Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第4章 メビウスの指輪

第36話 メビウスの指輪 -4-




数々のトラップの跡。つい最近それらを解除した形跡。見つからない死体。行方不明のトレジャーハンター。
死体が片付けられている理由は不明だが、これらのトラップを解除したのは例のトレジャーハンターであろう。
できれば生きていてほしいが、食料もないこの遺跡の中で五日間も生き続けることができるのだろうか。


首を捻りながら歩いていたティエルが顔を前に向けると、目の前には大きな扉があった。行き止まりである。

どす黒い血のように赤くべったりと塗られた扉。様々な呪詛の書かれた札が扉のあちこちに貼られていた。
しかしそれらの数枚は剥がされており、地に散らばっているのが視界に映る。


「行き止まりだよ。きっと、この奥にダントゥがメビウスの指輪と一緒に封印されているんだ!」
「……いやですわ、封印のお札が剥がれてる」
「ここまで辿り着けた者がいるということは、もしや既にダントゥの封印は解かれてしまっているのか?」

「仮にも封印されているのは悪魔の貴族ヴァンパイアですもの、お札だけで封じ込めているとは思えませんわ」
「この他にも別の手段で封印がされているのかもしれないね」
「恐らくは。……できればダントゥと戦わずに指輪を頂戴したいところですけど」


恐る恐るティエルが扉に手を触れてみると、思っていたよりも呆気ないほど内側に開いていく。
広がる光景は一面の金。思わず三人が目を細めてしまったほど、扉の中は眩いばかりの黄金で溢れていた。
町を恐怖に陥れた悪魔族の寝床にしては、随分と立派である。
部屋の中は意外なほど広く、色褪せてはいない綺麗な赤い絨毯が敷き詰められている。まるで王家の宝物庫だ。

黄金の細工物はただ乱雑に置かれているのではなく、ある文様を描いて配置されている。
これも封印の一種なのだろうか。
宝物庫には広すぎる部屋の中央にはくすんだ金色の棺。人が三人ほど入ることができそうな大きな棺であった。

棺の上には、まるでミイラのようにからからに干乾びた男の死体が覆い被さるようにして倒れている。
死体の服装から察するに、今まで行方不明になった数々の冒険者達の一人であろう。
煌びやかな部屋にはあまりにも場違いな死体。ティエルは一瞬大きく顔を歪め、思わず視線を逸らしてしまった。


「まさか……あの死体が、例の行方不明になっているトレジャーハンターさんなんじゃ」
「違いますわよ。だってその人は確かエルフ族の女性でしょう? あれはどう見たって人間の男の死体ですわよ」
「リアン、そんなに近付いて行ったら駄目だよ……」

「ティエルったら情けないですわねぇ。でも、何故こんな所で死んでいるのかしら。トラップの前ならともかく」


「とにかく、一刻も早くメビウスの指輪を手に入れて脱出した方がよさそうだ。指輪は棺の中にあるのだったな」
「ええ、ダントゥの指に嵌っていると思いますわ。封印を解かないように、そーっとね」
「封印を解かないようにとは言うが、そもそも指輪を奪う行為自体が封印の解除になりそうな気もするが……」

前に出たサキョウは、ダントゥの棺の上に覆い被さっている死体を担ぐと部屋の隅へ運んでいく。
死者への礼儀を決して忘れてはならないのがベムジンの教えだ。干乾びたミイラであっても丁重に横たえてやる。


「古びたミイラのようだと思ったが、まるでこれは血を吸われ尽くして絶命した死体にも見えるな」

そこまで呟いて、サキョウは首を捻る。
ヴァンパイアの眠る棺の上に、血を吸われて絶命した死体。考えてみれば実に不吉な組み合わせであった。


「……少し調べてみたんですけど」
干乾びた死体を見つめながら思案するサキョウに、静かにリアンが歩み寄ってきた。

「宝物庫にトラップは存在しないみたいですわ。ということは、考えられる死因は単なる餓死か……それとも」
「ここで誰かに殺害されたか、だ。それも全身の血を吸われ尽くして」
「嫌ですわねぇ。まさかダントゥの封印は既に解かれている可能性が出てきましたわ」

そして声を潜め、サキョウとリアンの二人はティエルの耳には入らぬような小さな声で会話を続ける。
一方ティエルは物珍しそうに棺の周囲を眺めていた。


「もしもダントゥと戦うことになった場合、ワシらが勝てる自信はあるか?」
「長年の封印で力が弱まってくれていたら、勝てるかもしれませんわね。何しろ相手は一人なんですのよ?」

「……ねえ、さっきから二人で何を話してるの?」
ミイラ化した死体を覗き込みながら話し続ける怪しげな二人の様子に首を傾げ、ティエルが口を開いた。

「早くメビウスの指輪を手に入れて、ここから出ようよ……」
「そうですわね、では早速棺を開けましょう! サキョウ、力仕事は全面的にお任せいたしますわ」
「うむ、承知した。ほ! ……おっ? うっ、ぬぬ……これは開かんぞ! ちょっと手伝ってくれんか!?」


全身の血管を浮き上がらせて棺の蓋をこじ開けようとするサキョウだが、彼の怪力でも蓋はびくとも動かない。
よくよく眺めてみると、蓋には鍵穴があった。鍵が掛かっていたのだ。

「あれ? 鍵穴があるよ。……もしかしてリアンが町長さんから渡された鍵を使うんじゃない?」
「鍵のことをすっかり忘れていましたわ。こんな所で使うんでしたの」

ごそごそとポケットから古びた鍵を出したリアンは、それをティエルに手渡した。
鍵を受け取った彼女は固唾を飲み込むと恐る恐る鍵を差し込んでいく。
……カチャリ。
確かな手応えがあった。ティエルは深く頷くと、それを確認したサキョウは棺の蓋を一気に持ち上げる。


「……!」

中には一人の中年の男が横たわっていた。
ごつごつとした岩のような顔の輪郭に、大きな鷲鼻。縮れた長い黒髪。醜いと形容してもいい醜男である。
男の太い小指には、リアンが持っていた本に記されているメビウスの指輪と全く同じ指輪が嵌められていたのだ。


「これがダントゥとメビウスの指輪……!」
美しく銀色に輝く指輪とダントゥを交互に見比べていたティエルは、ぎゅっと唇を噛みしめると手を伸ばす。

「……ごめんなさい、どうしてもこの指輪が必要なの。渡したいひとがいるの。だからお願い、許してください」
「ちょっと待ちなよ!」

しかしそのティエルの指先がメビウスの指輪に触れるか触れないかの瀬戸際で、棺に鋭いナイフが突き刺さった。
後もう少し手を伸ばしていれば、彼女に確実に刺さっていた。
己から数センチ程度しか離れていない場所に突き刺さっている鋭いナイフを見て、改めてティエルはぞっとする。


「残念、その指輪はアタシがいただくわよ」

一体いつの間に部屋の中にいたのか、豪華な金の椅子にゆったりと腰掛ける人物がいた。
ぼさぼさの赤髪を短く切り揃え、上向きの鼻にそばかすを散らした女。尖った耳から察するに、エルフ族だ。
程よく筋肉のついた長い足に弾みをつけて立ち上がり、女は余裕ともいえる表情でこちらに歩み寄ってきた。
手には数本のナイフを持ち、いつでもティエル達に投げられるような体勢を保っている。


「……あなた一体誰なの? いきなり現れて、指輪をいただくも何もないんじゃないの!?」

ゆっくりと歩み寄ってくる女を、ティエルはぷんぷんと頬を膨らませて怒ったようにして睨み付けた。
杖を構えるリアンと、拳を握り締めるサキョウ。双方とも隙がなく既に戦闘態勢である。

「アタシが誰だって?」
女は黒の目を数回瞬くと、口元に笑みを浮かべて口を開いた。

「アタシはトレジャーハンターのイレエヌっていうの。そのメビウスの指輪は前々から狙っていたのよねー。
 あんた達には悪いけど、アタシの仕事の邪魔をするというのなら……少し大人しくしていてもらおうかな?」





+ Back or Next +