Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第8章 考古学者アリエス

第85話 考古学者アリエス -2-




薄暗いテントの中にはあちこちに白い蝋燭が掲げられており、か細い炎をゆらゆらと頼りなげに揺らしていた。
蝋燭と同じように揺れている己の影に目を落としてから、ティエルは目の前に座っている人物へと顔を向ける。

橙色の光に照らされる、緑のローブを身に着けた男。
若葉色の大きな瞳に丸い顔。幼さを帯びた低い鼻は、彼が未だ少年期を脱していない錯覚さえ起こしてしまう。
そんな幼く人懐っこい外見とは裏腹に、青年が時折浮かべる表情はどこか老人を連想させるようなものであった。
ほんの一瞬だけアリエスと、骸骨のように痩せ細った老人が重なり見えてしまったティエルは思わず首を傾げる。


「封魔石イデア目当てでオレに接触しようとしてきた奴らも大勢見てきたからなぁ……今更驚きはしねぇけどさ」


魔物考古学者として名高いアリエスだが、古代アイテムのコレクター方面でも一部に名が知れていた。
発掘調査時には、化石の他に色々な時代のアイテムが発掘されることがある。価値のあるものも、ないものも。
最初は捨てるに捨てきれずにただ家に飾っていただけだったが、気付けば立派なコレクターとなっていたのだ。

サバトの福音に盗まれてしまった封魔石イデアは、長い間在り処を調べ続けてようやく探し当てた代物だった。
厳重に保管しておいたはずだが、狂信者達に盗まれてしまったのだ。物騒な世の中になったものだと落胆する。
封魔石は神秘的な能力とは別に、その美しい輝きから大変カリスマ性が高い宝石だ。邪教のお飾りには丁度いい。
太古から封魔石を巡って様々な国や宗教が対立し、長い争いが続けられていたと言われている。


「もっと厳重に盗難防止の魔法をかけておくんだったぜ、もう遅いけど。で、嬢ちゃん達はどうして封魔石を?」
「その理由は言えないけど……どうしても封魔石が必要なんだ。譲ってくれなんて言わない、貸してほしいの」
「……貸してってさぁ。封魔石は図書館に並んでいる本じゃないんだぜ? 簡単に貸し借りなんざできねーよ」

いくらなんでも少し甘い考え方なんじゃねぇの、とアリエスは深く溜息をつく。
丁度その時。先程ヨシノと呼ばれた召使いの女が、六人分のお茶をトレイに乗せながら応接間に姿を現した。

「あらあら博士ったら、お嬢さんがしゅんとしていらっしゃるではないですか。苛めてはいけませんよ」
「苛めてるなんて人聞きが悪いなぁ、ヨシノさん。オレは厳しい社会のルールを子供に教えてやってるだけだぜ」

「クウォーツ」
「?」
「絶対悪いこと考えてるだろ」
「頼むのではなくて、脅す方が手っ取り早いとしか」
「それはやっちゃだめ」
「何故」
「今はだめ」

クウォーツとジハードの二人に目の前で恐ろしい話をされているとは知らず、アリエスはお茶に口を付けている。
勿論近くにいたサキョウは二人の会話が聞こえていたようで、目をまん丸に見開いていたが。
エルキド産緑茶の味を暫くのんびりとした様子で堪能していたアリエスは、表情をすっと真剣なものに戻した。


「封魔石ってのはさ。元々長い年月をかけて結晶となった、いわば超凝縮された魔力の塊って話なんだ」
「魔法の結晶?」
「人の手によって作られたんじゃなくて、自然の力で作られた宝石なんだぜ。純粋な魔力の結晶。素晴らしいね」

ティエルが想像していた封魔石は、普通の宝石に魔力を込めたようなものだと思っていたが、少々異なるようだ。
人工的に作られたのではなく、自然の力で作り上げられた脅威の宝石。魅入られてしまった者が多いのも頷ける。
イデアは邪教と名高い『サバトの福音』に盗まれたと言っていた。善くないことに使われたりはしないだろうか。


「……あなたがイデアを手に入れたことを、どうしてサバトの福音が知ってしまったんですのよ。
 まさか周囲に自慢話なんて言いふらしていませんわよね? あなたって黙っていられないタイプのようですし」
「えっ、いやぁ……その、姉ちゃん可愛いけど怖ぇなー」

じろりとリアンに冷たい目を向けられて、アリエスはしきりに目を泳がせていた。どうやら彼女が苦手のようだ。
封魔石を巡って国と国が争いを起こすほどの代物だ。売りに出せば数千億リンの価値があると言われている。
そんな大層な宝石を一個人が所持していることを周囲に知られてしまえば、盗まれるのもおかしな話ではない。


「まぁ、手っ取り早く言うと……オレの助手の一人が裏切りやがったんだよ。情報をあいつらに売っていたんだ」


彼に長年師事していた助手であった。我が子のように面倒を見てきてやったのに、とアリエスは苦々しく呟く。
サバトの福音と繋がりのあった助手は、アリエスがイデアを手に入れたことや警備の情報などを売っていたのだ。
襲撃の夜。その日は運が悪く、アリエスの姪が彼の家に訪れていた。豪腕を誇る彼女も多数には敵わなかった。

黒い覆面を身に着けて襲撃した大勢の狂信者達は、アリエスにとって命よりも大切な姪を傷付けた。
大事には至らない傷であったが、封魔石を盗まれたことよりも姪を傷付けられたことに腸が煮えくり返ったのだ。


「そ……それで、どうなったの?」
「殆ど殺したよ。裏切り者の助手も含めてな」

既に動かなくなった死体にすら何度も魔法を打ち込んでやった、とアリエスは背筋の凍るような笑顔を浮かべる。
襲撃した信者達の大多数を仕留めたが、何人かは取り逃がしてしまい、結果イデアは信者達に盗まれてしまった。
だがこれで終わるほどアリエスは甘くはない。姪を傷付けた報復も兼ねてイデアを取り返してやると誓ったのだ。
イデアを取り返すために強いハンターを求めた理由は、サバトの福音の完全壊滅も視野に入れていたためである。

サバトの福音の信者の数は、二千人を超えると言われている。
壊滅させるのは実質不可能なのではないか。そんな疑問が過ぎったティエルの顔を満足そうに眺めるアリエス。


「トップを失った集団ってのは割と脆いもんだよ、嬢ちゃん。あんた達に頼みたいのは、大司教ゲマの拘束だ」
「拘束? そのゲマってひとがサバトの福音で一番偉いひとなの?」
「ああそうだ。信者どもに盗みを指示した悪ーいおじさんには、是非監獄に入ってもらわねーといけねぇだろ?」
「うん……」

このアリエスという青年は、なかなか容赦のない性格のようだ。
だがそんな性格でなければ厳しい社会を生きていけなかったのだろう。この若さで成功したならば、尚更だった。
若干表情に影を落としたティエルに向かって、その時アリエスはぽつりと信じられぬような内容を呟いた。


「ゲマを見事拘束してくれたら、奪い返した封魔石イデアは嬢ちゃん達に譲ってやってもいいかもしれねぇな」
「え!?」
「今回の件でオレが一番腹立ってるのは、封魔石を奪われたことよりも大切な姪っ子を傷付けられたことなんだ。
 確かに封魔石は古代の神秘が凝縮された素晴らしい代物だ。けど、恨みを晴らす方がオレにとっちゃ優先かな」

封魔石を貸す、ではなく譲ってやるというのだ。先程までは簡単に貸し借りできないと言っていたにも拘らず。
それほどまでにゲマという人物を拘束するのは難しいことなのか。強さを自負するアリエスでも、敵わぬほどに。
そして封魔石を譲ってまで恨みを晴らしたいほど、彼がとても大切に姪を思っているのが伝わってきたのだ。


「……古代アイテムコレクターのあなたが封魔石を譲ってもいいだなんて、一体どういう心境の変化かしらね?」


厳しい瞳でアリエスを眺めるリアン。
用心深い彼女は完全に疑っている。そんなリアンに対して、アリエスは気に留める様子もなく苦笑を浮かべた。

「それだけゲマ拘束が難しい話だってことだよ、オレ一人じゃ奴らに到底太刀打ちできねぇんだ。
 悪魔族を崇拝するサバトの福音には客員相談役として、そりゃあ恐ろしく強いヴァンパイアがいるって話だし。
 そいつをぶっ倒してゲマを拘束するのは半端なく命懸けになる。封魔石はそれ相応の報酬かなって思ったんだ」

「ふーん……恐ろしく強いヴァンパイアだって。クウォーツよりも強いのかな?」
「さあ。強いんじゃないか」

強いヴァンパイアと聞いたティエルから突然話を振られたクウォーツだったが、興味すらなさそうに口を開いた。





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