Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第2章 旅の幕開け
第19話 守りたいと願うこと
「内腑煮たぎり、魂燃え尽くす、冥府に潜む者達集いて灼熱の火炎となれ……メギドフレア!」
リアンの高く掲げたロッドから、放射状に火炎が飛び出した。
魔物達は思わぬ方向からの攻撃に不意を突かれ、思わず攻撃の手を止める。彼女達の存在は盲点だったようだ。
その隙を見逃さず、剣を握りしめたティエルが声を上げて魔物の群れに突っ込んでいった。
一度死闘を経験すれば、後はその状況に慣れることだ。僅かな隙が命取りとなり、それは即ち死を意味する。
己の手に馴染んだガリオンから譲り受けた剣。今まさにサキョウに襲い掛かろうとしていた魔物の首を斬り捨てた。
むやみに斬り付ければ良いものではない。急所を狙い、できることなら一撃で終わらせる。
「おぬしは、確か先程の」
ティエルの姿を目にしたサキョウは驚きを隠せないでいる。
それも当然であろう。少女が握るには少々不釣合いの大剣を振りかざし、魔物を見事に斬り捨てたのだ。
しかし彼女はそれには応えずに、二体目の魔物に向かって行った。
不意の出来事に魔物達は唖然としていたが、やがて守備を立て直してティエルに襲い掛かる。
「お馬鹿ねぇ、私をお忘れかしら? 静寂の彼方より生まれし形ある水よ、凍てついた刃となりて姿を現せ……」
早口で詠唱を終え、リアンがロッドを大きく振り上げた。
「アイシィレイジ!」
耳障りな高い音と共に凍て付いた氷の刃が空中に生み出され、次々と魔物達を串刺しにしていく。
断末魔の叫びを発する間もなく、哀れな魔物達は傷口から広がっていく氷に全身を蝕まれる。恐ろしい魔法である。
(わたしだって誰かを守れるんだ。守ることができるんだ。それを、証明したい!)
まるで獣が吠えるような声を発しながら、ティエルは向かってきた魔物に全力で剣を振り下ろした。
だが渾身の力を込めて叩き付けた騎士用の剣は衝撃に耐え切れず、ばきりと根本から折れてしまう。
その弾みでバランスを崩したティエルであったが、力強いサキョウの腕が彼女の身体をしっかりと支えた。
「おぬしは……優しい光を纏っているな」
どこかゴドーを連想させる穏やかな笑みを浮かべ、サキョウは優しくティエルの両肩を掴む。
分厚い手の平から体温が伝わってくる。その温度は彼が今生きているという確かな証。
「あとはワシらに任せておくのだ。……よし、我らも行くぞ。モンク僧の意地を見せてやれ!」
「おう!!」
サキョウの声に奮い立ったモンク僧達は、唸り声を上げて魔物達に向かっていった。
残った数体の魔物達は気合いの入ったモンク僧の最早敵ではなく、反撃の暇もなく地に叩き伏せられる。
最後の一体をサキョウが殴り飛ばした時、漸くモンク僧達に笑顔が戻った。
勝利を喜ぶ時間も惜しいとばかりに負傷者の手当てや後処理のためにモンク僧や他の僧達が次々と場に集ってくる。
幸い傷ひとつ負うことのなかったティエルは、その光景をぼんやりと眺めていた。
「ティアイエル姫様、リアン殿。あなた達のお陰で見事に魔物を倒すことができた。何とお礼を言っていいやら」
「別にいいよ、お礼を言われるためじゃないし。わたしもちゃんと戦えるってことを証明したかったんだ」
「お礼よりも、私は封魔石のお話の続きが聞きたいですわぁ」
「……リアンったら。おじいさんは今それどころじゃないほど大変なんだから、また後日にしようよ」
「ええぇー?」
「いやいや、構わぬよ。後処理は全て僧達に任せておるのでな。そうだ……サキョウよ、お前も来なさい」
傷付いたモンク僧の手当てに回っていたサキョウに、大僧正が声をかけた。どきりと跳ねるティエルの心臓。
その声にサキョウは暫く驚いているような表情を浮かべていたが、やがてこちらへ向かって歩いてくる。
首を傾げるサキョウが部屋に入り、しっかりと扉を閉めたことを確認してから、大僧正は静かに口を開いた。
「リアン殿は、封魔石イデアを探していると言っておったな」
「……ええ、そうですわ」
封魔石を語る時のリアンは、普段の明るい彼女の表情ではない。
どこか思い詰めたように険しく、けれど揺るぎない覚悟を胸に秘めているような。いつもの彼女ではないのだ。
「如何なる巨悪ですら打ち倒す力があるというイデアは確かに存在する。そして所在も知っておる」
「本当ですの?」
真っ直ぐに見つめる……むしろ射抜いてくるといってもいい大僧正の瞳を、リアンは逸らすことなく見つめ返す。
彼女のカーネリアンの瞳の中には、一体どんな意志が込められているのか。どんな覚悟をしてここまで来たのか。
残念ながらティエルは察することができなかったが。
「よかろう。ならばワシの知っていることを全て教えよう。
それを聞いて、何を思い何を為すかは全ておぬしが決めることじゃ。……ワシからはもう何も言うまい」
再び穏やかな表情に戻るシグン大僧正。
「忌むべき悪魔族を神と崇め、あまつさえ信仰する邪教『サバトの福音』。その大司教ゲマの手にイデアはある」
「サバトの福音……」
「口に出すのもおぞましい生き物である悪魔族を、信仰の対象にする恐ろしい邪教じゃ。関わらない方がよい」
「いえ、けれどこの上ない収穫ですわ。大僧正さん、本当にありがとうございます」
安堵の溜息をついたリアンに、ティエルは良かったね、と声をかける。そんな彼女に大僧正は顔を向けた。
「ところで……ティアイエル姫様は、これからどうなさるおつもりで?」
「ティアイエル姫様?」
その大僧正の言葉に、今まで黙って話を聞いていたサキョウが顔を上げる。
「もしやメドフォード王国のティアイエル姫か? ならば教えて下され、兄上は今どこに? 無事なのですか!?」
「ゴドーは……」
サキョウはゴドーの実の弟だ。そして、兄の死をまだ彼は知らない。
メドフォード王国が悪しき者の手に落ちたことは既に承知のはずだ。しかし、死んだと発表された姫が生きていた。
それならば、きっと兄も生きているだろうとサキョウは信じている様子だった。
明るい返事を期待しているサキョウの瞳に見つめられ、ティエルは次に続けなくてはならない言葉を飲み込んだ。
「ゴドーは」
からからに口の中が渇いている。想像していたよりも、頼りない声が出た。
「ゴドーは、城が襲われたとき……わたしをかばって……」
ティエルの言葉はそれ以上続けられることはなかったが、サキョウは言外の意味を察してしまったようだ。
見る見るうちに彼の表情が強ばっていく。こんな顔を目にしながら、一体次に何を言えばいいのだろうか。
謝罪の言葉? 慰めの言葉? ……そんなもの、気休めにもならない。サキョウに恨まれて当然だった。
「……そうか、兄上は死んだのだな」
だがサキョウはティエルを責めることも怒ることもせず、ただ一言ぽつりと呟いただけであった。
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