Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第14章 BLACK・KNIGHTS

第152話 Savas Collection -2-




ティエル達と別れたリアンは、サバス・コレクションに参加するための会員資格を求めてダフ屋を探していた。
恐らくダフ屋は人の賑わう大通りに面した場所などに店を構えてはいないだろう。
人通りの少ない路地裏か町外れ。またはごろつきの集まる場所か、でなければ娼婦街に存在することが多いのだ。

サバス・コレクション。
財宝から人身売買まで『商品』は幅広い。正規のルートから手に入れた品だけではなく、盗品も数多いだろう。
町の影の実力者とはそういうものだ。リアンが今まで出会ってきた『実力者』とやらは皆同じタイプだったのだ。
先程新聞に印刷されていた醜い男の顔を思い出したリアンは、うんざりしたように深い溜息をついた。


くるくると波打つ自慢のハニーシアンの髪を指先に絡めながら、リアンは左右の店に目を走らせつつ歩いていた。
さすが大きな都市だけあって有名なブランド店や、滅多にお目にかかれないような武具の店が数多く並んでいる。
旅人達が物珍しそうに様々な店に立ち寄っている姿が微笑ましい。
そんな光景を眺めていると、もう少しだけティエル達と町見物をしていればよかったと、少しだけ後悔をした。

しかしサバス・コレクションは明日の夜開催である。あまりのんびりとしている時間はなかった。
サキョウがいない今、最年長である自分が何とかしなければとリアンはエルキドから気を張り続けていたのだ。
落ち込んでいる姿を皆の前で見せるわけにはいかない。自分が落ち込めば、きっとジハード達にも影響が出る。

サキョウが抜けた穴は想像していた以上に大きく、どれほど精神的に彼に頼っていたのかを思い知らされた。
彼が隣にいるだけで、ただ側にいるだけで安心した。いつも彼が見守っていてくれたから、前へと進んで行けた。
細かいことは気にせず、豪快に笑い飛ばしてくれるサキョウがいたから彼らはここまでこれたのだ。


だが、いつまでも落ち込んでいる場合ではない。自分達には大切な目的があり、進む道を見失ってはいけない。
ティエルは国を取り戻し、取り戻した後も王女の立場としての仕事に追われる日々のはずだ。
この旅が終わってしまえば、恐らくジハードは二人の兄のいる故郷へと帰るだろう。皆それぞれの道があるのだ。

そこまで思考を巡らせて彼女が少し俯いたとき。
少しだけ強めの風が吹き、先程ティエルの口の周りを拭いてやったハンカチがリアンの手から離れて地に落ちる。
拾うために慌てて手を伸ばすと、リアンよりも早く誰かの手がハンカチを拾って彼女へと差し出したのだ。


風で大きく広がる黒いコート。
思わずリアンは勢いよく顔を上げたが、目の前に立っていたのは、残念ながら想像していた人物ではなかった。
旅人だろうか。日に焼けた健康そうな逞しい青年が、笑顔を浮かべながら彼女にハンカチを差し出していた。

「ハンカチ落としましたよ、お嬢さん」
「あ……ごめんなさい、ありがとう」
「ははは、今日は風が強いですからね。じゃ!」

ハンカチをリアンに手渡すと、にっこりと笑った青年は彼の名を呼ぶ仲間の元へと慌てて走っていった。


「なーにナンパしてるんだよ」
「ああいう気の強そうな美人、お前の好みのタイプだもんなぁ」
「オ、オレはただハンカチを拾っただけだよ! ナンパなんてしてないって」
「分かった分かった、それにしては顔が真っ赤だけどな!」

どうやら仲間に冷やかされているようである。
青年達の後ろ姿が見えなくなっても、リアンはハンカチを握りしめたままその場から動き出そうとはしなかった。


(馬鹿みたい。私、本当に馬鹿みたい。……一瞬だけ、彼と見間違えてしまうなんて)

いつも彼女を硝子玉のような瞳で見下ろしている、青い髪をした青年と。
彼はあんな風に笑わない。あんなに優しい声をしていない。あんなにも穏やかな瞳で彼女を見つめることはない。
彼は一体どうするんだろう。この旅が終わりを迎えた時、果たしてクウォーツはどんな道を歩んでいくのだろう。

(もしも私が、あなたと一生共に歩んでいきたいと手を差し出したなら……彼は私の手を取ってくれるだろうか)


……そんなこと、あるはずがない。
クウォーツの心があのギョロイアという老婆に囚われている限り、彼の心は永遠に誰のものにもならないだろう。
何故彼は自分を騙し続けていた老婆を、いつまでも吹っ切ることができないのだろう。
未練、心残り、執着。言い方は様々であるが、それこそが彼の言う人間らしい泥臭い感情なのではないだろうか。

そもそも、未だにクウォーツに好きだと打ち明けてすらもいないのに、自分はプロポーズをする気なのか。
彼と将来は結ばれたいなどと願ってはいけなかった。結ばれるはずがないのだ。第一彼には愛という感情がない。


微かに寂しげな笑顔を浮かべたリアンは、本来の目的を遂げるために辺りをくるりと見渡した。
アクセサリーのショップの脇に暗い路地裏への道が続いているようだ。迷わず彼女は路地裏へと足を踏み入れる。
人々で賑わう大通りとは違い、路地裏は人通りがめっきりと少ない。地元の者しか足を踏み入れないのだろう。

暫く進んでいくと、大きな看板が掲げられた酒場が細々と営業しているのが見えた。随分と寂れた酒場であった。
路地裏の酒場ならばダフ屋の情報を知っている者がいるかもしれない。
大きく息を吸い込んだリアンは薄汚れた両開きの扉を開け放ち、ずんずんと大股でカウンターまで進んで行った。

ものを尋ねる時は、女だからと馬鹿にされればお終いだ。足元を見られてしまう。

昼間だというのに店内は薄暗く、時間帯のせいか客の姿も疎らである。店主の男を入れても三、四人程度である。
店内の男達は、この場に似付かわしくない来訪者の姿に次々と振り返る。ある者は小さく口笛を吹き、
またある者は露出の多いリアンの服装に下卑た視線を向けるが、彼女はそれらの視線を慣れたように軽くかわす。
目指すはカウンターの中で怪訝な目線を送っているマスターらしき男である。


「ねえマスターさん、この町のダフ屋の場所をご存じないかしら?」
「おいおい別嬪さんよぉ、質問の前にまずは注文だろぉ? タダで情報引き出そうってのは虫の良すぎる話だぜ」
「……確かにそうですわね」
「言っとくけど、安いカクテルの注文くらいじゃ何も答えねぇからな」

油で光る顔を歪ませ、マスターは手垢で薄汚れたメニューをリアンの前に突き出した。
彼の言うとおりである。いい情報には対価を払わねば。仕方なくこの店で一番高価な酒を注文することになった。
十六万リンの出費だ。これで何も知らないと答えたら、魔法の一発でもお見舞いしてやらねば気が済まない。


「ほぉ、ブラッディアイを注文するたぁ威勢がいいお姉ちゃんだな。酔いつぶれて犯されても知らねぇぞぉ?」
「心配はいりませんわ、そこまでお酒に弱くもないですし。……で、ダフ屋の場所はどこなんですのよ」
「この町のダフ屋っていやぁ、ダフ屋ヘルグのことだろぉ?」

マスターは棚から薄汚れた酒瓶を手に取ると、血のように赤い液体をヒビの入ったグラスへ注いでいった。
つんとした強い匂い。ほんの少しだけ口に含んでみるが、喉が焼けそうである。味わい何もあったものではない。
周囲の客達の好奇の視線が突き刺さる。ここで酔いつぶれたら、冗談ではなく本当に襲われるかもしれない。


「ダフ屋ヘルグですって?」
「ああ、娼婦街の奥で店を構えているんだ。そうそうヘルグの妹のハンナってのが、これまたいい女の娼婦でよ」
「……関係のない話は結構ですわ」
「なんだよ、冷てぇなぁ。雑談くらいさせてくれよ。へへ、お姉ちゃんもハンナに負けず巨乳のいい女だぜぇ?」

そこでマスターは急に小声になり、リアンへと身を寄せる。濃い体臭が鼻を突いた。

「言っておくが、ヘルグは超が付くほどの女好きだ。何人もの商売女に貢いでは捨てられを繰り返していやがる」
「それが何よ」
「客に対しても、男にはべらぼうな値段を請求するが……女なら一発やらせれば、格安で売ってくれるって話だ」


ねっとりと纏わり付くようなマスターの視線を胸元に感じたリアンは、思わず広く開いた胸元を隠す。
どうやらダフ屋ヘルグとやらは相当の好色男らしい。男なら高額な値段を、女なら身体を差し出せということだ。
簡単な地図が描かれた黄ばんだ紙をマスターから受け取ったリアンは、真っ直ぐに出口へと向かっていった。

ヘルグに身体を差し出せば、簡単に解決できそうな問題だ。好きでもない男に抱かれることなど既に慣れている。
そしてリアンは、ティエル達と出会う前はそういった手を使ってきた。身体を武器に男達を意のままにしていた。
しかし、今はそんなことをする気には全くなれない。他の男の手に触れられることを、おぞましいとさえ思う。


リアンではなくクウォーツかジハードか、男が行けば高い金を積むだけで解決するかもしれない。
だがあれほど自分に任せろと自信満々に出て行った手前、今更ティエル達の元へ戻ることはプライドが許さない。
とにかく、ここで悩んでいても仕方がないだろう。

抱かれるくらい大したことではない、と己に言い聞かせると、地図を頼りに娼婦街に向けて歩き始めたのだった。





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