Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第7章 みそらで嗤う道化師

第74話 眠らぬ港町アモール -4-




集合場所となる港の積荷の前。
大きな木箱が幾重にも重ねられたその周囲は、通行人の数も疎らだ。待ち合わせの場所としては申し分ない。
ティエルは積荷の一つに浅く腰掛けながら、リアン達を待ちつつ足をぷらぷらと所在無げに揺らし続けている。

サキョウとジハードは先程からよく分からない会話を続けており、ティエルは暇を持て余していたのだった。


「うーむ……ワシとしては、おなごの魅力は髪だと思うのだ」
「その割には、女性に対するサキョウの視線は太腿に行きがちだと思うけど。気付いていないと思ったかい?」
「そ、そんな破廉恥な視線をワシがするわけなかろう!?」
「あなたはムッツリスケベの類だろ」

彼らはティエルが理解できないメンズトークで盛り上がっていた。退屈だ。
そろそろお腹が空いてきた。ここの名物料理は何だろうか。海の幸が豊富ならば、シーフードピザが食べたい。

夕飯はリアン達と合流してから取ることになっており、ティエルは落ち着かない様子で彼女の姿を探していた。
背後の港からは出港する船に乗った船員達の掛け声が響いてくる。
これからあの船はティエルの見知らぬ地を巡り、そしていつの日かこの港町アモールへ再び戻ってくるのだろう。

そんなティエルの瞳に、角を曲がって真っ直ぐこちらに向かってくる人影が映った。
青い髪にすらりとした長い手足、黒のドレスコート。遠くからでも人目を引く存在は、勿論クウォーツである。
クウォーツ、と嬉しそうに呼びかけ駆け寄っていくティエルだが、彼に背負われているリアンを見て首を傾げた。


「リアン、どうしたの!?」

ティエルの発した素っ頓狂な声に、雑談を続けていたジハード達も振り返る。
いつものように無表情のクウォーツに背負われているリアン。改めて眺めてみると、なかなか不思議な光景だ。
ただでさえ目立つ容姿の二人は、更に通行人の目を引いていた。しかし何故こんな状況になっているのだろうか。

「話すと長くなるんですけど……色々とありまして、足首を捻ってしまったんですのよ」
「たった二時間で何があるというのだ。大方クウォーツを追っていて、足元も見ずに転んでしまったのだろう?」
「そんな間抜けなことはしませんわ! ちょっとクウォーツ、この失礼な脳筋ゴリラに説明して下さいな」

溜息と共に呟いたサキョウの言葉をリアンが聞き逃すはずもなく、早速形の良い眉を吊り上げている。
しかしクウォーツはそんな騒ぎ続けている彼女を気にも留めず、無言のままどさりと乱暴に木箱の上に降ろした。
もっと優しく扱いなさいよと再び文句が飛ぶが、これだけ騒ぐ元気があるなら心配はいらないだろう。


「まぁ深く詮索はしないでおくよ。……それよりも足首見せて。早めに治癒魔法をかけた方が治りも早いし」


リアンのクウォーツに対する呼び方が、クウォーツ『さん』ではなくなっている。
勿論逸早くジハードは気付いていた。ほんの些細な違いだが、そこに付随する意味は大きいように感じられた。
だが今はあえて触れないでおこう。必要以上に追求して彼女をからかうのも楽しいのだけど、今は治療が優先だ。


「二人が仲良くなってくれれば、リアンの愚痴も若干減るだろうし。聞かされるぼくとしては喜ばしいことだよ」
「べっ……別に仲良くなったわけじゃありませんわ! ……といいますか、愚痴とは何ですのよ」
「ふむ、軽い捻挫かな。クウォーツは無駄に足長い上に歩くの速いから、女性は追いつくだけでも大変だろうね」

「人の話を軽やかに聞き流さないで下さいな。やっぱりいい性格していますわね、あなた……」


暫くリアンの怪我の様子を調べていたジハードは、これならすぐに治せるよ、と言って笑ってみせる。
温厚そうな好青年に見えるが、さりげなくリアンの愚痴は聞き流されていた。顔に似合わず肝が据わっている。
ジハードが彼女の左足首に手を触れると、淡い緑色の光が発せられ、腫れている部分を優しく包み込んでいった。

治癒魔法。
対象者の治癒力を大幅に高め、癒すことのできる魔法である。術者の魔力によってその効力は大きく異なるのだ。
医者や僧侶の中には治癒魔法を心得ている者も存在するが、擦り傷を数十分かけて治すような程度の魔法だった。
しかしジハードは、ほぼ一瞬で擦り傷や捻挫を治してしまう。それだけ彼の魔力が並外れて高いのだといえる。


「これでもう大丈夫だよ。大事を取って、暫くは激しい動きをしないようにしてね」

恐る恐るリアンは木箱から降りて足を着ける。先程まであんなにも腫れていたというのに、全く痛みを感じない。
治癒魔法とはなんて便利なものだろう。習得したいのは山々だが、これには生まれ持った素質が関係している。
そんなジハードを、サキョウはどこか羨ましそうに見つめていた。

「……ん? どうしたんだい、サキョウ」
「ワシも治癒魔法を使うことができればなぁ。皆の心と身体を癒す役目は、本来僧侶の仕事だというのに……」
「僧侶は僧侶でも、サキョウは武闘家であるモンク僧だろ。人には適材適所というものがあるからね」
「そうだよー、サキョウには体術っていう凄い武器があるんだから自信持って!」

落ち込んでいるサキョウを励まそうと、ジハードに続いてティエルまでもが割って入るが彼の表情は晴れない。
気持ちは分からなくもない。目の前で事も無げに奇跡の治癒魔法を見せられては、落ち込みもするだろう。


「ううむ……そうは言うがな」
「だったら、サキョウさえよければ治癒魔法の基礎を教えようか? 基本を知っておいても損はないと思うんだ」
「ん?」
「たとえ素質がなくても、血を吐き肉を削るような修行に修行を重ねれば……いつかは唱えられるかもしれない」
「んんん?」

「厳しい修行の最中に命を落としてしまったとしても……それでも、ぼくは最後までサキョウに付き合うよ!」

一気に捲くし立てながらぐいぐいと詰め寄るジハードの様子に、サキョウは言うのではなかったと絶賛後悔中だ。
モンク僧の修行も厳しく長い道のりであるが、治癒魔法の修行とはそれ以上に恐ろしいものなのか。
なにより笑顔を浮かべているはずのジハードの目が笑っていない。誰でもいい。この気まずい流れを変えてくれ。


「いい加減にしろ、ジハード」
「あはは、ごめんごめん。まさか本気になんて……してないよね?」
「貴様が言うと冗談に聞こえない」

助け舟を出してくれたのは意外にもクウォーツであった。
ティエルは二人の様子をはらはらと眺めており、リアンは一連のやり取りをむしろ面白がっているように見える。
青い顔をしているサキョウの様子に漸く気付いたジハードだが、悪びれた様子もなくただ笑っているだけだった。







「……考古学者アリエスですって?」

洒落た内装のシーフードレストラン。
客で賑わいを見せる店内ではあるが、先程立ち寄った酒場のような騒々しさはない。落ち着いた雰囲気の店だ。
まずは酒場で収集した大きな手がかりをリアン達に伝えなければ、何も始まらないのだ。

シーフードレストランと看板を掲げているだけあり、趣向を凝らした様々な海の幸を使った料理が運ばれてくる。
既にテーブルの上は、果たして五人で食べ切れるのかと不安に思わせるような量の皿で埋め尽くされていた。
その原因はティエルとサキョウにある。彼らは意気揚々と、店長お勧め印のメニュー全てを頼んでしまったのだ。


「元々封魔石イデアはその博士のコレクションだったんだって。でも、サバトの福音に盗まれちゃったらしくて」

熱々のシーフードピザを頬張りながら口を開くティエル。
イカと海老、そしてツナとピザソースが織り成す絶妙なハーモニー。点数にするならば満点を付けたいくらいだ。
とろりとしたチーズが糸を引き、彼女の口から垂れ下がっている。姫君とは思えぬ実に残念な食事作法である。


「アリエス博士はイデアを取り返すために強いハンターを募集してて……熱っ! チーズで舌を火傷しちゃった」
「もう、少しは落ち着いて食べなさいな。ゆっくり食べることも大切なんですのよ?」
「はぁい」

じわりと涙を浮かべているティエルに、リアンは苦笑をしながら氷水の入ったコップを差し出した。
城で教育を受けていた頃から彼女の礼儀作法は悪かったのか、それとも旅を始めて更に悪化したのだろうか……。
ティエルが国を取り戻した時のために、食事のマナーを教えておいた方がいいのかもしれないとリアンは思った。

向かいの席では頬や口の周囲にケチャップを付けたサキョウが、せっせとパエリアを口に詰め込んでいる。
間違いなくサキョウの影響も大きいだろう。困ったことだ、ティエルは周囲に影響されやすい年頃だというのに。


「んー、やっぱりラムビールは薄いな。ティエル、肘を突いて食べたら行儀が悪いよ。そのピザ一切れくれる?」

その隣のジハードは、食事作法は悪くはない。決して悪くはないのだが……完全に晩酌モードになっていた。
彼の前に並べられている料理は食事というより酒のつまみである。


更に隣のクウォーツは完璧な食事マナーを披露しつつも、目の前の騒々しいやり取りに無関係を決め込んでいる。
食に対して興味を示さないクウォーツを心配して、半ばお節介気味に料理の盛られた取り分け皿が置かれていた。
悪魔族の食生活は人間とは違う。食事や血を取らずとも、精気さえ得ていれば生きていけるのだと彼は言った。

その肝心の精気を得る方法とは……身も蓋もない言い方だが、性行為さえしていれば命を維持できるのだという。
ハイブルグ城にいた頃から、彼はあまり食事を取っていなかったらしい。
クウォーツには食事を取らせることをなるべく、できるだけ、いや強制的に食べさせようとリアンは固く誓った。


「話が逸れている。考古学者とやらの話をしていたのではなかったのか」
「あっ、そうそう! アリエス博士はイデアを取り戻すために、強いハンターを募集してて」
「それは先程聞いた」
「えーっと……でも博士は、志願したハンターにテストを出して、次々と不合格にしちゃう難しい人なんだって」

完全にチーズの火傷で逸れていたティエルの話題を、クウォーツがさりげなく戻す。
学者には変わった者が多いと聞く。そのアリエス博士も、変わり者の偏屈学者の一人だという噂であった。


「そのテストがどんなものかは知らぬが、もしも合格すれば封魔石イデアに近付ける絶好の好機なのではないか」

詰め込んでいたパエリアをごくりと飲み込み、サキョウがまとめるようにして口を開いた。
明日は早速アリエス博士の元へハンター志願に向かおう。皆もその発言に異議はなく、静かに頷いてみせる。


「……ところで、デザートは何にいたします?」
「わたしストロベリーアイス!」
「ぼくは杏仁豆腐がいいなー」
「じゃあ私はオレンジシャーベットにしますわ。すみません、店員さーん」

しかし残念ながら神妙な雰囲気は数秒も持たず、一同は早速デザートの話に移っていた。
テーブルの上にあれほど乗せられていた料理は、いつの間にかすっかりと平らげている。凄まじい食欲であった。
殆どサキョウが平らげていたような気もする。当の本人はデザートに興味を示さず、満足そうに腹を撫でていた。


「まだ食う気なのか」
「いいではないか。腹が減ってはなんとやら。むしろクウォーツ、お前はもっと食って肉を付けなければいかん」
「……」

己の分厚い胸板を叩くサキョウに目を向けたクウォーツは、何も言葉を発することもなく視線を外したのだった。





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