Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第16章 全ての生ある者たちへ

第177話 一年ぶりの再会




「そうじゃティアイエル姫様。……実は、あなたに是非とも会いたいと言っている者達がいるのじゃよ」
「わたしに?」
「日々あなたの無事を祈り、あなたと共に戦うことを生きる目標としている者達じゃ。勿論会ってくれるな?」

一体誰なのだろうか。
大きな瞳をぱちぱちと瞬いたティエルに優しく微笑みかけた大僧正は、ついてこいとソファーから腰を上げた。
扉を開けて廊下を進み始めた大僧正の背を眺めながらティエルは首を傾げる。この町に知り合いはいないはずだ。

それならば、一体誰が自分と会いたがっているのだろうか。
長い廊下の角を曲がり、明るい日の光が差し込む渡り廊下へと出る。朱と金を基調とした絨毯が敷かれている。
左側にはいくつもの扉が並び、一方右側は太い手すりの向こうに重厚なベムジンの街並みが広がっていた。


「……一体誰なんだろうな、ティエルに会いたがっている人ってさ」
「私には見当もつきませんわ。シグン大僧正さんも焦らさないで、誰なのか早く教えてくれてもいいじゃない?」
「別に焦らしているわけじゃないと思うけどなぁ」

ティエルの背後で、ジハードとリアンが小声で囁き合っている。
確かに一体誰なのだろうとは初めは思ったが、ティエルはたった一つだけ思い当たる人物達がいたのだ。
だがそれは彼女の叶うはずもない単なる願望であり、実際にその者達が生きているはずはないと半ば諦めていた。

暫く廊下を歩き続けていると、やがて大僧正は一つの扉の前で足を止める。
同じくティエルも足を止めて大僧正へ顔を向けると、彼は扉を開けなさいと瞳で彼女を促しているように見えた。
ごくりと固唾を飲み込み、ティエルは恐る恐る扉のノブへと手を伸ばすと一気に押し開く。
扉は彼女の不安な心に反して、呆気ないほど簡単に開いた。


「あ、あれっ? ……うわぁっ!?」

勢いよく扉を開けたこともあり、ティエルは大きくバランスを崩して部屋の入口で派手に転倒してしまったのだ。
床に打ち付けた膝を擦りながら顔を上げると、呆然とした顔付きでこちらを眺めている者達の姿が視界に入る。
広間になっている部屋の中にいたのは数十名の男達。その中の数名が、ティエルを見るなりあっと声を上げた。

「……ティエル姫様!」

声を上げたのは、赤毛と黄色の髪をした二人の青年である。
一人は刈り上げられた短い赤茶の髪に、ぽっちゃりとした体型。彼は食べることが何よりも好きな青年であった。
もう一人は長い鼻と垂れ目。黄色の髪をぴったりと七三に分けた、神経質そうな色白の青年である。

「ジョン、リック!? あなた達、無事だったんだ!」
「姫様もよくぞご無事で……!」
「もう二度とお会いできないと思っていましたよぉぉ!」

立ち上がることすらも忘れ、ティエルは目の前の二人を信じられぬように見つめていることしかできなかった。
メドフォード王国の万年兵士見習いのジョンとリックは、城の中でのティエルの数少ない友人だった。
夜中の肝試し、兵士採用テストに参加など、当時は彼らと共に悪戯めいたことばかりしていたことを思い出す。


「姫様、ご無沙汰しております。……皆国を取り戻すことを諦めず、あなたが帰ってくると信じていたんですよ」

その時。黒の衣装を身に着けた、短い茶の癖毛をした若者が前へと進み出る。
優しい微笑みと共に恭しく彼女に手を差し出したこの青年は、あの夜、アンデッド兵を食い止めていたサイヤー。
ガリオンと共にメドフォード騎士団の双翼と呼ばれる存在でもあり、彼らは最強コンビでもあり親友でもあった。

「サイヤー……あなたも、よく無事で」
「姫様をお守りすることがオレの使命です。酒も飲み足りないですし、そう簡単にくたばるわけにはいきません」
「うん」
「……ですが、申し訳ございません。あの炎の夜、どうしてもガリオンを探し出すことができませんでした。
 あいつは必ず生きていると信じています。あの姫様しか頭にないバカが、姫様を置いて死ぬわけがありません」

深々と頭を垂れるサイヤーに続き、生き残りと思われる黒い衣装のメドフォード騎士団が一斉に彼女に跪いた。


「右大臣トーマ殿、騎士団長のミルディン殿、兵士隊長のモルダー殿も生きておられるのは確かなのですが……」
「彼らは国を占拠した逆賊、元左大臣ゲードルの怒りを買い、現在メドフォードの獄中におられるのです」
「いつ処刑されてもおかしくはない状況……姫様、動き出すのは今しかありませぬ」
「ゲードルは王と名乗り、民に重い税を課し贅沢ばかり。周辺諸国との国交は断絶。気に入らぬ者は皆死罪に!」

涙ながらに訴え続ける兵士や騎士達の言葉を、ティエルは一つずつ噛み締めているかのように聞き続けていた。
彼女が苦しんでいたのと同じように、彼らもまた苦しみ続けていたのだ。


「……ごめんね。帰ってくるのが遅くなって。けれど、もうこんな苦しみは終わりにしよう。終わりにする」
「姫様」
「みんな、ゲードルからメドフォードを取り戻すために……わたしと一緒に戦ってくれる……?」

「勿論我らも姫様と共に戦います!」
「我らの運命はいつでも姫様と共に!」
「今こそ雪辱を果たす時! オレ達の故国を取り戻すんだ!!」

部屋中に響く凄まじい歓声。……その輪の中心で、ティエルは改めて国を取り戻す決意を固めたのであった。


「よかったですわね、ティエル。あなたの無事を信じて、帰りを待ち続けてくれた人達がいたじゃない」
「……そうだな。こういう場面を見ていると、あいつが姫君だったことを改めて思い出す」
「普段は全く意識しませんからねぇ」

メドフォードの生き残り達に囲まれているティエルを眺め、リアンは嬉しそうに口元に笑みを浮かべている。
その隣で頷いているのはサキョウ。確かに彼女の普段の姿からは、姫君だということを想像することができない。
それはティエルの長所でもあり、また短所でもあるのだが。


「お姫様だからこそ、国を取り戻さなければならない使命を一人で抱え込んでしまうこともあるだろうけどさ。
 それでもぼくらは勿論、ティエルにはあんなにも支えてくれる人達がいる。共に戦ってくれる人達がいるんだ」
「うむ」
「それはとても幸せなことだと……ぼくは思うよ」

戸口で寄り掛かっていたジハードはゆっくりと身を起こすと、柔らかな笑みを向けた。彼も嬉しいのだろう。
その拍子に彼が常に身に着けている大きな鈴の飾りが、ちりんと涼やかな音を鳴らした。


「……ところでサキョウよ、今夜の宿はもう決めておるのか?」
「大僧正様」
「姫様も同じ故郷の者達と語り合うことも多かろう。暫く寺院に滞在してはどうじゃね? 部屋を用意させよう」

メドフォード王国を取り戻すのならば、これから暫くは作戦会議のためにベムジンに滞在することになるだろう。
シグン大僧正の心遣いは大変ありがたいのだが……サキョウは静かに首を振った。


「ありがとうございます、大僧正様。ティエル達はそうした方が良いでしょう」
「お前は寺院に滞在せぬのか?」
「実を言うと、大切な仲間を町で待たせているのです。ワシはあいつと二人で町の方で宿を取るつもりです」
「ん? 大切な仲間ならば、何故ここに連れてこないのじゃ」
「それは……彼が」

先程門の外で別れたクウォーツの姿が脳裏に浮かぶ。悪魔族は神聖なる寺院に一歩も立ち入ることが許されない。
サキョウは己が僧侶として間違ったことを言っているのだろうと自覚しつつも、これでいいのだと思っている。
僧侶の道から反していようと、後は己の信じた道を突き進んでいくのみだ。


「シグン大僧正さん。せっかくのお心遣い、とてもありがたいんだけど」

サキョウ達のやり取りを耳にしていたティエルは兵士達の輪から離れ、シグン大僧正の前まで歩み寄っていく。
わざわざ己の立場を悪くさせるような内容をサキョウが言いかけたのを察したのだ。
彼らしい馬鹿正直さと言えるが、サキョウが破門されるような結末をクウォーツは決して望んではいないだろう。
そのために、ティエルは心にも思わぬ台詞をあえて口に出さなければならなかった。

「待たせてる彼、悪魔族なの。サキョウの反対を押し切って、わたしが無理矢理旅に加わってもらってるんだ」
「なっ……なんですと!?」
「勿論サキョウは今でも彼を仲間として認めていない。わたしの意見を尊重して、彼と行動しているだけなんだ」
「いや、じゃが……しかし悪魔族とは」

決して嘘はついていない。ただし、クウォーツと出会ったばかりの一年ほど前までの話であったが。
さすがに姫君であるティエルの仲間だと言われてしまうと、大僧正はこれ以上否定的なことを言えないようだ。
未だに事情の飲み込めていない大僧正に向けて、ティエルは深々と頭を垂れる。


「町の方で部屋を取ってから、またここに来るよ。今後のことも色々と決めていかないといけないし」







ミランダと古くから親交のあった大僧正は、メドフォードから逃れてきた者達を温かく迎え入れてくれていた。
ティエルが初めてベムジンを訪れた時。大僧正は己が若者だった頃、ミランダには世話になったと言っていた。
今こそ恩返しをしたいと、国を取り戻すために協力は惜しまないと彼は言ってくれた。感謝してもしきれない。

大僧正に何度も礼を言い、ティエル達は宿を取るために町へと戻ることになった。
整備された寺院の中庭を門に向かって歩いていると、ティエルの耳にすれ違った観光客の会話が飛び込んできた。


「寺院の周囲で青い髪の男を見かけた奴がいるらしいぞ」
「ああ、尖った耳をしたエルフの兄ちゃんだろ? すっげえ美形の」
「エルフ族だとしても気味が悪いな……呪われた忌み子が神聖なる寺院に近付くなんて、どんな神経してるんだ」

その会話を耳にしたティエルは、ほんの少しだけ俯いた。
もしも自分が青い髪を持って生まれてきたとしたら、祖母やゴドー達は同じように愛してくれたのだろうか。
ガリオンやサイヤー、そしてジョンやリック達も同じように接してくれたのだろうか。

……髪の色や種族だけで、人の見る目は大きく変わってしまうのだろうか。確証のない迷信なんて馬鹿げている。

そこまで考えた時。
大きく開け放たれた門の向こうに、艶やかな青い髪を持った人物が立っているのが見えた。勿論クウォーツだ。
ちゃんと待っててくれていた。ほっと安堵の表情を浮かべたティエルは、手を振りながら彼に駆け寄っていく。


「クウォーツ!」
「……」
「ごめんね、遅くなって。待ったでしょ?」
「そりゃあ待ったさ。化石になるかと思った」

駆け寄ってきた四人の姿を順繰りに眺めてから、無表情のままクウォーツは軽く肩を竦めてみせた。
クウォーツにしては随分と砕けた口調から察するに、彼なりのお茶目な冗談なのだろう。ただし顔は真顔だが。
遠巻きでこちらを盗み見ながらひそひそと陰口を叩いている観光客達の姿など、彼は気にも留めていないようだ。

そんなクウォーツの姿を見て、彼は強いんだなと。……ティエルは心の底からそう思ったのであった。





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