Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第4章 メビウスの指輪
第38話 悪魔族ダントゥ -2-
「人間の卑しい豚どもが、神にも等しい崇高なる悪魔族に刃を向けるなど片腹痛い。返り討ちにしてくれるわ」
縮れた黒い髪をかき上げ馬鹿にしたように鼻先で笑ったダントゥは、ゆっくりと鎌を頭上に持ち上げた。
「安心しろ、お前達の血は無駄にならぬように一滴残らず吸い尽くしてやろう。
忌々しい封印があちこちに仕掛けられているため、未だオレは遺跡から出られぬ身。よく来てくれたなお前達」
ダントゥの封印は完全に解かれてはいないようだ。恐らく、辛うじて遺跡内は自由が許されているのだろう。
彼の言ったように、ティエル達の気付かない部分で多くの封印の術式が仕掛けられている。
棺の上に倒れていた死体から察するに、鍵を開けなくともダントゥはティエル達に襲い掛かることも可能だった。
「……所詮人間どもが、オレを倒すことなど無理な話。ここまで持ち堪えられたことだけは褒めてやろう」
「くっ……!」
「ティエル、今助けますわ! 眩き光よ、貫く刃となりて大地を引き裂かん。ライトニングサンダー!」
ティエルに鎌が振り下ろされ、バランスを崩していた彼女は避けられないと悟って剣で受け止めようとする。
それよりも早くリアンの放った電撃魔法がダントゥを貫く。光に対する耐性があるメビウスの指輪を身に着けて
いるはずなのに、眩い光に怯んでしまうのは悪魔族の本能だろうか。その隙を見逃さず、サキョウが突っ込んでいく。
「いいわよおっちゃん、そのまま羽交い締めにしておいてー!」
いくら悪魔の貴族ヴァンパイアといえども、怪力のサキョウ相手に力勝負では敵わない。
背後から羽交い絞めにされてダントゥは動きを封じられる。そこへイレエヌがナイフを次々に投げ付ける。
放たれた鋭い刃は寸分の狂いもなく全てダントゥの肩や腕に突き刺さった。
「お……おのれえぇ!」
サキョウを殴り飛ばし、ダントゥは己に突き刺さったナイフを乱暴に抜くと地に叩き付ける。
「オレをとうとう本気にさせてしまったようだな……お遊びはここまでだ、人間ども。恐怖を思い知るがいい!」
鎌の形態が大きく変わり大きな鉈へと変形していく。
同時に元々毛深かったダントゥの身体をぞわりと更に黒い毛が包み込んだ。ぼこぼこと隆起する全身の筋肉。
イレエヌが背後からナイフを投げつけるが、耳障りな金属音が鳴って弾かれてしまった。
「やだ、更に不細工になっただけじゃなかったのね。こんな化け物に勝てるわけがないじゃない!」
ダントゥの太い腕に軽々と鷲掴みにされたイレエヌは、部屋の壁へと勢いよく叩き付けられてしまう。
「イレエヌ!」
投げ飛ばされたイレエヌを介抱しようと走り始めたティエルを、怒りのダントゥは容赦なく鉈で斬り付ける。
鮮血が飛び、切り裂かれた肩口を押さえて彼女は思わず蹲った。
「ティエル大丈夫か!? もはやワシらの力ではこいつには勝てぬ、逃げるしかない!」
顔を上げてティエルが振り返ると、サキョウが渾身の力を込めて閉ざされた宝物庫の扉をその怪力で開いていた。
「早く来い……! もうメビウスの指輪は諦めろ、ワシが扉を支えている間に遺跡の外へ脱出するんだ!」
「もう指輪なんかどうでもいいわよ、アタシは命の方がずっと大切だってば。こんな遺跡、二度と来るもんか!」
「ティエル、気持ちは分かりますけどもう無理ですわ! 早く逃げましょう!?」
「そうはいくか、この部屋から生きては逃がさぬぞ卑しい豚どもめ。地獄の底まで追ってやろうぞ……!」
肩を押さえて蹲るティエルの元へ、ダントゥは醜い余裕の笑みを浮かべながら足音を立てて近付いてくる。
既に扉の外で待機しているリアン達を振り返り、ティエルは心底悔しそうにダントゥの指輪を睨み付けた。
メビウスの指輪はすぐそこにあるのに。走って手を伸ばせば届きそうな距離なのに。……諦めるしかないのか。
じわりと涙が浮かぶ。強く唇を噛みしめ、ティエルはリアン達の待つ扉に向かって走り出す。
背後からダントゥが追ってきているようだ。
前を向くと、閉まろうとする扉を押さえながらサキョウがこちらに向かって必死に手を伸ばしているのが見えた。
ティエルは肩の痛みを堪えながら、彼に向かって思い切り手を伸ばす。
……手を伸ばし──そして、彼女はくるりと向きを変えるとダントゥに向かって駆け出したのだ。
「ティエル、何を考えているのだ!?」
「やだ、死ぬ気? あの子間違いなく死ぬよ!? アタシはもう嫌、逃げるったら逃げるわよ!」
突然のティエルの行動に愕然としているサキョウとイレエヌの隣で、リアンは口元に静かな笑みを浮かべる。
「ふふふ、そうこなくちゃね」
そして一体何を考えたのか、リアンまでもが楽しそうにティエルの後を追って飛び出したのだ。
彼女達を見捨てるわけにもいかず、困惑した表情のサキョウは扉を押さえる手を離して部屋の中に舞い戻る。
逃げると言っていたイレエヌも成り行きで部屋の中に戻る羽目になってしまったようだ。
「……ティエル。あなた一人にだけ、いい格好はさせませんわよ」
「リアン」
愛用のロッドを右手に持ち、駆けるティエルの隣に並んだリアンは彼女を振り返ると笑って見せた。
「ありきたりな言葉ですけど……彼のことが、どうしても忘れられないの。忘れたくなんかないの。
もしもここで逃げてしまったら、二度とクウォーツさんとは会えなくなる。何故か……そんな気がしたの」
「奇遇だね、わたしも」
隣のリアンの姿を一瞥したティエルは再び剣を握り締め、顔を前に向ける。
「そんな気がしたんだ……」
「これは愉快、とうとう恐怖のあまり呆けてしまったのか。今更命乞いをしても聞かんぞ、卑しい人間どもが!」
「お前なんかに負けるか!!」
傍らのリアンに小さな声で何かを囁くと、ティエルは強く目を閉じる。
笑い続けるダントゥの位置は、目を閉じていても分かった。そのまま彼女は前に向かって剣を振り下ろした。
「広大なる大地を照らす光よ、罪深き者達の過ちを問い浄化せよ。……フローライトシャワー!」
ティエルが目を閉じると同時にリアンはダントゥの超至近距離で強烈な光の魔法を発動させる。
目の前で光の洪水を目にしたダントゥは叫び声を上げて転げ回った。
「うがあああ、目がぁ、目が、目がぁ!」
普通の人間でさえも失明する可能性のある眩い光は、闇の住人である悪魔族ダントゥにとっては天敵である。
メビウスの指輪を身に着けていても、効果は十分だった。目を押さえながら悪魔の貴族は地を転げ回る。
眩い光によって隙だらけになったダントゥを、目を開いたティエルは肩から腰にかけて一直線に切り裂いた。
まるで霞を裂くような感触で、あっけないほど簡単に悪魔族ダントゥの姿は灰になって崩れていく。
長年の封印のために大幅に力が弱まっていたのだろう。生身で太陽の元に身を晒したような最期であった。
すっかり光が消え去り、元の薄暗い部屋に戻る。先程までダントゥが立っていた場所には灰の山があった。
その頂点に鈍く輝くのは銀色の指輪。
恐る恐る目を開いたサキョウとイレエヌは、ティエル達の無傷な姿を見て漸くほっと胸を撫で下ろした。
「まさか、ダントゥを倒したのか? 信じられん……!」
「嘘でしょ? だって相手は悪魔の貴族と謳われるヴァンパイアなんだよ。人間が敵う相手じゃないのに!」
驚愕の表情で顔を見合わせるサキョウ達を微笑みながら眺めたリアンは、それからティエルを振り返った。
「ヴァンパイアが光に弱いってこと、完全に忘れていましたわ。……一番大切なことを忘れているなんてね。
それにしても光の魔法を間近で浴びて大丈夫なの? 一応あなたに光が向かわないように調節したんですけど」
「うん、大丈夫。ずっと目つぶっていたから」
あっけらかんと笑うティエルに、リアンは半分呆れがちに溜息をつく。
「本当に無茶苦茶な作戦でしたわね。……私が失敗すれば、あなたの目が焼けていたのかもしれないのよ?」
「失敗したときのことは全く考えていなかったなぁ」
「え!?」
「……リアンなら、必ず上手くやってくれるって信じてたから」
事も無げにそう言われ、リアンは大きな瞳を瞬きながらティエルの顔を見つめていたが。
やがて顔が赤くなっていく。真っ直ぐすぎる、全幅の信頼。そんな気持ちを向けられることに慣れていなかった。
「も……もう、早く指輪を拾いなさいな! ダントゥに立ち向かってでも欲しかったものなんでしょう?」
「あーあ……あんな凄い気迫を見せられちゃ、今更アタシも指輪が欲しいだなんて言い出せなくなったじゃない。
メビウスの指輪は仕方なくあんた達に譲ってあげる。アタシは後ろのお宝をちょっといただいちゃおうかねー」
ティエルの前まですたすたと歩いてきたイレエヌは、言葉とは裏腹にその表情はどこか晴れ晴れとしている。
「けどさ、あんた達って本当にバカよねぇ! あんな指輪ごときのために命を落としたらどうするのよ?」
「うん」
イレエヌの呆れ果てたような言葉に、銀色に輝くメビウスの指輪を手にしたティエルは顔を上げる。
暫く目をぱちぱちと瞬いていたが、やがて指輪を抱きしめるように手に包んで笑った。とても幸せな笑顔だった。
「……渡したいひとがいるんだ」
「え?」
「どうしても、この指輪を渡したいひとがいるの。今すぐに会いたいひとがいるの。……友達、なんだ……」
心底嬉しそうに笑うティエルにイレエヌは暫し彼女を見つめていたが、歯を見せてにかっと笑った。
「いいんじゃないの、アタシ結構そういうの好きよ。命がけで手に入れた指輪なんだから、絶対に渡しなよ?」
「うん。渡すよ、何があっても……必ず!」
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