Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第6章 遠い国から来た青年

第62話 カリュブディス神殿 -3-




「眩き光よ、貫く刃となりて大地を引き裂かん。ライトニングサンダー!」

リアンの鈴を転がすような声が静寂を帯びた神殿内に響き渡り、同時に眩い光の帯が炸裂した。
水晶の壁に反射して勢いよく弾け飛んだそれは、魔力で生み出された電撃だ。炎と並んで得意魔法の一つであった。
彼女の挑発でいきり立って向かって来た魚人族五名に、電撃は見事に直撃する。


「あーら、大きな口を叩いていた割にはもう終わりなんですの? ……全然手ごたえがありませんわねぇ」


黒い煙を発しながら次々と倒れていく魚人をどこか物足りない様子で眺めながら、ハニーシアンの髪を払いのけた。
必要以上に開いたスカートのスリットから、すらりとした足を惜しみなく披露しながら仲間達の元へと向かう。
リアンの魔力の凄まじさを今更ながら改めて思い知ったティエルとサキョウが、目を丸くしながら彼女を迎えた。


「やったねリアン、すごーい!」
「お前は頼りになるなぁ」
「ふふふ、当たり前でしょう? これなら私一人でもカリュブディスとやらの元に辿り着けそうですわ」

「……へぇ、なかなかやるね。あとは魔法を発動する際の手首を回す癖を控えたら、もっと良くなると思うよ」
「え、私ったらそんな癖がありますの?」
「自分では気付いていないようだね。その癖が魔法発動まで若干のタイムラグになっているみたいだ」


まるで天使のような笑顔、という表現がぴったりである微笑みを浮かべながら歩み寄ってきたのはジハード。
彼の手には虹色に輝く『魔本リグ・ヴェーダ』が抱えられている。
一人の魔術師としてリアンの魔力を素直に称賛しているのだろう。そして彼女の悪い癖も的確に見抜いていた。


「今日は絶好調ですわ! ……私の活躍をちゃんと見てくれました? 先程から何もしていないクウォーツさん」


満足げに豊かな胸を揺らせて見せ、リアンは水晶の上に浅く腰掛けているクウォーツへと顔を向けた。
彼は先程から剣も抜かずにティエル達の戦いを黙って眺めているだけであった。戦闘に参加する気がないらしい。
リアンに顔を向けられてクウォーツはちらりと彼女を一瞥したが、何も言わずに視線を外しただけであった。

「ねぇクウォーツさんったら! 聞いているんですの?」
「何か言ったか」
「だから、私の活躍見てくれましたかって聞いているんですの!」
「ああ」

憤慨したように近寄ってくるリアンに再び顔を向けたクウォーツは、面倒だという態度を隠すことすらしない。

「……だったら何か感想を言いなさいよ」
「興味がないことに対して感想を求められても困る」
「なんですって!? あなたも少しは戦いなさいな、本当に可愛くない伯爵様ですわね!」

「これリアン、あまり大声を出すでない。騒ぎに気付いて魚人兵達がまた集まってくるぞ」

顔を真っ赤にさせながら掴み掛かろうとするリアンを、無表情のままひょいと軽くかわしているクウォーツ。
そんな二人をいつものことだと暫く眺めていたサキョウであったが、やがて仲裁に入るために歩み寄って行った。


「ねぇ……ジハード、っていったよね。名前」
「うん?」
「あなたは魚人族じゃなくて人間だよね。そんなあなたが、どうして魚人族ばかりの海底神殿にいるの?」


無邪気ゆえの、ティエルの無遠慮な質問である。
彼女に問い掛けられたジハードは口元に笑みを残したまま振り返るが、スカイブルーの瞳は全く笑っていない。
晴れ渡った青空を連想させる瞳なのに、こんなにも寒気を覚えるのは何故なのだろうか。

暫く迷ったように視線を宙に向けていたジハードであったが、やがて観念したのか溜息と共に口を開いた。


「隠す意味もないから言うけど……罠に嵌められてさ、一年前からこの海域に閉じ込められているんだよ」
「一年前から?」

「ぼくは確かにあなたの言うとおり人間だよ。普通の人間よりも少しだけ高い魔力を持っているだけの人間だ。
 そんなぼくが魚人達の住処である海底神殿にいることを、あなたが疑問に思っても仕方がないことだと思うよ」

そう口にしながらジハードは指先に虹色に輝く魔力を集めてみせる。
普通の人間よりも少しだけ高い魔力、と彼は言っているが、少しなんて程度ではない。明らかに桁違いであった。
いつの間にか喧嘩を終えていたリアンや仲裁をしていたサキョウも、ジハードの話に聞き入っていた。


「ジハードは元々ここに住んでいたわけじゃないの?」
「あはは、まさか。……話すと長くなるから省略するけど、罠とは知らずにぼくは神殿に誘き出された。
 簡単に他人を信用すると痛い目に遭うという、いい教訓になったよ」

「神殿に、誘き出された……」

「パンドラの箱っていうのはね、誰でも簡単に開けられるものじゃなくてさ。
 魔力の波長やその他に色々と条件があって……とても困ったことに、ぼくが鍵にぴったりと該当してしまった。
 カリュブディスはパンドラの箱を開けるために、最初からぼく一人を誘き寄せることだけが目的だったんだ」

雫の落ちる音が鳴り響く。
辺りは奇妙なほど静まり返り、ジハードの自嘲気味な声だけが神殿内に不気味な余韻をいつまでも残していた。
まるで光の糸のような白い髪に軽く手を触れ、彼はティエル達から視線を外す。


「そんなわけで。鍵として契約させられたぼくは、箱の引力のためにこの海域から出ることができないんだ」

「出ることができないって……あなた、パンドラの箱を開けることができますのよね?」
「うん」
「それなら、自由にしてほしいって箱に願えばよかったじゃない? どんな願いでも叶えてくれるんですから」

名案を思いついた子供のように、満面の笑みでリアンは両手を叩いた。
しかしジハードは苦笑を浮かべてふるふると首を振る。その拍子に彼の額に貼られた青い札が力なく揺れていた。


「……残念ながら鍵であるぼくが箱を開けたとしても、自分の願いを叶えることは決してできないんだよ」


響き渡るジハードの声。重く響いているのは果たして神殿内であるのか、それともティエル達の心の中なのか。
それほど彼の台詞は絶望と諦めに満ちていたのだ。口にした当人は、あんなにも軽い笑顔であったのに。
何と言葉を掛けていいのか分からない。どれほど彼は心細かったのだろう。どれほど彼は悔しかったのだろう。
重く静まり返ってしまったティエル達の様子に気付いた彼は、場を取り繕うようにおどけて片手を振って見せた。


「ごめん、あなた達に話すような内容じゃなかったね。今の話は忘れてくれると嬉しいな。さぁ先を急ごうか」
「あ……」

「この水晶の廊下を真っ直ぐに進むと、やがてカリュブディスの部屋に到着するんだ。
 あいつは地上から攫ってきた人間達の中でも、特にお気に入りの者を常に周囲に侍らせている悪趣味な奴だよ」

何かを口にしかけたティエルの声を遮るように、ジハードはくるりと踵を返しながら水晶の廊下を指し示した。
先程の魚人達の台詞から察するに、ジハードもカリュブディスの『お気に入りの人間』に含まれるのだろう。
……しかし彼は顔に似合わず、カリュブディスの言いなりになるような大人しい性格の青年ではなかったのだ。


「ジハードはどうしてカリュブディスを倒したいの? 海王を倒せば自由の身になれるわけでも……ないよね?」
「あなたは先程からなかなか遠慮がない質問ばかりするなぁ」

再びティエルの素朴な疑問がジハードに向けられた。彼女は疑問に思ったことはすぐに口にする性格である。
勿論リアンやサキョウも彼に対して疑問は山ほどあったが、彼の持つ雰囲気に飲まれて何も聞けないでいた。
良く言えば純粋な、悪く言えば無遠慮すぎる質問であるが、リアン達は内心よくやったと思っていることだろう。

しかしジハードは柔らかな苦笑を浮かべただけで、質問に対してそれほど気分を害してはいないようだ。


「確かにカリュブディスを倒したところで、パンドラの箱との契約が無効になって自由になるわけじゃないよ」
「だったらどうして?」
「騙されて罠に嵌められっぱなしのまま大人しくしているほど、ぼくはお人好しではないんだよ。
 やられたら、倍にしてお返しするのがぼくの流儀だ」

その上カリュブディスって我が侭ばかり言ってくるし、とジハードは年相応の若者らしさを見せながら笑った。
その笑顔があまりにも惹き込まれそうになるほど魅力的で、ティエル達はぽかんとした表情で彼を見つめていた。
何を考えているのか分からない不思議な青年であるが、こういう表情を見ていると普通の青年なのかもしれない。


「ふぅん……そうなんだ」
ティエルの中で漸く何かが満足したようだ。それ以上質問を続けることはせずに、彼女はジハードを見上げた。

「ほんの少しだけどジハードのことが知れて嬉しいな。友達になるためには、まず相手のことを知らなくちゃね」


「え? 友達って」
「うん、友達。違うの?」

「や、その……自分で言うのもなんだけど、ぼくって結構信用ならない胡散臭いやつでしょ」
「そうかなぁ。わたし達をダゴンから助けてくれたし、海底神殿にだって連れてきてくれたじゃない」

「それは単に利害関係が一致したからであって、別に助けたわけじゃないんだけど」
「たとえそうだったとしても、わたしは嬉しかったよ」


ジハードの言い訳じみた台詞など、全く気にしていないようにティエルはあっけらかんとした様子で答えていた。
このまま何を言っても彼女には好意的に捉えられてしまうだろう。
こんなにも幼い少女の言葉にむきになっている自分が妙に照れくさくなり、思わずジハードは彼女に背を向ける。

どうもこのティエルという名の少女と話していると、向こうのペースに乗せられてしまって調子が狂うのだ。


「どうしたの、ジハード? 早くカリュブディスの部屋に向かおうよ。置いていっちゃうよー」
「え!? ちょっと先に行かないでったら!」

ジハードが考え事に没頭している間に、ティエル達は既に水晶の廊下を先に向かってすたすたと歩き始めていた。
頭を振って先程までの思考に終止符を打つと、ジハードは青い衣装を翻しながら後を追っていく。


(この者達とも、どうせすぐにお別れなんだ。何をそんなに慌てているんだぼくは……らしくないなぁ)





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