Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第14章 BLACK・KNIGHTS

第160話 BLACK・KNIGHTS -2-




混乱に乗じて地下牢から脱出することのできたティエル達は、延々と続く長い廊下を走り続けていた。
恐らくここはサバスの屋敷だ。両手を拘束していた縄は隠し持っていたクウォーツの短剣で外すことができたが、
武器を全て取り上げられてしまっており、完全なる丸腰だった。一体どこに奪われた武器があるのだろうか。

長い廊下にはいくつかの部屋が存在したが、その全てをいちいち調べていては黒騎士達に追い付かれてしまう。
弱ったな、と小さな声で呟くジハードに顔を向けたティエルは、それから暗い面持ちで再び前へと視線を戻した。


……死んだと思っていたガリオンが、生きて目の前に姿を現したのだ。この上なく嬉しい再会になるはずだった。
彼が生きていてくれて、正直涙が出るほど嬉しかった。しかし、彼の考え方はすっかりと変わってしまっていた。
争いのない平和な世界を作るために、圧倒的な恐怖で他者を支配する。それがガリオンの出した答えであった。
あのメドフォードでの死闘を経験した彼は、次々と仲間を目の前で失ってしまった彼は、その結論に達したのだ。

ゾルディス国のための歯車になれとガリオンはティエル達に言った。故郷を捨ててゾルディスに尽くせと言った。
そんなこと、できるはずがない。祖国を奪った国のために尽くすなんて冗談じゃない。
けれど。できれば争いは避けたかった。あのガリオンに刃を向けるなんて、ティエルにできるはずがなかった。


「とにかく……奪われた私達の武器を取り戻すまでは、サバスの屋敷からは脱出できませんわよ」

ティエルのイデア、リアンのカラミティロッド、ジハードのリグ・ヴェーダ。それらがこの屋敷のどこかにある。
幸いにもクウォーツの妖刀幻夢は召喚を解除していたために奪われなかったようだ。
イデアやリグ・ヴェーダは非常に珍しい代物だけに、貴重品好きのサバスが黙ってはいないだろう。


「闇雲に探し回るよりも、その辺の黒服に聞いてみた方が早いかもね」
「そうだな。手近なところで……こいつに聞くか」
「ひっ!?」

ジハードの言葉に軽く頷いたクウォーツは、前方で呆気に取られた表情をして固まっている黒服の襟首を掴んだ。
まさか自分が標的になるとは思ってもいなかったのだろう。妖刀幻夢を向けられて、黒服は小刻みに震えている。


「うわーっ、助けてくれえ!」
「命が惜しくば奪った武器のありかを吐け。生か死か、選ぶのはどうぞご自由に」

「こ、この先の突き当たりの部屋だ。高価そうなものだから、次回のサバス・コレクションに出品するって……」
「本当か」
「信じてくれよ旦那ぁ! 嘘なんかついてどうするんだよぉ!?」


完全に恐怖で腰を抜かしている黒服を置いて廊下の角を曲がると、確かに突き当たりに一つだけ部屋があった。
見張りの姿は見えなかったが、見るからに厳重な鍵が取り付けられているようだ。
鍵を探している時間はない。立ち止まったティエルが眉を顰めると、ここから動かないで、とジハードが言った。

一体何をするつもりなのだろうか。
とんとんと何回かその場で弾みをつけたジハードが、次の瞬間扉に向かってまるで弾丸のように飛び出したのだ。
気合いの声と共に繰り出された激しい蹴りに、木製の扉は呆気なく蹴破られた。最早人が殺せる威力であった。
彼が武闘家を目指していたのは昔の話だが、魔力だけに頼るわけにもいかないと今でも鍛錬を続けているという。


「す……すごい、ジハード!」
「足首くらい捻挫するかと思ったけど、ぼくも意外に丈夫だな。まぁ、サキョウの蹴りには遠く及ばないけどさ」
「きゃーっ、ありましたわよぉ!」

完全に破壊された扉の向こうには、慣れ親しんだ武器達が一ヵ所に纏められたようにして置かれていた。
周囲を見渡してみると、ティエル達の武器の他にも見るからに盗品だと思われるような品物も多々見受けられる。
それぞれの武器を取り返したティエル達が振り返ると、既にガリオンを先頭とした黒騎士達が待ち構えていた。


「ガリオン!」
「姫様。度を過ぎたおてんばも、そろそろお止め下さいませ。……オレはあなたを傷付けたくはないのですよ」

「ねえ、ハンサムな黒騎士さん? あなた、ティエルのために剣を握ると誓ったって言っていたじゃないの」
「……はい」
「その剣をティエルに向けるなんて、一体どういうことなんですのよ!? 言っていることが矛盾していますわ」
「確かにそうとも受け取れますね」

ロッドを強く握り締めたリアンが、豊満な胸を揺らしながらティエルを守るようにして彼女の前に立ちはだかる。
燃え盛る炎のような怒りの瞳を向けられても、ガリオンは厳しい表情を崩すことはない。


「力尽くでもゾルディスにお連れすることが、姫様のためになるとオレは確信しているからです」
「……」
「姫様のためになると確信しているからオレは剣を向ける。華麗なる魔女殿、何も間違ってはいないでしょう?」

「ふぅん。そのゾルディス王国が、ティエルの家族や故郷を奪った相手だって知っていながらそう言うわけかい」
「大きなことを為すためには少々の犠牲はつきものですよ、異端の癒術師殿」

「……少々の犠牲……?」


ああ。この目の前に立っている人物は、あの頃のガリオンではないのだと改めてティエルは思い知らされたのだ。
メドフォードの惨劇を、『少々の犠牲』という言葉で彼は片付けてしまったのだ。
自慢の家族、親友のサイヤー、そして騎士団の友人達を失ってしまったことを少々の犠牲という言葉で片付けた。
許せない。家族を想い、親友を想い、国を想うあの頃の彼を知っているからこそ、許すことはできなかった。

メドフォード城で姫君として何不自由なく幸せに暮らしていた頃のティエルと、今の彼女が同じではないように。
ガリオンもまた変わったのだ。己の信じる道を突き進んでいるのだ。……誰にも止めることなどできはしない。
もうこれ以上ガリオンから逃げてはいけないとティエルは思った。現実から目を逸らし続けるわけにはいかない。

逃げずに真っ直ぐとガリオンに向き合うことが、自分が今やるべきことなのではないのだろうか。


「……ガリオン」
「はい」
「あなたがわたし達に剣を向けるというのなら、わたしもあなたに剣を向ける。ゾルディス王国には行かない!」

イデアを抜き放ったティエルをどこか寂しげに眺めていたガリオンは、やがてふっと優しい笑顔を浮かべた。
そして同じく銀色に輝く大剣を抜き放つと彼女へと向ける。
同時に背後の黒騎士達も一斉に剣を構えた。ガリオンを入れて相手は五人。しかも精鋭揃いのエリート達だった。


「それでいいのですよ。我が王の命により……どんな手を使ってでも、あなた方をゾルディスへ連れて行く!」
「理想の国のためだか何だか知らないけど。ここまでぼくらに執着するなんて、そんなに人材不足なのかい?」
「小僧、減らず口を叩いている暇はあるのか!」

やれやれと大きな溜息をついたジハードに向けて、大剣を振り上げた黒騎士の一人が突っ込んできた。
ヴェリオルの剣技には遠く及ばないが、さすが精鋭だけあり並の騎士の動きではなかった。気を抜けばやられる。
大剣を振るう体勢には隙は見られず急所を狙って的確に攻めてくる。無傷で連れて行くのは既に諦めたのだろう。


地面を蹴って身をかわしたジハードは黒騎士達と距離を取り、すぐさま極陣を完成させる。
氷の刃を降らせる凍雨の陣であった。しかし、全身を黒い鎧で防護している黒騎士達には然程効果はないようだ。
お前達が魔法に長けていることは既に承知、と黒騎士の一人が魔法防護の効果がある白いマントを広げて見せる。

「我らを魔法で倒したくば、大きな魔法を使うしかない。しかし、ここは地下だということを忘れるなよ?」
「脳筋の騎士のくせに、よく考えていますわね。大きな魔法を使えば私達も無事では済まないということ、ね」
「リアン、危ない!」

リアンに斬りかかろうとした黒騎士の一撃をイデアで受け止める。
想像以上に一撃が重く、長期戦になればこちらが不利だ。相手は黒騎士達だけではなくサバス達も含まれるのだ。
だが、ここまできてあの悪夢のようなゾルディス王国に戻るわけにはいかない。前に進まなければならないのに。


「わたし達にはゾルディスに行っている時間なんてないんだから!」
「そのとおりだよ、ティエル。ぼくだって同感だ」

笑みを浮かべたジハードは向かってきた黒騎士の腕を引き寄せると、反動の力を利用して壁へと投げ飛ばした。
怪力で相手を捻じ伏せるわけではなく、反動や人体の弱点を利用して相手を組み伏せるのがジハードの体術だ。
己よりも体格の良い者を軽やかに叩きのめすことができる。それが、サキョウの体術と大きく異なる点だった。
壁へと叩き付けられた黒騎士は完全に意識を失っているようである。


「まずは一人。……黒騎士殿、あまり舐めてもらっちゃ困るな」





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