Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第15章 ダンス・マカブル - 愛しきあなたに花束を -
第170話 La Danse Macabre -3-
「ぐああああぁっ! ひ、光がっ!?」
リアンによる光の魔法を目の前で発動されてしまったサーリッヒは、思わず両目を押さえながら床を転げ回った。
本来悪魔族は夜の住人である。太陽の光を浴びれば灰になって朽ちてしまい、強烈な光に対して耐性がないのだ。
サーリッヒの視力が暫く回復しないことを悟ると、リアンは膝を突いたままのジハードに駆け寄った。
「何やっているんですのよ、ジハード! もう、あんなやつの言いなりになって土下座までしようとするなんて」
「あはは。土下座をしたところで、ぼくには失うものなんてないからね。リグ・ヴェーダも返してもらえるし」
「……私が見ていて不愉快になるんですのよ。あなたにはいつも不遜で自信満々の態度でいてもらいたいですし」
「うん? 不遜とかなんだか引っかかる言葉だけど……一応誉め言葉だと受け止めておくよ」
床に落とされたリグ・ヴェーダをやれやれと手にしたジハードは、自信たっぷりに笑みを浮かべたのだった。
その一方で、レイヒマンとクウォーツは睨み合いが続いていた。
いや、睨み合いといった表現は正しくはない。無表情のクウォーツに対してレイヒマンが敵意を剥き出している。
表情を歪めながら、心底悔しげな顔でレイヒマンは吐き捨てるようにして呟いた。
「ふっ、ふふ……人間どもに狩られた経験がないなんて、あなたは幸せな方だ。そして頭の中がおめでたい方だ」
「……」
「人間どもに許しを乞い続けた父は惨殺され、母は凌辱の果てに殺された。あなたにこれが想像できますか!?」
「できない」
顔を真っ赤にさせて叫んだレイヒマンをクウォーツは静かに見つめ、妖刀幻夢を握る左手をゆっくりと下ろした。
「その光景は、目の前で見た貴様にしか分からない」
「わたくしが見た地獄をあなたは理解できない。恐らくあなたは両親の元で愛されながら育ったのでしょうねぇ」
「……そうかもしれないし、そうではないのかもしれない」
「何を訳の分からないことを! この悪魔族の恥さらしめ、わたくしを馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」
レイヒマンを馬鹿にして言ったつもりはなかった。だが、両親の記憶が全くないのだから答えられるわけがない。
クウォーツの言葉に激高したレイヒマンは、大剣を構えると彼に向かって飛び掛かる。
同じくクウォーツも剣を握り直し、振り下ろされた大剣の一撃を紙一重でかわした。切られて数本舞った青い髪。
勢い余って木の床に深く突き刺さってしまった剣を引き抜いたレイヒマンは、何度も執拗に急所を狙ってくる。
その速さは、素早さを誇るクウォーツに剣を振るう時間さえ作らせず、防御に徹しざるを得ないようにも見えた。
力任せに剣を突き出しているようにも見えるが、狙いは全てクウォーツの急所ばかりである。
人間の金持ちに奴隷のように扱われ続け、レイヒマンは復讐のためだけにひたすら強さを求め続けてきたのだ。
傍目からは互角の勝負に思えた。むしろ、クウォーツが若干押されているようにも見える。全く反撃していない。
何故バアトリは、こんなつまらない男を気に掛けていたのだろうとレイヒマンの嫉妬心が激しく燃え上がる。
確かに容姿はこの世の何よりも美しい青年だと思った。だが、バアトリを惹き付けるには他に何かがあるはずだ。
「何故あの方は、あなたのような臆病な男を気に掛けていたのだ。同族殺しが怖くて手が出せないのでしょう?」
「臆病?」
「あなたは臆病です。同族殺しを恐れ、人間に対する復讐を恐れ、戦うことから逃げ出した単なる臆病な男だ!」
「……私は、自分の選択に後悔はしていない」
ギョロイアから離れ、ハイブルグ城を逃げ出したことも。人間であるティエル達の手を取ったことも。
同族であるバアトリの誘いを断ったことも。そして……こうして彼らに剣を向ける結末になってしまったことに。
硝子のような感情のないクウォーツの瞳に赤い光が宿り、次の瞬間レイヒマンの剣は遠くに弾き飛ばされていた。
すぐさま飛ばされた剣を拾うために背を向けたレイヒマンの首筋に、背後からぴたりと向けられるのは赤い剣。
この時レイヒマンは、己が完全に敗北したのだと悟った。
ティエルとマリーレスカの何度目かの剣の打ち合い。並の剣ならば、双方ともぼろぼろになっているはずだった。
だがティエルのイデアは鋭い白銀の刃を維持しており、またマリーレスカの剣も未だ美しさを保っている。
最早数える気も失せるほどの衝突。それと同時にティエルの右肩と、マリーレスカの脇腹から血が飛び散った。
「うっ!」
右肩の傷は思ったよりも深く、イデアを持つ手がじんじんと痺れ始めている。
それは相手のマリーレスカも同じだったようで、彼女も表情を歪め、脇腹を押さえながら床に膝を突いていた。
「私は人間などに負けるわけにはいかない。これから先もずっと、バアトリ様の側でお助けする役目があるんだ」
「マリーレスカ」
「人間の小娘よ、そんな顔をするな。私達はお互いに信念のために剣を握っている、ただそれだけのこと」
「分かってる、だからわたしは手加減なんかしない。あなたを殺す気でいる。……あなたも、そうでしょう?」
「当然だ!」
立ち上がったマリーレスカが、剣を振り上げて向かってくる。
イデアの柄を強く握り直したティエルは、彼女の信念に応えようと一歩足を踏み出すと……背後から声が響いた。
「馬鹿野郎、お前ら何やっているんだよ!」
「これ以上バアトリ様や親衛隊の方々の機嫌を損ねるようなことはやめてくれ!」
「お前らも森で迷った旅人達だろ? お前らが殺されてくれれば、オレ達は暫く殺されることはないんだ!」
「私達のために早く死んでよ……!」
明らかにティエル達に向けられた罵声。
驚いて振り返ったティエルの瞳に映ったものは、メイドや使用人として捕らえられた人間達の姿であった。
バアトリ達の機嫌を損ねるのはやめてくれと、代わりに殺されてくれれば自分達は暫く生き残れると言っている。
その光景をソファーに背を預けながら静かに眺めていたバアトリは、さも愉快といった様子で笑い声を上げた。
「ふふふ……あっはっは! これは愉快。なんと、人間同士で仲間割れですか。これが笑わずにいられますか。
本当にあなた達人間は、自分のことしか頭にないクズどもばかり。ああ……醜くも愉快な生き物達ですねぇ」
腹を抱えながら笑うバアトリ。暫くの間気が済むまで笑い続けていたが、やがて表情から笑みが消え失せる。
「それでは人間の皆さん、わたくしと一つ楽しいゲームをいたしましょう。この四名の侵入者達を殺すのです」
「!」
「見事彼らを殺した者には……そうですねぇ、この館から解放してあげましょう。どうです? いい話でしょう」
メイドや使用人達も元は、ロクサーヌの森に迷い込んだ旅人達だ。
死ぬまでここに飼われ続ける運命から逃れたくば……ティエル達を皆殺しにしろと、バアトリは言っているのだ。
思わず身構えるティエル達に向かって、燭台や包丁を手にした十数名の人間達が我先にと向かってきた。
一人一人の力は大したことがなかったが、数が多すぎる。その上マリーレスカ達の猛攻は休みなく続いていた。
数名の男達に襲い掛かられたリアンは力任せに杖を振り回すが、男の力で腕を掴まれては一溜まりもない。
次々と襲い掛かる人間を手刀で気絶に持ち込んでいるジハードも、じわじわとサーリッヒに追い詰められていく。
「汚い手で私に触らないで下さいな、全員魔法で吹っ飛ばしますわよ!」
「まずったな。……さすがにこの展開は想像していなかった」
「騙されないでよ! バアトリが約束どおりにあなた達を解放すると思っているの!?」
人間達によって三人がかりで床に押さえ付けられ、手から無理矢理イデアを奪い取られてしまったティエル。
勿論クウォーツにも男達が数名向かって行くが、彼に『容赦』という言葉は存在しない。
赤い光が煌き、血飛沫を上げながら次々と倒れる男達。向かってくるのならば斬り捨てる。それが彼の信条だ。
「……さすがはクウォーツさん。健気に向かってくる人間達を、こうもあっさりと斬り捨ててしまうとはねぇ」
「私は自分を守るために剣を握る。戦う力を持たない悪魔族が生きていけるほど、この世界は甘くはなかった」
「ええ、そのとおりです。だからわたくし達は強くならざるを得なかった。生きるために、ね」
「貴様は強さを得て、人間達への復讐をするのだと言ったな」
「はい」
「無理だ。束になった人間達に勝てるわけがない。奴らは同じ人間でさえ、いとも簡単に殺すことができるんだ」
今の状況が物語っているように。
「復讐はいつまでも終わることのない負の連鎖だ。これ以上続ければ、傷付くのは貴様達の方だろう」
「……でしょうね。ですが、もうわたくし達は立ち止まれないのです。最後に待ち受けるものが破滅だとしても」
「!」
「死ぬ覚悟など、とうの昔にできておりますよ。勿論我が親衛隊達も同じ覚悟です」
「それでいいの? ……あなた達は、本当にそれでいいの!?」
唇を噛み締め、声を張り上げたのはティエルだった。
叶うはずのない復讐を誓っているのは彼女も同じである。だが、その先に破滅が待っているとは思いたくはない。
無駄だとしても足掻き続けたい気持ちは理解できる。この先に希望があると信じているからこそ足掻きたいのだ。
けれどバアトリ達は端から諦めている。幸せになることを完全に諦めてしまっている。クウォーツと同じだった。
「どうして……みんなみんな、生きようとする道を選ばないのよ……!」
一体誰に向けた言葉なのか。泣き叫ぶように声を発したティエルを眺め、クウォーツはほんの少しだけ俯いた。
それは、よく見つめていなければ分からないほど僅かであったが。
「ふふふ、なんとでも仰って下さい。……さて、そろそろあなた達とのお喋りも飽きてきてしまいましたねぇ」
ティエル達に対する興味など完全に失せてしまったように、ゆっくりとソファーに腰を下ろすバアトリ。
押さえ付けられているために身動きの取れないティエル達に、人間達がそれぞれ手にしている凶器が向けられた。
まさか同じ人間達の手によって動きを封じられ、命を落とすことになるとは。
負けてなるものかと、ティエルは歯を食いしばりながら男達の手から逃れようと身を捩るが無駄なことであった。
クウォーツに対してはマリーレスカとサーリッヒ双方の剣が向けられており、さしもの彼も身動きが取れない。
さあ殺しなさい、とバアトリが口にした瞬間。
まるで蹴り飛ばされたかのように、勢いよく両開きの扉が吹っ飛んだ。飛び込んできたのは大きな人影であった。
少しずつはっきりとしていくその見慣れた輪郭に、ティエルは信じられぬように目を見開く。
「……サキョウ……!」
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