Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第2章 旅の幕開け

第20話 ティエルとサキョウ




「それだけ?」
自分を責めようとしないサキョウに対し、ティエルは思わずソファーから立ち上がると彼に詰め寄った。

「どうしてそれだけなの? どうしてわたしを責めないの? 言ってよ、お前のせいでゴドーは死んだと!」
「……」
「お兄さんなんだよね? 大切な家族なんだよね!? それなのにどうして……!?」


ぶるぶると震える手で、サキョウの赤い道着を握り締めている。

その小さな手は先程まで大剣を手にし、魔物相手に戦っていた力強い手とは思えぬほど脆弱で幼かった。
ここへ来るまでずっと気を張り詰めたまま頑張っていたのだな、とサキョウは彼女の境遇を気の毒に思ったのだ。
静かに笑みを浮かべ、自分に詰め寄る少女の手に己の大きな手を重ねる。


「兄上は……ゴドーは、毎月欠かさず送ってくれる手紙におぬしのことばかり書いていた。
 メドフォードの姫君は、跳ねっ返りでとんでもないおてんば姫だと。どの授業が好きだとか、嫌いだとか」

その手紙の内容は、まさに愛情に満ち溢れていた。読んでいるサキョウが苦笑を浮かべてしまうほどに。
兄がどれほどこの姫君に愛を注いでいるのか。……聞かずとも、手に取るように分かったのだ。

「ワシはその手紙を読んで、おぬしに一度会ってみたかったのだ。あれほど堅物な兄上が溺愛する姫君に。
 そんな兄上が愛したおぬしを、ワシがどう責めよと言うのだ? それこそ兄上に顔向けできんではないか」


「どうしてそんな風に考えられるの?」
ぎゅっと唇を噛みしめ、ティエルが漸く声を発した。

「わたしには分からない。……上辺だけの優しい言葉をかけるのはやめてよ!」

搾り出された声は最後の方が震えており、言葉にすることができなかった。
サキョウの服を掴んだままティエルはぼろぼろと涙を溢れさせ、赤い道着に次々と染みを作っていく。
彼はそんなティエルを見つめ、大きな手を優しく彼女の頭に乗せる。温かくて厚みのある手だった。


「大切な姫君を泣かせてしまったと、ワシが兄上に怒られてしまう。だから……どうか泣かないでほしい」
それから彼は暫く迷っていたが、意を決したようにして次の言葉を発した。

「だが一つだけ無理を承知で頼みごとをしてもよいだろうか」
「……?」

そのサキョウの言葉におずおずと顔を上げたティエルは、手の甲で涙を擦ると大人しく彼の次の言葉を待った。
目も鼻も真っ赤である。年齢よりも遥かに幼く見える彼女は、こうして見るとまるで幼子のようだ。


「……ワシを、どうかおぬしの旅に同行させてくれないか。おぬしの仇は兄上の仇だ。己の手で決着を付けたい」

兄がこの小さな姫君に、己の命を懸けて一体何を託したのか。それを、この目でしっかりと確かめてみたい。
そうサキョウは強く思ったのだ。単なる好奇心という言葉だけでは形容できない気持ちであった。

無邪気に笑ったかと思うと、ころころとすぐ表情の変わる少女。弱い姫君と思いきや、圧倒する剣技を見せる娘。
兄の仇を討つことは勿論だが、それとは別にもう暫く彼女を近くで見守っていたかったのだ。
自分でも突拍子のない考えだと思った。己はまだまだ未熟なモンク僧で、修行の真っ最中だ。


「サキョウ、お前の気持ちは分かるが……いやしかし、ティアイエル姫様が何と仰るか」

思いがけぬサキョウの言葉に、シグン大僧正は目を丸くして驚く。しかし反対をする気はないようだ。
少女の一人旅は多くの危険が伴う。サキョウのような迫力のある体躯の男が共にいれば安心である。

「……わたしは構わない、断る理由なんかないよ」
赤くなってしまった鼻を擦ると、それからティエルは満面の笑顔を浮かべた。







ベムジン寺院、門の前。
シグン大僧正を先頭に、屈強な男達がずらりと並んでいる。なかなかこの眺めは壮観だ。

「この度の協力、モンク僧一同……感謝する!」

モンク僧長の言葉と共に男達から一斉に頭を下げられて、ティエルは落ち着きなく視線を泳がせている。
隣に立つリアンは、ふふんと鼻を鳴らして満足そうにその光景を眺めているのだが。


「わたしでも、人の助けになったのかな。役に立ったのかな?」

「やぁねティエルったら、もっと自信持ちなさいな! あなたは今回立派に人を助けたのだから」
だからもっとしっかりしなさいよ、とリアンはその言葉の後に付け足した。

「……うん」

「ティアイエル姫様」
静かにシグン大僧正が歩み寄ってくる。

「折れた剣の代わりに、どうかこちらをお持ち下され。あなたならば……きっと扱うことが出来るじゃろう」


大僧正が差し出したものは、竜の細工が施されているベムジンらしい質素だが確固たる作りの剣であった。
太陽の光に照らされた刃は青白く研ぎ澄まされ、大変高価な品物だと分かる。

「これはベムジンの剣匠が作り上げた武器、竜鱗の剣と申します……どうかお受け取り下され」
「ありがとう! 丁度剣が折れちゃって、どうしようかと思っていたところだったの」

受け取った剣はそれなりに重さを感じたが、気になるほどではない。
柄の部分は手の平に意外なほどしっくりと馴染んでいた。まるで元から、彼女のものであったかのように。


「リアン殿はこれからどうするのじゃ?」
「私は封魔石イデアの有力な情報も聞けましたし、サバトの福音とやらを追ってみることにいたしますわ」

リアンはそう答えると、ティエルを振り返る。

「ティエルとサキョウさん。あなた達はどうしますの?」
「うん……ねえ、おじいさん。封魔石って使い方によっては、国を一つ滅ぼすことも可能なものなんだよね」
「そうです。誤った使い方をすれば、それも可能です」
「そっか」

ティエルは少し考え込んで、それから口を開く。

「それじゃあ使い方によれば、国を取り戻すこともできるかもしれないんだよね」
「ティアイエル姫様、まさか封魔石をお探しに……?」

シグン大僧正はその言葉にはっと気が付いて、長い眉毛に隠れている目を大きく見開いた。


「今のわたしには力も何もないしさ。でも国を取り戻して、おばあさまやゴドー達の仇を取らないといけない。
 もしも封魔石があったら、それを可能にすることが出来るかもしれないんでしょ?」

「確かにそうですが……あなたはミランダ女王に似て意志の強い方のようだ、ワシが止めてもやり通すんじゃろう」
そう言うと大僧正は顎ヒゲを撫でながら、遠い昔を懐かしむように目を細める。

「頑固で真っ直ぐなところは、亡きミランダ女王の若い頃そっくりじゃのう」
「そうかな」
「封魔石を探すということは私と目的が同じってことね。どうやら私とあなたは、まだまだ縁が続きそうですわね」

大きなロッドをぽんぽんと己の肩に当て、顔を向けたリアンが笑う。思わず見惚れるようなカーネリアンの瞳だ。


「ならば、ワシも全力で封魔石探しに協力しようじゃないか」
彼の人柄が一目で分かるような快活な笑顔を浮かべると、サキョウはずらりと整列するモンク僧の前に進み出る。

「急ですまぬが、ワシは彼女達と共に行くことになった。どうかベムジンと……シグン大僧正様を頼む」

「お前に頼まれなくても、しっかりとベムジンを守って見せるぜサキョウ。だから必ず無事に戻って来いよ!」
「行ってらっしゃい、サキョウ先輩! お手紙待っています」
「旅の最中も、モンク僧の修行を怠るなよー? サキョウは結構煩悩が多いからなぁ」


「……やれやれ、僧侶のくせにあいつらは乱暴で困る」
仲間達と少々激しいスキンシップと共に別れの挨拶を交わしていたサキョウが、苦笑を浮かべて戻ってくる。

「それではティアイエル姫、リアン殿。改めて自己紹介をしよう。ワシはモンク僧のサキョウ、以後よろしく頼む」
「わたしのことはティエルでいいよ。これから一緒に旅をするんだし、気楽にいこうね!」
「私も堅苦しいのが苦手なんですのよぉ」

「そ、そうか? ならば承知した」

「じゃあおじいさん、色々とありがとう。行ってきます!」
「ちょっとティエルったら。張り切るのはいいんですけど、足元が危なっかしいですわよ」
「それでは行って参ります、大僧正様!」

三人は口々にそう言うと背を向けて歩き始める。後ろは振り返らなかった。
並んだモンク僧達は段々と遠ざかっていく後ろ姿に向け、彼らの旅の無事を祈るために両手を合わせた。


(ティアイエル姫様……気を付けて行くんじゃよ。そして必ず無事に戻ってくるのじゃ、サキョウ)

シグン大僧正は心の中でそう呟くと、くるりと僧侶たちへと向き直った。
まさにその顔はベムジンを統べる、厳しい大僧正の顔であった。老いなど全く感じさせられることのない表情だ。

「さあ、修行の再開じゃ。魔物などには負けてられぬぞ!」
「御意!」

今日もこの聖なる都ベムジンを象徴する、モンク僧達の力強い声が寺院内に響き渡る。





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