Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第15章 ダンス・マカブル - 愛しきあなたに花束を -
第169話 La Danse Macabre -2-
「クウォーツさん、どうやらお友達はあなたを渡したくないようですよ。そのために死ぬようなことになっても」
「……」
「あなたの所為で人が死ぬ。その青い髪色が表すとおりに、あなたは不幸を呼び寄せる忌み子なのでしょうねぇ」
挑発的なバアトリの視線を投げかけられても、クウォーツは何も答えない。
ただ静かに。普段と全く変わらぬ人形のように美しく整った顔のまま、硝子の瞳で彼を見つめているだけである。
いつの間にかバアトリの背後には三人の人影が控えていた。一人はレイヒマン。あとの二人は見知らぬ顔だった。
バアトリが右手を上げると毒々しい色合いの妖気が集っていき、それは一つの『生き物』を作り上げていく。
鞭と形容するにはあまりにも禍々しく、明らかに意思を持って蠢いている異様なもの。魔鞭サタネスビュートだ。
何本もの細い触手が絡み合い、激しく脈打っている。目を凝らしてみると、まるで血管のような筋さえ見えた。
この鞭はまさしく、哀れな獲物の血を吸いながら『生きている』のだ。
口元に怪しげな笑みを浮かべているバアトリの背後に控えていた三つの人影が、すっと音もなく前に進み出た。
大柄で黒髪の男は、ティエル達をこの館まで案内をしたレイヒマン。バアトリに永遠の忠誠を誓っている。
もう一人は長い金髪を丁寧に結った、神経質そうな細い眉が特徴の若い男。こちらは二十代前半くらいだろうか。
最後の一人は真紅の巻き毛をした女剣士だ。皆一様に青白い顔色をしており、間違いなく全員が悪魔族であった。
「それでは始めましょうか。まずは、三名の我が親衛隊がお相手をいたしましょう」
「!」
「彼らは人間に深い恨みを持つ者達ばかりです。さあ、人間達に悪魔族の恐ろしさをとくと教えてやりなさい!」
「仰せのままに。我が愛しき主、バアトリ様」
三名の親衛隊はすらりと剣を抜いてティエル達へ向ける。彼らも人間に愛しい者達を殺された一人なのだろうか。
それとも面白半分にハンター達に狩られた一人なのだろうか。それとも……。
そんな考えが胸を過ぎったティエルは、果たして彼らと戦うべきなのだろうかとイデアを握る力が少し緩んだ。
だがそんな甘いことを考えている場合ではない。殺るか殺られるか。向かってくるのならば、斬り捨てるのだ。
「それではあなた方にも味わっていただきましょう。我ら悪魔族の狩られる恐怖と果てしない無念というものを」
「薄汚い人間どもよ。そして、その人間どもに加担する悪魔族の恥さらしめ。……お前達に相応しい死を!」
大剣を構えるレイヒマンの隣で、長剣を手にした赤毛の女剣士が地面を蹴る。
クウォーツやバアトリとまではいかないが、やはり悪魔族だけあって動きが素早く目で追うのがやっとであった。
咄嗟にイデアを振り上げ、ティエルは女剣士の剣を両手を使って受け止める。激しく飛び散る火花。
「私は悪魔族の剣士、マリーレスカ! たとえ小娘だろうが、バアトリ様の邪魔をする奴らは許さない……!」
「うっ!」
「私の剣を受け止めたのはお前が初めてだよ。その剣は、人間の小娘が持つには出来過ぎた代物ではないのか?」
至近距離に迫るマリーレスカの瞳は髪と同じく深紅に燃えていた。
ぎらぎらとした殺気を宿した深紅の瞳は、明らかに人間達に対する限りなく深い憎悪の感情が浮かんでいる。
歯を食いしばりながらティエルは全力でマリーレスカの剣を押し戻す。どうやら力勝負では彼女と互角のようだ。
「人間は私達悪魔族を、性の道具としか見ていない。小娘、お前に分かるか? 私が味わった屈辱を、痛みを!」
「……悔しいけど、確かにあなたが言っているような人間達は存在するよ。だから復讐を止める気はない」
「はっ、ならば認めるんだな? 自分達が如何に強欲で傲慢な種族だということを。ならば今すぐ死ぬがいい!」
「それでも、わたしはここで死ぬわけにはいかない。わたしにも大切な目的があるんだ!」
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「天空を舞う烈風を真空に変え、標的を切り刻め……ウインドカッター!! 」
一方。リアンが振り下ろしたロッドの先から、淡い緑の光を帯びた真空の刃が次々と飛び出した。
風の刃は笑みを浮かべているレイヒマンに向かっていくが、彼は余裕の表情のままその場から動こうとはしない。
レイヒマンに魔法が直撃するかと思われた瞬間、突然彼の姿がぐにゃりと歪んで目の前から消え失せたのだ。
「き、消えた!?」
「我々の素早さを甘く見てはいけませんよ、お嬢さん。それに我が一族は魔法防御が高いこともお忘れなきよう」
「!」
「ご安心下さい。レディに対する情け……せめて苦しまないように殺してあげましょう」
戸惑ったまま立ち止まっていたリアンの背後から静かな声が響いてくる。
一体いつの間に背後に回ったのだろう。魔術師が敵に背後を取られるなど、決してあってはならないことなのに。
蝋燭の明かりに照らされて鈍く輝くレイヒマンの大剣が、目を見開いたリアンの首へと勢いよく振り下ろされる。
その瞬間。天井のシャンデリアを掴んで反動をつけたクウォーツが、二人の元へと突っ込んできたのだ。
衝撃でレイヒマンは体勢を崩して地に倒れ込んでしまう。思わず手放してしまった大剣が、音を立てて転がった。
あと少しで人間を葬ることができたのに、とレイヒマンは立ちはだかったクウォーツを憎々しげに睨み付ける。
「あなたは……っ! いくらバアトリ様が認めても、わたくしは絶対にあなたを仲間としては認めない!」
「そもそも誰が仲間にしてくれと言った」
「……ああ、そうなのですね。やっと分かりましたよ、あなたにはないんですね。人間どもに狩られた経験が。
一度でも人間に狩られた経験があれば、彼らと共にいることなど決してできませんから。なんて幸運な方だ!」
「大丈夫か」
「え、ええ……」
憎々しげに呟いたレイヒマン。
だがクウォーツは呪いの込められた台詞に返事をすることもなく、不安そうに見つめているリアンへ顔を向ける。
剣が振り下ろされる寸前にクウォーツが割って入ったために、彼女は傷一つ負ってはいなかった。
「クウォーツ」
「この男は私が相手をする。貴様はジハードのフォローをしてやれ」
「……分かりましたわ」
リアンの言葉を遮り、クウォーツは視線で彼女の背後を示した。
後ろを振り返ると、どうやらジハードは素早い剣技を誇るもう一人の親衛隊相手に若干苦戦しているようである。
魔術師が剣士を相手に戦うのは不利だ。魔法を詠唱する間もなく攻撃を受け続け、やがて致命傷となってしまう。
ジハードは持ち前の身軽さで今のところは攻撃を全て受け流しているようだが、それも時間の問題であった。
ほんの一瞬だけリアンは何かを言いたそうに口を開きかけたが、しっかりと頷いてジハードの元へと駆け出した。
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「白髪のお前、魔術師の割にはいい動きをしているんだな。ボク少し驚いたぞ」
「お褒めに与り光栄だね」
「でもそろそろ反撃しないでいいのかね? いつまでもそうやって、逃げ続けているわけにもいかないだろう」
休む間もなく次々と急所に向けて突き出される鋭い剣の一撃に、さしものジハードもなかなか反撃できずにいた。
魔法を詠唱する時間を全く与えてくれないのだ。勿論相手もそれを十分理解した上で先程の台詞を口にしている。
バアトリに心酔する親衛隊の一人、長い金髪のこの男はサーリッヒと名乗った。恐らくジハードと同年齢だろう。
どこか小馬鹿にしたような口調と共に、サーリッヒから蹴りが繰り出された。
地面を蹴ってひらりとかわしたジハードは、その衝撃で片手で抱えていたリグ・ヴェーダを地に落としてしまう。
開かれたままのリグ・ヴェーダを拾い上げたサーリッヒは、物珍しそうにページを捲りながら首を傾げた。
「お前が先程から決して手放さずに抱えているから気になっていたんだが……一体なんなのだ、この本は?」
「単なる魔導書だよ。あなたが持っていても意味のないものだから、返してほしいんだけど」
「本当かね? 確かにボクには意味がないものだが。もしもこの本を燃やしてしまったら、お前、困るだろう?」
「!」
つまらなそうにぱらぱらとページを捲っているサーリッヒ。
リグ・ヴェーダの中には様々な魔法陣が数多く描かれている。難解な形もあれば、簡単な形のものもあった。
極陣魔法を使用するためには、魔本リグ・ヴェーダに契約者の『あるもの』を捧げて契約しなければならない。
「さあどうする? 燃やして欲しくないんなら……床に額を擦り付けて、ボクに土下座してお願いしてみるか?」
「……」
「ふふふ、できないだろう。本当に人間ってやつは、弱いくせにプライドばかりが高くて愚かな生き物だよなぁ」
「そんなに土下座してほしいなら、いくらでもしてやるけど」
「え?」
人間は挑発に乗りやすい生き物だと思っているサーリッヒに、ジハードは普段と変わらぬ穏やかな声を発した。
この程度の挑発にジハードが乗るはずがない。故郷にいた頃は、それ以上の言葉を投げ付けられてきたのだ。
土下座をすればリグ・ヴェーダを返してくれるというのならば、お望みどおりにしてやろうではないか。
仕方がないな、とジハードが両膝を突こうとした瞬間。突然リアンが杖を振り上げながら駆け寄ってきたのだ。
「待ちなさい、ジハード!」
「!?」
「そんなやつのために、あなたの誇りを穢すことはないわ! くらいなさい悪魔、フローライトシャワー!!」
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