々な宝石も出品されるという……」
サバス・コレクション。町の実力者であるサバスが毎年開催している闇オークションである。
表向きは高価な財宝オークションと銘打ってはいるが、実際は人身売買も行っている会員制の闇オークションだ。
それが明日行われるというのだ。出品される様々な宝石の中に、イデアのジェムが含まれている可能性がある。
「……もしかして、そのサバスっておじさんのオークションに、イデアのジェムがあるかもしれないってこと?」
「その可能性は高い」
「イデアがこの町を映し出したのも、ここにジェムがあるからなんだし。必ずオークションに出品されるよ!」
黙ったままパイを口にしていたティエルが突如顔を上げる。
口の周囲には大量のパイの欠片が付着していたが、彼女は興奮したように広げられた新聞を覗き込んでいた。
だが喜ぶのはまだ早い。サバス・コレクションは会員制なのだ。会員でなければオークションに参加できない。
「でもさ、そのサバス・コレクションとやらは会員制なんだろ? 明日までに会員になる方法を考えなくちゃね」
「あ、そっか……」
「それなら心配はありませんわ。こういった資格は、案外ダフ屋であっさりと購入できることが多いんですのよ」
「ほんとに!?」
「ええ、会員資格の件については私に任せて下さいな。こういうの得意なんですの」
ブルーベリーパイを食べ終わったリアンはゆっくりと席から立ち上がると、豊満な胸をぶるんと揺らせて見せた。
リアン一人に任せるわけには、と言いかけたティエルの口の周りを白いハンカチで拭ってやる。
「あなた達もエルキドで色々とあって疲れているでしょう? 先にホテルで予約を取って休んでいてくださいな」
「色々あったのはわたし達だけじゃなくて、リアンだって同じだよ?」
「それはそうですけど……」
「ティエルの言うとおりだ。ダフ屋は危険な場所にあることが多いし、女性一人で行かせるわけにはいかない」
「やぁね、ジハードったら私の強さを甘く見ていますわよぉ」
「ぼくらも一緒に行こう。……というかクウォーツ、黙ってないでリアンに何か言ってやってくれよ」
一人は危険だと難色を示すティエルとジハードとは裏腹に、クウォーツは関心すらなく新聞に目を通していた。
隣の席のジハードから強めに肘で突かれても、何か問題でもあるのか、とでも言いたげに首を傾げるだけである。
勿論そんな彼の性格はリアンも悲しいほどに熟知しているため、一人で十分ですわ、と彼らに背を向けた。
「それじゃ、ホテルで部屋を取っておいて下さいな。あの二十階建てのホテルはきっと夜景が素敵ですわよぉ」
「あのホテルは値段も高そうだよ……あっ、待ってよリアン!?」
「夜には戻りますから、夕飯も先に食べていて下さいな。いい子にしているんですのよ? ティエル」
背を向けたまま軽く手を振って見せるリアン。
どんどん小さくなっていく彼女の後ろ姿を見送りながら、ティエルはどこか不安そうに眉を顰めたのだった。
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