Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第4章 メビウスの指輪

第37話 悪魔族ダントゥ -1-




「大人しくって……!」
突然現れて当然とばかりにメビウスの指輪をよこせと言うイレエヌに、ティエルは口をあんぐりと開けていた。


「メビウスの指輪ってね、マニアの間には高額で売れる宝なのよ。後ろの金銀財宝も少しだけ捨てがたいけど、
 やっぱり一流のトレジャーハンターとしては、財宝よりも秘宝を狙うってのが限りないロマンってもんだし」

へらへらと気の抜けるような笑みを浮かべながら、イレエヌは軽やかな足取りで棺を覗き込む。

「あんた達には後ろの財宝全部譲ってあげるからさ。それで手を打とうじゃない? 売ったら一生遊べるわよ。
 アタシは遺跡内のトラップを解除した、あんた達は棺の鍵を開けた。報酬は山分けね。悪い話じゃないでしょ」


「悪いけど、わたし達もメビウスの指輪が必要なんだから! 金銀財宝なんて興味ないし、いらないよ」
棺の中の指輪に手を伸ばしたイレエヌの腕を、ティエルは慌てて掴んで止めた。

「あれ、ちょっと待って。……もしかして、あの遺跡内のトラップは全部あなたが解除したの?」


「だからアタシが解除したって言ってるじゃない。……えー、あんた達もメビウスの指輪目当てだったの?」
「そうだよ、そのためにここまで来たんだから!」
「こんな古ぼけた指輪を手に入れても使い道がないわよ。それより後ろの財宝売った方が賢いんじゃない?」

面白くなさそうに唇を尖らせ、更には鼻の穴を膨らませたイレエヌは、腰に手を当ててティエルを振り返る。

「それだったら仕方ないわね、ちょっと痛い目みてもらおうかな。子供だろうが容赦しないわよ」
「……まさか、この部屋に転がっていたミイラはあなたが殺したんですの!?」


既に攻撃魔法の詠唱を完了させ、目の据わっているリアンが視線を部屋の隅の死体へと向けた。
ダントゥの棺に覆い被さるようにして倒れていた男の死体である。

「なにそれ、そんなの知らないってば。そいつアタシが来たときからミイラ化して死んでたんだって!」
「さぁ、どうだか。慌てているのが余計に怪しいですわね」
「確かにアタシは今まで色々と悪いことばかりやってきたけど、人殺しだけはしてないのが自慢なんだからね」
「……それはあまり自慢にならぬぞ」

鼻息荒く、イレエヌは頬を膨らませる。見たところ冗談を言っているような表情ではない。


「それじゃ一体誰が殺したんだろう。わたし達とあなた、それ以外の誰かがあの男の人を殺したってこと?」
「アタシでもなくて、あんた達でもなけりゃ……必然的にそうなるわよね」

急に背筋に冷たいものが走る。
ぞっとしたティエルとイレエヌが顔を見合わせたその時、棺から呪いの込められた低い男の声が発せられた。

「……オレの眠りを妨げるのは誰だ……」


その声に皆口を閉ざして振り返る。
棺から上半身を起こした男。大柄な体躯、縮れた黒い髪、鷲鼻に、腫れぼったい目。悪魔族ダントゥである。
かつて町を恐怖に陥れた伝説のヴァンパイアが、こちらを睨み付けているのだ。

「お前達は墓荒らしか。……どいつもこいつも宝に目が眩んだ欲深い人間どもめ、血を吸い尽くしてくれるわ!」


「ダントゥ!? やっぱり封印は既に解けていたんだ!」
反射的にばっと後ろに下がり、竜鱗の剣を引き抜いたティエルはいつでも飛び出せるように構えの体勢を取る。

「嘘でしょ、あれがダントゥなの? 悪魔族でヴァンパイアだなんて、とびっきりの美形を想像していたのに」
同じくナイフを構えるイレエヌ。

「こんなに不細工な男だったなんて、乙女の夢が壊れたー! 悪魔族は美形ばかりなんて誰が言ったのさ!?」
「夢を壊すようで申し訳ないですけど、悪魔族全員が美形だとは限らなくてよ」
口にしている台詞の割に、リアンの表情は緊張感に満ちていた。悪魔の貴族を前にして尻込みしているようだ。

「ダントゥと戦いますの? 長い間封印されていたといえども、相手は仮にもヴァンパイアなんですのよ」


「指輪を取って、逃げるんだ。……勝ち目のない戦いをする必要はないよ」
「しかしメビウスの指輪はダントゥの小指に嵌っているのだぞ。奪うのは些か難しいのではないか?」
「気絶させている間に奪うとか、方法はいくらでもありますわよ!」


「そろそろ腹が減ったな。我ら悪魔族に歯向かう愚かな人間どもよ、我が血肉となるがいい……死ね!」

ダントゥが口を歪めて牙を剥き出したと同時に、それが合図だったかのように音を立てて宝物庫の扉が閉まる。
無駄だとは知りつつも、サキョウが扉に向かって何度も思い切り体当たりをするが、やはり開くことはなかった。
重い石の扉はかなり頑丈に作られているようで、サキョウが体当たりした程度では壊れそうもない。


「こいつを倒さなくちゃメビウスの指輪は手に入らない。どちらが手に入れるかは、倒した後に考えよう」
ダントゥと戦うことを選んだティエルは、隣のイレエヌを一瞥する。彼女のナイフの腕は期待できそうだ。

「オッケー、それじゃ力を合わせてダントゥをぶっ飛ばしますか」

ふふんと笑みを浮かべたイレエヌは磨き抜かれた鋭いナイフを構えてみせる。
味方が一人でも多い方が心強いと考えているのは、ティエル達は勿論イレエヌも同じことであった。

「力を合わせるのはいいんだけど、精々アタシの足を引っ張らないでね? 言っとくけどアタシ結構強いわよ」


「メビウスの指輪だと? 人間どもが指輪を欲して何に使うのだ。光の耐性など、人間には用がないものだろう」
「わたし達が必要なんじゃない。……わたしの大切な友達に渡したいんだ」
「そんな言葉を信用すると思うか、卑しい豚どもが。売り捌いて金にするつもりだろうが……そうはいかぬ!」

「この美しくも可憐な私に向かって卑しい豚ですって!?」
ダントゥの発した言葉に、ぴくりと片眉を上げるリアン。怒りに震えながら大きくロッドを掲げる。

「私の最強魔法をくらいなさいな。……その言葉を思い切り後悔させるくらい、超フルパワーでいきますわよ!」


「少しは落ち着くのだリアン! そんなに大きな魔法を使用すれば、遺跡が崩れる可能性がある。
 遺跡が崩れてしまえばダントゥは元より、ワシらも無事には済まないのだぞ。大きな魔法は避けた方がいい」

「それじゃ、どうしろって言うんですの。大きな魔法を使わずに倒せる相手ではなさそうですけど」
「できるだけ効果が強力で、なおかつ派手ではない魔法を使うのだ」
「そんな都合のいい魔法なんてありませんわ!」


「何をごちゃごちゃと言っている。オレを起こした罪は重いぞ。……ここで朽ち果てるがよい、人間どもよ!」

長々とつまらない言い争いをしているリアンとサキョウを、悪魔の貴族はターゲットに定めたようである。
鋭い牙を剥き出したダントゥは、地面を蹴ると意外にも身軽な動きで二人へと向かっていく。

「リアン、サキョウ! そっちにダントゥが向かった!」

ティエルの声で漸く振り返ったサキョウはリアンを突き飛ばし、振り下ろされた巨大な鎌を両手で受け止める。
ぐぐぐ、と暫く押し合いをしていたが、やがて渾身の力を込めてサキョウが武器を押し返した。
だが彼の手の平は真っ赤に染まっており、刃を受け止めた時に深く切り裂いてしまったようである。
……一方。サキョウに突き飛ばされた時に受身を取っていたリアンは、すぐさま立ち上がると詠唱を始めた。


「天空を舞う烈風を真空に変え、標的を切り刻め! ウインドカッター!!」

鋭い音と共に、リアンの杖から巨大な風の刃が発生する。
それは真っ直ぐにダントゥへと向かっていき、彼の服や皮膚を切り裂いて赤色の液体が周囲に飛び散った。


「ほう……このオレに傷を付けるとは。よく見ればなかなか美しい娘だな、オレの寵姫にしてやってもいい」
しかし見た目ほどは効いていない様子で、ダントゥは笑みを浮かべながらリアンに歩み寄っていった。

「お断りいたしますわ! 残念ですけど私、ものすごぉぉく面食いなんですの」


「リアンにこれ以上近付くな!」
「大人しく指輪を渡した方が身のためよ? 元々その指輪はアタシ達、人間達のものだったらしいじゃない」
「えっ、そうなのイレエヌ?」

「そうよ、あんたって何も知らないのねぇ……」
驚いたように振り返るティエルに対して、呆れの溜息をつくイレエヌ。

「文献によるとある小国の宝だったのよ、メビウスの指輪は。ダントゥは王様を殺して手に入れたってわけ。
 だからアタシ達の行動は奪われたものを奪い返す、いわば正当な行為。王様の無念を晴らしましょうってね!」





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