Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第4章 メビウスの指輪
第34話 メビウスの指輪 -2-
「えーっ、許可貰えないの!?」
甲高くもよく通るティエルの大声が、気難しい顔付きで革張りの椅子に座っている町長の耳を突き抜けていく。
遺跡に入る許可を貰うため、夜にも拘らずティエル達は町長の家に押し掛けたのであった。
ダントゥの眠るレヌール遺跡は、遺跡荒らしに対するトラップが多く、無事に帰ってきた者はいないという。
「トラップの件でしたら心配しなくても大丈夫ですわ、私達こう見えても凄腕トレジャーハンターですのよ?」
「え、リアンわたし達いつの間にそんな」
「しっ。許可を貰いたければ黙っていなさいなティエル」
「そうは言ってもなぁ……今まで多くの者達が財宝目当てにレヌール遺跡に入って行ったのだ。
皆同じような台詞を言って帰ってこなかった。命からがら生きて戻ってきた者も、瀕死の重傷を負っていた」
禿げた頭に恰幅のよい体格。口元に太い髭を生やした町長は、デスクの前で手を組んでティエル達を見回す。
「そんな危険極まりない場所に、これ以上命知らずの冒険者達を入れるわけにはいかん。
先日も強引なトレジャーハンターが遺跡に入って行ったが……未だ帰ってこん。恐らくもう生きてはおらぬよ」
「お願い町長さん。わたし、どうしても手に入れたい物があるんだ!」
両手を合わせて頼み込むティエルを前にしても、町長は首を縦には振らなかった。
思わず頬を膨らませて拗ねた表情を浮かべるティエルをリアンがそっと制し、笑顔を浮かべながら前に進み出る。
彼女が一歩足を前に踏み出す度に、無駄ともいえるくらいに大きな胸が存在を主張しながら揺れている。
残念ながら、ティエルには決して縁のない光景である。
「ねぇ〜ん……お髭がとっても素敵でダンディな町長さぁん、私がこんなにお願いしても駄目なんですのぉ?」
「うおっ!?」
リアンは随分とわざとらしい甘えた声を出しながら、胸の谷間を強調させて更には上目遣いで町長に擦り寄る。
豊満すぎる胸が町長の腕に当たっているのは単なる偶然だろうか。いや、恐らくこれも計算のうちであろう。
普段はお喋りで騒がしい印象が強いリアンだが、黙っていればなかなかの美人である。何よりスタイルが良い。
今まで全く取り合おうとはしなかった町長も、ぐいぐいと擦り寄ってくる彼女に思わず顔を赤くさせる。
町長の足に自らの足を絡ませ、更に密着する。その光景に、ティエルとサキョウは思わず目を逸らしてしまう。
眺めているのが妙に恥ずかしかった。ティエルはともかくとして、サキョウも結構な純情具合である。
「町長さん、お願いしますわぁ」
「わ、分かった。よーし……こうなったら、我が家に代々伝わる遺跡の鍵も貸してやろう!」
耳元で吐息と共に甘く囁かれ、町長は鼻息を荒くして何度も首を縦に振っていた。単なるスケベ親父である。
もはや町長の威厳など遥か彼方に消え失せた。
「ちぇーっ、何なの町長さんの態度の違いは。確かにリアンは美人だし、スタイル良いしさ。でもひどくない?」
「攻撃魔法よりも、ずっと恐ろしいものを見てしまったような気がするな……」
「ところで代々伝わる遺跡の鍵って一体何なんですの?」
「ふむ。レヌール遺跡の宝に深く関わりがあると言い伝えられている、曾祖父さんから代々譲り受けた鍵なのだ」
「レヌール遺跡の宝ねぇ……私の欲しい指輪に関わりがあると嬉しいんですけど」
デスクの引き出しから取り出された鍵。茶色く錆びており、随分と古臭い鍵であった。
それを手渡されたリアンは暫くまじまじと見つめていたが、やがて飛びっきり上等な笑顔を浮かべて言った。
「うふふ、これで遺跡探索ができますわ! 町長さん、このご恩は多分一生忘れないかもしれませんわぁ」
「リアン今、多分って言った! お礼の中にさりげなく失礼なこと言ってる!」
「言っているかもしれぬなぁ……」
リアンと町長のやり取りを固唾を飲むように見守っていたティエル。
彼女の隣ではどこか遠い目をしながらサキョウが呟く。もはや既にどうでもよくなっているのかもしれない。
「そ、それでだな。鍵を貸す条件として、ワシのほっぺにチューをしてもらえると……」
「あなた!」
町長がデレデレと鼻の下を伸ばした表情でリアンにすり寄ろうとした瞬間、勢いよく部屋の扉が開かれた。
現れたのは小さな男の子を連れた、茶色の髪の女であった。町長と同年代くらいであろうか。
「あなたはいつも美人に対して鼻の下を伸ばしてばかりで……これが町長かと思うと、あぁ情けないわ!」
「あわわわ、お前部屋に入るときはノックくらい……」
「隣町の町長さんが既に食堂でお待ちよ。約束を忘れていたのかしら? このスケベ町長。早く行きなさい」
「……隣町の町長が? しまった、完全に忘れていた!」
じろりと夫人に睨まれて、町長は若干名残惜しそうに後ろを振り返りながら忙しなく部屋を後にした。
「ごめんなさいね、あの人ったらスケベ心丸出しで。普段は立派な町長なんだけど……」
町長が去ると、夫人はティエル達に静かに頭を下げる。
「女好きなのが玉に瑕で」
「ふふふ、それだけ私が魅力的だったってことですから。全く気にしていないですわ。許可も貰えましたし」
「……そうだわ。立ち聞きで申し訳ないけれど、レヌール遺跡に向かうんですってね。それならお願いがあるの」
「お願いってなあに? わぁ、ほんとに古い鍵だね」
リアンから錆びた鍵を受け取ったティエルは、それを興味津々といった表情で色々な角度から眺め回していた。
どう見ても普通の鍵である。
「実は……レヌール遺跡に向かったまま戻ってこない、エルフ族の女性を捜してきてほしいのよ」
夫人が言いにくそうに下を向きながら口を開く。
「もう五日も戻ってこないの」
「イレエヌおねえちゃん、遺跡のお話たくさんしてくれるってボクと約束したんだよ!」
その夫人の言葉に、彼女に連れられていた小さな男の子が今にも泣き出しそうなな表情で叫んだ。
「次の日には必ず帰ってくるから、いい子にして家で待っているんだぞって……おねえちゃん言ってたのに」
「どういうこと?」
夫人の話によると。
六日ほど前に遺跡を探索するためにエルフ族のトレジャーハンターの女が町長宅を訪れたのだそうだ。
彼女は女に弱い町長を口で丸め込んで、遺跡への探索許可証をほぼ強引に貰ったのだという。
しかし各地を旅してきただけあって、彼女の話は冒険に興味のない町長も興味深いと感じるものばかりであった。
そこで是非息子にも話してやってくれと、そのトレジャーハンターを家族の夕食に招待したのだ。
町から出たことのないこの少年にとって、彼女の話はまるで夢のようであった。様々な国、人々、文化、遺跡。
この広い世界には未知なるものが多すぎると、エルフ族のトレジャーハンターは瞳をきらきらさせながら言った。
すぐに仲良くなった少年に、彼女は必ず帰ってくると言い残してレヌール遺跡へと向かったのだ。
そして、五日経っても戻ってはこなかった。
「もしかしたら彼女は罠に掛かってしまったのかもしれません。どうか、見かけたら……お願いします」
「お願い、イレエヌおねえちゃんを助けて!」
元気のない少年の頭を優しく撫でながら、夫人は再びティエル達に頭を下げる。
その様子を黙って眺めていたサキョウが前に進み出ると、夫人を安心させるように柔らかい笑みを浮かべた。
「困っている者を助けるのも僧侶の務め。ワシらに任せて下され」
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「……ねえ、リアンったらいつもあんな事してたの? それとも太ったおじさんが好みだったの?」
町長の家を後にして、早速遺跡へと向かうために町を歩くティエル達。
探索のための準備は町長の家に向かう前から済んでいる。許可が下りない場合など考えてはいなかったのだ。
先程の光景を思い出したティエルは半分呆れたような表情で、機嫌よく隣を歩くリアンに話しかける。
「あんな事? ……あぁ、色仕掛けのことですのね。この美貌を有効に使わないと損でしょ?
それに誰が太ったおじさん好きなんですのよ。私は薔薇が似合う美青年が好きだって、何度も言ってるじゃない」
けろりとした顔でリアンが言った。
その様子にティエルとサキョウは呆れを通り越して、掛ける言葉も思いつかずに顔を見合わせたのであった。
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