Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第4章 メビウスの指輪
第39話 Treasure Hunter
メビウスの指輪を無事に入手することのできたティエル達は、帰路につきながら他愛もない話を繰り広げていた。
行きの道のりは皆緊迫していたが、悪魔族ダントゥが死亡した今となっては既に緊張の欠片もない。
「そういえば遺跡のトラップは皆、イレエヌが解除したのか?」
数々の見事なトラップ解除に見惚れていたサキョウが口を開く。
世間を騒がせたダントゥの封印場所となると、トラップは相当高度なものが仕掛けられているはずだった。
それらをイレエヌは全て解除していたのだ。まるで芸術、彼女は相当のセンスの持ち主だといえた。
「うん、そうよ。天才的なアタシにかかればこんなトラップなんて、一時間もあれば簡単に解いちゃうけどね。
遺跡内部で死んだ冒険者たちの死体は、どうやらダントゥが血を吸い尽くして干乾びた後に、
ローリングっていうトラップが発動して粉砕していたみたいね。こっわー」
「一時間だと!? 数々の冒険者達を死に導いた難解トラップをたった一時間で解いてしまうのか……」
ふふんと自慢げに胸を反らしたイレエヌは、驚くサキョウを後目に解除したトラップへと歩み寄っていく。
「なにやってるの、イレエヌ」
「んー、ちょっとそこで待ってて」
首を傾げるティエル達を気に留めることもなく、彼女は暫く作業を続けていた。やがて笑みを浮かべて振り返る。
「よしっ、これでこのトラップは元通り! ああ、そうそう。死にたくなければ近付かない方がいいわよ」
「……一体何をやっていたの?」
イレエヌの不可解な行動に興味を示したティエルは軽い気持ちで近付いていく。
その刹那。目の前を矢が何本も通り過ぎ、横の壁に突き刺さった。あと数センチで死んでいたかもしれない。
「危ないなぁ、もう! だから近付かない方がいいって言ったじゃない!」
「あ……あわわ……どうして折角解除したトラップをわざわざ丁寧に元に戻すのよう!」
「一流のトレジャーハンターはね、遺跡を攻略したらトラップは元に戻すんだ。墓荒らしに狙われないようにね」
がたがたと震えながら固まっているティエルに向かって、イレエヌは軽くウインクを披露した。
「トラップ仕掛けた方も大変だっただろうし。また誰かに挑戦してもらいたいし。なんと言っても一番の理由は、
アタシが解いたトラップを墓荒らし達が簡単に通過していくってのが、面白くないだけだったりするのかもね」
「ふぅん、なるほど。意外に誇りを持っているんですのねぇ」
感心したようなよく分からない声を発すると、リアンはイレエヌのトラップを元に戻す作業を見つめていた。
そしてリアンの手には、ちゃっかり一つだけ頂戴してきた黄金のネックレスが握られている。
「未知なる宝を求めるトレジャーハンターというのも、なかなかロマンチックかもしれませんわ」
「でしょ? でも体力勝負の部分が大きいから、あんたみたいなひ弱いお姉ちゃんには無理だと思うけどね!」
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「わぁーっ、外は満天の星空! 月明かりもあるし、これならちゃんと町に辿り着けそうだね」
出口に近付くとティエルは駆け出し、きゃっきゃと楽しそうにはしゃいでいる。
遺跡に入る前までは月明かりすらなく物寂しい空だったのだが、今は夜空に沢山の星達が煌めいていた。
四人全員が遺跡から出ると、最後尾を歩いていたイレエヌは入口付近のトラップを元に戻す。
「これで今からこの遺跡は、入った途端に頭から毒ガス噴射の歓迎よ」
くるりと振り返り、手を軽く叩いてイレエヌが笑った。
「まぁあんた達は二度とここには来ないと思うけど。……そういえば、あんた達の名前を聞くの忘れてたわ」
「わたし、ティエル。ありがとうイレエヌ。あなたのお陰でこうしてメビウスの指輪が手に入ったよ!」
「私はリアンと申しますの。とりあえずトラップ解除のお礼は一応言わなくてはいけませんわね」
「そしてワシはサキョウだ。もしもイレエヌがトラップを全て解除してくれていなかったら、
ワシらは今頃入口で毒ガスを噴射されて死んでいたかもしれんなぁ。それを考えると本当に感謝せねばならん」
「……縁起でもないこと言わないで下さいな!」
とんでもない事を言いながら、わははと豪快に笑うサキョウは、腕を組んだリアンに睨まれてしまう。
それからイレエヌは三人を見回すと、にっと笑みを浮かべて親指を突き出した。
「アタシはイレエヌ。世界一のトレジャーハンターとは、このアタシのことよん」
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軽快な足取りで一行が町長の家に向かうと、家の前では途方に暮れた顔付きの町長がぽつんと座り込んでいた。
青い顔をしながら扉の前で項垂れていた町長は、ティエル達の姿を発見すると大きく目を見開く。
「ぎゃーっ、出た! 幽霊が出たっ。ワシを恨んで化けて出てきたのか!? おお……許してくれ!」
「町長さん?」
「すまん! ワシが止めていれば、こんな前途ある若者達を死なせてしまうことはなかったのに……!」
「あのう……聞いてる?」
完全にティエル達がレヌール遺跡で死んでしまったと町長は思い込んでいるようである。
腰の抜けた町長はぶるぶると震えながら後ずさっていった。
「町長さんったら、わたし達のどこが幽霊に見えるの? ほら見てよ、ちゃんと生きてるって。
ご覧のとおり無事に遺跡から戻ってきたんだよ。せっかく借りた鍵を返しに来たのに幽霊扱いはひどいよー」
懐から鍵を取り出したティエルは、大げさに恐れる町長に苦笑を浮かべる。
「数日前に行方不明になったエルフ族のトレジャーハンターさんも、ばっちり連れて帰ってきたんだよ」
「やっほー。ちょっと攻略に時間は掛かっちゃったけど、レヌール遺跡は一応制覇したつもりよ!」
ティエルの背後から、おどけた台詞を口にしつつイレエヌがひょこっと顔を出した。
その顔を見た途端、今度こそ町長は化け物でも目にしたかのように絶叫して後ろにひっくり返ってしまう。
「あ! おねえちゃんだ……イレエヌおねえちゃんが帰ってきた!」
既に夜も更けているのだが、よほど心配して眠れなかったのだろう。
ひっくり返ってしまった町長を宥め、館の中に入ったティエル達に向かって町長の息子が駆け寄ってきた。
「どこに行っていたんだよ、心配してたんだよ? おねえちゃん、二度と帰ってこないのかもしれないって」
「あれ? チビ、まだ起きてたの? だからぁ、アタシはレヌール遺跡に行くって言ってたじゃない」
イレエヌに飛びつき、早くもぐすぐすと鼻を鳴らし始める町長の息子に、思わず呆れてイレエヌは口を開く。
「ほんのちょっとだけ、脱出に手間取っちゃっただけよ」
「……えー、ちょっとかなあ」
イレエヌの言葉に、思わず首を傾げるティエル。
腕にはダントゥに殴られた青あざがいくつも残っている。身体中至る所が痛々しい打撲だらけであった。
これがイレエヌの言う『ちょっと手間取ってしまった』程度のことなのだろうか。
「ちょっとどころの話じゃないような気がするんだけど」
「い、いいのよ。アタシにとってはほんのちょっとだったの! 冒険には危険がつきものなんだから」
「……そのちょっとの出来事で私達は死にそうな目に遭ったんですのね」
「どうやら彼女に言わせてみると、そういうことになるらしい」
青い顔をして、げっそりと疲れた果てた様子のサキョウである。
「あなた達も無事で本当に良かった! さぁさぁ、お疲れでしょう。今日は是非この家にお泊まり下さいな」
同じく寝ずに待っていた町長夫人がティエル達を快く出迎えてくれた。
「あなた達が帰ってくるまで、主人は家に入れないつもりでしたけど。本当に無事でよかったわ!」
「ふーん。だから町長さん、家の外に追い出されていたんですのね」
町長夫人の言葉に、意地の悪い笑みを浮かべたリアンは小さく縮こまっている町長を一瞥した。
「うふふ、尻に敷かれっぱなしですわねぇ」
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