Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第16章 全ての生ある者たちへ

第181話 集結する運命 -1-




明け方近くのマンティコラの森は薄暗く、青白い光を発する満月が未だその存在を誇示しているようにも見える。
北の光ゴケの森、南のミストの森、東のマンティコラの森、西のフラワーガーデンの森。
メドフォード王国は四方を広大な森に囲まれている。豊富な資源に温かな気候。建国千年を超える大国であった。


ベムジンから約一週間ほどかけて、ティエル達はマンティコラの森まで辿り着いた。総勢四百名以上の正規軍だ。
マンティコラの森は年中湿った空気が特徴で、鬱蒼と茂る木々が陽の光を隠してしまう陰鬱さの漂う森である。
その上人肉を好む魔物マンティコラが生息している。Aクラスハンターでも倒すのは困難といわれる怪物だった。

だが、魔物の元に誘う黄色の花に気を付けていれば遭遇する可能性はかなり低い。
この森はティエルとリアンが初めて出会った場所であり、彼女達は力を合わせて見事マンティコラを倒したのだ。


懐かしい景色に思わず感傷的になってしまったティエルだが、今は思い出に浸っている場合ではない。
国を取り戻すという大きな目的をいよいよ目前としている今、ティエルはそのことだけを考えなくてはならない。
少女一人では到底不可能であった故国奪還も、今では支えてくれる多くの仲間達のお陰で現実味を帯びてきた。

作戦開始は早朝の五時。偵察の話によると、この時間だけアンデッド兵士達の見張りが手薄になるのだという。
生きた屍と呼ばれるアンデッド達の中にも生前と全く変わらぬ容姿やはっきりとした自我を持つ者達が存在する。
彼らは生者と同じように睡眠を取るため、明け方近くならば眠っている者の数も多いだろうという結論に達した。







城下町への門はしっかりと閉ざされており、外壁の見張り台の上では燃える松明を手にしたアンデッド兵の姿。
恐らく彼らも意志を持つ生者に近いアンデッドなのだろう。確かに腐った脳の死者では見張りは務まらない。
五時丁度に、既に城内部に身を隠してる味方兵士達が騒ぎを起こす。同時に白煙を上げる手筈になっているのだ。

森で待機しているティエル達は、白煙を合図に突入する。内外から城を攻め、混乱させるのが目的である。

時刻は四時五十分。作戦開始まであと十分だ。
明け方の肌寒さにぶるっと軽く身震いをしたティエルは、イデアを強く握りしめながら精神統一を続けていた。
そこへ、兵士達の間を縫ってリアンが静かに歩み寄ってくる。


「……ティエル、震えていますわよぉ。寒いのなら羽織るものを借りてきましょうか?」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。寒いのもあるんだけど、なんだか緊張しちゃって震えが止まらないんだよね」
「ふふふ、あなたが緊張することもあるんですのね」
「長かったけど、やっとこの日が来たんだなぁって。……怖いとか不安とか、そういうのじゃないんだけどさ」

「ほら、ジハードやサキョウを見てみなさいな。いつもと全く変わりませんわよぉ」


顔を上げると、視線の先には普段と全く変わらぬ様子のジハードとサキョウの姿があった。
先程配られた温かいお茶を手にしながら、談笑さえしている。ジハードは内心を隠すのが非常に上手いのだ。
そしてサキョウは、常に大人として余裕ある態度を崩さない。恐らく二人とも若干は緊張をしているのだろうが。
勿論クウォーツは二人以上に普段と変わった様子は見受けられない。彼の場合は本当に何も感じていないのだが。

雑談中のジハードがティエルの視線に漸く気付いたようで、笑顔を浮かべながらひらひらと手を振って見せる。
戦いの前だというのに気の抜けるような彼の笑顔と態度だが、今はその笑顔に救われたような気がした。


苦楽を共にした頼もしい仲間達の姿を目にすると、自然とティエルの心が落ち着いていく。
しっかりとイデアを握り締めながら、ティエルが視線を再び城の方へと戻した時。大きな音と共に白煙が上がる。
時刻は五時きっかり。作戦開始の合図であった。

見張り台のアンデッド兵達が次々と倒されていき、重い音を立てながら城下町への門がゆっくりと開かれていく。
内部の兵士達がティエル達を招き入れるために動き始めたのだ。
緊迫した表情でティエルと共に森の中で待機をしていた兵士達も、それぞれ武器を構えると一斉に立ち上がった。


「いざ、故国奪還のため! 全軍進め!!」
「おおーっ!!」

イデアを掲げて声を張り上げたティエルに続いて、次々と兵士達が歓声を上げながら武器を手にして駆け出した。
開け放たれた門に向かって行く兵士達を眺めていたリアンは、ほんの少しだけ寂しげな笑みを浮かべる。
ジハードは準備運動をするかのように軽く腕を回し、サキョウは拳を握り締め、クウォーツは無言で剣を抜いた。

「隊列を乱すな! トルデイ隊、ベルモンド隊、マーフィー隊は四方に分かれ、東西南北の詰所を制圧しろ!!」
「はっ、ティアイエル様!」
「兵士副隊長アルビン隊、サイヤー隊はこのままわたしと共に城へ向かう!」
「ははっ!」


徐々に明けていく空の下、城下町では既にメドフォード兵とアンデッド兵達の戦いが始まっていた。
一見すると不死身のように思えるアンデッド兵だが、焼き尽くすか首を切り落とせば二度と復活することはない。

「聞けメドフォードの我が同胞達よ! 我らが王女、ティアイエル様がお戻りになられたぞーっ!!」
「もう恐れるな。国賊ゲードルと屍兵どもに虐げられる日々は終わったのだ!」
「兵達よ、誇りを取り戻すため再び剣を握れ! 我らが希望ティアイエル姫様に栄光あれ……!」


ある者は家族を人質に取られ、ある者は戦士の誇りを打ち砕かれ、絶望の日々を過ごしていたメドフォード兵達。
そんな彼らにとって剣を握るティエルの姿はまさに希望の象徴であった。生気のない目に力強い光が宿っていく。
真っ直ぐメドフォード城へ向かうティエル達の道を阻むアンデッド兵達を、リアンとジハードの火炎が包み込む。
火炎から運よく逃れたアンデッド兵を薙ぎ倒していくのはサイヤー率いる騎士団であった。

「行けーっ、屍どもを恐れるな! 国賊ゲードルから国を奪還するんだ!!」

さすがは騎士団のエリート達である。腐肉を垂れ流しながら襲い掛かるアンデッド兵達に怯む様子を見せない。
黒い衣装に白いマント。誇り高きメドフォード騎士団の紋章を背負い、彼らはティエルの道を切り開いていく。


その時。騎士団に指示を続けながら剣を振るっていたサイヤーに、四体のアンデッド兵達が襲い掛かった。
彼は素早く二体の剣を受け止め、他二体の屍兵を蹴り飛ばしたのだ。だが、更にもう三体が彼へと襲い掛かる。
しかしその剣がサイヤーの脇腹に埋め込まれる前に、アンデッド三体の首は哀れに宙を舞っていた。

「騎士殿、少しは己の周囲にも注意したまえよ」
「げっ、お前は……!」

赤い刃に付着した腐肉を振り落としながら、無表情のクウォーツがふわりとサイヤーの隣に舞い降りたのだ。


「既に囲まれている。だがここを突破できないとなると、城までかなりの遠回りになるが」
「突破できないだとぉ? 寝言ほざくな悪魔族。突破できないじゃなくて、オレ達で絶対に突破するんだよ!」

「貴様にできるのか」
「そりゃあこっちの台詞だ! 女みてーな顔しやがって、お前さんは剣より刺繍やってる方がお似合いだぜぇ?」
「刺繍には興味がない」
「いやいや冗談だって本気にすんじゃねーよ! ああもう、こいつと話してると本当に調子が狂うな……!」

戦場で交わす会話ではない。騎士団員の数名は呆気に取られた表情で二人を眺めている者も存在した。

軽口を叩きながらも二人は次々と屍兵達を斬り捨てていく。見る見るうちに周囲には死体が積み重なっていった。
勿論サイヤーはクウォーツの実力を認めている。そしてクウォーツも恐らくサイヤーの腕を認めているのだろう。
その証拠に二人は互いに背中を預けた戦い方をしている。互いの剣の腕を信頼しているからこそできる芸当だ。


サイヤー達がアンデッド兵の群れを突破すると、漸くメドフォード城門が見えてくる。
目的は二つ。ゲードルを討つことと、牢に捕らえられている者や人質になっている者達を無事に助け出すことだ。
兵士副隊長アルビン隊は城内のアンデッド兵達を打ち倒し、その隙にサイヤー隊は人質を助け出す計画であった。

そしてティエル達五人はゲードルただ一人が標的である。
ぞろぞろと兵士を引き連れて大勢で城内を行動するよりも、少人数の方が行動しやすいという理由だった。





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