Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第7章 みそらで嗤う道化師

第72話 眠らぬ港町アモール -2-




クウォーツを追いかけるような形でリアンが走り去ってしまったので、ぽつんと港に残されたティエル達三人。

しかしいつまでも呆然と立ち止まっているわけにもいかず、本来の目的である情報収集を始めなければならない。
二時間後にこの場所で落ち合おうと言っていたのはリアンである。
ならば二時間後に再びここへ戻ればリアンやクウォーツと合流できるだろう。二人が共に行動していれば、だが。


「それじゃあ、わたし達も行こっか」
「うむ。ティエルとジハードは迷子にならぬように、くれぐれもワシから離れるんじゃないぞ!」
「えー……子供扱いしすぎだよ。ティエルはともかく、成人済み男子のぼくに向かってそれはないんじゃないの」
「残念ながらワシから見れば、お前もティエルも同じようなものだがなぁ」


そんな会話を続けながら港を抜けて大通りへと辿り着く。
夜でも多くの観光客で賑わう商店から、色とりどりの光が溢れている。同時に食欲をそそる料理の香りも漂う。
店先に並んでいる美しい織物や絨毯。見たこともないような珍しい模様は、遥か遠い国からの輸入品だろうか。
船員から聞いた話によると、アモールは世界中から貨物船が集っており、買い物目的の観光客が多いのだという。

できることなら、並んでいる全ての店を覗いてみたい。
メドフォード城の外へ殆ど出ることのなかったティエルにとって、港町アモールの全てが魅力的に映っていた。
このままでは情報収集を忘れてしまいそうである。一人ではなくサキョウやジハードが一緒で、本当によかった。


「夜なのにすごく賑わってるね。みんな色々な国から来たんだろうな」
「これだけ人が集まっているなら、その……なんだっけ、サバトのなんとかっていう情報を集めやすそうだね」
「サバトの福音だよー。人が多く集まっていて、情報を集めやすそうな場所ってどこなんだろう?」

周囲を物珍しそうに眺めながら歩くティエルとジハード。傍目から見ると仲の良い兄妹のようにも見える。
背後をゆっくりと歩いていたサキョウは、そんな様子を微笑ましく見守っていた。


「旅人達が多く集う場所といえば、酒場じゃないかな。あそこなら皆酔っていて、口も軽くなっているだろうし」
「ジハードって物知り! わたし酒場は行ったことがないなぁ。どんな場所なの?」
「二人とも、酒場など危険な場所に行ってはいかん!」

ジハードが何気なく発した台詞に、突然サキョウが驚いた表情を浮かべながら彼の両肩をむんずと掴んだ。

「うわっ、急にどうしたんだいサキョウ。びっくりしたじゃないか」
「夜の酒場はならず者達が集う場所なのだ。お前達の保護者として行かせるわけには……ってこれ、待たんか!」

「なんだか危険な場所って言われると、余計に酒場が気になってきちゃった。行ってみたいな」
「大丈夫だって。サキョウは大げさだな、そこまで言うほど怖い場所でもないよ。ぼくも割と通っていたしさ」
「もしかしたら揉め事に巻き込まれるかもしれんというのに……あっ二人とも、ワシを置いて行ってはいかん!」


サキョウがぶつぶつと一人で呟いている間にも、ティエルとジハードは酒場に向かって勝手に歩き始めていた。

海竜のくつろぎ亭。
どうやらここ港町アモールで一番大きな酒場らしく、酒場周囲に設置されたテラス席も満席で大賑わいである。
顔を真っ赤にしてビールジョッキを片手にした男達、大笑いをしながら陽気に踊る者、そして談笑する冒険者達。

頑丈な木で作られた窓枠からは橙色の光と野太い男の笑い声が洩れ、ティエルの肩が一瞬だけびくりと震えた。
木製の扉を前にして、なかなか開くことができないでいるようだ。


「どきどきするなぁ。一体どんな人達がいるんだろうね」
「ティエル、ワシから決して離れるでない。一瞬たりとも油断をしてはいかん。身包みを剥がされてしまうぞ」
「……サキョウの中で、酒場は一体どんなイメージになっているのやら。ほら二人とも、行くよ」

完全に怖気付いてしまっているティエル達二人を苦笑して眺め、ジハードはあっさりと酒場の扉を開いてしまう。


その途端、むわっと咽返るような焼き料理の匂いと煙草の臭い。あちこちから聞こえてくる男達の笑い声。
卓を囲む男達の格好も様々であった。まるで世界中の国からこの酒場に人が集っているような錯覚すら起こす。
テーブルとテーブルに挟まれた細い通路を、幾人の給仕達が忙しなく酒を運んで走り回っていた。

空いているテーブルはないものかと、堂々と進んでいくジハードの背に隠れるようにティエル達も歩き始める。
そんな彼らの様子は、この様々な者達の集う酒場でも異様に目立っていた。早速好奇な視線を向ける男達。


「……おいおい、ここはお嬢ちゃんみてぇなガキが来るような場所じゃねぇぞ?」
「よく見てみろよ、お兄ちゃんとでけぇパパも一緒だぜ! 酒場に家族連れで来るなんて、ピクニック気分かよ」
「ガタイの良すぎるパパさんよぉ、ここはオムライスやハンバーグなんてメニューはねぇんだよ」

どうやら親子連れと勘違いをされているようだ。
酔いの回った男達にはジハードとティエルは兄妹に見え、そしてサキョウはその二人の父親に見えたのだろう。
彼らの言葉を耳にしたサキョウは、まだ清い身体なのに父親だなんて、とショックを隠しきれないでいる。


「あのさあ」
「へへへ、何か用かいイケメンのお兄ちゃん。妹とパパを連れて、ケツの青い若造はさっさとお家に帰んな」
「あなたが今飲んでいるのって、ラムビールだよね。……そんな水みたいな薄いお酒なんか飲んでて美味しい?」
「なんだと!?」

何を思ったのか突然ジハードは男達のテーブルに歩み寄り、手前の赤ら顔の男を挑発するように笑みを浮かべる。
彼の視線の先は男の手に握られたビールジョッキの中身であった。紫を帯びたビールはラムビールの特徴だ。
特に薄くもなく濃くもない一般的な酒なのだが、ジハードは水のような薄い酒だと言い放ったのだ。

ティエルとサキョウの二人は彼の意図が読めずに、おろおろとした様子でただ顔を見合わせるだけであった。


「なかなか言ってくれるじゃねぇか、兄ちゃんよぉ。それならこっちの酒がお前に飲めるのかってんだ」
「うん?」
「暴れ回る龍ですらたった一口で酔い潰してしまうという強烈な酒だぜ。仲間内ではオレしか飲めない酒で……」

赤ら顔の隣に座っていたのは、浅黒く日焼けした髭の男。
男の傍らには白濁した液体のボトルが置かれており、彼はにやりと笑みを浮かべながらグラスを差し出していた。
だが男が台詞を言い終わらぬうちに、ジハードは差し出されたグラスを奪い取ると中身を飲み干してしまう。

「ジハード!?」
「げえっ、一気に飲み干しやがった!」
「お、おいジハード……そんな恐ろしい酒を一気に飲んで大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ、よく飲んでいたから。さすが銘酒と言われる龍殺しだね。美味しく頂いたよ、ごちそうさま」


思わず唖然とするティエルや男達。しかし飲み干したジハードの様子は特に変わることもなく、平然としている。
恐る恐るサキョウが声を掛けるが、どこか物足りなそうな表情すら浮かべている。意外にも彼は酒豪であった。
暫くの間呆然とした表情を浮かべていた男達だったが、やがて愉快そうに笑いながらジハードの肩を叩く。

「なんだ、顔に似合わず肝が据わったお兄ちゃんじゃねぇか!」
「その飲みっぷり、気に入ったぜ。そっちのパパと妹もこっちに来いよ。一緒に飲もうぜ」
「誰かお嬢ちゃん用にジュース頼んでやってくれや」

途端に好意的になる男達。単に酒に強い人物が好きなだけであった。……少なくとも悪い人間ではなさそうだ。
彼らに封魔石イデアやサバトの福音について尋ねたら、何か答えてくれるかもしれない。
ティエルに向けて、ジハードはちらりと視線を送る。聞きたいことがあるなら今がチャンスだという意味だろう。


「あのね、おじさん達に聞きたいことがあるの!」
「ん? どうしたお嬢ちゃん」
「封魔石イデアか、サバトの福音について何か知ってる? この大陸に深く関わってるって聞いたんだ」

目の前に置かれたオレンジジュースを見つめながら、ティエルは恐る恐る言葉を発した。
男達は暫くグラスを持つ手を止めて顔を見合わせていたが、やがて、お嬢ちゃん達も志願者かと笑みを浮かべた。

「……志願者って?」
「ほら、アリエス博士がハンターギルドに募集をかけていただろう? 腕に自信のあるハンターを募集ってな。
 邪教サバトの福音に奪われたイデアを、共に取り戻しに行ってくれないかって。賞金額はなんと一千万リン!」

「アリエス博士も気の毒だよなぁ。……やっとのことで手に入れた封魔石を、邪教に奪われちまうなんてさ」
「でもサバトの福音といえば、狂気じみた信者がわんさかいるって話だぜ。取り返すのは難しいんじゃねぇかな」


口々に話し始める男達の会話を、ひとまず整理してみる。
アリエス博士という人物は、魔物考古学の界隈では有名な学者らしい。そして変わり者でも有名なのだという。
博士は古代アイテムのコレクターでもあり、封魔石は彼の大切なコレクションの一つだったそうだ。

そんな大切な封魔石が約半年前に盗まれてしまったのだ。
犯人は分かっている。分かってはいるが、サバトの福音は危険な邪教ゆえに手出しができないでいるのが現状だ。
そのため博士はギルドに依頼を出した。邪教から共に封魔石を取り返してくれる、強力なハンターを求む、と。


「一千万リンの賞金を払ってでも取り返したい封魔石イデアって……凄いんだね」

ティエルは改めて封魔石の価値を思い知るが、そんな賞金を提示させられては志願者が後を絶たないだろう。
もしかしたら既にアリエス博士は、多くの強力なハンター達と共にイデアを取り返しているのではないだろうか。
そんなティエルの不安に気付いた男の一人が、からからと笑って言った。


「安心しろよ、まだ募集は締め切られてはいねぇ。博士は志願したハンター達にとあるテストを出すんだけどよ」
「そのテストが滅茶苦茶難しいって話だ。変わり者のアリエス博士のお眼鏡に適う奴は、未だにゼロってやつだ」
「えぇーっ!? そんなに難しいんだ……わたし達にクリアできるかなぁ」

「答えは簡単じゃないか、ティエル」
思わず肩を落としたティエルに向けて、銘酒龍殺しが並々と注がれたグラスを手にしたジハードが不敵に笑った。

「クリアできるかなぁではなくて、どんな手を使ってでもクリアするんだよ」





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