Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第4章 メビウスの指輪
第35話 メビウスの指輪 -3-
既に時刻は深夜に差し掛かる頃。
皆が寝静まった静かな町を抜けて進んでいくと、やがて道の舗装がされていない町外れへと辿り着く。
靴の裏で踏みしめるものはレンガの石畳から、大きな石が混じるジャリジャリとした砂へと変わっていった。
町の者達には既に忘れ去られてしまった場所。冒険者しか立ち寄らない場所。
かつてこの町を壊滅させたという凶悪なヴァンパイアが眠る場所なのだ。好きこのんで近寄る者はいない。
荒れ果てた地面には、かつてここへ探索しに来たと思われる冒険者達の持ち物が転がっている。
所々に野営をしたと思われる跡が見受けられたが、それらはかなり月日が経ったもののようだ。
主人に置き去りにされ力無くころんと転がっている拉げた水筒を、ティエルはどこか暗い眼差しで見つめる。
水筒の底には大きな穴が空いており、否応にもそれが長い間ここに放置されていたことを物語っていた。
——レヌール遺跡。
巨大な煉瓦をいくつも積み重ねたような建物であり、その異様な佇まいは遺跡探索者達を圧倒させる。
まるでこの周囲だけ豊かな恵みを受けられなかったような錯覚さえティエルは起こした。
しかし荒廃したこの地に建つ巨大な遺跡は、最凶とまで恐れられた悪魔族ダントゥの寝床にこそ相応しい。
少し進むと入口付近に半分ほど砂に埋もれた白骨が目に入った。長い間雨ざらしにされ、半ば朽ちかけている。
窪んだ二つの穴からは、志半ばにして死んでしまった無念さが伝わってきた。
「……想像以上だね」
中に入ることをまるで躊躇しているような心細い声を呟きながら、ティエルがふと立ち止まる。
彼女の目の前には、出口のない迷宮に誘うような入口が待っていた。両開きの扉はしっかり閉まっているようだ。
入口の両隣には半分欠けてしまっているモンスター達の彫像。
長い尻尾を生やし、口は耳まで裂け、手に持つのは巨大な鎌。ダントゥを監視するために置いたのだろうか。
だがどちらかというと、侵入者達を見張っているような不気味な像であった。
なんとなく像が動いたように見えたティエルは、隣に立っているサキョウの服をぎゅっと握り締めた。
「この遺跡に入って、無事に戻ってきた者はいないんだよね。きっと彼らはダントゥの元まで辿り着いてない。
となると、メビウスの指輪はまだ持ち去られていないかもしれない。指輪は中に……きっとある」
「どんな難解なトラップだろうが任せなさいな。この博学な私に解けない謎なんて存在しないんですのよ」
入口の前で立ち止まるティエルの横を意気揚々とした様子でリアンが横切っていく。
「さあ、行きますわよ!」
侵入者を拒む重い石の扉など怪力のサキョウにかかれば呆気なく開いてしまう。
ティエルとリアンが中に入ったのを確認した彼が手を離すと、大きな振動音と共に石の扉はぴったりと閉じた。
遺跡内は意外にも薄明るく、一体誰が灯したのか橙色に燃える松明が所々に設置されているようだ。
「この松明……燃えているように見えるが、木が全く焦げておらんぞ」
無人の遺跡に燃える松明を不審に思ったサキョウが歩み寄り、暫くそれをまじまじと見つめる。
本当にその通りで、確かに燃えているはずの松明は熱くもなくただ橙色の光を発していた。魔法松明である。
「これも悪魔族ダントゥの魔力なのだろうか」
「ダントゥは封印されているから無理ですわよ。遺跡を作った人は、相当な魔力の持ち主だったんですのね」
「へぇー、この松明燃え尽きなくて便利だね。一つくらい貰っちゃってもいいかな?」
興味深そうに魔力で燃える松明を覗き込み、ティエルはリアンを振り返った。それを彼女は片手を振って制す。
「駄目よ。仮にも恐ろしい悪魔族が封印されている場所の松明なんて持ち帰ったら、呪いが降りかかりますわ」
「うむ。確かに便利だが、やめておくのだ」
「そっかぁ」
この恐ろしい悪魔族が封印されている場所に眠る、メビウスの指輪を持ち帰ろうとしているのは良いのだろうか。
しかし残念ながらそんな疑問は誰一人として持つことはなかった。
遺跡内の通路は若干広くなっており、ティエルとリアン、大男のサキョウの三人が並んで歩くことが可能だった。
まるでティエル達を奥へ奥へと誘っているかのように、左右に揺れ動く松明が不気味である。
ティエルは自分を勇気づけるように大きく手を振り上げると、多くの罠があるにも拘らず威勢よく歩き始める。
「よーし。メビウスの指輪と、行方不明のトレジャーハンターさんを探しに行こう!」
「ちょっとティエルったら、勝手に一人で進むのは危険ですわよ! ……って、滅茶苦茶張り切ってますわね」
入口付近の簡単なトラップは、昔ここを訪れた冒険者達が解除してくれたのであろう。
ティエルは罠に掛かることもなく、さくさくと進んでいく。
「あんなに張り切っているティエルを初めて見たような気がいたしますわ」
「それほど、あのクウォルツェルトという青年を助けたいのだろうな。……自らの身を危険に晒してまでも」
一人で進んでいくティエルの背を見つめながら、サキョウは腕を組んで大きな溜息をついた。
「忌むべき悪魔族のために、こんな所にまでついて来るワシもワシだが」
「ティエルは美青年に甘いんですのよ。……まぁ、私も人のことは言えませんけどね」
松明の光に揺られてゆらゆらと動く自分の影を見つめ、リアンは綺麗に巻かれた自慢の長い髪を払いのける。
「素敵な王子様との出会いに憧れていた私が、まさか逆に、囚われの王子様を助けに行くことになるとはね」
「ぶはっ」
その何気なく呟いたリアンの言葉に、思わずサキョウは笑いを吹き出した。
「わははは! リアンは意外にロマンチックなやつだなぁ。いや、まさか王子様との出会いに憧れていたとは」
「……失礼な脳筋男ですわね。あ! ちょっとティエル、あちこち変な物触っちゃ駄目ですわよ!」
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気味が悪いほど真っ直ぐな一本道を歩くこと数十分。
迷路のように道が複雑ではないのは、遺跡製作者はよほど仕掛けているトラップに自信があったのだろうか。
しかしティエル達は一度もトラップに出会うこともなく、難なく奥まで進み続けていた。
「……少しおかしくありません?」
「どうかしたの?」
ティエルの隣を黙々と歩き続けていたリアンが、ふと立ち止まって形の良い眉を顰める。
「この遺跡に入って無事に戻ってきた者はいないんでしょう? ……楽に進めてしまうのも変ですわ」
「確かに言われてみればそうだね。意外に拍子抜けしたなぁ」
「町を恐怖に陥れたヴァンパイアが封印されている遺跡を、こんな簡単に進むことができて良いのかしら?」
「いや……トラップはどうやら多く仕掛けてあったようだぞ、リアン」
壁や地面に手を触れながら調べていたサキョウが、ふと口を開いて振り返った。
「今まで数多くのトラップが確かに仕掛けてあったが、それらは皆解除されていた。しかも……つい最近だ」
「つい最近? それじゃあこのトラップを解除した誰かは、まだ生きて遺跡の中にいるってことだよね?」
確かにサキョウの言ったとおりだった。
ティエルが地面に膝を突いて辺りをよくよく調べてみると、何かを引き摺った跡や微かな血痕が見受けられる。
大岩が転がってくるトラップ、無数の矢が飛んでくるトラップ、毒ガスが発生するトラップ、落とし穴、針……。
恐ろしいトラップの数々が皆解除されている。しかも、まだ新しい。
「今まで帰ってこなかった人達は、みんなトラップで命を落としたのかな。それにしては死体がないよね」
「トラップだらけの遺跡に、死体の回収をしてくれる物好きもいないでしょうし」
血の跡はあっても、死体がない。白骨化した死体がそこら中に転がっていてもおかしな話ではないのだが。
「もしかしたら遺跡探索していた冒険者が通りがかりに片付けてくれたとか!」
「それが行方不明のトレジャーハンターさんだといいんですけどね……」
「ここであれこれと深く考えても仕方あるまい、とりあえず今は前に進むしかないであろうな」
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