Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第6章 遠い国から来た青年
第53話 港町オートラント -1-
「忌むべき悪魔族を神と崇め、あまつさえ信仰する邪教『サバトの福音』。その大司教ゲマの手にイデアはある」
シグン大僧正から入手した情報を頼りに、ティエル達は邪教サバトの福音の総本山を目指すことを目標とした。
目的地は海の向こうの大陸アンセム。サバトの福音を象徴する巨大な地下神殿が存在するのだという。
封魔石とは強大な力を秘めた石であり、使い方一つで国を滅ぼす力にも、国を作る力にも成り得る存在だ。
しかし誰もが扱えるというわけではなく、封魔石が主と認めた者にしか扱うことができない。
それでも欲に目が眩んだ多くの者達によって、今もどこかで封魔石を巡る血塗られた悲劇が起こっているのだ。
リアンはとある目的のために、イデアと呼ばれる封魔石を探し求めて旅を続けている。
国を取り戻すことを誓ったティエルの目的もまた封魔石であるが、彼女はイデアでなくとも構わなかった。
祖母達の愛したメドフォード王国を取り戻すことが出来るのであらば、どの封魔石であろうと構わなかったのだ。
ティエル達は現在、アンセム行きの船に乗るために港町オートラントへと辿り着いたところだ。
様々な行き先の船が出港しているだけあってオートラントはとても大きな港町であり、常に旅人で賑わう場所だ。
高い声で鳴くカモメが空を舞い、心地の良い潮風が港の方角から運ばれてくる。空は雲一つない快晴だ。
絶好の旅日和。町の屋根は全て赤や橙の暖色で統一され、洗練されたお洒落な都会の雰囲気を醸し出している。
道を行き交う人々も様々な人種だ。特徴的なヒゲを伸ばした者、頭に布を巻いた者、下着のように薄着をした者。
耳の尖ったエルフ族、毛深く背の低い筋骨逞しい者はドワーフ族。更に小柄でふくよかな者はホビット族だろう。
「わあ、さすが大きな港町だね! 色々な格好をした旅人が沢山歩いているよ。みんなどこから来たのかな?」
初めての港町に期待で胸を高鳴らせたティエルが、あちこちを物珍しそうに振り返りながら駆け回っている。
そのはしゃいだ様子は小さな子供のようにも見えて微笑ましい。
「わたし船に乗るの初めてだから楽しみだなぁ。……あっ、向こうに海が見えるよ!」
「楽しみなのはよく分かりますけど、そんな急いで歩くと転びますわよ。少しは前を向いて歩きなさいな」
「……と、言っているそばから転んでおるぞ! おいティエル、大丈夫か!?」
「やだちょっと、だから言ったじゃない。怪我はしていませんの? ティエルは本当に田舎者なんですから」
早速躓いて派手に転んでいるティエルに駆け寄ったリアンだったが、掠り傷一つ負っている様子はなさそうだ。
リアンの分の荷物を肩に担いでいたサキョウも慌てて駆け寄ってくる。
これは先日のカードゲームでリアンに負け続けてしまったため、サキョウは一週間彼女の荷物持ちとなっていた。
「だって本当にわくわくするんだもん! 船に乗るのが今から楽しみ……って、何やってるのクウォーツ?」
服に付着した砂利を払いながら身を起こしたティエルは、クウォーツの姿を瞳に映してからぎょっとする。
あまりにも周りが見えていなかったために、この港町に到着してから彼の姿を眺めていなかったことを思い出す。
クウォーツは頭から大きなタオルを被っていた。……本人は至って真剣なのだが、まるでタオルお化けのようだ。
「それはタオルお化けの仮装でもしてるの?」
「私は昼の町を歩いたことがない。髪の色、目立つだろ」
確かにクウォーツと行動を共にするようになってから、町に入るのは初めてである。
メドフォード関所のような宿と道具屋しか存在しない小さな宿泊所には道中何度か立ち寄ったが、規模が違う。
彼の青色をした髪は忌み子の象徴であり、最も不吉とされている。青い髪をしているだけで最早罪なのだと。
そんな髪を隠したい気持ちは分かるが、頭からタオルを被ったドレスコートの人物というのも怪しすぎる存在だ。
現に必要以上に目立っている。第一ここは様々な旅人達の集う港町、あからさまに差別をする者は少ないだろう。
これだけ多種多様の人種が歩いているのだから、髪の色などほんの些細な問題だ。
「ずっと頭にタオル被ったままでいるつもり? 大丈夫だよ、クウォーツ。もっと自信を持っていいんだから」
「……!」
苦笑を浮かべつつ、ティエルはクウォーツからタオルを奪い取る。
太陽の光に照らされて光沢を放つ彼の青い髪が露わになり、その鮮やかな色は道行く人々の目に強く焼き付いた。
一瞬だけ強張った表情を浮かべた者も何人か存在したが、やがて何事もなかったかのように通り過ぎていく。
忌まわしいとされる髪の色であっても、しきたりを重んじる閉鎖的な場所でなければ気に留めない者が多いのだ。
クウォーツとすれ違う者達は老若男女を問わず、驚いたような表情で次々と彼を振り返っていく。
こそこそと肘を突き合う者達や頬を赤らめている者達が多いことから、恐らく髪の色とはまた別の理由だろう。
人の多い港町ですら周囲の視線を我が物にしているクウォーツだが、当の本人は相変わらずの無表情であった。
「そうだ、そろそろ昼飯にしようではないか。朝食はパン三枚とサラダだけであったし、腹が減って仕方ないよ」
「サキョウったら、パン三枚とサラダを食べたら十分じゃないですの。仕方ないですわねぇ」
派手な音を立てて切なく鳴るサキョウの腹に、思わず苦笑を浮かべるリアン。
昼食の前にアンセム行きの船が何時に港を発つのか調べてからにしましょう、と彼女はウインク一つして見せる。
綺麗にカールした長いハニーシアンの髪を軽く払い除ける動作も相俟って、周囲を歩く男性達の目を引いていた。
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時刻表によると、次のアンセム行きの船が出るのは四時間後だ。
手早く予約と入金を済ませたティエル達は、昼食も兼ねて町を見物しようと一番賑わっている大通りへと向かう。
通りの左右に並んだ露天では色とりどりの果物や反物、工芸品や特産物などが威勢のよい声と共に売られている。
「ねえサキョウ、あのお店は何? あそこの剣が沢山並んでいる店!」
「うむ? ……ああ、あれは武器屋といってな。旅人達はああいった店で武器を買い揃えたりするのだ」
「武器屋っていうのかぁ」
迷子にならぬように腕をしっかりと絡めているティエルを、まるで父のような優しい眼差しで見つめるサキョウ。
娘と買い物をする父親の心境というのはこういうものなのだろうか。自然に頬が緩んでくる。
ティエルが指し示すのは、剣や斧、そして短剣に棍棒が立ち並ぶ店であった。なかなか上質な武器が揃っている。
「だがティエルが大僧正様から譲り受けた竜鱗の剣は、店に並ぶような代物ではないのだ。大切にするんだぞ?」
「はーい!」
一方リアンは、ふらふらと引き寄せられるようにアクセサリーの露店へと近寄って行った。
首飾りにチョーカー、指輪。イヤリングやピアスにブレスレット。金銀に輝くそれらが所狭しと並べられている。
彼女はその中でもカーネリアンの石が嵌った首飾りをお気に召したようだ。彼女の瞳とよく似た色であった。
「ひひひ……お嬢ちゃん、その首飾りを気に入るとはお目が高いねぇ」
頭から黒いフードを被った老人が、にやりと笑みを浮かべた。まるで物語に登場する魔法使いのような老人だ。
この老人が店主なのだろう。看板をよく眺めてみると、どれも魔法効果の付いた魔法アクセサリーのようだった。
「その首飾りは、炎の魔法に対する防御力を少しだけ高めてくれる効果があるんじゃよ。
お嬢ちゃんなかなかの別嬪さんだから、半額にしてもいいが……隣の青い髪の彼氏に買ってもらうのかい?
それにしても男とは思えないほど美人な彼氏じゃなぁ」
老人の視線の先は、リアンの隣で興味がなさそうにアクセサリーを眺めていたクウォーツである。
「ちょっと、変な勘違いをしないで下さいます? この人は彼氏でもないし、その上ただの文無し男ですからね」
「ひひひ、そりゃあ大変失礼をした。……あまりにもお似合いのお二人さんだったからのう」
「お代はここに置いておきますわ。行きますわよ、クウォーツさん……って、何で先に行っちゃうんですのよ!」
「並んで歩けば、また失礼な勘違いをされるかもしれないだろ」
代金を支払っているリアンを置いて足早に歩き始めていたクウォーツは、振り返りもせずにそれだけ口にした。
「失礼はこちらの台詞よ、本当に可愛くない性格の男ですわね。私を置いて行かないで下さる!?」
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大通りを抜けて噴水広場まで辿り着くと、ベンチに腰掛けて休息を取る旅人達の姿があちこちに見受けられる。
人の多さに少々疲れを覚えたティエルは一つ溜息をついた。
「やっぱり港町は人が多いね。うちの国の剣術大会の時と同じくらいに人が多いや」
「メドフォードの剣術大会ですの?」
「うん。いつも一般客席に紛れ込んでこっそりと観戦するんだけど、人の多さに迷子になったこともあるよ」
その後は当然、ゴドーや近衛兵長からのお説教タイムである。
散々心配を掛けたのだから当然であるが、やはり剣術大会は臨場感溢れる一般客席で観戦したいのが本音だった。
「メドフォード剣術大会はなかなか有名でな、その時期は我がベムジン寺院でも何度か噂を聞くことがあるぞ」
「ベムジンでも?」
「そうだ、優勝者は正に真の剣士。ティエルも参加したかったのではないか?」
「何を言っているんですの、仮にも一国のお姫様が参加したら色々と問題が起こりますわよ。ねえティエル?」
「う、うん。そうだね……」
噴水の縁に腰掛けるリアンにカーネリアンの瞳を向けられて、ティエルは思わず上擦った声を発する。
実は参加をしようと思ったことが何度もあった。変装をすれば大丈夫だろうと思ったが、実行に移せてはいない。
「そろそろ喉も渇きましたし、サキョウの空腹も限界でしょうから……どこかお店に入りません?」
「よしきた!」
「わたし足がくたくただよー」
リアンの言葉に待ってましたとばかりに顔を上げるサキョウ。空腹のあまり倒れそうだと己の腹を押さえている。
そんな彼に苦笑を浮かべつつ、ティエルは片手を上げながら頷いた。
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