Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第4章 メビウスの指輪
第40話 そしてハイブルグ城へ
今夜の宿を提供してくれるという町長夫人の申し出を、ティエル達は喜んで受けることにした。
何しろ今日は大変な一日であった。初めての遺跡、悪魔族ダントゥとの戦い、イレエヌとの出会い……。
ティエル達の身体は既にくたくたである。
「あー疲れたぁ、足が棒だよ。ティエルはもう歩けませーん」
ふかふかの白いベッドに、ティエルは勢いよく飛び込んだ。柔らかい羽毛が疲れた彼女の身体を優しく包み込む。
シーツには洗濯したばかりの匂いが染み込んでいて、あの悪魔の遺跡から無事に帰ってきた幸せを実感する。
この部屋はティエルとリアンの二人だけであり、今頃サキョウは別室で眠っているのだろう。
「今回ばかりは私も死ぬかと思いましたわ。ヴァンパイアを相手にして勝利したことが奇跡なんですのよ?
とは言っても、ハイブルグ城でクウォーツさんを相手にした時の恐怖と比べたら、大したことないですけど」
少々むくんでしまった足に軽くマッサージをしてやりながら、リアンが溜息と共に呟いた。
ダントゥは手強い相手だったが、同じ悪魔族であるクウォーツに剣を向けられた時の方が心底恐怖した。
じわじわと心臓を氷が侵食していくような感覚は、冷徹なる王者の貫禄。ダントゥとは迫力が桁違いだった。
「……勝利したことが奇跡だったとしても、リアンは一緒に立ち向かったじゃない? ダントゥに」
ふふふと幸せそうな笑顔を浮かべたティエルはリアンを見上げる。
「殺されてしまうのかもしれない相手に、リアンだって最後……わたしと一緒に立ち向かってくれたじゃない」
サキョウもイレエヌも、ダントゥに勝てないと悟って脱出しようとしたあの時。
諦めきれず無我夢中でダントゥに向かって行ったティエルの後を追ってきたのは……リアンだったのだ。
逃げた方が賢かったのかもしれない。実に愚かなことをしたのかもしれない。
けれど、何故かティエルの心は清々しいのだ。
「あんな無鉄砲な行動なんて初めてですわよ。あなたと出会う前は、自分のことだけしか考えていなかったから」
リアンはそう言うとティエルに向き直り、その頭を二回ほどぽんぽんと軽く叩く。
「誰かのために自分の命を懸けるなんて、初めてですわ」
「わたしだって初めてだよ。城にいたときは、誰かのために自分の命を懸けるなんて考えもしなかった」
少々乱れた髪を撫でつけたティエルは、そのまま仰向けに寝転がった。
天井には優しい色合いのシャンデリアが飾られている。
ごそごそと懐を探りメビウスの指輪があることを確認すると、それを取り出して蝋燭の鈍い光に照らした。
「……どうしても、わたしはこの指輪をクウォーツに渡したかったの。彼に色々な世界を見てもらいたかった。
ただそれだけを考えてて、気が付いたらダントゥに向かって勝手に走り始めていたんだ。殆ど無意識だったよ」
「クウォーツさん、喜んでくれますわよ。それはもう全くの無表情でしょうけど……きっと喜んでくれますわ」
「うん」
「むしろ私達が命がけで手に入れてきた指輪なんですから、喜んでもらわないと困りますけどね」
「あはは、そうだね」
「さぁ明日からはハイブルグ城に向けて出発ですわ。早く寝なさいな。遺跡よりも恐ろしい場所なんですから」
そう言ったリアンは、一つ大きなあくびをするとベッドの中に潜り込む。
「あの怖いギョロイアお婆さんが色々と妨害してきますわよぉ。そんなものに負ける私達ではないですけど」
「うん、確かにそうだね。それじゃおやすみ!」
確かに明日からは険しい道のりになりそうだ。
決して怖くないわけではない。けれど、クウォーツとまた会える。そう考えるだけで自然と恐怖が薄らいだのだ。
ティエルはふっと蝋燭の火を吹き消すと、自分も静かに目を閉じた。
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早朝。
辺りを漂うひんやりとする霧に包まれながら、ティエル達は町長夫妻に礼を言って館を出た。
通りにはまだ誰も歩いていない。町の出口に向かって歩き始めたティエル達の背後から、足音が聞こえてくる。
「おはよう!」
振り返ると大きなリュックを背負ったイレエヌが、忙しない足音と共に息せき駆けてくるのが見えた。
「ティエル達がこんな早くに出発するとは思わなかったわ。折角だから、町の外まで一緒に行こうって思ってさ」
普段からピンピンとはねている赤茶の髪は、酷い寝癖のため更にぼさぼさになっている。
「おはよう、イレエヌも出発するんだ。てっきり二、三日くらいこの町にいるのかと思ったよ」
「まあね。それもよかったんだけど」
ティエルの言葉に頷いて、実にあっけらかんとした口調でイレエヌは言う。
「トレジャーハンターはいつでも、でっかい宝を求めて探求の旅に出るのよ。立ち止まっている暇はないわ」
「素敵ですわねぇ。私もこの旅が終わったら、トレジャーハンティングするのも悪くはないですわね」
イレエヌの大きなリュックを眺め、リアンが冗談か本気か分からないような事を呟いた。
「いい男をハンティング! ……なぁんてね」
「お前にゲットされる男は実に大変そうだなぁ……」
「何か言いまして?」
「う、うむ、何でもない」
リアンにぎろりと睨み付けられたサキョウは思わず小さくなる。
町の出口まで来たティエル達は一旦立ち止まった。外はまだまだ霧深く、聞き慣れぬ鳥の声が聞こえる。
「……よいしょっと」
リュックを軽く背負い直したイレエヌは、ティエル達とは反対の方向を指さした。
「それじゃ、アタシこっちだから。あんた達のことは忘れないわ。元気でね!」
「イレエヌも、元気で」
「またいつか一緒に、どこかの遺跡を攻略できたらいいわね」
イレエヌは一人一人と握手を交わすと、ぶんぶんと大きく手を振って霧の中を進んでいった。
霧に包まれて、彼女の姿はすぐに見えなくなる。
「……この町からだと、ハイブルグ城はずっと北西の位置になりますわね」
「クウォーツ、無事かな」
ティエルは懐に大切にしまっているメビウスの指輪を、服の上からその存在を確かめるように触れる。
確かな感触。指輪は、ちゃんとここにある。
「ギョロイアはあの青年を使って復讐を成し遂げようとしているのだろう? ならば、そう簡単には殺すまい」
表情の曇ったティエルの方を振り返り、サキョウは柔らかい笑みを浮かべる。
僧侶の身である以上、悪魔族の無事を祈ることは決して許されない。そしてサキョウは祈る気もなかった。
しかしティエルの悲しい顔を見るのは嫌だった。あの痛々しい表情を、もう二度と浮かべてほしくはない。
「行こう……!」
力強く頷くと、ティエル達は前へ進み始めた。
──ハイブルグ城へ。
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