Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第8章 考古学者アリエス
第86話 考古学者アリエス -3-
如何なる強国ですら一夜のうちに滅ぼしてしまうと言われている封魔石イデア。
手にした者に望むとおりの力を与えてくれるこの恐ろしい宝石のために、多くの人間が争い命を落としたという。
封魔石がある限り争いは収まらないと判断した嘗ての賢者は、イデアの力を五つに分割してしまったというのだ。
アリエスが手に入れたのは五つに分割したイデアの受け皿となる、いわば単なる器のようなものだと彼は言った。
イデア本来の力を発揮するためには、分割された全てのジェムを集めなくてはならない。途方もない話である。
リアンが求めている強大なイデアの力は、残念ながら全てのジェムが集わなければ発揮できない。
たとえアリエスからイデアの器を譲り受けたとしても、ジェムを集めるためにまだまだ長い旅になりそうだった。
「イデアの器でも構わないのなら、大司教ゲマの拘束と引き換えに封魔石は嬢ちゃん達にくれてやるよ。
けれどオレも本気なんだ、生半可な決意で協力されても困る。相手は決して馬鹿にはできない奴らなんだから」
大きな緑の帽子を外し、アリエスは幼い顔立ちに似合わぬ老成された厳しい瞳でティエル達を順々に眺めていく。
まるで彼女達を試すような眼差しである。一人でも瞳を逸らしたならば、有無を言わさず追い返す気なのだろう。
だが誰一人として瞳を逸らさない。逆にアリエスの方が彼らの気迫に負けてしまいそうであった。
「あなたこそ、精々私達の足手まといにならないで下さいな。イデアが手に入るなら私、手段は選びませんから」
「カリュブディス神殿で、ずーっと退屈していたんだ。張り合いのあることでもしないと身体が鈍ってしまうよ」
「イデア入手が兄の敵討ちに繋がるというのならば、このモンク僧サキョウ、命を懸けておぬしに拳を捧げよう」
リアン、ジハード、サキョウの三人が口にした内容はそれぞれ異なるが、そこに含まれる意味は同じものだった。
ただ一人クウォーツだけは普段のように口を閉ざしており、何を考えているのか全く分からない顔付きである。
だが反論を述べていないことから、恐らく共に行ってくれるのだろう。
「生半可な決意? 馬鹿にしないでよ! アリエス博士の方こそわたし達を信用してくれるの?」
最後に口を開いたティエルは座椅子から勢いよく立ち上がると、厳しい表情を浮かべているアリエスを見つめた。
暫く黙ったまま彼らを眺めていたアリエスだったが、やがてふっと表情を和らげる。
その表情はお調子者の仮面を被り続けている彼が、初めて浮かべた心からの表情のようにもティエルには思えた。
「……いいね。あんた達悪くないよ、気に入った。このオレが他人を気に入るなんて滅多にないことなんだぜ。
最近の冒険者どもはみんな腑抜けな奴らばかりだからなぁ。ま、あんた達もオレを失望させないでくれよ?」
「偉そうな奴だ。笑えない冗談は、そのださい帽子だけにしろよ」
「大人しそうな顔して酷いこと言うね兄ちゃん……言っとくけどこれ、自慢の帽子なんだぜ? 地味に傷付くな」
クウォーツに冷たい言葉を投げ掛けられ、アリエスは口を尖らせつつ帽子を被り直す。確かに奇抜なデザインだ。
身に着けている緑のローブも明らかにサイズが合っていない。ネクタイも緩んでしまってよれよれである。
その様子から、如何に彼が衣服に対して無頓着なのかを察することができる。だがそれが逆に親しみやすかった。
「わたし、色々と迷惑掛けちゃうかもしれないけど……よろしくね」
「こちらこそ。ていうか、いつまでも嬢ちゃん兄ちゃん呼びってのもあれだし、一応名前を聞いておこうかな」
ティエルの差し出した手を握ったアリエスだったが、思い出したように口を開く。確かに自己紹介をしていない。
「……えーと……この長い髪の喋らなかったら美人な子はリアンで」
「ちょっとティエルったら、私は黙っていても喋っていても何をしていても美人ですわよ!」
「うんうん、リアンちゃんね」
「おっきい熊さんみたいな男の人はサキョウで」
「よろしく頼む、アリエス博士よ」
「オレのことはアリエスでいいから、ほい握手。……って痛ぇ! オレの手の骨が砕けちまうじゃねぇかよ!?」
「その隣の綺麗な男の子はクウォーツで」
「……」
「クウォーツくん、よろしくぅー」
「あっちの目が笑っていない笑顔をしている、白い髪の男の子がジハードだよ」
「目が笑っていないとは失礼だな。こんな完璧な笑顔、他にないだろ」
「ジハードくんね。あはは、なんだかオレを見る目が厳しいって言うかちょっと怖いねぇ」
一人ずつ余計な解説を交えながらティエルが仲間達を紹介していくと、アリエスは笑顔で手を差し出していった。
最後にこほんと咳払いをしてから彼女は深々と頭を下げる。
「そしてわたしは剣士見習いのティエルです。短い間ですが、精一杯頑張るのでよろしくお願いします!」
「おう、期待しているからな! ……急で悪いけど、出発は明日の夜だ。それまでこのテントに留まるといいよ」
「えぇぇ……お風呂はあるんですのぉ? 私、最低でも一日一回はお風呂に入りたいんですけど」
「安心しな。一応あるぜ、ただし外で構わなければね」
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邪教と名高いサバトの福音。
大司教ゲマを拘束することを条件として、封魔石イデアを譲り受ける約束をアリエスと交わしたティエル達。
よくよく考えてみると、不可能に近い条件を提示されたような気がする。僅か六人で可能なことなのだろうか。
簡単な自己紹介の後、ヨシノが用意した夕食を振舞われた。
家庭的な料理といった表現がしっくりくるような、特産品を多く使った親しみやすく美味な料理の数々であった。
煮物に焼き料理。いくつかの料理に興味を持ったジハードが、詳しい調理方法をヨシノに聞いていたようだ。
そしてリアンが一番気にしていた浴場は、テントの裏に設置されていた。果たしてこれを浴場と呼んでいいのか。
ひび割れた大きな石釜の下に、魔力で燃え続ける薪をくべているだけの代物だ。
案の定文句を口にしていたリアンであったが、思いの外満足したようで、入浴後はすこぶる機嫌が良いようだ。
彼女は今、火照った身体を冷ますためにテントの外に設置されたベンチに腰掛けながら涼んでいる。
そして同じくティエルも彼女の隣で夜風に当たっていた。荒野を吹く風は少し冷たさを帯びていて気持ちが良い。
入浴時間を短縮させようと二人で入ったのが間違いであった。はしゃいでいたために少々上せてしまったようだ。
まるで茹でたタコのようだ、と入浴後の二人の姿を目にしたジハードは笑いを噴き出していたが。
「とんとん拍子に話が進みすぎて、少し怖いですわね。まさか封魔石を譲ってくれるなんて思わなかったわぁ」
「うん。……そのためには大司教ゲマを捕まえないといけないんだよね。できるかな? きっとできるよね?」
「私がいるんですから大丈夫ですわ! けれど、イデアを手に入れてからが本番ですわよぉ」
確かにそうだ。……取り返しに行くイデアは単なる器であって、失った五つのジェムを探さなくてはならない。
一体どこにジェムが眠っているのか。イデアを手に入れてからは、ジェムの手がかりを探す旅になるだろう。
「手に入れてからの話よりも、手に入れるまでを考えた方がいいのでは。相変わらず計画性がないな」
「なっ!?」
抑揚のない低い声が響く。振り返ると、声と同じく淡々とした顔でクウォーツがこちらに向かって歩いてきた。
「あ、クウォーツもこれからお風呂? 気持ち良かったよー」
「もしかしてあなた……先程からこの辺をうろうろとして、私達の入浴を覗いていたんじゃないでしょうねぇ?」
「?」
形の良い眉を吊り上げながら拳を握り締めるリアンだが、クウォーツは心底理解していないようで首を傾げる。
彼女達の入浴を覗く必要性が全く感じられない、覗いて一体何の意味があるのか。といった様子であった。
異性に対する感情も殆ど欠落してしまっている彼に対してこの手の冗談は、残念ながら全く通用しないようだ。
「……むしろ逆に、私の方が貴様に覗かれそうだ」
「はぁ!?」
「覗くなよ」
「だっ……誰が男の入浴なんて覗くものですか、頼まれたって覗きませんわよ!」
「リアン顔真っ赤だよ」
先程茹でたタコのようだとジハードに喩えられていた湯上りの状態に、リアンは完全に元に戻ってしまっている。
折角夜風で冷ましていたのに、とティエルは必要以上に顔を赤くしている彼女を首を傾げて眺めていたのだった。
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